俺に何があったのかの話
その王女様により勇者殺害未遂事件は、近くを通りかかった近衛兵さんのお陰で事なきを得た。
後で王女様は王様から大層なお叱りを受けたそうだけど、その後にも何度か殺されかけたので、彼女は反省するつもりは全くないようだった。
いや、だから俺今城下町にいるんだけどさ。
で、おおむね訓練と勉強が終わって、後は実地で経験を積みながら、魔物の討伐とその発生源についての調査が始まった。
最初は3日程度の道のりから始まり、それがやがて一週間になり、半月になり、やがてひと月以上の遠征を繰り返すようになった。
訓練にと勉強に4か月。調査に6か月。そして、原因の排除に半月掛かった。
魔物が急激に増えていたのは、魔物たちが住むと言う魔界からの小さなゲートが開いていたのが原因だった。
魔界と言うのは魔族、と呼ばれるこの世界とは部分的に重なった場所にある別の世界住人が治めている世界らしい。
詳しいことは生憎難しすぎてチンプンカンプンだったけど、簡単に言うと、プールを世界だとすると、隣り合ったプールの角っこだけが繋がっているらしい。
分かりやすいような、分かりにくいような。ともかく、その気になれば行き来が出来るらしく、かつてこの世界を襲った魔王も、その魔界出身らしい。
だけど、今はこの世界の人間と魔族は貿易を交わすくらいには仲が良い。人間は豊かな食料を、魔族は高度な魔法技術品をそれぞれの住人のために分かち合っているとか。
その魔族たちの協力もあり、その小さなゲートは無事閉じることに成功した。最後に仲良くなった魔族たちともお酒を飲み交わす宴会をして、俺は王城に戻ることになった。
俺の役割は急増した魔物の原因調査とその解決。何故魔界へのゲートが小さいながらも開いていたのかは、他の人たちでも十分調べられることだ。
『ありがとう歩。君のお陰で無事に解決できた』
『どういたしまして。俺は帰るけど、これからも頑張れよ』
『あぁ、さよなら歩』
『あぁ、さよなら』
約10か月半。短いようで、長いような俺の勇者としての冒険は、これで終わった。
終わって、王様から報酬を受け取って、最初に会った古代魔法の研究者のおじさんがえっちらおっちらと進めている、召喚魔法の送り返しの儀式の最終調整を待つばかりだった。
それで、帰れるはずだった。
王城に帰って来て、王様と研究者のおじさんからの説明を受けた後、後一週間ばかりで調整を終えると聞いて、俺は世話になった人達に最後の別れの挨拶をすませようと思いつつ、旅路の疲れを癒すため、王城に用意された自室のベッドで眠りこけていた。
その最中に、何かの気配を察して飛び起きる。
旅の途中では夜間に夜盗や魔物に襲われることは日常茶飯事だった。そんな日々に明け暮れていた俺は、寝ている最中でも、不審な気配があれば飛び起きる癖がついていた。
『流石は勇者殿。楽はさせてくれないね』
『……なんだお前?』
そこにいたのは如何にも怪しげな風貌の、恐らく魔法使いだ。擦れたローブに枯れ木の杖。顔全体を隠すようなつばの広い帽子は、如何にもな魔法使いだが、この世界において真っ当な魔法使いと言うのはもっと小綺麗だ。
目の前のそいつは、その逆を行く。所謂アウトローな気配のする魔法使い。そんな奴がどうして王城の中枢にあるはずの俺の部屋にいるのか。
近衛は?そもそもどうやって侵入したのか?などなど、疑問は次々浮かび上がる。
『ま、もう準備は終わってるんだけどね。じゃあね、勇者君。君はここでお終いだ』
『どういう……っ?!』
小馬鹿にしたような、嘲笑うかのような、そんな声音を響かせたと思うと。部屋中に浮かび上がった魔法陣の輝きが、俺の意識を一瞬で刈り取った。