夏だからって何か進展するのは間違いだと思います(切実
まずは当初の予定通り、身体の採寸だ。詳しい話は伏せさせてもらおう。俺だって、だれかれ構わず自分のスリーサイズとか諸々を把握はされたくないし。
アデューラさんにあれやこれやと割と理不尽な怒りを度々ぶつけられ、カテリーナさんにスタイルが良いと褒められながら、一先ず採寸が終わると、アデューラさんとカテリーナさんは作業のため一旦この場を離れた。
デザインの書き起こしから、実際の布の選定、裁断裁縫、修正などなどやる事は盛りだくさんだそうで、それなりに長い期間が必要らしい。
その間、いくつかのデザイン候補を俺の好みで選んでもらったり、布の好みや、俺の要望などなど、俺を呼び出す回数が多いとのことで、呼び出す度にこうして女子として叩き込むべきことを叩き込むんだとか。
鼻息荒く意気込んでいただけあって、逃がしてはもらえない。現実として、俺は既に大きな布を床に敷いたドレッサーの前で髪を切る時によく身に着けるマントのようなものを取り付けられていた。
「よしっ、じゃあ早速ヘアセットとメイクと行こうじゃないか。アユっちは何かリクエストとかある?」
「り、リクエスト……?」
それはつまり、髪型やメイクの傾向、と言うことだろうか。ヘアセットやメイクを得意とするアンナさんがそういうのだから、おそらくそうなのは間違いないを思うんだけど、なにぶんその関係については知識はほぼゼロ。
どんな髪型が似合うのかも分からないし、今はまだ髪を伸ばしている最中。
ようやく肩に毛先が触れるようになって来たくらいなので、選べる髪型も少ないような気がする。
メイクなんてまず使う道具の名称が分からない。前の世界と同じで分かるのなんて、口紅かファンデーションくらい。他に何があるの、どう使うのか、どんな名前なのか、全く、さっぱり、てんで分からない。
「アンナ~、オシャレ初心者にいきなりリクエストしても混乱するだけだってぇ。とりあえず、カタログ見よっかぁ。髪型は、短い方だからこれねぇ。メイクの参考はうーん。アユムは海系の顔立ちだから、濃いめよりは自然な奴が似合うかなぁ」
テンパる俺に助け船を出してくれたのは、オシャレ情報通だというクララさん。
彼女は鞄からごそごそと何かを漁ると、いくつかの雑誌を俺に手渡してくれた。
渡されたのは魔法で印刷され、同じように魔法で製本された女性向けのファッション誌だった。
魔法で印刷されたその雑誌は、魔法で撮影されたモデルさん達の写真が案外綺麗な画質で載せられている。
ただ、紙の質と製本の技術は完全に魔法頼みなので、何と言うか古い。
紙は丈夫だが、印刷と言うよりはインクで手書きするのに向いているように思うし、製本もホッチキスや糊での製本ではなく、紐で綴じられた和本に近い。
紙と言えばこの世界ではこういうものだし、本と言えば紐で綴られたこの形なのだ。
こういったところにやはり文明の差を感じるけど、まぁ俺ももう1年半もこっちにいる。
この本の形態には見慣れていた。
こういう、写真を印刷した雑誌がある事は初めて知ったけど。
「髪はどうするっすかぁ?ショートからミディアムのカットにも色々あるんっすけどぉ」
「アユムは髪伸ばしてる最中って感じ?」
「えっ、そ、そうですね。元々男の子みたいな感じだったんで、伸ばそうかなーって」
カタログをペラペラとめくってもらい、色々見るけど、正直に言う。差が全く分からない。
色々確かに差はあるけど、これだけの差で何かが変わるようには感じない。
こんなたくさんの髪型を見せられても、俺にはほとんど同じようにしか見えないのだ。髪の毛がふわふわしてるのか、つやつやしてるのかくらいの差しか分からない。
オシャレとは難しい……。世の女の子たちはこれを使い分けていると言うのだろうか。
……自信が全く無くなって来た。
「んー、アユっちは髪質と髪色、正直羨ましいくらい良いよね。これは生かしたいなぁ。髪を伸ばしてる最中だって言うし、このしっとりした黒の髪はロングヘアが抜群に合うと思う」
「んじゃぁ、ボブカットは除外だねぇ。カラーも無しでぇ、パーマどうするぅ?」
「髪質も生かそう。余分なパーマは無し。やるなら毛先だけ」
「アユムは外跳ねと内巻きどっちが良い~?」
「えっ、えっと、見、見せてもらっても良いですか!!」
「あはは~、緊張し過ぎだよぉ」
決めてもらったり、自分で決めたりしながら、俺は自分に施されるあれこれを三人で話し合った。
めちゃくちゃ緊張したけど、結構楽しかった。




