夏だからって何か進展するのは間違いだと思います(切実
ふうっ、と大きく息を吐いて肩の力を抜く。まさか顔見知りばかりの場所で隊長に詰め寄られるとは思わなかった。
アユムには嫌な思いをさせてしまった。……どうしようもなく、不甲斐なく思う。
ハッキリ言って隊長の言う通りだ。アユムを一番困らせているのは俺の態度だろう。
アユムが並々ならぬ好意を寄せてくれているのは分かっている。同性間や友人としての好意ではなく、男女としての好意を。拙いながらに精一杯のアピールをしてくれている。
正直、時折見せる仕草にはハッとさせるくらいには魅力的だし、一番はあの笑顔だ。
あまり女性らしい笑い方ではない。にししと歯を見せて笑う様子はどちらかと言うと男性らしい仕草だろう。
ただ、この国にいるヒューマンとしてはかなりの子供らしいあどけない顔立ちと、歯を見せた時に見えるチャームポイントの八重歯。その人懐っこく隔たりの無い笑顔は、彼女の最大の魅力だ。
自分も相応に彼女に惹かれている。何事も無ければ今すぐにでも結婚ないし男女の付き合いをお願いするし、それが筋を通すというものだと思う。
何せ彼女にはあそこまで摘心的に尽くしてもらっているのだ。それに応えなくて何が男なのかと自分でも思う。
思ってはいる。
なんて情けない話だ。
アユムの事を考えれば考える程、俺は泥沼に沈むようにアユムにその申し出をすることを躊躇ってしまう。
まず、アユムはこの世界の人間ではない。ここの王家により、王城に召喚された勇者だ。
1年半ほど前にこの国の秘術により、勇者が召喚され、増加する魔物の原因究明とその解決が遂行された。結果は文句なしの成功。無事に勇者は目的を完遂し、魔物急増の原因を絶ったことは民衆にも伝わっている。
その勇者が、アユムだ。最初は実感が湧かなかった。
かような可憐な少女にしか見えないアユムが元男性であり、元勇者で王城を追われたと言うのだから。
ただ、アユムと出会ったその後の幾つかの出来事の中で、アユムが少なくとも一般人ではなく、高いレベルの戦闘能力を持つ人種であることは理解した。
自分の背丈の3倍はあろう魔物を相手に短剣一本で解体ショーを披露した時は、流石に度肝を抜かれた。
まぁ、元男性と言う点に関しては未だに実感が湧かない。何せ自分が知っているのはあの可愛らしいアユムだ。男のアユムもそれほど体格に恵まれたタイプでは無かったそうだが、それでなくてもアユムは女性であるという認識があるので、上手く男性の頃の事を想像が出来ない。
どんなに頑張っても可愛らしいアユムになってしまう。……自分も相当やられてるな、とは実感するところだ。
そんな異世界からやって来たアユムには帰るべき場所がある。元の姿に戻り、家族や友人が待つはずの元の世界に戻るのは、アユムにとって本来あるべき未来であり、本人も少なくとも、心のどこかでは望んでいる事だろうと思う。
もう一つは俺の家庭事情だ。俺の生家、ズーワルト家と言うのは、いわゆる上流の貴族に類する。
当主に与えられる爵位は公爵。国の政にも直接関わり、広い領地も持つ。あまり貴族関係に詳しくないアユムには黙っているが、所謂大貴族の分類に当たる。
流石に三大公爵家と呼ばれる王家の血筋が途絶えた時や途絶えそうなときに王家の親戚筋に当たる家系には及ばないが、それでも公爵の爵位を持つ貴族なんていうのは数えるほどしかいない。
まぁ自分はその三男坊。そんな貴族社会とは大人になれば成る程、縁遠くなっていくものなのだが、何を間違えたか、ズーワルト家次期当主として、俺に白羽の矢が立ちつつあるのだ。




