俺に何があったのかの話
席に着いてメニュー表に目を配る。定食、一品もの、おつまみ、デザート、飲み物にお酒。個人でしかも二人で切り盛りしてるとは思えないほどの圧巻のメニュー量。
『うーん、どれにしようかなぁ』
『どれも旨いから好きなように頼むといい。奢ると言った手前もあるし、それに困るほど金にも困っていない』
『そういうことなら……』
彼の宣言通り、目に入って物で気になるものや、絶対に好きそうなものを手当たり次第テーブル上に備え付けてあるメモ用紙に記入していく。
これはこの辺り独特の注文方法で、種類を多く注文する時はお客の方が注文したい品を紙に書いて置き、それをテーブルに2枚同じ内容の物を置いておく。
それをお店側が一枚、お客側が一枚ずつ保有しておき、注文した料理が届く度に、届いた品に斜線を引いて、届いた料理と届いていない料理を明確にするのだ。
因みに、後で書き足すのはマナー違反。追加の注文をしたいときは新たに二枚、お客側がメモを用意して、テーブルに置いておくのだ。
お客とお店の信頼関係が成り立っているからこそ出来るシステムだろう。これが成り立つくらい、この城下は治安が良いのだ。
因みに2品程度までか、飲み物やお酒の追加程度であれば、お店側でカウントしてくれる。ただし、所持金と飲みすぎには要注意となるので特にお酒は程々に、がこの辺りでの常識だ。
『こんな感じかな』
『結構な量を頼んだな。食いきれるのか?』
『一品ものばっかだし、そっちも食うだろ?飲むって話になってるんだし、つまみは多めで良いじゃん』
『ふむ、それもそうだな』
8品ほど注文した俺に、食いきれるのか心配する声を掛けられるが、そもそも一人で食おうとなんて思ってないし、食いきれるとも思ってない。
彼は腹が減って仕方がないなんて言ってるくらいだし、このくらい行けるだろうと言う算段だ。
美味しい料理はお酒も進むしね。
『ココリネさん、注文だ』
『あいよー。ちょっと待っておくれ―』
くるくると忙しそうに注文を捌いていくココリネおばさんに俺たちも声をかけ、後は注文した品が届くのを待つだけだ。
その間、俺たちはようやく自己紹介をすることになった。
『名乗るのが遅れたな。俺はセーロ、セーロ・ズーワルド。城下警邏隊に属している。歳は25だ』
『俺は東城 歩。東城が姓で歩が名前な。歳はさっきも言ったけど今年で21。仕事は、一応王城関係者?ってやつ?まぁ、追い出されちゃったんだけどね』
出来るだけ明るく振舞いながら、簡単な自己紹介を交わす。自分で言ってても正直来るものがある。
なんにもしてない、むしろされた側なのに、あれやこれやとしている間に気が付いた頃には城から叩き出されていたのだ。
未だに夢なんじゃないかと思う。どうしようもなく、現実なのは分かっているつもりだけど。
『……そうか』
答えに窮したのか、敢えて何も触れなかったのか、分からない。けど、きっと彼なりの不器用な優しさのようなものは感じた。
しばらく、会話も弾むことなく、お互いぼーっとしているとやがてエールと料理が運ばれて来て、俺たちは乾杯と木製のカップを打ち鳴らした。
『へぇ、じゃあセーロってそこそこ良いとこのお坊ちゃんなんだ』
『と言っても、もう5年前から家を出ているからな。貴族とは言え、成人した三男坊をわざわざ家に置いておく貴族もいない。大体、貴族らしい貴族として生きていけるのは長男か他の貴族に嫁いだ女性だけだ』
『へぇー、そうなんだ』
料理とお酒を楽しみながら、俺たちは主にセーロの身の上話を聞いていた。
どうやらセーロはそこそこ良いところの貴族の三男坊で、成人までにお嫁さんも見つからなかったので、適当な職に就いて、家を出ることになったらしい。
貴族と言うのも、意外と世知辛いようだ。家を継ぐ立場にない三男坊は特に無駄金を使うだけだからさっさと家から追い出されてしまうのだろう。
『家から出るのって辛くなかったのか?』
『いや、特に思うところは無かったな。元から貴族の生活には窮屈さを感じていてな。両親が作ってくれた見合いの席でも、何を考えてるのか分からないだの、顔が怖いだの言われてな。結婚も出来なさそうだし、それならと自分から出たんだ』
『あー、確かにセーロ無表情だもんなぁ。箱入り娘の貴族のお嬢さんには人気無さそう』
『……悪かったな、モテなくて』
『あははは、案外気にしてんの?ごめんごめん、怒るなよ』
セーロ自体は不愛想な表情をしているが、喋ってみると案外普通な奴だった。
堅苦しくもなく、お高くとまってる訳でも無い。喋りやすい奴だ。きっと、顔で苦労して来たタイプなんだろうなぁ、と勝手に思いつつグイっと手に持っていたエールのカップを仰いだ。