俺に何があったのかの話
カランコロンと入店を知らせるベルが鳴り、俺たち二人は食堂【グレンツェン】へと入店する。
中は多くの人で賑わっていて前に来た時と変わらず盛況のようだ。
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、魔人、獣人、ドラゴニュート、様々な人種が肩を組んで飲み交わし食事を共にする様子はこの国の縮図だと感じる。
隣国に行けば単一種族主義や、種族ごとになんとなく固まっているのもよく見た。これは俺の生まれた世界でも良くある話だ。
そういう意味でも、この国と生まれ故郷はよく似ていると思う。
『いらっしゃい!!おや?何だいセ―ロ、可愛い子を連れてるじゃないか?ようやく身を固めるのかい!?』
『いや、彼女とはそういうのではない。とりあえず腹が減った。席は空いてるか?』
『なんだい釣れないね。アンタもそろそろ世帯を持つ年頃だろう?まぁ、良いよ。9番テーブルが今空くからちょっと待ってな』
店員のおばさん。ココリネおばさんが、茶化されても動じないセーロに肩透かしを食らってつまらなそうにする。
この国でもおばちゃんというのは基本的にお節介の塊みたいなものだ。今後、ココリネおばさんの要るお節介と要らないお節介に、俺も手を焼くことになる。
どうしてこう、おばちゃんと言うのはあれこれと手を出そうとして来るのか。正直、放っておいて欲しいことも多々あるけど、俺のヘタレた性格上、誰かにお尻を叩かれないと関係が前進しないので、ありがたいと言えばありがたいんだけど、ねぇ?
『すまない、普段からあんな感じの人でな』
『良いよ。おばちゃんって皆あんな感じだし』
故郷でも親戚のおばちゃんには彼女は出来たのだの、ひ孫の顔を生きてる間に見せろだの散々言われたものだ。
……今では叶わぬ未来になってしまったのは、申し訳なく思う。
『テーブル空いたよー!!』
おばちゃんの威勢のいい声を聞いて、俺たちは指定された9番のテーブルに向かう。と言っても俺には9番のテーブルがどれなのかさっぱり分からない。
ここは常連らしいセーロの後ろについていくことにした。てか、この時俺たちまだ自己紹介もしてないんだよね。
名前も知らない女の子を常連の店に連れて行くなんて、勇気があるのか、何も考えていないのか。まぁ、セーロの事だから何も考えてないと思うんだけど。
『うひゃっ?!』
迷いなく9番のテーブルへと向かうセーロの後ろをちょこちょこと着いて行く途中で、俺は臀部に感じた突然の感触に変な声を上げてしまう。
思えば可愛げのない声だ。今なら悲鳴と共にお盆で殴打する自信がある。……これはこれで可愛くないな。
『見ねえ顔だが良い尻してんな姉ちゃん。そんな仏頂面の奴よりおじさんの相手してくれよ』
何事かと思ってお尻を押さえて振り向くと顔を真っ赤にして酔っぱらうドワーフのおっさんがいた。大柄で筋力があるドワーフの男性は無類の酒好きで女好きだ。
何かと酒の席でのトラブルとくれば大体ドワーフが絡んでる。それもあって、多くのドワーフ男性はお酒を控えたり、大いに飲むときはドワーフ専門の酒場に行くなど、ある程度の工夫を種族全体で講じているのだけど、時折こういう迷惑な酔っ払いドワーフがいるんだよな。
『はぁっ?!なんでだよ!!人の尻触る奴になんでそんなことしなくちゃなんないんだ!!』
『尻くらい減るもんじゃないだろ。ほら、ちっと相手してくれよ』
『いたっ?!離せっ、このっ!!』
気持ち悪い笑みと視線にゾワゾワするものを感じながら、後ずさる俺の腕を無理矢理取って、ドワーフのおっさんは俺を自分のそばへと引き寄せる。
掴まれた腕を必死に振り払おうとするが、女になった細腕ではびくりともしない。
ヤバいと思って、顔を引きつらせていると。
『いだだだだだっ?!』
『城下警邏だ。それ以上彼女を強引に同席させるなら、今晩は牢屋で寝てもらうことになるが、構わないな?』
パシリとドワーフのおっさんの手首に関節をキメ、俺の腕を離させたセーロが片腕一本で筋骨隆々で自身よりもふた回りは大きな床に転がしていた。
『こぅらぁっ、ローシュ!!アンタまたロクでもない事してんじゃないよ!!』
『い、いや、別に俺はなんもしてねぇよ……』
『言い訳無用!!勘定払ってとっとと店を出て行きな!!』
騒ぎを聞きつけたココリネおばさんにお店の外に叩き出されたドワーフのおっさんにベーっと舌を出してざまぁ見ろとやっていると、後ろでセーロもおばさんにお盆で頭を叩かれていた。
『女の子から目を離すんじゃないよ!!それでも男かい!!城下警邏隊の名が泣いてるよ!!』
『面目ない……』
おばさんにお説教されているセーロはペコペコと頭を下げながら、最後にココリネおばさんに謝るのは私じゃなくてあの子だろう、とお尻をお盆で思いっきり叩かれて、いそいそと俺の下にやって来て、すまないと頭を下げた。
俺が良いよと言って、ようやく騒ぎは収まり、ここまで無表情に近かったセーロがあからさまに凹むさまを見ながら、俺はようやくテーブルに着くことが出来たのだった。