俺に何があったのかの話
声を掛けられて、ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは、少し濃いめの顔つきをした男性だった。栗色で強い癖のある髪と灰色の瞳が夕暮れ時の日差しの中でもハッキリ見ることが出来た。
鼻筋はハッキリしていて、彫りは深め。少し厚めの唇が大人の魅力を感じさせるその男性は、座り込む俺を端正な眉をハの字にして心配そうに覗き込んでいた。
『顔色が悪いな。家はどこだ?送って行こう。……あぁ、誤解を受けないために行っておくけど、俺は城下町の警邏隊に所属している。今は仕事上がりだが、保護や送迎も俺たちの仕事だ。ほら』
そう言って、彼は左胸にあるバッジを指さす。城下町を示す8角形に剣を重ねた紋章は、確かに城下警邏隊所属を示す物だ。
不審者ではない、と俺に示したいのだろうけど今の俺にとってそんなことはどうでも良い。
彼は家に送ると言うが、その帰る家が無いのだ。どうせお金も大した金額を持っていない。
宿を取ったところで野垂れ死ぬのは変わらないのだ。
そう思って、俺は彼の問いかけにも無視を続ける。
『……喋れないほど体調が悪いのか?』
心配する彼に対して、俺は顔を背けるだけで答える。どうせ、助けてなんてくれない。そんな考えが、すっかりネガティブな感情に浸ってしまった俺の心の中を埋め尽くしていく。
どんなに優しい人だって、どうせ途中で人助けに飽きて匙を投げるに決まってる。
自分も、そうすればよかったんだと思いながら顔を俯かせていると、不意に腕を掴まれ、グイっと身体を持ち上げられた。
『わっ』
『すまん。体調不良と言うよりは、なんというか落ち込んでるように見えた。そういう時は旨い飯を食えば少しはマトモになる。良い店があるんだ』
『えっ、わっ、ちょっと?!』
ぐいぐいと腕を引かれ、あっという間に路地から大通りまで戻されたかと思うと、彼は変わらず俺の手首を掴んだままドンドン道を進んでいく。
小柄になったせいで歩幅が落ちたのか、元から大きな彼の歩幅に着いて行けていないのか。多分両方だとは思うけれど、何度か転びそうになりながらも彼の歩みになんとか食らいついて行くこと大体10分、と言ったところだろう。
『ここだ。この店がこの城下町では一番旨い店だと、俺は思っている』
彼の案内で辿り着いたお店は【グレンツェン】と看板の掛かった食堂だった。
此処には勇者だった頃に何回か城の兵士たちに連れられて来ている。ケンタウルスの刺身とミノタウルスのホルモン焼が抜群に旨かった記憶がある。それを食べながら兵士たちと飲んだエールは最高に旨かった。
惜しむらくは老夫婦二人で切り盛りしているため、料理の提供がどうしても遅いことか。
常連の兵士曰く、その待ち時間が最高に料理を旨くしてくれる、とのことだった。空腹はいつでも、その世界でも最高のスパイスと言うことなんだろう。
『そ、それは良いけど痛いって!!あと、歩くスピード速すぎ!!何回も転びそうになったんだけど』
『む、それはすまない。俺も腹が減っていてな。詫びと言ってはあれだが、俺が奢ろう。俺で良ければ愚痴も聞く。……若く見えるが、飲めない歳ではないよな?』
『今年で21だよ。もういいよ、早く入ろ』
『そうだな』
離された手首をプラプラと振りながら、俺は彼より先に店のドアの前に立つ。全く、腹が減ったからと言ってあんな強引に引っ張ることは無いだろうに、何と言うか変わった奴だ。
彼の評価をそう定めつつ、俺が店のドアを開けようと手を伸ばすと先に彼の手がにゅっと横から伸びて来て、店のドアを開けた。
『レディにドアを開けさせるほど、落ちぶれてもいないんでな』
『……だったら、歩調もちゃんと合わせて欲しいところだね』
カッコつけているつもりなんだろうけど、それならさっきの件もしっかりレディーファーストでお願いしたいものだ。……俺がレディー、というのもなんだか変な話ではあるけれど、一応、肉体的にはそうだからどうしようもない。
彼もそれを言われると言い返せないようで、困ったように首筋を撫でていた。




