ぷろろーぐ
城下町の食堂【グレンツェン】は今日も大繁盛だ。その店内を、俺はパタパタと木の板を張った床の上を小走りで駆ける。
人で溢れかえった店内は全体的に大柄な人が多くて、動き回るのも大変だけど、俺の小柄な体格なら、その狭い隙間もひょいひょいと進んでいけるのでこういう時はとても便利だ。
「おーい、アユムちゃん。エールこっちにジョッキでくれー」
「こっちもだー」
「はいはい、エール二つね。ちょっと待っててくださいよっと」
そんな厨房に戻る間にも注文が入る。夕飯時で繁盛している時間帯とは言え、目が回るような忙しさだ。同じく接客やってるおばさんも忙しそうだし、この時間だけでもアルバイト雇った方が良いんじゃないかな。
「アユム、2番と7番の料理上がってるから配膳を頼むよ」
「うん、あと3番と11番にエールジョッキね」
厨房まで戻ると一心不乱に調理を進めるおじさんの姿が目に入る。既に二品ほど完成していて、伝票と一緒に置いてあった。サラマンダー皮の甘辛炒めと、鬼面鳥のガラスープ。コリコリの皮と甘辛いタレが絶品、丸一日使って仕込んだスープは味わい深く具も柔らかで老若男女問わず人気。二つとも、ウチの看板商品だ。
俺も初めて食べた時は目を剥くほどに美味しかった。以来、料理の練習もかねて、度々自分で作る練習をしている。まだまだ人には出せないけどね。
「ココリネに頼む。流石に手が離せん」
「いい加減アルバイト雇おうよ。っと、2番、7番配膳行きまーす。おばさーん!!3番と11番にエールジョッキ!!」
「あいよー!!」
調理するのに手いっぱいで、注文に対応する余裕がないおじさんに、いい加減アルバイトを雇うように言うが、相変わらずおじさんはなぁなぁな対応だ。なんだってアルバイトを雇うのを嫌がるのかなぁ。
俺が来る前もおじさんとおばさんの2人だけで切り盛りしてたみたいだし、お客さんがそんな状態なのを分かってくれてるから、料理の提供が多少遅くても文句も言わないし、気を利かせて容器を持参して、持ち帰りしてくれる人も多い。
帳簿を見る限り赤字どころか断然の黒字だし、アルバイトをせめて一人、いや後二人は雇ってほしいところではある。
「お待たせしましたー、サラマンダー皮の甘辛炒めになります。ご注文は以上ですか?」
「おー、待ってたぜ。相変わらず旨そうだ。注文も大丈夫だ」
注文の一つ、サラマンダー皮の甘辛炒めをお客さんに提供する。身長が2mを超すだろう大柄のその男性は牙の覗くその口元を緩めながら、ウキウキとした様子で料理にフォークを刺して口に運び、エールを煽る。
くぅ~、と唸るサマは元の世界にいる親父の晩酌の様子を思い出させる。結局、親父とは酒の席を共にすることは出来なかったけど、親父もこんな感じだったな。
「ずりーぞ!!アユムちゃんに配膳してもらうとか!!俺はココリネのばあさんだったのによー」
「なんだって?いらないんだったら下げちまうからね!!」
「わー!!なんでもねぇよ!!いつも通りうまいなって話さ!!」
少しの感傷に浸っていると、近くのテーブルに座っていた狼面のお兄さんのヤジが飛んでくる。それをいつもの地獄耳で聞きつけたおばさんに怯えて、尻尾を丸めている様子に周囲のお客さんは大笑いだ。
俺も釣られて笑いながら、次のお客さんへの料理を配膳して行く。
そうやっていつも通り仕事をしていると、また店のドアが開いてカランコロンと音が鳴った。
「いらっしゃいませー。あ……」
「今日も食べに来た。席は空いてるか?」
「う、うん、ちょっと待ってね。今いっぱいだから」
「分かった」
入って来たお客さんの顔を見て、ドキリと胸が鳴る。彼はこのお店の常連さんの一人だ。いつも仕事帰りに寄ってくれて、俺の作った料理を味見してくれている人。
今日も例に漏れず仕事帰りのようで、甲冑姿ではなく皮鎧を付けた姿だ。
パタパタと履いているサンダルが床を叩く音を響かせながら、俺はお客さんが帰った席の後片づけを大慌てでして、彼を席まで案内する。注文はいつも通り、ジェット海老と旬の野菜あんかけチャーハン。
彼の大好物だ。
「いいねぇ、あの純情な感じ」
「茶化すんじゃねぇぞ。あの子ら若いんだから、周りからチャチャ入れたら関係が滅茶苦茶になっちまう」
「わーってるよ。そんな野暮は真似はしねぇって。セーロが来たってことはアユムちゃんはしばらく厨房なのが残念だけどな」
「それも健気で良いじゃねぇかよ。まだ得意じゃねぇのに頑張って作ってんだからよ」
「あー、あんな健気な子が嫁に欲しいぜ」
厨房に向かう中、お客さんから聞こえてくる噂話にうなじまで真っ赤になるのを実感しながら逃げるように早歩きで通り過ぎていく。
うぅ、まだ付き合ってる訳でも無いのに……。
「頑張りな」
「う、うん……」
激励するおばさんの言葉を背に受けながら、よし!!と気合を入れて調理を始めることにする。まずは食材を準備しなくちゃ。
これが俺の今の日常。
元々は地球のしがない大学生。その次は勇者をやってたんだけど、今は城下町でもきっての人気食堂【グレンツェン】の看板娘だ。
理不尽に思うことはたくさんあったし、どうしようもないと諦めることもたくさんあった。
でも、今はそんなに気にしてない。なんでって言われても、今の生活が物凄く楽しいし、充実してるから、ってくらいしか言えない。
それに、まぁ、その、好きな人も出来た。『俺』に好きな男の人と言うのはおかしいのかも知れないけど、好きなものは好きだ。もう止まらないし止められない。
「にししし」
アイツが旨いと言ってくれる姿を想像するだけで、うれしくて笑ってしまうくらいには好きなんだ。
理屈とかそういうのは抜き、そうなったんだからそうするって決めた。
まぁ、ありがちな話だって俺も思うわ。でもさ、出来れば応援して欲しいな。俺って結構ヘタレみたいでさ。色んな人にお膳立てしてもらってようやくこの段階だし、よろしく頼みます。
そんなことを思いながら、俺は調理を始めたのだった。今日こそは完璧に出来ますよーに!!