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疲れた

その後の長く苦しい作業を、詳しく語る必要はないだろう。

もしも、これと似たような地道な捜査を、日本の警察がしているのなら、私は警察官を心から尊敬する。

今後は、二度と友人との自転車の二人乗りをしないと心に誓う!

あの時、『これくらい見逃せよ! ケチ!』とか、思ってしまって、ご免なさい!



「……それは、馬に二人で乗るようなものなのかい?」


心の声を駄々もれさせていた私に、リュシアンが聞いてくる。――――彼の声には、あまり元気がない。


「ちょっと、違うわ。自転車は、生きていないし」


「ふぅ~ん? 美春の世界は、面白そうなものが沢山ありそうだな」


疲れきった表情でリュシアンは呟いた。

同じく疲れている私は、「まあね」と、返事する。


今の私達は、まさに屍状態だった。ぐったりとして、指一本動かしたくない。――――宰相の資料は、想像以上に膨大で、気の遠くなるようなものだったのだ。


(まさか、本当に城にいた人全員分の調書を揃えてくるとは思わなかったわ)


さすが宰相。国王亡き後、国家権力を一手に掌握する実力者である。

明らかに日本語でも英語でもない、複雑怪奇な文様にしか見えない文字が羅列された山ほどの調書を見た私は、権力者って怖いって、本気で思ってしまった。


「しかも、読めるし。……そう言えば、私って、なんでこの国の言葉がわかるの?」


今さらの質問に、同じく資料を見て顔色を悪くしていたリュシアンが、ものすごく大きなため息をつく。


「君は“落ち人”だからな。“落ち人”には、この世界のどこに落ちても、自動的に翻訳魔法の加護がつくように、魔族が自動魔法を組んでいるんだよ」


それは、至れり尽くせりの設定だった。しかし、この時ばかりは、そんな加護はいらなかったと、思ってしまう。


悲しいことに、ばっちり読める調書に、涙目になりながら、私は向かい合ったのだった。





………………で、その結果が、今の屍状態の私とリュシアンである。


しかし!

努力の甲斐はあった!


膨大な資料と戦い、一つ一つを検証した私達は、ついに、容疑者を三人にまで絞ることができたのだ!


これぞ、地道な捜査の勝利である!

千里の道も一歩から!

三百ページの小説も、一文字からだ!!




………………コホン。


とりあえず、状況の再確認をしよう。


被害者は、この国の国王。

害者(ガイシャ)の御歳は、魔族であるため数えきれないが、三百歳を越えていることは確かだという話である。

温厚で知性派。魔族でありながら人間の統治を請われて、受けてくれたという、魔族にあらざる変人――――ではなく、寛容な精神の持ち主だ。


当然、国民からは、絶大な支持を受けていた。


「陛下が身罷(みまか)られた現在。建物にも通りにも半旗が掲げられ、祝事は自粛。国民のほとんどは、陛下の死を悼み、犯人に怒りを抱いている」


リュシアンの言葉に、私は頷く。

実際に私は、その様子を見られないが、上がってきた資料の中にあった新聞を見れば、それは明らかだった。

数社ある新聞のどの一面も、国王の死去を大々的に取り扱い、嘆き悲しむ国民の声や、その姿、町の様子が報じられている。

記事は全て、百年を超える国王の功績を称え、偉大な王を喪った国の未来を憂えるものだった。


同時に、国王が殺害された事実も報じられており、『史上最悪の蛮行』『許しがたい反逆』『犯人に極刑を!』等々、過激な煽り文句が並んでいる。


この国の国王は、本当に国民に好かれていたのだろうと思う。


一応は、疑いの晴れたはずの私にも、まだまだ疑惑の目は向けられているのだが、幸いにして私のことは、一切、記事になっていなかった。


「君は、落ち人だからな。落ち人を冤罪で処刑したなんてことになったら、魔族が黙っていない。落ち人の保護は、あまり人間の世界に干渉しない魔族が、唯一目を光らせている関心事項だ。……おそらく、宰相閣下自らが、情報が城外に出ないよう握りつぶしているのだろう」


とはいえ、事情を知る城内の人間からは、私はまだまだ不審人物。


そんな中でも、私を目の敵にする筆頭は、リュシアンの次に私が会った騎士だった。

彼の名前は、ポール・エブィ。私を見るたび露骨に睨んでくるので、正直うっとうしい。


「あいつは、孤児だったからな。――――陛下の治世でなければ、あいつが騎士になることはできなかった。その分、陛下を(しい)した犯人を憎む気持ちが大きいのだろう」


人間に対して平等で、平民や貧しい者も努力しだいで出世できるように、国王はしたのだという。


(まあ、魔族から見れば、人間なんて、貴族であろうとなかろうと、たいして変わらない存在のはずだものね)


ポールの気持ちはわかるが、私は無罪なのだから、睨むのは、やめてほしい。




「………そういえば、リュシアンは? あなたは、貴族なの?」


ツヤツヤサラサラの黒い長髪と、神秘的な紫の目をもつ超絶美形のリュシアン。

王子さまだと言われても不思議ではない容姿の彼は、高位貴族かもしれない。


(伯爵? 侯爵? ……それとも、公爵だったりして?)


内心、ちょっぴりワクワクする私。

庶民の日本人代表の私は、貴族とか、貴公子とかいう身分に弱い。

要は、ミーハーなのだ。



「あ? 俺? 俺は、靴屋の次男だよ」


なのに期待を込めた私の問いに、リュシアンは軽くそう答えた

私は、目を丸くする。


(靴屋の次男? この超絶美形が!)


とてもじゃないが信じられない。異世界の平民の顔面偏差値レベル、高すぎだろう。


「俺の実家は、王都でも評判のいい店なんだ。今度連れて行くよ。……親父は、世界一の靴屋さ」


自慢げに胸を張るリュシアン。



(ま、まぁ、そういうこともあるわよね)


決して身分にこだわるわけではないけれど、……ひっそりがっかりする私だった。

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