探偵じゃないんです!
「異世界からの落ち人か。……存在自体が珍しく、我が国では、昔の文献くらいにしか記述がない存在だが、陛下の許可がなければ入れぬ部屋に突然現れた理由はつくな」
難しい顔で考え込んでいた初老の男性が、低い声で呟く。
彼が、リール王国の宰相だ。
「とはいえ、落ち人だからという理由だけで、陛下を弑した犯人ではないと、決めつけることも出来ない。それゆえ、そなたは、自分で自分の疑いを晴らしたいと言うのだな?」
正確には、そんなこと私は望んでいない。
私が落ち人だと、認めてくれるなら、それはすなわち、私に動機がないと認めたということだ。
異世界人が、どうして、見ず知らずの国王を殺そうと思うだろう?
(まぁ、私が殺人狂だとでも言うのなら、話は違うけど)
いや、それにしたって、普通の日本人が、魔族の国王を殺せるはずがない。
どこからどう考えたって、百% 私=犯人説は、成り立たない。
それなのに、私の背後のリュシアンは「はい」と返事をした。
「美春は、異世界の探偵。殺人事件の犯人を探す専門家です。私と美春の力で、必ずや陛下を弑した犯人を捕まえて見せましょう」
自信たっぷりに言い切るリュシアン。
私は、内心青くなる。
抗議の視線でリュシアンを睨むが、彼は余裕綽々で頷き返してきた。
「そうか。……異世界には、そんな専門家がいるのだな」
いることはいるが、それは、絶対私ではない!
――――本当に、どうしてこんなことになったのだろう?
あの時、リュシアンに迫られて、何がなんだかわからずに頷いてしまった自分を、殴り飛ばしたい。
これからは、イケメンに対して、もう少し耐性をつけようと、私は密かに決意する。
「して、お前は、どうやって犯人を探すつもりだ?」
聞かれて、私は、仕方なく、ここにくるまでの間に考えたことを話しはじめた。
「まずは、調査をしたいと思います。――――国王様が殺された場所の状況や、その時の人員配置。死因や、死亡時間の詳しい報告もいただきたいと思います」
殺人事件の調査で、現場検証や遺体検分は、基本だろう。
「あとは、この城にいた人間全員の、当時のアリバイが知りたいです。その後、聞き込み調査をしたいので、そのための権限を、私とリュシアンにください」
過去に読んだ推理小説や、テレビのサスペンスドラマを思い出しながら、私は依頼する。
宰相は、驚いたようだった。
「城にいた人間全員?」
「はい。国王様を殺せる可能性のあった方、全員でお願いします」
多分、それはおそろしく膨大な数になるだろう。しかし、必要なことなので仕方ない。
(それに、調べるものが多ければ、時間がかかる言い訳になるわよね)
はっきり言って、私には、犯人を捕まえる自信がない!
ちゃっちゃっと、調査が終わってしまっては、その後『犯人は誰だ?』なんて聞かれても、答えを出せるわけがないのだ!
(そりゃぁ、犯行可能な人間が、たった一人で、その人にバッチリ動機でもあれば、『犯人はお前だ!』とか、格好よく言えちゃうかもしれないけれど)
世の中、そんなに上手くいくはずもないのである。
答えが出せないのなら、時間稼ぎをするくらいしかできることは無い。
(その内、王さまを殺した犯人が、何かを、しですかもしれないし――――)
国王を殺すくらいなのだから、犯人には目的があるはず。
一番ありそうなのは王位の簒奪で、だとすれば、次に即位した人が犯人の可能性は、大きい。
(その人が犯人なら、いいんだけれど)
我ながら、見え見えかなと思われる時間稼ぎの工作をして、私は当面を乗りきろうとしていた。
そんな私に対し、思った通り、宰相は、渋い顔をする。
「それでは、時間がかかりすぎる」
ごもっともな意見である。
それでも引けない私は、もっと、もっともらしく、地道な捜査の必要性を唱えようとした。
しかし――――
そんな私を制し、リュシアンが口を開く。
「閣下、美春は、自らが帰れる日を遅らせてまで、頑張ろうとしているのですよ!」
聞いた私は、ポカンと口を開けた。
(……帰れる日?)
初耳である。
「落ち人である美春は、何より元の世界に帰りたいと望んでいるはずです。そのために、事件の早期解決を、誰より願ってもいるはず。……それでも、彼女は捜査の手を抜かないと言っているのですよ! ここは、この国の者として最大限の協力をするべきでしょう」
リュシアンは、力説した。
それもそうかと、宰相も考え込む。
私は、……言葉が、出なかった。
(なによ! 帰れる日って!? ……私、日本に帰れたの!)
はくはくと、口を開けた私が、放心状態になったのは、仕方のないことだろう。