死神
私が聞いた途端、リュシアンは楽しそうに笑い出した。
「ハハ! ああ、ハハハ! こんなに楽しいのは久しぶりだ。――――美春、君は本当に俺を魅了してくれるね」
私は、何故か(まずい!)と思った。
一歩後退ろうとして――――自分が今転送装置から落ちそうな位置にいることを思い出し、なんとか思いとどまる。
美形の真顔も怖かったが、あんまり上機嫌すぎる美形も怖ろしいのだとわかった。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。君の言う通りだ。“魔族”が落ち人の意志を尊重するのは、決して破ってはいけないルールだからね」
だから国王も前女王の意志を力づくで曲げることができなかった。
そして、自分を“魔族”だと認めたリュシアンも、私の意志を曲げられない。
そういうことなのだろう。
それにしてはリュシアンがものすごく楽しそうなのが気になるが。
クツクツとまだ笑いながら、リュシアンは言葉を続ける。
「いろいろ言いたいことはあるんだけど……まずは、これかな? 俺はテオフィル・ナコス・ヴェルヴァディア・ファリスドール――――酔狂にも人間の王になっていた男の“友人”なんかじゃないよ」
私の考えの一つを、リュシアンはばっさり否定する。
人間の王と言ってくれてよかった。正直あんなに長い名前を覚えていなかったので、一瞬誰のことかわからなかった。
キョトンとしている私を見て、リュシアンはますます楽しそうに笑った。
「俺は、魔族の“看取り人”。――――長きを生きて狂い始めた魔族が、この世界を壊さずに逝けるように監視して最後の息の根を止める“死神”さ」
『死神』と、酷く朗らかにリュシアンは言った。
その後、私に説明してくれる。
――――やはり魔族は私の想像した通り、自殺を禁じられた種族だった。
しかしその理由は種の保存や宗教的なものではなく、力の強すぎる魔族が死のうとした際に勢い余って周囲を破壊したり道連れにしたりしてしまう事件が多発したため。
あまりに丈夫で力が強すぎると自殺もたいへんなのだそうだ。
ただ長い寿命を持つ魔族の中には、今回の国王のように死の間際に性格が変わったり正常な判断ができなくなったりする者が現れることがあった。
生命の限界が来たゆえの症状のため治療方法は皆無。
その際に本人の申し出により、正気を保っていられる限界を見極めて死への引導を渡すのが“死神”と呼ばれる一部の魔族の仕事だった。
「中には最後の最後で狂って抵抗する者もいるからね。魔族の中でも特に力の強い者しか“死神”にはなれないんだ。まあ、仕事が仕事だから進んでやりたがる奴はいないけど。――――強く生まれついた魔族の義務のようなものかな?」
損な役回りだとリュシアンは肩をすくめる。
「今回俺が使った石化の魔法は、一番ポピュラーな殺し方かな? 眠るように逝くからね。苦しまないで逝けるのさ」
国王からリュシアンの元へ依頼が来たのが、一年くらい前。
それからずっとリュシアンは国王の様子を見張るため人間の騎士としてこの国にいたのだという。
「テオフィルはおかしな奴でね。報酬を倍額払うから自分を殺した後もこの国に残り、人間たちが自分の死から立ち直り自力で歩いて行けるようになるまで見守ってほしいなんて言うんだよ。倍額じゃ割に合わないって断ったら、だったら俺の興味を惹ける“モノ”を用意すると言い出したんだ。そんなモノあるはずがないと言ったら、だったら賭けをしようという話になって――――」
聞いた途端、私の背中にゾクリと震えが走った。
リュシアンは楽しそうに笑い続けている。
「まさか、その興味を惹ける“モノ”が落ち人だとは思わなかったな」
その言葉を聞いて、私は愕然とした。
ならば私が異世界から落ちてきたのは偶然ではなく、国王が意図して召喚したものだったのだろうか?
「ああ。大丈夫だよ。“落ち人”でなく“召喚者”であっても扱いは変わらないからね。どっちもこちらの世界の都合で迷惑をかけたことに変わりはない」
変わらず私の意志を尊重してくれるとリュシアンは保証する。
より安らかに死ぬための石化の魔法は、時間をかけて段階的に進行するのだそうだ。
体は石と化し、どこからどう見ても死んでいるようにしか見えなくとも、意識はしばらく残り、やがてゆっくりと消えていく
最初に魔法をかけてしまえば最後まで見ている必要はなく、リュシアンが国王の部屋から空間転移で出て行った時、国王はまだ生きていたのだという。
「おそらく正妃が来た時も意識はあったと思うよ。まあ、正妃には死んでいるようにしか見えなかっただろうけどね。そしてその後で、最期の力を振り絞って君を召喚したんだと思う。……まったく、本当にこんなに興味を惹く“モノ”に会えるなんて思いもしなかったよ。――――賭けはテオフィルの勝ちだな」
負けたというのにリュシアンは嬉しそうだ。
「俺はね、仕事も終わったしテオフィルの死を確認したら直ぐにこんな国出て行こうと思っていたんだ。それなのに君が来て、あの騒ぎだろう? 仕方なく行ってみたら、君が俺に飛びついてきた。――――恐怖に震え、俺に必死でしがみついて離すまいとする君を見た時の俺の興奮を、どう言えば伝わるかな?……………………やっと会えたんだと、心から思ったよ。俺の心を動かしてくれる存在にね」




