いろいろ考えてみました
事件がどんな形で解決されようとも、私が日本に帰ることは変わらない。
夕食会が終わって、私は転移装置のある部屋に来ていた。
私を帰してくれるのは――――リュシアンだ。
あの後、自ら装置を操作してくれようとした宰相に、私はリュシアンに送ってほしいのだと願ったのだ。
(そうすれば、間違いなくリュシアンが解放されたことがわかるもの。それに――――)
宰相は渋っていたが、正妃の口添えがあって私の願いは叶えてもらえることになった。
見送りはリュシアン一人だけでいいという言葉も聞き入れてもらえて、今私たちは部屋に二人きりだ。
「さすがにこれは酷いんじゃないかな?」
なのにリュシアンは不満いっぱいにそう言った。
「ええ!? 当然の対応だと思うけど」
「これがかい?」
言いながらリュシアンは自分の右足を膝の高さまで上げる。
ジャラリと音が鳴って、鈍色の鋼が渋い輝きを放った。
「似合っているわよ。素敵なアンクレットね?」
「こういうのは美春の方が似合うと思うけど――――」
ドン引き発言に私は一歩後退る。
リュシアンの足首には鋼鉄の足かせがついていて、鎖の先は転送装置の操作機械に繋がっていた。
据え置き型の機械が押しても引いてもビクともしないことは既に実証済みである。
「だって、こうでもしなくっちゃ、リュシアンったら飛びかかってきそうなんだもの」
「当たり前だろう! 俺は世界を越えた“恋人”の必死の努力で晴れて無罪となった元死刑囚なんだよ。助けてくれた恋人に再会して感動の抱擁を交わさずにどうするんだよ?」
牢に入っていたはずなのに、まだ流布してもいない噂話を知っているのはどうしてだろう?
抱きつきたそうに手をワキワキさせるリュシアンから私はもう一歩距離を取った。
「そんなに下がったら転送台から落っこちてしまうよ?」
クスクス笑いながら指摘されて、私の頬は熱くなる。
「リュシアンがいけないんでしょう!」
怒鳴りつけた私はプイッと横を向いた。
もう既に私は転送台の上で、リュシアンは装置の前。
鎖は短く、私に彼の手は届かない。
「本当に帰ってしまうのかい?」
スッと笑みを引っ込めてリュシアンが聞いてきた。
「当たり前でしょう。……それとも残ってポールと結婚してほしいの?」
「それだけはやめておいた方がいいね。俺が間違いなくポールを殺すから」
低く冷たい声に、私の背中に冷汗がドッと流れる。
「――――素直に俺が君を元の世界に帰すなんて、本気で思っているの?」
静かな口調でリュシアンが聞いてきた。
私は――――コクリと頷く。
「思っているわ。私が“落ち人”である限り、責任もって私を元の世界に帰すのはこの世界のルールだもの。――――特に、“魔族”なら絶対守らなきゃいけないものよね」
私の言葉を聞いたリュシアンの顔から表情が消えた。
美形の真顔はたいへん怖いので、止めてほしいと心から思う。
「……へぇ~? それってどういう意味? 俺が魔族だとでも? ……どうしてそんな風に思うのかな?」
相変わらず冷たい声でリュシアンが聞いてくる。
私は、小さく肩をすくめた。
「いろいろ考えたからよ。……考えていて、何より引っかかったのは、いくら寿命を迎えて狂いかけていたからって国王さまが安易に自殺なんてするかしら? ってことだったわ」
この国リールを一人で支え統治していた魔族の国王。
彼が、王を自殺で喪った国がどうなるか考えなかったなんてことがあるだろうか?
確かに、このままでは遅かれ早かれ狂った彼自身によって国は亡びるかもしれない。
しかし、彼が自殺することも同じくらい国を亡ぼす行為なのだ。
「国王が自殺すれば臣下や国民の意識は著しく低下するわ。それにこの機に乗じて他国が侵略してくる可能性もあるでしょう? そんなことになっては元も子もないはずだもの」
国王がそれに気づかぬはずがない。
ならばいったいどうするのか?
私は、自分の考えたことをゆっくり言葉にした。
「きっと国王さまは、自分を喪っても国が正しく機能するようにしようと考えたはずだわ。――――例えば、何かの機械が壊れた時、一番簡単な修理方法は壊れた部品を入れ替えること。――――だったら国王さまも自分と同じ力を持った新しい国王と入れ替わればいいと思ったんじゃないかしら?」
魔族だった国王と同じ力を持つ者なんて魔族以外にいないだろう。
国王は、魔族の中から新たな国王を迎えようとしたはずだ。
「ただ問題は、国王さまって魔族の中でも『変人』と呼ばれるくらいの酔狂な人だったのよね? その国王さまと同じくらいの『変人』が、果たして魔族にもう一人いるかってことなんだけど」
私の問いかけを受けて、能面みたいだったリュシアンの眉間にしわが一本刻まれた。
不快そうなその顔が何より雄弁な答えだろう。
「代わりの魔族は見つからない。……でもいくら変人魔族の国王さまでも最期の頼みを聞いてもらえる”友だち”くらいいたんじゃないかしらって、私は思ったの。代わりの国王になってくれなくても、国が滅んだりしないように見守ってくれるくらいはしてくれる友だちが」
たずねるように見つめれば、リュシアンは不機嫌顔のまま口を開いた。
「それが俺だと? 本当になんでそんな風に思ったんだ?」
先ほどと同じ質問に、私は腕を組み首を傾げる。
「う~ん……なんとなくかなぁ? リュシアンが、国王さまがおかしくなってから騎士になったこととか、他の人の評価をまったく気にしないところとか――――なんかリュシアンって普通の人とは違うわよね?」
あとは美形すぎるところと、それなのに私なんかに興味を持ったところだろう。
『“落ち人”というのは、魔族の興味をとても煽る存在なんだそうだよ』
塔の中で聞いたアシルの言葉が私の脳裏に蘇る。
そうならば、リュシアンの私への執着も頷けるというものだ。
「あ、それにポールから他の騎士たちにも確認してもらったんだけど……誰もリュシアンの実家だっていう靴屋の靴を持っている人はいなかったわよ」
王都でも評判のいい靴屋の次男だと言ったリュシアン。そんな同僚がいれば騎士の中に一人くらいはその靴屋の靴を持っている人がいるのが普通だろう。
でも、リュシアンが靴屋の次男だと知っている者は大勢いても、靴そのものを持っている人は誰もいなかった。
靴屋なんて実在しなくて、その情報だけ信じこまされているなら当然だ。
「あと――――出会った時、パニックを起こした私をリュシアンは『落ち着け!』って言って落ち着かせてくれたでしょう? 私、あれで不思議なくらい直ぐに落ち着けたんだけど……そしたら、塔の中でアシルさんが国王さまに『落ち着け』って命令されて落ち着いたって、同じような話をしてくれたのよ」
国王の声は、腹の底に響いて何故か安心できる声なのだとアシルは言っていた。この声に従えば大丈夫だと無条件で思えたとも。
それは私がリュシアンの声で落ち着いた時と同じ感想だ。
「あれって魔族の魔法だったんじゃない?」
いろいろなこと全てがリュシアンが魔族なのだと思えばストンと落ちることばかり。
あと、この際だから聞いてみたい質問が私にはあった。
「で、最後にこれは本当に想像でしかないんだけど、聞いてみてもいい? ………………魔族って、自殺できる種族なの?」
趣味の読書が雑食で、SF、ファンタジー、ミステリー、なんでもござれと私は読んでいた。
その読んだ本のどこかに長命な種族の物語があったのだ。
あまりに長命すぎて生きることに飽いてしまい直ぐに自ら命を絶ってしまうため、自殺を禁じられているという種族の物語が。
魔族がそうだとは限らないが、人間だって自殺を禁じている宗教もある。
魔族が自殺を禁じられていたとしても、私はあまり驚かない。
「国王さまは、自分の後を頼むだけじゃなくて、狂っていく自分を”殺してもらう”ためにも、魔族の友人を呼んだのじゃないかしら?」