美味しいものは美味しく食べましょう!
宰相はポカンと口を開ける。
正妃まで上品な口を小さく開けて固まった。
そんなに驚かなくてもいいだろうと、私は思う。
(自分でさんざんダメだししたくせに)
私だって証拠の一つもない二番目のシナリオが通るなんて思っていない。
(……真実に近いのは二番目だとは思うけど、それを立証する時間がないんだもの)
動かぬ証拠や証人を見つける地道な裏付け捜査には、何より時間が必要だ。
しかし、私には肝心なその時間がない。
だとしたら私はいったいどうすればいいのだろう?
どうしたらリュシアンを助け出せるのか?
そう考えた結果が――――最初のシナリオだった。
リュシアンを解放しても差しさわりのない、より受け入れやすく、より安全で、より完璧なシナリオを私は提案したのだ。
――――自殺説を脅しに使いながら。
側妃が、クスクス笑い出した。
「……そうね。あなたの言う通りだわ」
見かけによらず頭のいい側妃は、そう言って頷く。
「ええ、お薦めのシナリオですよ。……そうすれば国民は敬愛していた国王さまに見捨てられたと感じずに、亡き国王の遺志を継ぎこれまで以上に国を盛り立てようと頑張るでしょう。リュシアンの自白の件も、アシルが私を塔に閉じ込めて開放する代わりに身代わりになれと脅したとでもなんとでも理由をつければいいんです。……非常に不本意ですが、私とリュシアンの世界を越えた恋話なんかも絡めたらより同情を引けるかもしれませんね。――――で、天下の名探偵である落ち人の私が、愛するリュシアンのために名推理で事件の真実を暴く! 見破れらたアシルは再び塔に逃げ込み、今後はニ度と出てこられないよう厳重に封じこまれた! ――――とかなんとか話をでっち上げるんです」
私はここぞとばかりにプレゼンした!
恋愛うんぬんは、本当に心からものすごく! 不本意だが――――受けがいいのは間違いないから仕方ない。
側妃はキャラキャラと大きく笑い出した。
「まあ、とてもステキなシナリオね!」
「お気に入りいただいて嬉しいです」
こういうところは同年代。話が通じやすくて助かる。
世代間ギャップのある宰相と正妃は、そんな私たちを呆気にとられたように見ていて、まだ呆然自失としていた。
「大丈夫ですか?」
あんまり戻ってこないから、心配になって私は声をかける。
「あ、そうそう。私を強制的に帰してこのままリュシアンに罪を着せて処刑しようなんてシナリオは止めた方がいいですよ。その場合、国王自殺説が大々的に世間に広まるように手を回していますから。――――証拠なんてなくたって、人はショッキングな話を声高にしたがるものなんです」
デマやゴシップが大手を振って世間をまかり通るのは、それを煽る存在がいることよりも、そんな話を喜んで聞き広める人間がいることの方が大きな原因だ。
噂を広めるのに必要なのは確たる証拠ではない。
その話を聞いた相手がどれほど驚き興奮するかだ。
そういった群集心理がよくわかっているのだろう。ようやく我に返った宰相は、眉間に深いしわを寄せた。
「……お前のその話が本当だと言う証拠は?」
「ありません。信じるも信じないも宰相さまと正妃さまの判断にお任せします。……リスクを承知で私を強制送還なさるのも一つの手段でしょうけれど」
そんな危険を宰相が冒せるはずがない。
「――――このまま自分が口封じをされるとは思わないのですか?」
黙って聞いていた正妃が、ここでようやく口を開いた。
その目は静かに凪いでいて、私はホッとする。
「思いません。“落ち人”の保護は他ならぬ魔族の命令です。それに逆らえる力が人間にあるとは思えませんから」
そもそも私を殺せるのなら、塔に入れられる時に既に殺されていたはずだろう。
それが出来なかったのだから、あとは押して知るべしである。
正妃は――――フワリと笑った。
背筋がピンと伸び、体が大きく見える。
国の女性のトップに立つ人物が戻ってきたのだ。
「わかりました。私もはじめのシナリオを支持いたしましょう」
「やったわ!」
私は両拳を握り締めガッツポーズを決める。
「正妃さまっ――――」
宰相が咎めるような声を上げかけたが、私と正妃、そして側妃にジッと見つめられ口を閉じた。
女性三人の視線を受けて、あからさまにたじろいでいる。
宰相は、グッと歯を食いしばり――――やがて渋々と「わかった」という言葉を絞り出した。
「正妃さままでそちらに回られては私の勝ち目はない。そなたの最初のシナリオに乗ろう」
「本当ですか?」
「約束する」
宰相の口調は苦いが、その声はどこか明るく聞こえた。
「私とて無実の人間を好んで牢に入れたいわけではない」
その言葉を信じたいと心から思う。
でも、おそらく大丈夫だろうとも思った。
(だってそもそも宰相さまは、事件の迷宮入りを狙っていたんでしょうから)
そうでなければ見も知らぬ”落ち人“の小娘なんかに大切な事件の捜査を任せるはずがない。
「あ~! 良かったぁ。これで心置きなくデザートが楽しめるわ!」
両手を頭の上に上げ、大きく伸びをした私は、心の底からそう叫んだ。
そのまま二~三度体を横に曲げ、小さなフォークを右手に持つ。
最初から目を付けていたチョコレートケーキをブスッと刺して、あ~んと大きく開けた自分の口に放り込んだ。
口の中いっぱいに甘さとチョコレートのほろ苦さが広がって、思わず笑顔になる。
「美味しい! さすが高級品!!」
ジ~ン! と感動に浸りながら、私はチョコレートケーキを堪能した。
すると同時に、シ~ン! と周囲が静かになる。
見れば、宰相も正妃も、側妃さえも呆れたように私を見ていた。
いったいどうしたというのだろう?
「……えっと? デザート美味しいですよ。食べられないのですか?」
私の質問に、宰相は顔をしかめ、正妃はパチパチと瞬きした。
「……プッ」
側妃が小さく吹き出す。
「この状況の中で『これで心置きなくデザートを食べられるだ』なんて」
クスクスクスと側妃の笑い声は止まらない。
「……呆れかえってモノも言えん」
「さすが“落ち人”ですわね」
宰相は苦笑し、正妃も笑を漏らす。
どうして笑われているのかわからなくて私は首を傾げた。
(デザートを美味しく食べるためにも、面倒なプレゼンを先に済ませたのよ。美味しく食べてもいいでしょう?)
ともあれこうして異世界最後の夕食会は終わったのだった。




