シナリオ2
「国王さまを殺したのは――――国王さま自身です。国王さまは自ら命を絶たれたんです」
できるだけ冷静に私はそう告げた。
つまりは自殺だということだ。
(だってそうでしょう? 殺されたのはこの国で唯一の魔族の国王さまなのよ。いったいどんな人間ならあんな万能魔族を殺せるわけ?)
私はこの世界で暮らせば暮らすほど積もっていった思いを心の中で呟く。
最初はよくわからなかったから、国王が殺されたのだと言われたらそうなのだと思った。しかし魔族の力を知れば知るほど殺害なんて不可能だとしか思えなくなる。
特にあの塔を見た後では、人間が魔族を殺害するなど天地がひっくり返っても出来ないだろうと確信した。
ならば自殺だと考えた方がずっと自然だ。
(もっとも、それ以外のケースも考えられないわけじゃないけれど――――)
私の言葉を聞いた宰相と正妃は、見るからに動揺した。
「そんなっ……そんなことはありません!」
正妃は椅子から立ち上がり、否定の声をあげる。
私は彼女をジッと見た。
「ありますよね? あなたはそれを一番よくご存じのはずです。……だって、自殺された国王さまを最初に見つけたのは、正妃さまあなただったのでしょう?」
私の言葉に呆然として彼女は腰をおろした。
今はじめて、私は正妃が年相応の五十歳の女性に見える。
肩を落とし小さく震える年配の女性は、正妃としての重い役割と責任をずっと一人で背負ってきた。
そんな女性に対し、私は言葉を続ける。
「これは、想像でしかありませんけれど――――国王さまが亡くなられたあの日。私が落ちてくる少し前、あなたは国王さまのお部屋を秘密裏に訪れられたはずです。目的は、正妃の役目を免じられたことの撤回で、その目的を誰にも知られるわけにいかなかったあなたは、正妃の部屋と国王の部屋を繋ぐ隠し通路を使い陛下のお部屋に入られました。――――そこで見つけられたのです。石化の魔法でお亡くなりになっている国王さまを」
正妃はギュッと目を瞑り黙って項垂れている。
「おそらく国王さまの枕元には遺書があったはずです。そうでなければ自殺かどうかなんて直ぐに判断がつかないでしょうから。……遺書を読んで自殺を知ったあなたは咄嗟にそれを隠そうとなされた。――――この国をまとめ支えていたのは魔族である国王の存在です。圧倒的なカリスマで国を支配していた国王が自ら死を選んだなどと知られたら国そのものが崩壊するかもしれませんからね」
自らの人生の全てを国と国民のために捧げてきた正妃。
彼女が、国王の自殺を知ってそう判断したとしても不思議ではない。
「バカげたことを。そんなことはそなたの妄想だ。証拠はどこにある? その遺書を見つけたとでも言うのか?」
呆れたように宰相が言ってくる。
私は首を横に振った。
「遺書はありません。あってはならないものですからね。早々に燃やして処分されてしまいました。燃やされたのは、宰相さまあなたですよね?」
私の指摘に宰相は気色ばむ。
「何の証拠があって――――」
「あの日の翌朝、宰相さまの私室を掃除した使用人がティーカップのソーサーに煤が付いていたと証言してくれました。白磁の高級品なのにどうしようと青くなったと言っていましたよ」
これはポール情報だ。平民出身の気のいい騎士は使用人にも顔が広く、宰相や正妃に関係する使用人から有力情報をかなり集めてくれた。
「国王の自殺という前代未聞の大事件に面した正妃さまが宰相さまに相談されるのは自然な流れです。そしてお二人は自殺という事実を握りつぶそうとされた。遺書さえなければ石化の魔法で死んでいる国王が自殺だと決めつける証拠はありませんからね」
「でたらめだ」
宰相は一言の元に私の推理を切り捨てた。
「それこそ何の証拠もないことを憶測だけでモノを言うのは止めてもらおう。第一お前の言うことが真実なら、メデューサの目が陛下のお部屋になかったことをどう説明するつもりだ?」
自殺した国王が自らを殺した凶器を運べるはずがない。
宰相はそう言いたいのだろう。
「言っておくが、隠し部屋に隠したなどと主張するのは論外だぞ。二十キロのメデューサの目を隠し部屋までならともかく、その後長く細い隠し通路を私や正妃さまが運ぶのはとうてい無理な話だからな。……それとも『重いものを運ばされました』と証言する使用人を見つけたとでも言うつもりか」
言えるものなら言ってみろという勢いで宰相は私を睨みつける。
隠し通路が“長く細い”と言っている時点で宰相が隠し通路の詳細を知っていると自白しているも同然だが、そこは指摘しないでいてあげよう。
隠し部屋にメデューサの目を隠したと、確かに私も一度は思ったが――――
「私も凶器のことは、はじめからずっと引っかかっていました。国王さまの死因が石化の魔法だとはっきりしているのなら、何故犯人はメデューサの目を“隠す”必要があったのだろうかと」
殺人犯人が何故凶器を隠すのか?
それは、もちろん凶器から自分のアシがつかないためである。
凶器に自分の指紋が付いていたり、凶器そのものが特殊でそこから犯人が絞り込めるものであったりと理由は様々だが、隠すからには隠すなりの理由があるはずだ。
しかし、今回の事件は死因から凶器の特定はできている。しかも、その出処も王宮の保管庫とわかっているのだ。ベッタリついた指紋だってきれいに拭けば問題ないだろう。
無理をして凶器を隠す理由はどこにもない。
なのに凶器は隠された。
「どうして犯人は、わざわざ苦労して重いメデューサの目を隠したのでしょう?」
私の問いかけに正妃はピクリと肩を震わせる。
宰相は苦い顔で黙り込むばかり。
「……どうして?」
本気で考えてわからなかったのだろう。側妃が不思議そうに聞いてくる。
私はニッコリ笑った。
「犯人は凶器を隠したりしていないんですよ。……凶器なんて、元々国王さまの部屋になかったんですから」
自信をもって私はそう言った。