ミステリー研究会の会員は、探偵ではありません!
「女子大生?」
名前を名乗った私に、リュシアンが、不思議そうに首を傾げる。
「聞いたことがないな?」と呟きながら、自分の胸に手を当てた。
「俺はリュシアン。リュシアン・レイク・マルブランシュ。この国の王に仕える騎士だ。……美春、今度は、君の話を聞かせてくれるかな?」
クラクラしそうな笑みを浮かべて、リュシアンは、そう言った。
(グッ! 美形の笑顔、半端ない……ていうか、呼び捨て? この国では、下の名前で呼び捨てるのが、普通なの?)
私の戸惑いも何のその、リュシアンは、その後も、フレンドリーに、話しかけてくる。
聞かれるままに、私は自分のことを話していた。
「――――へぇ? 君の世界は、成人した後も働かずに学ぶのかい? 平民でも?」
大学とは何かを説明した私に、彼は目を丸くする。
「余程豊かなのだな」
こちらの世界の人間は、十五才で成人した後は、男女共に働くそうだ。
「陛下のおかげで、長期に渡り平和を甘受してきたこのリール王国でも教育は成人までだぞ。それ以上学ぶのは、貴族でも官吏を目指す者だけだ。それだって仕事に就きながらなんだがな」
驚くリュシアン。
まぁ、確かに現代の高等教育は、やりすぎの面もあるのではないかと、思わないでもない。
就職出来ずに、結果として大学院に進んだ先輩を思い出し、私は苦笑いする。
「大学は、学ぶために行く場所ですけれど、私は、どっちかっていうと、社会勉強のための方が大きいかな? サークルとか有って、趣味が同じ人と語り合ったりもするんです。……楽しいですよ」
大学のように、大人数が集まる場所で、不特定多数の人と交流するのは立派な社会勉強だ。
私は、自分の言葉にウンウンと頷く。
「サークル?」
「あ、はい。私はミステリー研究会に入っていました」
「ミステリー研究会?」
リュシアンは、不思議そうに首を傾げた。
私は、今度は、ミステリー研究会の説明をする。こんな説明いるのかと、思わないでもなかったが、リュシアンは興味深そうに聞いてくる。
暫く聞いて――――突如「それだ!」と、声をあげた。
「へ?」
「それだよ、それ!」
それとは、どれのことだろう?
リュシアンの長い腕が伸び、大きな両手がガッシリと私の両肩を掴む。
目の前に、美しい顔が迫り、私はアワアワと狼狽えた。
「ミステリー研究会だよ! ……今回の件で、残念なことに美春の容疑は、まだ完全には晴れていないだろう? 俺は、約束通り、精一杯君を守るけど、完全に守れるとは限らないからね。このままでは、君は、最悪、拘束される可能性がある」
「拘束?」
それは、自由を奪われ、閉じ込められるということだろうか?
突如、私の脳裏に、鉄格子のはまった牢屋の光景が浮かんだ。
ベッドは一つで、トイレも同じ部屋。狭く暗い地下牢だ。
(いやぁ!)
顔から、一気に血の気が引いた。
そうなるかもとは思ったが、実際想像するのは恐ろしい。
ブルブルと首を横に振れば、リュシアンが、肩におく手に力をこめた。
「だから、君は、自分で自分の容疑を晴らすんだよ! 自分は、異世界で犯人を捕まえる専門家――――ええと、探偵だっけ? それだと言ってやればいい。そうして、陛下を弑した犯人を捕まえて見せると主張するんだ。そうすれば、君は少なくとも拘束されることはない」
うんうん、いい案だと、リュシアンは、自分で自分の考えにご満悦だ。
(え? それでいいの?)
拘束はされなくとも、他の面で、とんでもないことになりそうだ。
「わ、私は、ただのミステリー研究会の学生で、探偵なんかじゃないわ!」
しかも、ノリで入っただけの冷やかし部員である。
「そんなこと、言わなければ、バレないだろう?」
いや、確かにそうだけど!
「犯人探しなんて、出来ないわよ!」
「大丈夫だよ。俺も手伝う」
リュシアンは、ニッコリ笑ってそう言った。
「――――今回の事件は、俺の警備の当番時に起こった。……俺自身、責任を感じているんだ。出来れば自分の手で犯人を捕まえたいと、思っている。……君だって、拘束されるより、犯人を探している方がいいだろう。俺たちの利害は、一致するんだ。しかも、同時に、俺は、君を守るという約束も守れる。……頼む。俺と一緒に、犯人探しをしてくれ!」
両手を肩にのせ、熱心に私を説得しようとするリュシアン。最初は笑顔だったのに、段々とその顔は、真剣になってくる。
私を「守る」と言っただけにしては、親切すぎるくらいに親切だったリュシアンだが、どうやら、彼には彼なりの思惑が、あったらしい。――――私は、事件の重要参考人。自分で事件を解決したいと思っているなら、私にくっついていた方が、彼には都合が良かったのだろう。
(やっぱり! 親切なだけの人じゃなかった!)
ちょっと悔しい私だが、……それとは別に、とてつもなくきれいな顔が、限りなく近くなり、まるで、キスを迫られているようで、私は、焦った。
(うっ! うっわぁぁぁ!)
私が、――――冷静で、いられるはずがない!
自慢じゃないが、私は彼氏いない歴=年齢なのだ!
しかも、美形にとことん弱い!
何がなんだかわからずに頷いた私は、……悪くない!
「わかった! わかったわ。犯人探しでもなんでもするから! だから、お願い! ……離れて!」
そう言ったのに――――
「本当かい。ありがとう美春! 一緒に、犯人を捕まえよう!」
感激したリュシアンは、ガッシ! と、私を抱き締めた。
ほっそりとした見かけに反し、逞しい体が私を包む。
――――私が、再び気絶したのは、仕方のない事だろう。
そして、次に目が覚めた時には、既にその話は決まっていたのだった。