隠し通路
「明後日って、それはまた早いわね。よっぽど私に早く帰ってほしいのね」
私は少し呆れてしまう。
とはいえ、今は呆れている間も惜しかった。
夕食会が明後日ならば、多分私はその日の内に日本に帰されてしまう。
つまり、猶予は後二日ということだ。その間に真犯人を見つけなければならない。
(リュシアンが犯人かどうかも含めて納得できなきゃ、日本に帰れないわ!)
まず考えなければならないのは、何故リュシアンがメデューサの目を持っていたのかだった。
動かぬ証拠を突き崩さなければ、リュシアン犯人説は覆らない。
――――考えられる理由は二つだ。
一つは、リュシアンが犯人でずっとメデューサの目を隠し持っていたというもの。
(でも、リュシアンは騎士だから普段暮らしているのはきっと騎士寮みたいなところよね。あまりプライベートスペースが有りそうには思えないんだけど?)
まぁでも、隠そうと思えば隠せないわけではない。城の外に持ち出して、そこに隠していたということだって考えられる。
(そう簡単に持ち出せるとも思えないけれど……)
もう一つは、犯人は別の誰かで、私を塔から助ける手段を探していたリュシアンにメデューサの目を渡したというものだった。
その引き換えに、国王殺害の罪を被れと言ったのだと思われる。
(国王殺害犯は死刑だろうけれど……例えば、真犯人が身分の高い人なら『自分の口利きで極刑は免れさせてやる』とか『新国王即位の際の恩赦で罪を減刑させてやる』とか、いろいろ言いくるめることができそうだもの)
何より、リュシアンは私の身を心から案じてくれていたはずだった。
(私を助けるためならなんだってする! とか、恥ずかしげもなく言って実行しそうだもの)
その様子を考えれば、いたたまれなくなってしまうが――――リュシアンなら十分ありそうなことだ。
ふいに、私は自分が塔から出てきた時の、リュシアンを思い出した。
顔をクシャクシャにして痛いくらいに強く私を抱きしめた彼を。
今までで一番カッコ悪くて、でも一番心に残るリュシアンの姿だった。
私の頬は、瞬時にカッと熱くなる。
心臓がバクバク鼓動を早めた。
指先がジンと痺れるような熱を感じて、慌てて両手を握り締める。
(ダメよ。感動とかしている場合じゃないもの! 時間がないのよ! ……私、考えなくっちゃ)
パタパタと両手で自分の頬を扇ぎながら心を落ち着かせた。
(何を考えていたんだっけ? ……そうそう、なんでリュシアンがメデューサの目を持っていたかだったわよね?)
リュシアンが隠し持っていたにしろ、リュシアンを唆した誰かが持っていたにしろ、今の今までメデューサの目は行方不明だった。
城中徹底して探しても見つからなかったのだ。
――――いったいどこに隠されていたのだろう?
(私が犯人だったらどこに隠すかしら? やっぱり、国王さまの部屋にあった隠し部屋?)
しかし、隠し部屋からはメデューサの目は見つからなかった。
元々そこには隠していなかったのか?
それとも、いったん隠して、部屋が発見される前に密かに移動させたのか?
(二十キロのメデューサの目も、長い距離を運ぶのは無理でも部屋の中だけくらいの移動なら誰でもできそうだものね?)
国王さまが殺されてから私が落ちてくるまでそんなに時間は経っていなかったはず。
ならば、やっぱり一度隠し部屋に隠していたと考える方が合理的だ。
ほとぼりが冷めた頃に取りにくればいいのだから。
(でも、爆破されるまで部屋は厳重に監視されていたはずよね?)
私が行った時も、部屋の前ではポールが警備に立っていた。
警備の騎士の目を盗んでメデューサの目を運び出すことは可能だったのだろうか?
つらつらと考えながら――――私の思考は、何かに引っかかった。
(……何かしら?)
何か気にかかることがあるのに、何に気をとられているのかわからない。
(隠し部屋についての“何か”だと思うんだけど……)
隠し部屋のことを考えていると、フッと何かを思い出しそうになるのだ。
(…………隠し部屋で思い出すことって言えば……前の正妃さまよね? ……彼女はあそこで陛下の秘密を見て、絶望したんだわ)
塔の中で、アシルは私にそう教えてくれた。
(――――でも、考えてみたら……よく前の正妃さまは、国王さまに見つからずに秘密に気づけたわよね?)
万能魔族だった国王だ。自分の部屋に正妃とはいえ誰かが入ったことに気づかないなんてことがあるのだろうか?
それに、そうだ!
国王は部屋の施錠を自ら魔法で行っていたのではなかっただろうか?
施錠の魔法自体は難しくないが、魔力が桁外れの国王のかけた魔法を破れる者など誰もいないとリュシアンは言っていた。
(無理やり開けるなら力業しかないのよね? でも普通の女性に力業でドアを開けるなんてできるの?)
とても無理だとしか思えなかった。
(……もしかしたら、国王さまの部屋から以外にも隠し部屋に直接入れる方法があったりして?)
私は、考え込む。
――――それは、ありそうなことだった。
(隠し通路よ! 国王さまの隠し部屋が、隠し通路で別の部屋に繋がっているんだわ!)
そして、その別の部屋とは十中八九正妃の部屋だ!
(今は正妃さまの部屋だけど、昔は前女王さまの部屋だったんじゃないかしら? そうでなければ、国王さまの部屋が前女王さまの部屋で、正妃さまの部屋が当時の国王さまの部屋だったりして?)
そもそも、国王は前女王を好きだった。
自分の部屋と好きな人の部屋を秘密の通路で繋ぐとか、魔族の国王ならいかにもやっていそうな感じである。
(国王さまには通路はいらないかもしれないけれど、人間だった前女王さまには必要だったはずだもの)
国王が好きな時に互いの部屋を訪れられるようにしていても不思議じゃない。
(前の正妃さまは、その隠し通路を偶然見つけたんじゃないかしら?)
そうなのだとしたら、彼女が国王に見つからずに隠し部屋の秘密を知ったのも頷ける。
(……でも、爆発で部屋が発見された時に、隠し通路は見つからなかったのよね?)
少なくとも私はそんな話は聞いていない。
運よく見つからなかったのか?
それとも――――誰かが故意に隠したのか?
(まぁ、まだ通路があるとは決まっていないけど)
もしも通路があって正妃の部屋に直通しているのならば――――国王殺害の密室トリックは解ける。
国王を殺害した後、犯人は凶器のメデューサの目を持って隠し部屋から逃げたのだ。
(その場合、犯人は正妃さまってことになるの?)
そうでなくとも正妃が国王殺害に協力していたことは間違いなくなる。
メデューサの目も正妃の部屋の中に隠してあったなら、そうそう見つけられなかっただろう。
しかも正妃はリュシアンが私に特別な想いを持っていたことを知っている。
(あやしいけれど証拠は皆無だわ。……今からもう一度隠し部屋があったところに行っても、きっともう痕跡は見つからないのでしょうし)
もう少し早く、せめて爆破で隠し部屋が見つかった直ぐ後に通路の可能性に気づけていたらと思うが、過ぎてしまったことは仕方ない。
(それより、私には確認しなければならないことがあるわ!)
今度こそ手遅れにならないように――――私は覚悟を決めて立ち上がった。




