夕食会
宰相は、フ~っと大きなため息をつく。
「そなたの帰還も、もう既に決まっていることだ。決定は覆らない」
冷たい顔で言い切られてしまう。
(そんな! このまま無理やりにでも帰されちゃうの?)
それだけは避けたかった。リュシアンが捕まったまま帰るなんて絶対嫌だ!
打開策はないかと、私は必死で頭を働かせる。なんとか帰還を先送りにしたい。
「…………お礼の品は、もらえないんですよね?」
つい先ほどまで「帰らない!」とごねていた私が、急に話題を変えたため、宰相は戸惑ったような顔をした。
「あ、ああ。申し訳ないが――――」
「だったら! お礼の品の代わりに私の労をねぎらう夕食会を開いてください。元の世界に帰る前に、せめて豪華な料理を食べたいです。贅をこらした日本では見たこともない珍しい料理をご馳走してください。それをこちらでお世話になった宰相さまと正妃さま、それに側妃さまとも一緒に食べたいです!」
私の“お願い”に宰相は目を丸くした。
「夕食会? それは――――」
言いながら徐々に表情を険しくする。
いきなり夕食会を開く――――しかも宰相、正妃、側妃も揃えた夕食会なんて、急には無理だろう。引きこもりの側妃はともかく、宰相と正妃には公務がばっちり入っているはずだ。身分が高ければ高いほど公務でなくとも断れない私的な食事会も多い。
(一朝一夕には無理よね)
私の予想通り、宰相は断りの言葉を口にしはじめた。
「それほどの規模の夕食会は、無理――――」
「開いてください!」
宰相の言葉を、私は遠慮なくぶった切った!
ここで退くわけにはいかないのだ。
「絶対に開いてもらいます! ……それとも、先ほど私に『世話になった』、『本来なら礼の品でも贈るところだ』と仰ったのは嘘ですか?」
私の勢いに、宰相は渋面になる。
「嘘ではないが」
「ではそれを証明してください!」
グッと詰まった宰相は、しばし黙考した。
「……その夕食会が済めば、そなたは素直に帰るのだな?」
問われて私は――――頷いた。
ここで『否』と言えば、せっかく開いてもらえそうな夕食会自体が潰れる可能性がある。
「――――わかった。可能な限り早く日程を調整し、速やかに夕食会を開こう。そしてそなたはそれを最後に自分の世界に帰るのだ」
最後の言葉は、明確な命令だった。
「ありがとうございます」
ホッとした私は頭を下げる。
そんな私に、宰相は不思議そうな顔をした。
「……何故そなたは、そんなに懸命になる? ここは、そなたにとって異世界。リュシアンとて元の世界に帰ってしまえば二度と会えない他人だぞ。知らぬふりをして忘れてしまえばよいではないか?」
――――そんなこと、絶対無理だった。
こんな経験忘れられっこない!
こう見えて、私は意外に繊細なのだ。自分のやったこと、やらなかったことに対していつまでもウジウジと悩み、忘れたと思ってもある日突然思いだし、後悔と恥ずかしさにのたうち回ることがある。
(このままおめおめ帰ったら、絶対後悔するもの!)
それに――――
「リュシアンには助けられましたから。……例えそれが彼の自作自演の演技だったのだとしても、助けられた事実は変わりません」
宰相は顔をしかめた。
「奴は、お前の思っているような男ではないぞ」
私はキョトンとする。
「私が思っているような男って――――得体が知れなくて、わけがわからなくて、本心が見えないのに顔だけはいいからついつい誤魔化されてしまう厄介な男――――じゃないってことですか?」
今度は宰相は驚いた顔をした。
「……そなたはリュシアンをそんな風に思っていたのか?」
そんなもこんなもそうとしか思えないだろう。
私はしっかり頷く。
もちろん他にもリュシアンに対しては思うところがあるが――――それを素直に宰相に教える必要はない。
「……わかった。それだけわかっているのなら、私からこれ以上言うことはない。日程を調整した上で日時を決め、あらためて連絡をよこそう」
そう言って宰相は帰ろうとした。
私は、慌てて引き止める。
「私は、リュシアンに会えますか?」
これだけは確認したかった。
「いや、それは出来ない」
宰相は首を横に振る。
おそらくそうだろうと予想された答えだったが、それでも少し落胆してしまった。
しかし、確認したかったのはこのことだけではない。
「わかりました。リュシアンに会うのは諦めます。でも、その代わり今まで通り城内を自由に出歩く許可をください」
宰相は、またまた顔をしかめた。
それでも、私がリュシアンに会えない件を素直に受け入れたことが効いたのか、渋々ながら頷いてくれる。
「良かろう。……しかし、そなたに護衛を付けさせてもらうぞ」
護衛という名の監視である。
受け入れる以外の返事はできない。
「そちらもわかりました」
そう言って頷く私を少しの間見つめた後、今度こそ宰相は出て行った。
一時間後、宰相の使いがやって来て、夕食会が明後日の夜に開かれることを告げられた。




