どうして?
それから後のことは、正直よく覚えていない。
私から引き離されたリュシアンは特に抵抗することなく他の騎士に連行されて行って、私は厳しい表情をしたポールに保護された。
目にした現場は土がえぐれていたり、近くの小屋が燃えていたりとヒドイありさまだ。
歩こうとしたら足元の直径五十センチくらいの石のボールに躓いて、それがメデューサの目だと気がついた私は、思わず飛び跳ねた。
城に戻って、部屋に入って、ソファーに座って放心していたら……宰相閣下がやって来て頭を下げる。
「君を塔に入れた侍従は逮捕した。一生出られない塔に人を入れるということは殺人と同じこと。厳しく罰するので許してほしい」
神妙な顔で謝られて――――少し、自分が取り戻せた。
(そんなことはどうでも良いのよ!)
あんな侍従、どうなろうが知ったことじゃない。
それより――――
「リュシアンは? 彼はどこですか!?」
私は、勢いよくソファーから立ち上がって叫んだ。
「……奴は、牢の中だ。陛下を弑したことを自ら認めたからな」
「嘘っ!」
間髪入れず私は否定する。
宰相は、静かに首を横に振った。
「事実だ。……それより、そなたに朗報だ。そなた元の世界に帰れるぞ」
「元の世界?」
私は、一瞬何を言われているのかわからなくなる。
何で今このタイミングで、そんな話が出てくるのだろう?
「ああそうだ。リュシアンが罪を認めたからな。犯人が捕まったのだからそなたをこの世界に留めおく必要はないだろうと、奴自身が言い出した。――――まったくもってその通りだ。そのため、そなたが帰れるように今準備をしているところだ」
淡々と宰相は話す。
私の頭はますます混乱した。
「……リュシアンが、私を帰すように言ったのですか?」
「そうだ。そなたにとってはそれが一番だろう。侍従は逮捕したが、いつまたそなたを狙う輩が現れるかわからない。この世界はそなたにとって危険だ。早く帰るがいい」
(……危険?)
私はすとんとソファーに腰を落とした。
――――確かに、私はニ度爆発による攻撃を受けた。
その上、生きては出られないという塔にも閉じ込められた。
塔に閉じ込めたのは侍従だが、前の二度の爆破犯人はわかっていない。
(その危険は、リュシアンが自白したっていう今もなくなっていないの?)
それはおかしな話ではないのだろうか?
私を狙った者の狙いは、犯人捜査の妨害だったはず。一度目は犯行現場の証拠隠滅で、二度目は私の集めた資料の焼失だ。
もしもリュシアンが本当に犯人だったのなら、二度の爆発は彼が行ったと考えるのが妥当だろう。一度目の時に負傷したのも、自分に容疑がかからないようわざと私を庇ったのだと考えることもできる。
(……そんなこと、絶対違うと思うけど!)
もう一方で、殺人犯と爆発を仕掛けた犯人が別人だという可能性も考えられた。
その場合の爆破の目的は、自分が殺人犯と見なされてしまうような不利な証拠の隠滅だと思われる。
(殺人とは関係なく、陛下の部屋や私の持っている書類の中に見られたくない物があったのかもしれないわよね?)
でも、それしてもリュシアンが犯人だと自供しそれで捜査が終わるなら、もう私を狙う必要はないだろう。
どちらにしても私の身は安全なはず。
(この上、誰が私を害そうというの?)
それなのに、リュシアンばかりか宰相までが私を危険だと言うのだ。
「…………宰相さま。本当にあなたはリュシアンが犯人だと思われていますか?」
私の問いかけに、宰相は平然とした顔で頷いた。
「犯人が自白し証拠の品もあるのだ。疑う余地はない」
動揺一つ見せないのは、さすが一国の宰相というところか。
「では、動機は? リュシアンが国王さまを殺した動機は何ですか?」
「……リュシアンは、陛下の政策のおかげで平民から騎士となった。その後もお目にかけていただき異例の速さで出世した。この上なく名誉なことだが、その分かかる重圧も大きかったはずだ。奴は一風変わったところもあったからな。ストレスが高じて、そもそものきっかけとなった陛下を逆恨みしたのだろうと考えられる」
そんな馬鹿な話があるだろうか?
リュシアンは他人の評価なんてどうでもいいと言っていた。あの言葉が嘘だとは思えない。
「まさか、本当に本気でそれを信じているのですか!?」
宰相は、静かに私を見返した。
「重要なのは動機よりも証拠だ。自白もあるしもうどうにもならん。――――それに、これ以上はこの世界から去るそなたには関係ないことだ。気にかける必要はない。……そなたには世話になったな。本来ならば礼の品でも贈るべきところだが、異世界へ帰す時にこの世界のものを持たせることは魔族より禁じられている。勘弁してほしい」
「そんなもの、いらないわ!!」
私は大声で怒鳴った。
宰相は少しも動揺しない。
「帰るにあたっては、衣装も落ちて来た時の格好に着替えてもらうことになる。すぐに用意しよう」
「いらないって言っているでしょう! ――――私は、まだ帰らないわよ!!」
再び立ち上がった私は、宰相を睨みつけた。