再会
塔に管理人がいたとは、初耳である。
「複雑で大規模な塔だからね。作りっぱなしで放置ってわけにもいかなかったみたいなんだ」
確かに、内部の大きさも環境も、常識にケンカを売っているとしか思えないこの塔だ。メンテナンスは必須なのかもしれない。
「少し離れた所に祠みたいな場所があるんだよ」
万が一、何か不都合が起きた時に、アシルや他の塔の住人はこの祠に出向いて祈るのだという。
「祈った内容が全て叶うわけではないけれど、それが度を超えた望みでない限りだいたい聞き届けてもらえるんだ」
もちろん塔から出してほしいとか、贅沢品がほしいなどという望みは叶うべくもない。
基本、塔に住む者は自給自足が原則で、それができる環境はきちんと整えられている。ただ、どうにもならないことに対しては叶えてもらえることが多いそうだ。
「私も二年前。妻が未熟児を出産してね。助けていただいた」
「妻!? 奥さんがいるの?」
驚く私に、アシルは恥ずかしそうに頷く。
「妻は、とある公爵家の婚外子でね。存在を知った公爵夫人が暗殺しようとしたんだ。九死に一生を得たんだけど、公爵夫人はまだまだ諦めそうになかった。それで父である公爵が、死ぬよりいいだろうと塔に入れたんだ。私は塔に入れられた人の世話係になっているから、妻と知りあってね……その、気が合って結婚したんだよ」
いろいろあったアシルだが、どうやら彼なりに幸せらしい。
(っていうかリア充よね? 純情そうな外見なのに結婚していて子供までいるなんて思わなかったわ)
「わ、私のことはどうでもいいよ。それより君だ! 食事は終わったかい? 急いで祠に行こう」
照れ隠しもあるのだろう、アシルが私を急かす。
「え、ええ。お願いします」
私がそう言った、その時だった。
『遅い! 遅いよ!! もう、そういう決断は、もっと早くしなきゃダメだろう! 何をしていたんだよ!?』
どこからともなく大声が響いてきた。
「え? この声は?」
「まさか? 管理人さま?」
アシルが驚きの声をあげる。
「そんな! 祠以外で管理人さまの声を聞いたことなんてないのに!」
『もうそんなこと言っていられる場合じゃないからね! 説明はもっと早く簡潔にしてくれなきゃ困るじゃないか! こんなことなら”塔の中では人間から願われない限り力を貸してはいけない”なんてマイルール作るんじゃなかった。……外は大変なことになっているんだよ! まったく、こんなことで塔を壊されるなんてたまったもんじゃない! ――――えっと、君! 君は早く出ていって!』
声はずいぶん焦っているみたいだった。
「塔を壊される?」
私はポカンとしてたずねる。
確かこの塔は魔族が作った難攻不落な塔のはずではなかったのだろうか?
「この塔は、永久稼働の結界に守られていて、いまだかつて破られたことがないって聞いていましたけど?」
『いくら結界に守られていても、やりようはいくらでもあるんだよ! 普通の人間は思いつかないだけでね!』
ポツリと呟いた私の疑問に、声は律儀に答えた。
『ああ! 危ない! もう限界だ!! さよなら! 君は二度とここに来ないでね!!』
焦りまくった声が響くと同時に私の体が光り出す。
そのままスーッと感覚がなくなっていった。
(えぇっ! 私、どうなるの!?)
視界の端に愕然として私の方を見ているアシルの顔が見える。
きっと彼にも想定外のことなのだろう。
(こんなことなら、きちんとお礼を言っておけばよかったわ)
そう思ったのを最後に、私は意識を失った。
世の中には目が覚めても起きたくないというケースがいくつかあるだろう。
メジャーなところでは、朝チュンとか。
私にそんなロマンチックな経験はないけれど、テスト前、一夜漬けの試験勉強の最中に寝落ちした日の朝などは、永遠に目覚めたくないと思った経験が山ほどある。
「――――うわぁぁぁっ! リュシアン、お前何をやっているんだよ!?」
「止めろぉぉぉぉっ!!」
聞こえてくる阿鼻叫喚の悲鳴。
焦りまくった声には聞き覚えがあるし、リュシアンという名前にも心当たりがあり過ぎる。
切羽詰まったその叫びに意識を揺り起こされながら、私が起きたくないと思ってしまったとしても、誰も責めはしないだろう。
(うん。もう少し気を失っていてもいいわよね)
私はしっかり目を閉じた。
絶対目を覚ますものかと固く決意する!
しかし、世間は私を放っておいてくれなかった。
「あ! あれは!?」
「うおっ!! 助かった!」
「リュシアン、あれを見ろ!!」
余計な声の言う「あれ」とは、もしかしなくても私のことのような気がする。
最後の声はポールのようで、彼とは後でじっくりと話し合わなければならないと思う。
「美春!!」
声が聞こえて――――心が震えた。
聞きたくないと思うのに、嬉しいと感じるのは、きっと私がイケメンボイスに弱いせいだ。
「美春!!」
今度は、声と同時に抱き締められた。
暖かくて大きくてがっしりした体に抱き締められて、心の奥底からホッとするなんて――――私の心は軟弱だ。
「美春! 美春! 良かった!」
大声で叫ぶから耳が痛い。
だから……仕方ないから、目を開けた。
相変わらずの美形が、顔をくしゃくしゃにして私を見てる。
(もう、もう! イケメンが台無しじゃない!!)
なのに、今まで見たどのリュシアンの顔よりも魅力的に見えるなんて、私は目も悪くなったらしい。
「美春!」
「……リュシアン」
耳で拾った私の声は――――自分でも呆れるくらい、切なく思慕の滲む甘ったれた声だった。