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手遅れ

不敬の輩に国王が会うことなど、普通であれば考えられない。

しかし、国王は秘密裏にアシルに会いに来てくれた。警護の兵も全て遠ざけ二人きりで話せる機会を与えてくれたのだ。


アシルはこの機を逃さずに、自分の知る母の全てを国王に話した。

ただただ、母は国王を愛していたのだと訴えた。


「たぶん、私は破れかぶれになっていたのだろうね。今思えばどうしてそんな不敬が働けたのかと思うけど、私は、陛下にどうして母を愛してくれなかったのだと詰ったんだよ。前女王を――――人間を愛せたんだ。母に少しくらい情けをかけてくれたってよかっただろうって」


人間を愛せることとアシルの母を愛せることが同じでないことくらいわかっている。

それでも言わずにいられなかったのだ。

たった一度だけでもいい、国王が母の想いを受け入れてくれさえしていたら、こんな悲劇は起こらなかったのに。




――――涙ながらに自分を責めるアシルに近づいた国王は、彼の肩を掴んだそうだ。

『落ち着け』と低い声で命令したという。


「陛下のお声は威厳があった。あれほど間近に聞いたのは、後にも先にもあの時だけだけれど……腹の底に響いて何故か安心できるお声なんだ。この声に従えば大丈夫だと無条件で思えたよ」


身体中に入っていた力がどっと抜けアシルは崩れ落ちそうになった。

そんな彼の体を、国王は支えてくれたという。



「落ち着いた私に、陛下は話してくださったんだ。――――前女王陛下のことを。彼女は、君と同じ"落ち人"だった」



言われた言葉に、私は目を丸くする。


「落ち人? ……え? でも、私そんなこと聞いていないわ」


以前、私が落ち人だと知った宰相は、落ち人の存在自体が珍しくこの国では文献くらいにしか記述がないのだと言っていた。


(あれは嘘だったの?)


いくら百年ほども前の女王とはいえ、国のトップが落ち人だったなら記録が残っているのが普通だろう。そうでなくても伝承や言い伝えで残っていそうな話である。


(いぶか)しむ私に、アシルが説明してくれる。


「前女王陛下は、彼女が幼い子供の頃にこの世界に落ちて来られたのだそうだ。ご自分では“落ち人”のなんたるかもご理解しておられなかった。そして陛下は、周囲にも彼女が落ち人だという事実を隠されたんだ」


前女王がこの世界に落ちたのは三歳の時。

彼女を発見したのは、まだ国王になる前のただの魔族――――テオフィル・ナコス・ヴェルヴァディア・ファリスドールだ。

人間に興味のある変わり者の魔族だったテオフィルは、保護した“子供の落ち人”を(おおやけ)にせず、当時親交のあったこの国の王と王妃に託したという。

三歳の人間の子供には親が必要だったし、国王夫妻には後継の子がいなかったため丁度良かったのだ。


テオフィルは同時に、子供が周囲から疎外されないように、彼女が間違いなく国王夫妻の子だと認識されるような魔法を国全体にかけた。


「国全体?」


「ああ。簡単な魔法だと陛下は仰ったよ」


――――やっぱり魔族万能である。

規格外の力に私は絶句する。



「でも、だからといって陛下は預けた子供を女王にする気はなかったんだ。人間の子を育てる環境として同じ人間の中の方がいいだろうと考えただけの行動で、子供が成人したら自分の手元に戻すつもりでおられたそうだ」


今は子がない国王夫妻も、その内子宝に恵まれるだろう。そう考えて、十五歳で成人するまでの十二年間だけのつもりで、テオフィルは彼女を人間に預けた。


「魔族にとって十二年などあっという間だからね」


テオフィルは、自分で預けた落ち人の子供の様子を見るために、今までにも増して人間の国に通うようになったという。

一年と間をおかず足繁く通い、子供の成長に驚きと……喜びを覚える。



「“落ち人”というのは、魔族の興味をとても煽る存在なんだそうだよ」


「……え?」


聞いた言葉に、またまた私は驚いてしまう。


長命で引きこもりの研究家タイプの魔族。

そんな魔族にとって異世界から落ちてきたもの――――それも人型の生命体は、たまらなく魅力的な研究対象なのだそうだ。



「……研究対象って」


初耳な事実に私は顔をしかめる。正直研究対象なんて言われたら面白くない。


(私、魔族には絶対に近づかないわ!)


国王が死んでいて良かったと心から思う。





密かな私の決意とは関係なく、アシルは話を続けた。


テオフィルが興味深く見守る中、子供は見る見る大きく美しくなる。

最初は無邪気に笑っていた幼い少女は……やがて、はにかみながら彼を見上げるようになった。


(国王さま、イケメンだものね。そんなイケメンに熱意を持って見つめられたら当然と言えば当然の結果かもしれないわ)


うんうんと私は心の中で頷く。


テオフィル自身も急速に少女に惹かれていったそうだ。


国王夫妻から我が子同様の惜しみない愛情と最高の教育を与えられた少女は、賢く優しい女性へと成長する。


研究対象だったはずの少女が、研究なんて関係なく会いたい存在となったのは、あっという間のことだった。

互いを意識した二人が、心を通わせるのも――――


一方、いつまで経っても妊娠の気配のなかった王妃にも、少女が十四歳になった年にようやく懐妊の兆候が表れる。




これで後顧の憂いなく少女を手元に引き取れるとテオフィルが喜んだ時、悲劇は起こった。


他国に外交に出ていた国王夫妻が、帰国途中に事故に遭い二人ともに死んでしまったのだ。


その時、テオフィルは魔族の住む大陸に帰っていたという。

落ち人の少女を正式に自分の伴侶とするための準備を行っていたのだ。

いくら落ち人とはいえ、種族も寿命も違う者を伴侶にするには、いろいろたいへんだったのだ。





全てを整えテオフィルが戻ってきた時――――既に少女は新女王に即位した後だった。

……国王さま、ロリコン疑惑。


◇◇◇


おかげさまで「僕を見つけて」無事に昨日(9/21)刊行しました。

書店にも並んでいると思いますので、よろしければお手に取ってみてください。

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