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温かな食事と重い話

自分が国王の子だと言い出し生家から縁を切られた人がいたことは、つい最近リュシアンから聞いたばかり。『愚か』だとか『バカ』だとか言いたい放題に言われていたが、それが目の前のこの男性なのだろうか?


(あ、違うわ。『バカ』だって言われていたんじゃなくて、『バカをやるかもしれない』って言われていたんだわ)


どっちにしろ最低な言われようだった。

穏やかで落ち着いた雰囲気の男をジッと見る。

とてもそんな風には見えなかった。


「えっと……その、アシル・クロードさん」


「アシルでいいよ。君の名は?」


教えてもらったからには、名乗らないのは失礼だろう。そう思った私は、なんとなく背筋を伸ばす。


「私は美春です。森田美春。えっと、あのその……落ち人です」


落ち人と聞いて、アシルは驚いた。


「落ち人! なのになんでこんなところに? 当然陛下はご存じないことなんだろう? 君が塔に入れられたと聞いたら、陛下はきっと激怒なさるよ」


混乱しながらそう言った。

そういえば、落ち人は魔族によって保護を義務付けられているのだった。だから、彼は魔族の国王が怒ると思うのだろう。


(それでも、激怒までするとは思えないけれど?)


何より死んでしまった国王には、激怒も何もしようがない。


(この人、国王さまが死んだことを知らないのね)


いくら最高の環境でも、塔の中は隔離された世界。

アシルが国王の死を知らないのも無理はなかった。


伝えていいものか迷ったが――――私は、彼に国王の死を伝えることにする。

この後ここから脱出する予定の私には、協力者が必要なのだ。アシルはその第一候補。彼には事情を知ってもらった方がいい。


「……国王さまは、お亡くなりになりました」


「え――――」


私の言葉を聞いたアシルは、ポカンと口を開けた。


「……死んだ? なんで?」


「殺されたんです。私、丁度その殺害現場に落ちちゃって――――」


私は国王死去の経緯をアシルに説明する。次いで自分の立場と、犯人を捜している中で逆恨みされ塔に入れられたことも伝えた。


アシルは、呆けたように私の話を聞いている。開かれた口は閉じることなく……やがて「そんなバカな」と呟いた。


「国王さまは魔族だ。殺されるはずがない」


「死因は石化の魔法です。いくら魔族でも石化の魔法には勝てないって言っていました」


アシルは、黙って下を向く。


やがて……「そうか」とポツリと呟いた。

その場で崩れるように膝をついたアシルは、手を組み黙とうをはじめる。

真摯な祈りは死者への哀悼だ。


その姿からは、彼が国王の子を騙ったとはとても思えなかった。




「アシルさんは、どうして自分が国王さまの子供だなんて言ったんですか?」


思わずそう聞いてしまう。

アシルは自分でも『国王の子を詐称した』と言っていた。

自ら詐称と言うからには、子供だというのが嘘なのは間違いないはず。


ただ、彼は自分の私利私欲でそんなことを言う人には見えなかった。


(どっちかっていうと控えめで、目立ちたくないってタイプに見えるわよね)


私の問いかけに、アシルは困ったような小さな笑みを浮かべる。


「とりあえず食べて」


彼は再び食事を勧めてきた。


確かにお腹は減っている。

私はコップに手を伸ばし、両手で抱えて引き寄せた。

毒を盛られる可能性も考えたが、私を害するつもりなら気を失っている間にいくらでもチャンスはあったはず。今さら小細工などしないだろう。


コクリと飲めば、それはミルクのような飲み物だった。

喉を通る温かな液体が、私の心をホッとさせる。

お皿に入っていたリゾットみたいな食べ物も、薄味でとても美味しかった。


パクパク食べはじめれば、それを見たアシルは優しく笑み崩れる。





「……私が自分を陛下の子だと言ったのは、今思えば逆恨みかもしれないな」


静かに話し出した。

目を丸くする私を見て、苦笑しながら先を続ける。


「母の悲哀をね、少しでも陛下にわかってもらいたかった」


「お母さんですか?」


彼の母は、前の正妃さまだ。

彼女の悲哀とはなんだろう?


彼は静かに頷いた。


「君はどこまで知っているのかな? 私の母は、陛下の前の正妃だった。なのに、任期半ばで他の男に懸想し自ら妃の座を放棄した。私は、母とその男の子だよ。もっとも、子まで()しておきながら二人は結婚しなかったから、正式には私に父はいないことになっているけれどね」


淡々とアシルは語る。静かな彼の表情は凪いだ湖の表面のようで、そこにはなんの感情も読み取れない。


「母は、私を産んで直ぐに亡くなった。母のことを、祖父母も他の家人もかなり苦々しく思っていたようでね。私は彼女の話をほとんど聞いたことがない。だからといって特に虐待されたわけではないから、私にとって母は憎いわけでもなんでもない、あえて言えばどうでもいい存在だった。――――ただ、そんな中、私が十五歳で成人した時に国王陛下から荷物が一つ届いたんだよ」


こげ茶色の目が伏せられた。指を組んで両手を握り合わせたアシルは、ジッと自分の手を見ているようだ。

ゆっくりと顔を上げた。



「荷物は、母が王宮を去る時、置いてきた私物だった。陛下にもらった宝石やら装飾品やら。自分のわがままで王宮を去るのだから持って行くわけにはいかないと言って陛下に渡したものらしい。そのまま陛下は忘れていたようだけどね。何かの拍子に母の産んだ私が成人すると聞いて思い出されたんだろう。そっくりそのまま私に下賜してくださった」


それはまた気前のいい話だった。

国王が正妃に与えた宝石や装飾品の価値が低いはずがない。それを置いてきたり、忘れたり、ポンとあげたりするのだ。庶民の私にはとうてい考えも及ばない世界である。


呆れる私に対して、アシルは少し笑う。



「その中にね、あったんだ。――――母の日記が」



そう言った。


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