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これは、ひょっとしてひょっとしたら、本当にダメかもしれない。

そう思った私は、心の中で焦る。


(地球に帰ったと思われたら、誰にも捜してもらえないわ)


いかにリュシアンでも異世界までは捜せない。あとは、侍従の言葉は嘘で、私が地球に帰っていないと信じてくれるかどうかだが――


私は、隣に座る侍従をそっと見た。

意地悪く笑っていた顔を平常に戻した彼は、落ち着いた雰囲気の普通の老人に見える。目立たぬながらも静謐な佇まいで、とても嘘などつきそうにない善人だ。

この老人が、後悔を滲ませた顔で――――『異世界から来た“落ち人”さまに、脅迫……いいえ、お願いをされ……従ってしまいました』――――などと主張されたら、みんな信じてしまうだろう。


その時の様子が、ありありと脳裏に浮かぶ。


(……それに、私、リュシアンに冷たくしたし)


今思えば、一緒にいたいと言われて「寝言は寝て言え」と返したのはまずかった。


(リュシアン怒っているかしら? 私が彼に黙って帰るはずがないと思ってくれたらいいんだけど)


実際問題、例え今この場で、地球に帰してくれると言われても私に頷くつもりはない。

捜査も中途半端だし、何よりこの世界の人々に、ずいぶんお世話になったからだ。

一宿一飯の恩義ではないが、義理堅い日本人代表として、何も告げずに帰るなんてありえない。少なくとも置手紙くらいはするつもりだ。


(まあ、お世話になったっていっても、全部が全部、好意からのものではなかったけど)


というか、最初はあからさまに犯人だと疑われていた。

その疑いようは、落ち人だとわかってからも疑う人はまだ疑っていたくらい。


(主に、ポールとかポールとかポールなんだけど)


世話をしてくれたのも魔族が保護を命じる落ち人だからであって、彼らの自発的なものではない。

唯一味方のリュシアンだって、私を利用しようとしていたのだ。


それでも――――

彼が最初に言った「俺が守る」というあの言葉だけは――――真実だ。


落ち人でもなんでもない、死体に怯えていただけの“私”に誓ってくれた言葉。


――――だから、たとえ帰れたとしてもリュシアンに黙って帰るという選択肢は私にはなかった。


(それくらいわかってくれていると思うのだけど……)


いまいち自信がないのは、自分の態度に可愛げがなかったという自覚があるから。

何かといえば噛みついていたし、叱りつけたことも――――疑ったことだってある。

つい数時間前も『俺を疑っているの?』と聞かれたばかりだ。


(でもでも、あれは本当に疑ったわけじゃなくって! ……でもっ!)


心の中で言い訳するが、もちろんその声がリュシアンに届くわけもない。

果たしてリュシアンが侍従の嘘を見破ってくれるかどうか?


――――大きな不安を抱えた私を乗せて馬車は走っていった。






そして着いたのは蔦の蔓延る古い塔。

時刻は明け方。薄暮の中に今にも崩れそうな薄気味の悪い塔がたっている。


「この塔に入れられるのは、国にとって存在していてはならない者ばかり。したがって、解放されることは決してない。逃げようとしても無駄だから諦めろ。――――塔を覆うのは魔族が開発した永久稼働の結界だ。一方通行のゲートは入ってしまえば出ることはかなわず、いまだかつて破られたことはないからな」


古びた門の前で、侍従が得意そうに説明した。


「魔族の結界?」


驚く私の声を聞いて、満足そうに笑う。


私は、つい先ほど、ようやくさるぐつわを外してもらったところだった。口を開いたまま長時間固定されていたために、あごが変な形に強張っている。

おかげで長いセリフが話せず、今の言葉が外してもらった後の第一声だったりする。


「そうだ。つまりこの塔は外界との接触を一切断っているのだ。他に扉も窓もなく、中がどうなっているのか誰も知らない。……罪人は塔の中に入れられ、定期的に食料や衣服、身の回りの物を適当に差し入れているが、果たしてそれが消費されているかどうかもわからないな」


要は、この塔に入れられた者は、生死不明になるということだろう。

聞けば聞くほどヤバい塔である。

こんな塔の中に入れられたら、完全にお終いだ。


(入り口はあっても出口がないって、向こうからはこっちに来られないってこと?)


であれば脱出は不可能だ。

そんなバカなと思うけど、ここは魔族もいるような異世界だ。私の常識は通じない。


私はキョロキョロと周囲を見回した。

なんとしても逃げなければならないと強く思う。


そんな私を見て、侍従は無慈悲に笑った。

その笑みが怖くて、思わず私は視線を逸らす。



「――――っつ!」



そして、それが失敗だった。

横を向いた途端、ガッ! という音がして衝撃が私を襲う!

首のあたりに、強い痛みを感じた。

殴られたのだと察したのはほぼ同時で――――意識が急激に薄れていく。


(ま、まずい!)


「逃がすはずがないだろう。……永遠にさようならだ。落ち人よ」


ハハハ! と嘲笑う執事の声が聞こえて――――私は意識を失った。


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