急展開!
結局、私は宰相や正妃、側妃に接するうちに、彼らに親近感を抱いてしまっていたのだろう。
(釈然としないなんて、悠長なことを言っている場合じゃなかったのよね)
私は、今猛烈に反省している。
捜査している最中に犯行現場を爆発されたり、自室に放火されたりしたのだから、もっと危機感を持って然るべきだった。
のほほんとしていた自分を叱りつけてやりたい。
(……もう手遅れだけど)
――――今、私は情けないことに、後ろ手に縛られ異動する馬車の荷台に閉じ込められていた。
口にはさるぐつわで、なんとか息はできるものの声は出せない現状だ。
私を城から攫い、こんな目に遭わせてくれたのは、宰相の侍従。勘違いでもなんでもなく、現に隣で憎々し気に私を睨みつけているのだから間違いようがない。
あの後、宰相は部下を叱ってくれたはずだが……どうやら逆効果になったらしい。
(それとも、あれはその場しのぎの嘘で、この誘拐は宰相の命令なのかしら?)
信じたくはないが、先ほど自分の甘さを反省したばかりだ。宰相が確実に白だと判明しない限りは疑いを持ったままの方がいいだろう。
いったいなんでこんなことになったのかというと――――
今から遡ること数時間前、宰相の部屋から出た私は、新たに与えられた部屋にリュシアンと一緒に帰った。
場所こそ変わったものの家具も調度品も前とほとんど同じ部屋に私は驚く。
「王宮の客室だよ。同じ作りの部屋が他にもいくつもある。使い慣れていていいだろう? ……俺も、今日はここに泊まっていきたいな」
ザッと室内を見回したリュシアンは、そんなことを言い出した。
「寝言は、寝て言って!」
当然、即行叩き出したのだが――――その数時間後、私はいとも簡単に誘拐されてしまったというわけだ。
(ひょっとしてあれは、リュシアンなりの警護の申し出だったのかしら?)
勘のいいリュシアンのことだ、何か危険を察知したのかもしれない。
しかし、それならそうとちゃんと教えて欲しかった。
私にはそんな以心伝心できっこないんだから!
まあ、新しく与えられた部屋なんていう、どこに盗聴や監視の魔法器具があるかもしれない場所ではリュシアンもはっきり言えなかったのだろう。
……結果として私が攫われては、元も子もないとも思うが。
とはいえ、例えリュシアンが一緒にいたとしても、犯人が宰相の侍従なんていう王宮の裏表全てに顔の効く相手では、結果は変わらなかったかもしれなかった。
王宮に勤め始めて一年未満の一介の騎士よりも、宰相の侍従の方がコネも権力も持っていそうである。
(そう考えれば、リュシアンが自由の身なのは、私にとっていいことなのかもしれないわ?)
これでリュシアンまでグルだったら泣くに泣けないが――――それだけはないと私は信じている。
そうでなければ私が困るのだ。
(いくら私でも、そこまで人を見る目は腐っていないはずよ!)
何より、リュシアンならこんな面倒なことをしなくても、いつでも私を攫えた。
うん。絶対違うと、あらためて私は確信する。
グッと体に力を入れて顔を上げれば、私を見ていた宰相の侍従と目が合った。
侍従は痩せた老人だ。
宰相の側にいた時は、とにかく目立たぬ物静かな雰囲気の男性だったのだが、ギラギラと目を光らせている今は、まるで別人のよう。
(負けてたまるもんですか!)
対抗心を燃やした私は、キッ! と、侍従を睨み返した。
バチバチと二人の間で火花が散った――――りはしない。
そんな漫画みたいなことは実際には起こらないのだ。
侍従は、フンと鼻を鳴らした。
「その強がりもいつまで持つかな? 素性の知れぬ落ち人風情が、畏れ多くも宰相閣下に疑いの目を向けるなど――――出過ぎた己が暴挙を心底悔いるがいい」
冷たく言われてしまったが、いったいどの辺りが暴挙だったのか、私にはさっぱりわからない。
たずねてみたいが、喋られない現状では、いかんともしがたかった。
私は、そのことにガックリと肩を落とす。
そんな私の姿を何と思ったものか、侍従は少し機嫌よく話し出した。
「度重なる宰相閣下への非礼。本来ならお前の行いは即刻死罪になってもおかしくないもの。しかし落ち人を勝手に処することは魔族によって固く禁じられている。危害は加えられないが……寿命で死ぬまで監禁してやろう」
どうやら私は無期懲役になるらしかった。
(本当にこれは、宰相さまの意向なの?)
悩む私をよそに、侍従は言葉を続ける。
「これからお前は、一度入れば二度と出られない塔に幽閉される。――――ああ。心配は無用だ。お前は元の世界に帰ったことになる。……どうしても帰りたかったお前に『言うことを聞かなければ、宰相閣下を犯人に仕立て上げる』と脅された私が、無理やり装置の捜査をさせられたというシナリオだ。異世界に帰ったお前を捜す者など誰もいないだろう」
地球に帰還するための装置は、火事の後つい先日セットし直して使えるようになったばかりだ。
侍従は、楽しそうにニヤリと笑った。




