似た者同士
「最近!?」
驚いた私は、口をポカンとあける。
「そうだよ。……ああそれでも、もうすぐ一年くらいにはなるのかな?」
国王がおかしくなりはじめたのは、一年ほど前のはず。
(ええ? じゃあリュシアンは、国王さまがおかしくなりはじめてから騎士になったの?)
それならば、以前からずっと国王を見てきた宰相に比べ、あまり変化がわからなくても仕方ない。
「でも、あんなに色々教えてくれたのに。……あれは何だったの?」
私の知識の多くはリュシアンが教えてくれたもの。
魔族の国王が善政を布いてみんなに好かれていたことも、一年前くらいからおかしな言動をとりはじめたことも、みんなみんな彼から聞いたことだ。
どれも全て一年以上昔の情報だったはず。
「情報は、たくさん仕入れていたからね――――」
信じられない思いで見つめれば、リュシアンはなんでもないことのようにそう答えた。
「――――城に勤務するのに情報に疎いなんて、自分で自分の首を絞めるも同然さ。情報をせっせと集めたおかげで、俺は異例の早さで出世できた」
騎士として城に勤めはじめて一年経たずに国王の警備を任されたリュシアン。
それは、本当に異例のことらしい。
「まあ、それだけが理由ってわけでもないけれど。……でも出世したおかげで、その分風当たりも強くてね。美春に協力して率先して陛下の犯人探しをしようとしたのも、最初は保身半分だったな。自分で犯人でも捕まえなければ袋叩きになりそうだったし……ああ、もちろん今は違うよ!」
キリッとした表情でリュシアンは私を見つめてくる。
はじめて聞く彼の事情に、私は放心していた。
よくよく考えれば、私は彼のことをあまりよく知らない。
(靴屋の息子なのは知っているけれど)
あれは衝撃の事実だった。今でも本当のこととは信じられない。
しかし、それ以外のことは、まったくと言っていいほど知らないのだ。
あらためて認識した事実に呆然としながら、私は口を開く。
「そうなのね。――――ああ、でもそれだと、リュシアンって、騎士の中で浮いていたりしないの?」
人間は、集団の中で自分と違うと感じる相手を敬遠しがちな生き物だ。入って直ぐに異例の速さで出世する誰より美しい男なんて、真っ先に目の敵にされただろう。彼がすんなり騎士団の中に受け入れられたとは、とても思えない。
「何々? 美春は、俺に興味が出てきたの?」
私がそう聞けば、当のリュシアンはまたまた嬉しそうに笑う。今までで一番いい笑みかもしれない。
「別に、興味が出たってわけじゃないけれど――――」
「いいよ、いいよ。なんでも聞いて。美春が俺のことを知りたいと思ってくれるのは、単純に嬉しいから。質問にもちゃんと答えるよ。……そうだな、まず俺に対する他の騎士たちの感情は、さっきも言った通りあまり芳しくはないかな」
『芳しくない』と、ものすごく楽しそうにリュシアンは話す。
自分がよく思われていないのに、そんなに嬉しそうなのはどうしてだろう?
「そうだなぁ。それでもポールなんかはまだマシな方かな? 同じ平民出身だからね。勝手に親近感を持ってくれている」
私の疑問には気づかず、リュシアンは上機嫌で話し続ける。
「まぁ、でも誰が何を思おうと、俺はどうでもいいんだけどね」
最後はそう言って肩をすくめた。
――――つまりは、そういうことなのだ。
前にも感じたが、リュシアンにとって他人の評価などどうでもいいこと。それより、私が彼に興味を持ったという事実の方が嬉しいことなのだ。
(確かにこれじゃ同性の騎士からは好かれそうにないわよね。異性なら、この顔だけで好かれそうだけど)
私は大きくため息をつく。
「そんなんで、大丈夫だったの?」
異世界に、イジメやパワハラはないのだろうか?
「さあ? 些細なことは何かあったのかもしれないけど、気にならなかったな。……それに大きな問題は起こりようがないからね。俺を一番贔屓してくれたのは、国王陛下だったから」
サラリとリュシアンは口にする。
「国王陛下?」
「ああそうだよ。俺はなんでか陛下の覚えめでたくてね」
それもまたリュシアンが異例の出世を遂げた理由だった。
「以前も言ったけれど、魔族の陛下にとっては貴族も平民も何の変わりもないんだ。皆等しく人間で、それ以上でもそれ以下でもない。人間の中で、たまたま俺が国王の目に留まった。理由なんてわからないけど――――うう~ん? あえて言うなら波長が合ったって感じかな? こんなことを言ったら畏れ多いんだろうけどね」
ちっとも畏れ多くなさそうにリュシアンは話す。
私は、マジマジとリュシアンを見つめた。
(このリュシアンを、国王が?)
顔だけはとびきりだけど、後はいろいろと問題のありそうな男。
こんな一癖も二癖もありそうな人を、国王が気に入ったというのだろうか?
リュシアンは、私に対してだって、最初は嘘ばかりついていた。
(ううん。嘘とは違うわね。故意に話さなかったことがたくさんあるのよ。――――自分が最近騎士になったこととか、国王のお気に入りだったこととか)
それは事件の解決にはなんの必要もない情報だからだろうか?
(……なんか、やっぱり胡散臭い)
リュシアンが完全に自分の味方だなんて思っていたわけではなかったが、なんとなく私は裏切られたみたいな気がしていた。
(そう思うってことは、つまりなんだかんだと言いながら、私は彼をずいぶん信頼していたのよね)
右も左もわからぬ異世界で、最初に味方になってくれた人。
『必ず守る』と約束してくれた。
(おまけに超イケメンだし――――これじゃ私が頼らないはずがないわ!)
ニコニコニコとリュシアンは私を見ている。
どんなに胡散臭くてもやっぱりイケメンはイケメンで、私は、今度はなんだか悔しくなる。
(一番の問題は、イケメンに弱い私の性格かしら……)
私はともかく、なんでこんな人を国王は気に入ったのだろう?
美形だった国王ならば、私みたいに美形に弱いはずはないと思うのだけど?
(それとも、自分と同じくらいの美形でなければ眼中に入らなかったとか?)
美形の国王に気に入られた美形の騎士――――
うん。ある種の人間にはとっても美味しいシチュかもしれない。
しかし、残念ながら私には、そういった趣味はなかった。
少なくとも、小説とかならともかく、目の前にいる人物に対してそんな妄想はできない。
(リュシアンの様子を見る限り、とてもそんな風には思えないし、それ以外で考えられるとしたら何かしら?)
あらためて私は死んでいた国王の姿と、彼について聞いた話を思い出す。
……そして、フッと思いついた。
(リュシアンと国王さまって、ちょっと似ていない?)
どちらもとんでもない美形なところとか、考え方もなんとなく似ているような気がする。
とはいえ、私は国王を直接は知らない。
ただ、側妃の気持ちを気にせずまったく会おうとしなかった感じが、他人の評価を気にしないリュシアンに似ているような気がするのだ。
私は、ジッとリュシアンの顔を見つめる。
「……まさかリュシアンって、国王さまの落とし胤だったりしないわよね?」
そう聞いた。




