目には目を
「側妃さまの証言では、あの日、国王さまは彼女と会った後、正妃さまにも会うと言っておられたそうです。会って、側妃さま同様、正妃さまにも『解任』を告げるのだと。……何故、国王さまがそんなことをされたのか、私には見当もつきません。ただ、思ったのです。――――国王さまが『解任』を告げたのは、お二人だけだったのだろうか? と」
宰相は、おもいっきり顔をしかめる。
私は、言葉を続けた。
「妃というのは、かなりの権力者です。国王の力が強ければ強いほど、妃の威光も増す。その妃二人を解任した国王さまの意図はわからなくとも、もう一人、妃以上の権力を持つ者を国王さまは放っておかれるでしょうか?」
側妃と正妃が解任されれば、王宮から二人の権力者が消えることになる。
つまり結果だけ見れば、国王が行ったのは、権力者の”排除”だ。
二人が去れば、残る最高権力者は――――宰相。
そこまで考えた私は、ふと、国王が宰相にも解任を告げたのではないかと思ったのだ。
(ううん。宰相さまだけじゃなく、自分に関わる権力を持つ者全てを解任した可能性だってあるわよね)
もちろんそれは、あくまで可能性だけ。
国王の目的がわからない限り、それ以上にはなりえない。
しかも、当日の宰相のアリバイは、完璧だった。
書類が燃えてしまい詳細までは思い出せないが、ほぼ一日中会議をしていて、証言欄には会議の列席者数十人の名前があったはず。
全員がグルでない限り、宰相のアリバイは崩せそうもなかった。
(オリエント急行殺人事件じゃあるまいし、会議の出席者全員が犯人なんて、そうそうないだろうし)
共犯者の多い犯罪は、実行は容易だが、その分犯行がバレる可能性が大きい。
切れ者の宰相がそんな危険を冒すとは思えない。
完璧なアリバイを前に、私は頭を抱えた。
ただその中で、唯一宰相の周囲が少人数になった時間があったことを思い出す。
それは、夕食をとったほんの二十分くらいの間だった。
(もし、宰相さまと国王さまが会ったのであれば、この時間帯以外ないわよね?)
しかし、わずか二十分の間では、宰相が国王と会って、その後夕食を食べられたとは思えない。
あの日、国王はもっと早い時間に夕食を食べていた。かなり豪華なご馳走が並んだメニューで、羨ましいと思ったので、そこはよく覚えている。
(国王に会うのに、自分だけ食事をするなんてありえないわよね)
どんなに厚顔無恥な人物でも、さすがにそんな真似はできないだろう。
試しにリュシアンに聞いてみれば、こちらの世界でもそれは考えられない不敬だそうだ。
であれば、あの日宰相には夕飯を食べる時間はなかったはずだった。
――――少なくとも、デザートまで完食できたとは思えない。
この国の食事は洋食のフルコースと同じで、料理は一品一品順番に供される。しかも目の前のテーブルに置いてからクロッシュを開ける方式なので、宰相は実際食べなかったデザートを自分の目で確認していないはず。
だから、私はあんな質問をしたのだ。
「私は、あの日、宰相さまは国王さまと会ったのだと思っています。……そして側妃さまや正妃さまと同じく『解任』を告げられたのだと。――――だからといって私は、宰相さまが国王さまを殺したと言っているわけではありません。国の中枢の仕事を一手に引き受ける宰相さまが、国王さまがお亡くなりになった今の状況で、解任の事実を話せるはずがありませんから。アリバイを偽ったとしても、それは無理もないことでしょう。――――ですから、ここだけの話でかまいません。私に事実を教えてくださいませんか」
事件の捜査――――国王を殺した犯人を見つけるためにも、私には真実を知る必要がある。
宰相は、渋い顔をした。
「仮に――――仮にだぞ。私が陛下とお会いしていたとして、それを聞いたお前はどうするつもりだ? 私が犯人だと言うつもりがないのであれば、聞く必要もないのではないか?」
そうたずねてくる。
私は、静かに首を横に振った。
「そうではありません。宰相さまが証言してくだされば、私にとってそれはとても役に立つ情報になります。犯行時間を特定することができますし――――何より、国王さまの様子を知ることができますから」
「陛下のご様子?」
私の言葉を聞いた宰相は、不思議そうに首を傾げる。
私は大きく頷いた。
「そもそも、今回の事件は、おかしいんです!」
勢い込んで、そう言った。
――――国民から絶大な支持を受けていた魔族の国王。
意外にも彼を殺したい動機のある人物は多かったが、その内の誰かが実際に凶行に及ぶかは難しいところだ。
例えば、目の前の宰相。
人間の人間による人間のための政治を目指す彼だが、現実問題、魔族の国王の政治に頼りきりその恩恵を享受しているこの国が、急に国王を廃し方向転換できるかといえば、そうではないだろう。
改革には大きなリスクが伴う。宰相は、そのリスクをよくわかっているはずだ。
多少国王の態度に変化があっても、優秀な彼が、そんなリスクを犯すだろうか?
それに、正妃の座を失って福祉事業ができなくなる正妃にしても、そもそもその福祉が国王の統治による繁栄の上に成り立っているのだとわからないわけはない。
(それに、そうよ側妃さまだって、心を病んでいるという割には、かなりしっかりしていた人に見えたわよね?)
少なくとも、錯乱したあげく国王を殺そうとするほど追い詰められているようには見えなかった。
理不尽にも国王から疎まれて失脚した人々にしたって、死罪になった者はいないという。
『目には目を歯には歯を』で有名なハムラビ法典は、実は過度の報復を諫めるための法典だ。
その法則から言えば死んだ者のいない現状で、国王の死までを望み、なおかつ実行する者は少ないのではないだろうか?
(まあ、世の中にはつまらないことで事件を起こす人も多いけど)
それでも神にも等しい魔族の国王を弑するというのは、特別に覚悟のいることだ。
(普通はしないわよね?)
当たり前に考えれば、誰も国王を殺そうとは思わないだろう現実。
――――それでも国王は殺された。
ならば、これまで以上に、普通ではない“何か”があったはずなのだ。
最近のおかしかった国王を上回る“何か”が。
「国王さまは、いつもと同じでしたか? 気づいたことがあれば教えてください。なんでもいいんです。いつもと違う違和感を覚えませんでしたか? そういう情報が、私は欲しいんです!」
真剣に言い募る私を、宰相は驚いたように見つめてくる。
「……案外しっかり考えているのだな」
感心したようにそう言った。
たいへん失礼な言葉である。
いったい私が今まで何をしていたと思っていたのだろう。
ムッとした私に対し、宰相は「すまない」と謝った。
「いくら異世界の専門家とはいえ、年若い女性と思っていたからな――――」
つまりは、大した期待をしていなかったということだろう。
まぁ期待されても困るので、そこはそれほど突っ込めない。
ジトッと私が睨めば「悪かった」と、宰相はもう一度頭を下げた。
「詫びに、"もしも"の話をしてやろう」
そう言ってフッと笑った。




