それでは、質問です!
結果から言えば、書類は見事に燃えていた。
あまりにヒドイ燃えように、出火場所が私の部屋だということは、誰が見ても一目瞭然の事実。
失火の疑いもかけられたが、出火当時一緒にいた側妃さまが私のアリバイを証言してくれたので事なきを得た。
「どうして、私が自分の部屋に放火しなきゃいけないのよ!?」
書類は焼けるは、疑われるはでさんざんな私は、不機嫌に愚痴る。
「放火じゃない。かけられたのは失火の疑いだから。……まあ、捜査がなかなか進んでいないからな。それを誤魔化すために火をつけたんじゃないかと疑う者もいたようだが……そっちも、側妃さまの証言で疑いを晴らすことができた」
よかったなと笑いかけてくるリュシアンに、私はムッとする。
「私は、自分の都合で火をつけたりしないわよ! だいたいそんなことをして怪我人とか出たらどうするのよ?」
今回の火事では書類が燃えただけで怪我人はいなかったが、そうでない可能性だってあった。そんなバカな真似をするほど、私は愚かではないつもりだ。
「やっぱり、美春は優しいな」
嬉しそうにリュシアンは笑みを深くする。
頭を撫でようとでもしたのだろう、手を私の方に伸ばしてきた。
当然私はその手を、ペチン! と叩き落とす。
「ベタベタ触らない!」
腰に手を当て、叱りつけた。
――――私を口説くと宣言してから、リュシアンのスキンシップが止まらない。
こういうところだけ有言実行なのは、いかがなものだろう?
「ひどいな美春」
流し目で見てくるリュシアンを、私は冷たく睨み返した。
「無駄に色気も振り撒かない!」
「……美春が、冷たい」
叱られたリュシアンは、部屋の片隅に行き、その場で小さくうずくまる。
うっとうしいことこの上ない態度だ。
呆れていれば、
「……あ~。その……なんだ。もう一度資料が欲しいということだが――――」
私たち二人のやり取りを呆然と見ていた第三者――――宰相が、ここでようやく声を出した。
今、私たちのいる部屋は、実は宰相の執務室だ。
私はリュシアンと一緒に、宰相を訪ねているのだった。
焼けてしまった資料の再発行を求めるために来たのだが、依頼をしたはいいが、そのまま宰相は考え込んでしまった。
なかなか返事がもらえなかったから、私とリュシアンは二人で会話していたのだ。
やっと口を開いた宰相は、何故か顔を引きつらせている。
「――――すまないが、再発行はできない」
ゴホンと咳ばらいをしてから、そう言った。
まぁ、そうじゃないかなとは、私も思っていた。
現代日本と違い、この世界にはコピー機もパソコンもない。先日私がもらった書類も、見事な手書き文書で、その控えを作るならば、当然それも手書きとなるはずだ。
(あんな膨大な資料、同じものを二部書けと言われたら、私なら仕事をボイコットするわ)
控えが欲しいなら、自分で作れと言うだろう。
しかも、あの書類は宰相の命令で作られたとはいえ、目的は私の捜査のため。あくまで一個人が必要とした資料なのだ。
重要書類なのは間違いないので、控えがあるかと聞いてみたのだが……答えはやっぱり「ない」だった。
もう一度作る――――つまり再発行も「できない」とたった今断られてしまった。
(あ~。でも、例え控えがあったとしても、素直に渡してくれるかどうかは微妙よね?)
昨今の日本のお役所は、一度「ない」と言った書類をどこかしらか見つけてくるのがお家芸だ。例えあっても一度は「ない」と答えるのが、お役所流なのかもしれないが、異世界のお役所はどうだろう?
そんな疑いを込めた視線で、チロリと宰相を見れば、疲れきった顔をした初老の男は、動揺した風に視線をそらせた。
怪しい――――
「……わかりました」
しかし、私は大人しくそう言って引き下がった。
ここでごねても無駄だろう。
それくらいは、女子大生の私でもわかるのだ。
「では、申し訳ありませんが、あの日の宰相さまの行動をもう一度お聞かせ願いますか?」
宰相は、迷惑そうに顔をしかめた。
はっきりきっぱり『面倒だ』と、顔に書いてある。
それでも、先ほど書類の再発行を断った手前、この依頼も続けて断るのは悪いと思ったのか、しぶしぶとではあるが頷いてくれた。
「わかった……覚えている範囲でいいのなら答えよう。――――当日の朝からでいいか?」
「あ、夜の七時くらいからお願いします」
あの後、私はもう一度側妃から詳しい話を聞いた。そこで彼女は、国王と最後に会ったのは、八時少し前だと言ったのだ。
つまり、そこまでは国王も生きていたということになる。
(まぁ、側妃さまが嘘をついていないとしたらだけど)
側妃には、正妃とはまた違う強かさを感じる。
国王に無視され、周囲に同情されながら同時に蔑みも受けていたはずの側妃。心を壊しても彼女はずっと側妃でい続けた。
それは間違いなく彼女の強さと言えるだろう。
完全に信じることはできない相手だが、国王と会ったことについてだけは本当だろうと、私には感じられる。
(それに、自分の不利になる『解任された』なんて証言を、嘘で言ったりしないわよね?)
私がそう頼めば、宰相は何か言いたそうに顔をしかめた。
彼にも、側妃の話した内容は伝えてある。その上で、私が七時からと言ったのだから、私が側妃の証言を信じているとわかったのだろう。
(たぶん『信じるな』って言いたいんでしょうね)
しばしの葛藤の後、言わない方がいいと判断したのか、言っても無駄だと判断したのか――――おそらく後者だと思うが、宰相は深いため息をついてから、口を開いた。
「あの日の夕刻は、午後から続いていた会議が終わらずに、途中食事休憩を挟んだ以外はずっと議場に詰めていた。会議は終わる気配がなく、徹夜を覚悟した時に、陛下がお亡くなりになったという報せを受けたのだ」
宰相は、書類に書いてあったのとそっくり同じことを言った。
私は、宰相の仕事のハードさに、あらためて顔を顰めてしまう。
(王宮って、ブラック企業なの?)
午後から夜中まで会議なんて、ブラックと言わずになんと言おう。
「食事休憩は、何時ころでしたか?」
「……八時過ぎであったかな」
「ご一緒に食事をしたのはどなたです?」
「誰もいない。一人だ」
宰相の一人は、厳密には一人ではない。数には入らぬものの護衛の騎士や侍従、食事の給仕をした侍女が数人必ず側に仕えている。
(前の書類でも、証人として騎士たちの名前が書いてあったわよね)
だから宰相のアリバイは、バッチリだったのだ。
一問一答という感じで、宰相は淀みなく私の問いに答えていく。
「では、その時付いていた騎士と侍従、侍女の名前と、食べた料理を教えていただけますか?」
この質問にも、宰相はスラスラと答えた。
料理の名前を聞いた私は、首を傾げる。
「デザートはシャーベットですか? 確か、アイスだったと記憶しているのですが?」
「シャーベットで間違いない。そなたの記憶違いだ。なんなら料理長に確認してみればいい」
宰相は、自信たっぷりに答えた。
その顔は、そんなひっかけにはかからないぞというドヤ顔だ。
私は、クスリと笑った。
「さすが宰相さま。記憶力がいいのですね。では、もう一つ質問です。――――昨日の夕食のデザートはなんでしたか?」
私のこの問いかけに、宰相は口をパカンとあけた。