爆発
クラリと体が揺れたと思った途端、私の体はフワッと浮き上がる。
「……え?」
「ポール、そっちを頼む!」
ものすごく近くからリュシアンの声が聞こえた。
「おまっ! そっちって」
焦ったようなポールの声に、視線がそちらに向かう。
眉間にしわを寄せた真面目な騎士は、首を横に振り、肩をすくめていた。
「失礼します」
そう言いながら、彼の隣にいた側妃さまをポールは抱き上げる。
「キャア! な、何をするのです!?」
「城のどこかで爆発が起こっています。ここは危険ですから避難します。……口を閉じていてください。舌を噛みますよ」
義務的な口調で、そう言った。
私は、驚き目を見開く。
(そっちって、側妃さまのことなの?)
解任されたとはいえ、側妃に対して「そっち」はないだろう。
…………いや、もちろん『爆発』という言葉にも驚いている。しかし、なんというか、今はあまり現実を直視したくない気分なのだ。
「……美春、君はこっちを向いて。首に手を回して、落ちないようにつかまっているんだよ」
半ば意地で目をそらしていれば、近くからリュシアンの声が聞こえてきた。
私は、しぶしぶ顔を真っ直ぐに向ける。
息のかかりそうな距離に、麗しのご尊顔があった。
わかっていたことだけど、私はリュシアンに、がっちり抱き上げられている。しかも、いわゆるお姫さま抱っこだ。
(緊急事態なのはわかるけど――――この抱き方でなくてもいいんじゃない?)
文句を口にする間もなく、再びズン! という地響きが感じられた。
「まずいな。近い」
言うなり、リュシアンは走り出す。
続いてポールも走り出した――――ようだ。
「キャア!」
側妃の可愛い悲鳴が聞こえたから、間違いないだろう。
抱き上げられて走られるのは、案外怖い。こんな羽目になった側妃には、心から同情する。もちろん同じ目に遭っている私だってたいへんだ。
抗議の意味も込めて、私はリュシアンの首に回した手に思いっきり力をこめて……締め上げた。
――――リュシアンは、嬉しそうに笑う。
(マゾなの?)
疑問を込めた冷たい視線で問いかけたのだが、都合よく質問の意味を取り違えたリュシアンは、状況を説明してくる。
「近くで爆発が起こっている。この塔ではないようだが、室内は危険だ。外に出よう」
予想通りの状況に、私はめまいをこらえた。
「また?」
先日私は、陛下の部屋で爆発に巻き込まれた。
そして今また、側妃の部屋の近くで爆発が起こっているという。
「……やっぱり、今回も私が狙われているの?」
認めたくはないが、その可能性は高かった。
「早く安全な場所に避難するぞ」
私の質問には直接答えず、リュシアンは走り続ける。
階段を降りているのか、上下に揺さぶられて、私は焦った。
「リュ、リュシアン、下ろして! あなたは、怪我をしているでしょう!?」
リュシアンは、昨日まで松葉杖をついていた。それなのに、私を抱き上げて走る――――しかも、階段を降りるなんてダメに決まっている。
「大丈夫だ」
(いったい、何を根拠に大丈夫だというの!?)
「そんなわけないでしょう! 早く下ろして!」
私は、彼の耳元で怒鳴った。
「絶対、イヤだ」
ジタバタ暴れる私をものともしないリュシアン。彼の足どりは確かで、大丈夫と言うのも根拠のないことではないのかもしれないが――――それでも、私は嫌だった。
(どう言えば、この男は私を下ろしてくれるのよ?)
腹立ちまぎれに考える。
そして――――
「下ろしてリュシアン。……私、あなたと手をつないで走りたいわ!」
やけくそ気味に、私はそう叫んだ。彼の胸に頬をすり寄せ、甘えて見せる。
(恥ずかしくて、死ねるわ)
それでも背に腹は代えられなかった。
リュシアンは、フッと笑う。
「そうだな。美春が、もっと甘えておねだりしてくれたら下ろしてもいい」
「はぁ~っ!?」
思わず大声が出てしまった。
「頬にキスしてくれるなら、絶対言うことを聞くけどな」
「調子に乗らないで!」
私が怒鳴れば、リュシアンはクスクスと笑い出した。
「やっぱり、美春は最高だ」
……リュシアンは、最低である。
思いっきり冷たく見つめれば、彼はようやく私を地面に下ろしてくれた。
そこは後宮の外の庭で、いつの間にか私たちは外に出たらしい。
「お前ら! いい加減にしろよ!」
後ろからポールの怒鳴り声がした。
「こんな時に、いちゃつくなんて何を考えている!」
ぴったり後ろをついてきていたポールには、私たちのやりとりが丸見えだったようだ。
(別に、いちゃつきたくていちゃついているわけじゃないんだけど)
ムッとしてそちらを見れば、ポールが「ひぇっ!」と変な悲鳴を上げた。
なんと、ポールの頬に側妃がキスをしている。
「な! 何をなさるんですか!?」
「あら、だって下ろしてほしい時は、頬にキスするのでしょう? さっき、そちらの騎士が言っていたわ」
側妃は、キョトンとしてそう言った。
「そんな必要ありません!」
「そうなの?」
「そうです!」
可愛らしく首を傾げる、見た目中学生ゴスロリ少女。
ポールは真っ赤になっていた。
どうやら側妃は、天然らしい。
「チクショウ! リュシアン、お前のせいだぞ!」
赤い顔のまま、ポールが文句を言ってきた。
リュシアンはニヤニヤ笑って、相手にしない。
私は、大きなため息をついた。
「とりあえず、側妃さまを下ろしてあげたら?」
なんだかんだ言いつつ、ポールは、ずっと側妃を抱き上げたままだ。
「うわっ!」
慌てて側妃を下ろした。真面目な騎士の顔はますます赤く、可哀そうなぐらい。
しかし、今はそれをからかっている場合ではなかった。
「……もう安全なの?」
「ああ、見てくれ」
リュシアンの指さす先では、城の窓の一つからモクモクと煙が吹き出している。
「……美春の部屋だ」
――――敵の狙いが“私”だと確信した瞬間だった。