同じ?
全然関心を持たれていなかったのに、その責任を被せられるなんて、私なら絶対嫌だ!
私の言葉を聞いたポールと側妃は、呆気にとられたようにポカンと口を開けた。
リュシアンは――――プッと吹き出す。
「やっぱり、美春は面白い」
そんなことはないだろう。
面白いのは、自分たちの国王をこき下ろされたのに笑っているリュシアンの方だと思う。
ポールも側妃も信じられないように、私たちを凝視していた。
「……不敬だったかしら?」
言ったことを取り消すつもりはないけれど、少し心配になった私は、二人に向かってたずねてみる。
なんと言っても、相手は腐っても国王なのだ。
(まあ、石化した国王さまは腐らないでしょうけれど)
……既に、こういう思考が不敬なのかもしれないが。
「全然、大丈夫だよ。美春が陛下を誉めるのはムッとするけれど、貶す分には問題ないからね」
私の質問に楽しそうにそう答えたのは、二人ではなくリュシアンだった。
「それって、リュシアンだけの見解でしょう?」
呆れ果てた私は、飄々としているイケメン顔を睨みつける。
「そうかな?」
「……ふ、不敬に決まっているだろう! リュシアン、お前は何を言っているんだ!」
首を傾げたリュシアンを、ポールが怒鳴りつけた。
うん。やっぱりポールは、安定の常識人だ。
彼の怒鳴り声に、私はなんだかホッとする。
「俺は、美春を嫉妬するくらい好きなんだからな。当然だろう?」
非常識人代表リュシアンは、なんだか偉そうに胸を張った。
「当然じゃない! だいたいお前は――――」
ポールは、ギャアギャアとリュシアンに向かい説教をはじめる。その様子は、まるっきりこの部屋に入る前と同じだ。
きっとこの二人は、いつもこんな調子なのだろう。
少し呆れた私の横で――――側妃が、ポロリと涙をこぼした。
「あなたは、解任された私を責めたり蔑んだりしないのね」
泣きながらそう聞いてくる。
「そんなことするわけないでしょう。悪いのは国王さまとしか思えないもの」
少なくとも私の常識ではそうだ。
まぁ、もちろん私の知り得ない、特別な事情があるかもしれないので、これはあくまで私個人の見解ではあるが。
――――例えば、側妃がこれまでに国王と会っていて、彼女の言動や性格が国王に嫌われたのだとすれば、側妃自身に非があると言えるかもしれない。
もちろんその場合でも、一番の責任は側妃を選んだ周囲の人間にあり、選ばれた側妃にはないだろう。
十八歳とまだまだ若い側妃。彼女に問題があったのなら、少なくとも国王はそれを伝え、彼女に是正を求めるべきだ。
そうしても、なお側妃が自身の態度を改めなかった場合――――
そうであれば、側妃は責められても仕方ないと言えるだろう。
しかし、国王は、はじめから最期の日まで一度も側妃と会っていないという。
(どうしてそれで解任の責任を、彼女に負わせるなんてできるのよ!?)
私には、そっちの方が不思議だった。
「……今まで、国王さまが自ら解任した側妃はいるの?」
私の質問を聞いたリュシアンは、ポールとの言い争いをあっさり止め、こちらを振りむく。
「聞いたことがないな」
首を横に振った。
それを聞いた側妃の顔色は、ますます悪くなっていく。
さすがにポールも、同情の色を顔に浮かべた。
そんな彼を私は正面から見つめる。
「だとしたら、側妃さまが解任の事実を隠そうとしたのは当然のことよ。そうでしょう?」
「うっ」
ポールは、一瞬言葉に詰まった。
「……で、でも! だからと言って、正妃さまを陥れていいわけがない。自分で見たわけでもないのに、あんな証言をするなんて、……最低だ!」
ポールの怒りも、もっともだった。
私は「そうね」と頷く。
「側妃さまのやったことは、犯罪だわ。例え、本当に正妃さまが犯人だと思っていたとしても、やってはいけないことよ」
私の言葉を聞いた側妃は、両手で顔を覆った。
肩を震わせ、声をしぼり出す。
「ごめんなさい。……でも、私は、正妃さまが妬ましかったの。……私よりも、ずっと長く陛下のお側にあって、私が側妃に選ばれてからも、陛下を独り占めされていて……なのに、そんな方が陛下を弑されただなんて! ……絶対、許せないと思ったの」
「正妃さまは、陛下を弑されたりしてしない!」
側妃の言葉に、ポールが怒鳴り返した。
側妃は、バッ! と顔を上げる。
「でも! だって! 陛下は、私に会った後、正妃さまに会われると、間違いなく仰ったのよ! それなのに正妃さまは、それを隠しておられるみたいで……だったら、犯人は正妃さまでしょう!」
それが本当ならば、側妃がそう思うのも仕方ないと思われた。
「それでも、嘘はダメよ」
私がそう言えば、側妃はまた顔をうつむける。
私の言葉を、頭では正しいと理解していても、心は納得できていないのだろう。
私は……小さなため息をこぼした。
別に、私は側妃が正妃を犯人だと思い込んでいても、それを訂正してやる必要はない。
元々側妃は一方的に正妃を嫌っているのだ。このまま放っておけばいいのである。
(でも側妃さま、なんだか苦しそうなのよね)
人を嫌うのは、案外心が疲れることだ。例え相手が百パーセント悪いと思っていても、誰かを嫌いになる自分に、自分が傷ついてしまう。
だから――――
「……ねぇ、こうは考えられないかしら? あなたと正妃さまは”同じ”なんだって」
「え?」
びっくりしたように側妃は顔を上げた。
「同じ?」
「ええ。そうよ。あなたも自分が国王さまに会ったことを、正直に話せなかったでしょう。正妃さまも話していない。……その理由が、同じだとは思えない?」
側妃は、大きな目を見開く。
「……同じ理由」
「あなたは、解任されたことを皆に知られたくなかった。正妃さまも同じように解任されたことを知られたくなかったのじゃないかしら?」
それは、側妃にとって思いもよらないことだったようだった。
目を見開いたまま、フルフルと首を横に振る。
「そんなはずないわ。……だって、正妃さまが解任されることは、誰もが知っていることだもの。今さら国王陛下に告げられたからって、それを黙っている必要なんてない」
「そうかしら? 国王さまが亡くなった今、正妃のままなのか、正妃を解任された後なのかは、正妃さまにとっては、とても大きいことなのじゃないかしら? 特にあの方は、正妃としてまだまだやりたいことがあるようだったわ。だったら、もし解任の事実が誰にも知られていないことならば、隠しておきたいと思うのじゃない?」
日本の法律では、離婚した前妻に遺産の相続権はない。この世界の常識や、そもそも国王と妃という特殊な立場での、片方の死後の取り扱いがどうなるかはわからないが、でも現正妃と前正妃では立場はまるで違うだろう。
側妃は、呆然とする。
その時――――
ズン! という、揺れが足元から伝わった。




