ゴスロリ!
「たずねて来るというから、待っていたのに、いつまで経っても部屋に入っても来ず、あげく言い争いをはじめるなんて! ……どれだけ私を蔑ろにすれば気がすむの!?」
顔を赤くしてフーッフーッと息を荒くする、どう見ても中学生に見える少女。
「側妃さま!」
ポールが、慌てて膝をついた。
遅れて、リュシアンも頭を下げる。
やっぱり、彼女が側妃らしい。
(うわっ! 確かに、この容姿なら私と同年代に見えなくても仕方ないわ)
納得せざるをえないほど側妃の姿は、可憐だ。
黒地に真っ白なレースの付いたフリフリのドレスを着た姿は、まさにゴスロリで、なんとも言えない気分になる。
それにしても、側妃が自ら飛び出してくるとは思わなかった。
身分の高い女性が、供も付けずに出てきていいのだろうか?
疑問に思いながら、私も頭を下げた。
(そういえば、側妃さまは心を病んで、自分の侍女や護衛を遠ざけた人なのよね)
少しは立ち直ったという話だったのだが。
「私に話を聞きにきたのでしょう。さっさと入りなさい!」
側妃は、こちらを睨み付けながら命令してきた。
高飛車な態度は、ゴスロリ幼女にピッタリで、私は思わず笑いそうになってしまう。
なんとか笑いをこらえながら、素直にしたがった。
悪いのは、こちらなので反論の余地はない。
そうして入った部屋は、――――白い部屋だった。
天井も壁紙も真っ白で、白い絨毯が敷かれている。
(うわぁ、少女趣味)
真っ白な部屋の中に、黒いゴスロリ服の少女。
ゴスロリ好きにはたまらない光景だろうが、残念ながら私にそんな趣味はない。
部屋の中には、側妃以外誰もいなかった。
「護衛の騎士は、どこですか?」
周囲をキョロキョロ見回しながらポールがきいた。
「さあ? ……どこか、その辺にいるのでしょう。部屋には近づくなと、命令してあるから」
まるで興味がなさそうに、側妃は答える。
ポールは、驚いて目を見開いた。
「部屋に近づけなければ、警護が出来ないではないですか!?」
「警護なんて不要よ。用なしの側妃を狙う者なんて、いるはずないでしょう?」
側妃は、自嘲気味に笑った。
可憐な少女にはまるで不似合の大人びた笑みは、彼女が見た目通りの幼い少女ではないのだと、私に教えてくれる。
(……え? この人って)
同時に、私の胸にフッと何かが引っかかった。
側妃の言葉や笑顔に、なんだか違和感を覚えてしまう。
そんな私に、側妃がカツカツとヒールを鳴らして近づいてきた。
「私、まだるっこしいのは嫌いなの。――――あなたが、落ち人ね?」
正面からストレートに聞かれる。
そのとおりなので、私は「はい」と頷いた。
「陛下を弑した犯人を捜しているのでしょう?」
これまた「はい」と頷く。
「なら、何故さっさと正妃さまを捕まえないの?」
いきなりそう言った。
「……はい?」
「あなた異世界で、犯人捜しの専門家だったのでしょう? 何をモタモタしているのよ!」
腰に両手をあてた可憐な少女が、呆れたように私を見上げてくる。
「………………正妃さま、ですか?」
「犯人は正妃さまですもの。当然でしょう?」
側妃は、言いきった。
「なっ! 何を!? いくら側妃さまでも、不敬でしょう!」
ポールが驚き叫ぶ。
側妃は、ジロリとポールを睨んだ。
「あなたは、正妃さまの信者なの? そういう人とは話にならないから黙っていなさい」
「なっ! なっ!」
ポールは、言葉を失いパクパクと口を開け閉めした。
私は、目を丸くする。
「えっと? ……側妃さま。そこまで言われるということは、側妃さまには、正妃さまが犯人だという確証があるのですか?」
聞けば側妃は「当たり前でしょう」と、胸を張った。
「私、見たのよ。陛下が弑されたあの日。正妃さまが、陛下のお部屋にいるのを」
声を潜め、そう話す。
「嘘だ!」
即座に、ポールが否定した。
「黙れと命令したでしょう」
側妃に睨まれ、反論しようとしたのだろう、ポールは側妃に詰め寄ろうとする。
私は、慌ててそんなポールを止めた。彼の前に出て、手で下がるように指示をする。
リュシアンも、ポールを睨みつけた。
非常に不本意そうではあったが、ポールは渋々ひき下がってくれる。
私は、コホンと咳払いをした。
宰相と正妃からもらっている当日の行動の報告書には、そんな事実はどこにも書いてない。
今の側妃の言葉は、まるっきりの初耳だ。
「失礼ですが、側妃さま。他に目撃者はいますか?」
私は、そう聞いた。
側妃は、首を横に振る。
「いないわよ。……だから、誰も信じてくれないと思って黙っていたのだもの。私の言葉に耳を傾けてくれる人なんて、この城には誰もいないわ」
ギュッと唇を噛んだ。
もしも、彼女の言うことが本当なら、正妃は嘘をついていることになる。
(ううん。正妃さまだけじゃないわ。ひょっとしたら、宰相さまもグルってこともありえるわよね?)
しかし、証人もなしに側妃の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。
(冷静に考えれば、側妃さまの方が嘘をついている可能性が高いもの)
正妃と側妃。どっちが信用できるかなんて考えるまでもないことだった。
それでも――――
「調べてみます。情報ありがとうございました」
私は、丁寧に礼を言い頭を下げる。
側妃は、驚いたように目を見開いた。
「信じてくれるの?」
「まだ信じては、いませんよ。調べてみますって言いましたでしょう。それはそれとして、情報提供に感謝しただけです」
提供された情報を調べもせずに否定したら、情報収集はできない。
私は、この世界では何もわからぬ赤子も同然の存在なのだ。もらえるものは何でももらう心づもりでなければ事件の解決はムリだろう。
(信頼できるできないは、後でしっかり調べればいいわ)
情報の選り好みなんて、できる立場じゃなかった。
側妃は、パチパチと目を瞬かせた。
何かを我慢する子供のように、また唇を噛む。
「えっと、状況を確認したいのですけれど、側妃さまが正妃さまを見たのは何時頃でしたか?」
私は、重ねて質問をした。
ハッとして表情を変えた側妃が、思い出すように目をつぶる。
「そうね、あの日は――――」
ゆっくりと、側妃は話し出した。




