まさかのヤンデレ?
楽しそうに笑うリュシアンに、私は首を傾げる。
そこまでウケるセリフだっただろうか?
「まぁ、確かに、国王さま、ものすごい美形だったけど」
あの美しさは、凄かった。
まさしく人外の美しさで、ご遺体でさえなければ、拝め奉りたいほどの姿に対して、『おじいちゃん』は、なかったかもしれない。
なにより、この国の国王だ。
不敬だったかな? と、ちょっと反省した私なのだが……私の言葉を聞いたリュシアンは、突如、ムッと顔をしかめる。
「――――美春は、陛下の顔が好みなのか?」
顔をズズイッと近づけて聞いてきた。
今さら言うまでもないだろうが、リュシアンも十分に美形である。
私は、動揺した。
「へ? え、ええっと? ……好みっていうか、なんというか――――」
美形は、美形だ。世の中の大多数の人が好む顔を、美形というのである。
そして、私は、人一倍美形好きな自信があった。
間違いなく、国王の顔は“好み”である!
(――――で、でも。なんだか、そう言っちゃいけないような気がする)
「……か、顔が近いんだけど」
そう思った私は、返事をはぐらかした。――――実際、リュシアンの顔は、ものすごく近い!
「どうなんだ?」
なのに、リュシアンは、ますます私に顔を近づけてくる。
いやいや、なんでそんなこと聞かれなきゃいけないんだろう?
「ど、どうだって言われても――――」
どう答えるのが正解なのだろうか?
だいたい、どうしてリュシアンは、そんなことが気になるのか?
(あれかしら? 美形同士の対抗心? あんなおじいちゃんに、俺は負けないぞ! ………とか?)
焦りながら、私は考え込む。
いろいろ考えて、フッと、バカみたいな考えを思いついた。
我ながら“ない”と、思うのだが、今のリュシアンの追究を逃れるためには、有効な返しかもしれない。
そう思った私は、自分からリュシアンに近づいた。
「やだなぁ。………リュシアンったら、ヤ・キ・モ・チ?」
言いながら、人さし指で、リュシアンの胸を、ツン! と突く。
私の言葉に、リュシアンは、ビックリした顔をした。
「ヤキモチ?」
「そうよぉ。そんなに、私の好みが気になるなんて、立派にヤキモチでしょう? 大丈夫、私は、リュシアンを、愛してるから」
――――もちろん、私、渾身の冗談である。
大笑いされるか、冷たい目で見られるかの覚悟を決めて放った、捨て身の冗談だったのだが……
何故か、リュシアンは、真面目に考えこむ。
「………………嫉妬? …………これが?」
私は、指をリュシアンの胸についた形のまま、動きを止めた。
「へ? ……何? ひょっとして、リュシアンったら、嫉妬したことないの?」
そんなバカなと思いながら、聞いてみる。
なんと! リュシアンは、真剣な顔で頷いた。
「ない」
簡潔な肯定の言葉に、ドンびいてしまう。
(うわっ! さすがイケメンね)
リュシアンくらいイケメンなら、いつでもモテ放題。他人に嫉妬することなどないのだろう。
ヤキモチをやいたことが無いとしても納得だ。
「モテる人は、違うわね」
少しひがんだ私の言葉に、リュシアンは、今度は首を横に振った。
「いや、そうじゃない。……なんというか? それほど、他人に興味を持てないだけだ。他人が誰を好きでも関係ないだろう?」
「……は?」
「自分以外の者が、何をどう思おうが、どうでもいいと思っていた。そんなものは、ただの情報で、感情を揺さぶるものではないとも思っていたが……そうか。これが嫉妬か」
うんうんと頷きながら、しきりに納得するリュシアン。
彼は、何故か、胸をついたまま固まっていた私の手をとった。
「――――美春が、俺より陛下の顔が好きだなんて言われたら面白くないと思うし、……この前、ポールを頼ろうとしたのも嫌だった。……俺は、美春のことで嫉妬していたんだな」
キュッと手を握ってくるリュシアン。
私の顔は、……カァ~ッ! と、熱くなった。
(も、もうっ! リュシアンったら!)
このイケメンは、自分が何を言っているのか、自覚があるんだろうか?
(嫉妬? 嫉妬って!? 私に? ……それって、ようは、私を?)
いやいや、そんなバカな! と、私は首を横に振る。
握られた手を、えいやッ! と、ばかりに引き抜いた。
リュシアンが、寂しそうに眉尻を下げたが、見ないことにする。
――――きっと、リュシアンのこれは、小さな子供の独占欲みたいなものなのだ。
最初に自分が保護し、守ると約束した異世界人。
何もわからぬ異世界人は、赤子も同然だ。
リュシアンは、私に対し、親鳥みたいな保護欲を抱いているに違いない。
(うちの子が、よその親になついたら腹が立つってヤツよね)
心が狭いだろうと、思わないでもないが、……まあ、その気持ちも、わからぬでもない。
うんうんそうだと、私が納得していれば、リュシアンは、何故か晴れ晴れとした表情で笑いかけてくる。
「そうとわかれば、簡単だ。ポールには、俺が嫉妬するから、美春に近づくなと言っておこう」
「ええっ!」
とんでもないことを言い出した。
「ちょっ、ちょっと! 止めてよね!」
「何故だ?」
不思議そうに、聞いてくる。
「当たり前でしょう!」
普通、男性が、特定の女性のことで他の男性に嫉妬するなどと言えば、当然その女性に恋情を抱いていると、誰だって思う。
「ポールさんが、勘違いするわよ!」
「勘違い? 何をだ?」
まったくわかっていませんといった風に、首を傾げるリュシアン。
それを見て、こいつはダメだと思った。
(リュシアンったら、イケメン過ぎて、無頓着なのよ!)
世の中の人間というものは、他人の恋バナが大好きなのである。
一度噂が立ってしまえば、あとからそれは間違いでしたと言っても、なかなか信じてもらえないものなのだ。
しかも、噂の当事者がイケメンのリュシアンと異世界人の私となれば、どんな尾ひれがつくか、わからない。
(絶対、変なことを言わないように釘を刺さなくちゃ!)
どう言って止めようかと、私は考え込む。
リュシアンは、まだ首を傾げていたが、途中で考えるのを止めたのか、私に話しかけてきた。
「ああ。そうだ。念のため聞いておくが、――――美春は、俺よりポールの顔の方が好みだなんて言わないよな?」
「え? なんで?」
リュシアンはイケメン。一方のポールは平凡顔だ。
当然、私の好みはリュシアンだが、返事をする前に一応理由を確認する。
「いや、もしそうだとしたら、ポールに言ってくるついでに、アイツの顔を一発殴ってこようと思って。……少し変形させてやれば、美春の好みから外れるだろう?」
実に爽やかな笑顔で、リュシアンはそう言った。
私の体は、ブルリと震える。
(ヤンデレ? リュシアンったらヤンデレなの!?)
いやいや違うと思いたい!
「私、リュシアンの顔が一番好きだから! あ、あと、明日の側妃さまとの面会も、リュシアンと行くわ!」
叫ぶようにそう答えた。
「そうか、良かった。それが正解だよ。君の側で君を守るのは、俺だけだ」
リュシアンは嬉しそうに笑う。
今後は、自分の精神と周囲の物理的安全のためにも、リュシアンには逆らわないようにしようと、決めた私だった。




