異種族婚って難しい
その後は、出された資料と、宰相から事前に貰っている資料を付き合わせ、更に裏を取るための聞き込みをしなくてはならない。
「面倒くさいわ。同じ事を、側妃さまや宰相さまにもしなくちゃだし」
先は、とっても長い。
「正妃さまの印象は、どうだった?」
まだ、松葉杖は必要なものの、ずいぶん顔色が良くなったリュシアンが、私に聞いてくる。
そのことにホッとしながら、私は考えこんだ。
「できれば、正妃さまが犯人だとは、思いたくないわ」
優しく慈悲深い正妃。彼女は、真剣に国民のことを考え、貧しい者を救いたいと願っている。
それが行き過ぎて、国王殺害に至った可能性があるのだが――――
実際に会った彼女は、福祉行政などに関する熱意は感じても、そのために誰かを犠牲にできるような人には見えなかった。
(そんな冷酷さを持った人じゃないと思うのよね)
そして、それとは別に、……彼女は、国王をとても尊敬していたようだった。
あのドタバタ騒ぎの後、国王について、少し話を振ってみたのだが、正妃は頬を染めて、答えてくれたのだ。
『陛下は、いつも真面目で――――』
『でも、時々は、笑ってくださって――――』
『一緒にお茶を呑んだ時は――――』
後から後から、止まらないといった感じで、国王の話をする正妃。
その様子は、五十歳なのに、憧れの人のことを話す少女のようで、聞いたこちらが恥ずかしくなってしまうくらい。
「あんなに好きな人を、殺してしまったなんて思いたくないわ」
「……でも、正妃は、お役ごめんになるところだった」
しみじみ呟く私に、リュシアンが冷静に指摘する。
国の決まりごととはいえ、尊敬し、愛していた相手と、無理やり別れさせられる運命の正妃。
しかも国王は、彼女と別れた後、若く美しい新しい妃をむかえるのだ。
「嫉妬や痴情のもつれは、立派な犯行動機だろう?」
リュシアンの言葉は、正しかった。
それでも、私は正妃を犯人とは思いたくない。
もちろん、それがただの感傷だという自覚は、あるのだけれど。
(でもでも、やっぱり! ……あっ、でも、そういえば)
ふと、思いついた私は、リュシアンの方に顔を向けた。
「えっと、……そもそも、国王夫妻は本当の夫婦だったの?」
国王は、魔族。以前、魔族と人間とでは子ができないと、リュシアンは言っていた。
(子ができるできない以前の問題は、どうなっていたのかしら?)
まあ、ようするに……うん。いわゆる、夜の事情というやつだ。
デバガメと言えば言え! 興味があるものは仕方ない。
(それに、国王夫妻がいわゆる仮面夫婦だったかどうかは、犯行動機を探る上でも重要な要素だもの!)
私に聞かれたリュシアンは、整った顔をきょとんとさせた。
「本当の?」
いい年をして、カマトトか!
「つまり! エッチ、してたのかどうかよ!? 魔族と人間って……その……できるの?」
私は、やけくそ気味に怒鳴った。
「お前……」
リュシアンが、呆れたように絶句する。……やがて、大きなため息をついた。
「……魔族も人間も、体の構造は変わらない。――――ヤれることはヤれるが、実を結ばないだけだ」
実にわかりやすい説明を、返してくれた。
「ヤるって…」
「お前が、聞いたんだろうが!」
私が恥ずかしがり、ほんのり頬を染めれば、リュシアンは、グアッ! と、怒鳴る。
その後、彼は肩を押さえた。どうやら傷が痛かったらしい。
顔をしかめながら、大きなため息をつく。
「――――ただ、何て言うか、それは本当に、ただの性欲処理で、そこに恋情はなかったと思うぞ。……少なくとも、国王陛下には、なかったな」
きっぱりと言いきった。
「正妃さまには、あったのに?」
私にとって、それはもはや、疑うこともない事実だ。
リュシアンは、困ったように顔をしかめた。
愛していたのに、愛されなかった。――――それもまた、立派な犯行動機だろう。
「何十年も夫婦だったのに、……魔族は、人間を愛することができないの?」
私の問いに、リュシアンは、自分の手で痛めた肩に触れた。
「人間と魔族は、まったく違うからな。寿命も違うし……知っているか? 魔族の体は丈夫で、怪我ひとつしないそうだぞ?」
メデューサの目には敵わず、死んでしまった国王だが、元々魔族は頑健な一族で、物理的な攻撃で傷つくことはない。
人間と魔族は、体の構造こそ同じだが、本質はまるで違う生き物なのだ。
だからこそ、魔族は永くを生き、人は儚く命を散らす。
今の正妃は、三人目の妃。その都度、妃を愛していたとしたら、国王にとって、それは耐え難い悲劇だろう。
「人と魔族の恋は、舞台の演目や小説として、時々取り上げられる人気の悲恋ものだが、……俺は嫌いだな」
「それは、リュシアンが、国王さまの近くに、ずっといたから?」
リュシアンは、魔族の国王の近くで、何を見てきていたのか?
「……いや。ただ単に、現実的じゃないからさ」
リュシアンは、静かに首を横に振る。
「お前の思うような、ロマンチックな理由じゃない。……魔族は、人間を対等な生き物だと見ていない。……魔族と人間の恋愛なんて、あり得ないのさ」
きっぱりと断言した。
「国王さまも?」
「そうだ。だからこそ、陛下は、貴族と平民を差別しなかった。どっちにしろ、陛下にとっては同じ人間だからな」
確かに、その通りなのだろう。
ならば、なおさら正妃は不憫だった。
尊敬し愛していた相手が、自分を同じ存在だと思っていなかったのだから。
「思いたくないけど、やっぱり犯人は、正妃さまかも」
可愛さ余って憎さ百倍。
しかも、自分の持っていた権力は、そのまま失われないのだ。
「考えてみたら、動機は十分すぎるくらい十分にあるのよね」
さきほどとは、ガラリと意見を変えた私の言葉に、リュシアンは呆れたような目を向けてきた。
「短絡的に判断するな。明日は側妃に面会するのだろう?」
正妃の次は側妃。
明日、私は、側妃に会うのだった。




