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誰が、ガサツよ!

そして、リュシアンは、本当に私のおかんだったらしい。


「……なんでいるの?」


「君から、目を離せない」


セリフだけなら、どこの恋愛小説かと思うほどの甘いセリフだが、――――言っている本人が、ジトッと私を睨んでいるので、そんな雰囲気は微塵もない。


「病人は、寝てなさいよ」


「誰のせいで、俺は休めないんだ?」


絶対、私じゃない!


今日、私は、正妃さまのところに、聞き込み調査に来ていた。

警護は、ポールにお願いしたのだが、その横に、片手で松葉杖をついたリュシアンがいるのだ。


爆発で、大きな瓦礫を肩に受けたリュシアン。それとは別に、小さな瓦礫が、無数に彼の体を切り裂いていて、その内の大きな傷が片足にあるらしい。

骨に異常がないから大丈夫だと、リュシアンは言うのだが、松葉杖が必要な傷が大丈夫のはずがないだろう。


「傷口が開いたら、どうするの? 肩だって、まだ痛いでしょう!」


「心配ない。松葉杖をつくのに、支障のない方の肩だ」


「そういう問題じゃないでしょう!」


言い争う、私とリュシアン。




「……お前ら、なんなの?」


呆れ顔で、ポールが呟いた。


「まあまあ。……仲睦まじいことは、良いことですわ。特に、リュシアン。あなたは、どんなご令嬢に誘われても(なび)かなかったから、実は、心配していたのですよ」


ニコニコと声をかけてきたのは、上品で落ち着いた感じのご婦人だった。

言わずと知れた正妃である。


慈愛溢れる微笑みで、私たちを歓待してくれた正妃は、侍女にいいつけ、リュシアンの椅子も用意してくれる。


「私、落ち人にお会いするのは、はじめてですわ。もしお時間があれば、美春さんの世界の福祉制度とか、保険衛生の仕組みなどとか、教えていただけたら嬉しいのですが」


噂通り、福祉に力をいれているらしい正妃は、キラキラと目を輝かせて、私を見つめてくる。


「正妃さま。……そういったお話は、後日、日を改めてにしていただけますか?」


丁重な態度ながら、リュシアンが、きっぱりと断った。

彼は、私が犯人に狙われているのではないかと、心配している。不用意に話が長引くのを、危惧しているのだろう。


本当に、おかんな保護者だった。


正妃も、目を丸くする。


「まぁまぁ、本当に彼女を大切にしているのね」


そう言って、クスリと笑った。


「そうね。大切な人を守りたいと思うのは、当然だわ。ましてや、今城内は不穏な空気に包まれているのですもの。――――事前に質問されていたものの回答は、こちらに準備しておいたわ」


そう言いながら正妃は、私に一枚の紙を渡してきた。

国王が亡くなった日前後の彼女の行動と、それを証明してくれる人の一覧表だ。

びっちりと隙間なく埋まった紙は、彼女の完璧なアリバイを示している。


――――しかし、以前考えたように、アリバイがあるからといって、正妃が犯人ではないと言い切ることはできなかった。


(実行犯では、なさそうだけど)


たおやかな正妃は、箸より重いものを持ったことがありませんといわんばかりの容姿をしている。ニ十キロのメデューサの目を持ち運ぶなんて、無理だろう。

ただ、慈悲深く優しい正妃には、きっと信望者が多いと思われた。彼女のためなら、どんな汚れ仕事も、喜んで請け負う者が、たくさんいるはずだ。




――――そして、ポールもそんな人の一人だ。


先刻から、彼は、苦虫を噛み潰したような表情で顔を歪めている。

しかし、珍しく黙りこみ、口を挟んでこなかった。


「……珍しいわね? 今日は、不敬だとか、言わないの?」


あまりに静かなポールが不気味で、ついつい私はそう聞いてしまった。

ポールは、たちまち表情を歪める。


「お前は! 人が、せっかく我慢しているのに! そんなに、俺に言ってほしいのか!?」


怒りだすのも当然だろう。

私は、首を傾げた。



「我慢? ……何で?」


ポールは、グッと言葉に詰まる。

しばらくして、渋々口を開いた。


「……お前は、爆発の時、自分の身の安全だけじゃなく、リュシアンの体も気にかけただろう?」


聞こえないような小さな声で、そう呟く。


「え?」


「リュシアンも平民上がりの騎士だからな。……ああいうのは、珍しい」


いくぶん声を大きくしたポールは、ふてくされたように、そう言った。


――――騎士と、ひとくくりで呼ばれていても、出身が貴族かそうでないかで、扱いは大きく違う。

亡くなった国王は、平等をうたい、それゆえに自分の警護として、リュシアンやポールみたいな平民上がりの騎士を任命したそうなのだが、……それが、他の貴族たちもそうかと言えば、違ったのだそうだ。


「……しょせん、俺たちは使い捨てだ」


「ポール、それは違いますよ!」


正妃が慌てて否定したが、ポールは苦く笑う。


「もちろん正妃さまも、我らに、お優しくてあられます。……でも、事実は、事実です」


ポールの表情は、苦かった。

いくら国王や正妃が、差別をしないからといっても、それが貴族全般に普及するのは、貴族制度そのものを廃止しない限りは、無理だろう。

結果、ポールやリュシアンのような騎士は、貴族から疎まれていた。


そんな中、自分の安全よりも、リュシアンの無事の方を私は優先した。

リュシアンを叱りつけ、一緒に避難した私の態度は、ポールに驚きと感銘を与えたらしい。



「えっと……まあ、建前でも、理想論でも、私のいた世界は、人間は誰でも平等だって教育されるから」


思わぬところで認められ、ちょっと照れた私は、それが私にとっては当然の行動なのだと答えた。



「何? 私に惚れたの?」


「そんなわけがあるか!」


照れ隠しに、からかった私に、ポールは真っ赤になって言い返す。


「お前への疑いは、まだ解けてないんだからな!」


むきになって、怒鳴った。

……あんまりむきになられると、本当みたいだから、やめてほしい。


「美春さん! その教育のことを、私に詳しく教えてください!」


聞いていた正妃さまは、ここぞとばかりに、話に食いついてきた。




そんな中、黙っていたリュシアンが、ムスッと顔をしかめる。


「ポール、美春の騎士は、俺だぞ」


何故か、不機嫌にそう言った。



「美春さん、その教育は、何歳からするのですか?」

「誰が、こんな、ガサツな女の騎士になんてなるか!」

「ガサツとは、なんだ! 美春は、言動が乱暴で、落ち着きないだけだ」



正妃とポールとリュシアンが、次々と話しだし、急にその場が騒がしくなる。


私は、目を丸くした。



(――――っていうか、リュシアン! それをガサツって言うんだから!)



失礼千万である!


収拾のつかなくなったドタバタの内に、……正妃への聞き取り調査は、終わったのだった。

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