病人相手に声を荒げてはいけません
「リュシアンはどうなの? 怪我をさせられて、このまま引き下がるつもりなの? 怖いから、これ以上、私に協力できないって言うのなら、それはそれで仕方ないことだけれど――――」
私が、そう言えば、リュシアンは、明らかにムッとした。
「そんなわけがあるか! 俺は、君を守ると誓ったんだ。この程度の怪我で、怖じ気づいたりしない!」
声を荒げて、そう言った。
「そうでしょうね」
予想通りの答えが聞けて、私はニカッと笑う。
リュシアンは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「それに、そもそも、最初に私を捜査に引っ張り出したのは、リュシアン、あなたよ? 今更、止めろと言うくらいなら、最初から誘わないでほしかったわ」
ツンと口を尖らせてみせれば、リュシアンは、今度は、頭を抱える。
「……君が、こんなに規格外だと思わなかったんだ」
「なっ! 規格外って、何よ?」
「何もかもだろう?」
リュシアンの言い分には、到底承知できない。
しかし、ここで言い争っても、平行線だろう。
不本意ではあるが、私は話題を変えることにした。
「なら、捜査は続行でいいわね?」
リュシアンは、渋々ながら、頷く。
「……ああ。でも、俺の怪我が治るまでは、当分は休止だぞ」
当然というように、リュシアンはそう言った。
私は、大きく目を見開く。
「あら、そんなわけないじゃない」
答えれば、今度は、リュシアンが目をむいた。
「なんだと!?」
「捜査は、続けるわよ。……大丈夫、あなたが治るまで、あなたの代わりに、協力してくれる人を見つけたから」
リュシアンは、慌てて体を起こそうとした。
「痛っ!」
もちろんそんな動きをすれば、傷が痛むのは当然で、彼は大きく顔をしかめる。
「何をやっているのよ! 寝てなきゃ、ダメじゃない!」
「これが、寝ていられるか! いったい、君は、誰を巻き込んだんだ!?」
巻き込むなんて、たいへん失礼な言われようだ。
しかし、ここで怒鳴りあったら、ますますリュシアンの傷に響く可能性がある。
私は、グッと我慢した。
「――――ポールさんよ」
感情を抑え、できるだけ冷静に答える。
私の返事を聞いたリュシアンは、……ポカンとした。
「ポール? ポールって、あのポール?」
他にどんなポールさんが、いるのだろう?
とりあえず、私の知るポールは一人だけで、リュシアンが聞いているのも、そのポールだろうと、思う。
「ええ。頼んだら、快く引き受けてくれたわ」
「――――そんなわけが、あるか!」
せっかく、私が努めて冷静に答えているのに、リュシアンは、また怒鳴る。
まぁ、彼の気持ちもわからないでもなかった。
ポールは、私を犯人扱いしていた筆頭だし、どう考えても協力してくれるとは思えない人物だ。
でも――――
「彼は、国王陛下をとても慕っていたわ。ある意味、真犯人が捕まるのを誰よりも願っている人よ。だから、お願いしたの。……彼は、頷いてくれたわ」
犯人かどうかで考えれば、一番に除外されるのが、ポールだ。
「彼は私を嫌っている。……でも、だとしても、彼が私を害する理由はないもの」
私を害したいのは、犯人その人だ。
ポールでは、ありえない。
「奴が犯人でなくても、犯人に操られている可能性はある! ……危険だ!」
その可能性を考えなかったわけではなかった。
でも、それならそれで、いいこともある。
「もしそうなら、ポールさんを探れば、彼から犯人にたどりつけるかもしれないわ」
私の言葉を聞いたリュシアンは、顔を大きく歪めた。
「……君は、自分を囮にするつもりなのか?」
それほど危険な真似をするつもりはない。
でも、今回の爆破事件も、起こってくれたから隠し部屋が発見されたのだ。もし、何事もなかったならば、私は何も見つけられなかっただろう。
何せ、この世界には、現場保存の考え方もないのだから。
唯一、国王の遺体だけは、保存の魔法でそのまま保管されているのだそうだが、検視解剖も何もできない私では、遺体から証拠を得ることはできない。
(まぁ、できたとしても、解剖とか絶対無理だけど!)
最近は、検視官が主人公のテレビドラマがあるが、……あれは、あくまでドラマ。実際に私にできるわけもない。
「大丈夫よ。危険な真似はしないから」
「信用できるか!」
頭ごなしに言われて、私は、プーとふくれた。
「ポールさんと一緒に、容疑者の聞き込みに行くだけよ」
公式に面会を申し込み、会ってもらうつもりだから、相手だっておかしな真似をするはずがない。
安心安全だと思うのだが……
「やっぱり危険だ。ポールと犯人が共謀して、君に不敬があって成敗したと殺されるかもしれない」
いやいや、そんなわけもないだろう。
「そこまで追い込まれていないと思うけど」
「君は、危機感が足りなすぎるんだ!」
リュシアンは、心配しすぎである。
――――お前は私のおかんか? と、思わず言いそうになった私だった。




