私は、普通の女子大生です!
殺害現場の調査は、捜査の基本だ。
そう思った私は、まず、リュシアンを引き連れて、犯行現場である国王の私室を訪れる。
なんでも、部屋は、保存魔法の機械の力で、犯行時のままにしてあるのだそうだ。
異世界魔法、なんでもござれである。
意気揚々と殺害現場に乗り込んだのだが、部屋の前で警備をしていたのは、孤児出身の騎士ポール・エブィだった。
「げっ!」
思わず呟いた私を、彼は憎々しげに睨んでくる。
「なぜ、犯人が大きな顔をして、この部屋に入ろうとするんだ?」
「ポール! 美春は、犯人じゃないと言っただろう」
相変わらず私を犯人扱いするポールを、リュシアンが諫める。
ポールは、フンと鼻で笑った。
「誰も入れないはずの陛下の部屋にいたんだ。犯人に決まっている!」
私の疑いを晴らすため、私が落ち人であることは、宰相閣下の名前で公表されている。
城の人間なら誰でも知っていることだし、当然ポールも知っているはず。
それでも、ポールの疑いは晴れないのだろう。
(まぁ、私だって、自分じゃなければ疑うものね)
第一発見者=最有力容疑者。
この方程式は、ミステリー小説の基本である。
私の疑いを晴らすには、やはり犯人を見つける以外ないだろう。
(そして、絶対日本に帰るのよ!)
心の中で、あらためて決意する。
そうとなれば、こんなところで、無駄な時間をかけるわけにはいかなかった。
まだポールを怒ろうとするリュシアンの手を、グッと掴む。
「いいから、早く部屋の中を調べましょう」
そんな私を、ポールはせせら笑った。
「ハン。何を調べるつもりなのか知らないが、もう既に、大勢の人間が調べた後なんだ。今更、お前に何がわかるっていうんだ?」
完全にバカにしているその言葉に、私はピタリと足を止めた。
「……何人も調べた後?」
「ああ、決まっているだろう」
私は、思わず天を仰ぐ。
「ねえ、リュシアン。保存魔法って、部屋をそっくりそのまま保存しているって聞いたけど、その後、人が入ったり調べたりした痕跡も全部なしにしてくれる魔法なの?」
すがるように聞いた私に、リュシアンは無情にも首を横に振った。
「いや。保存魔法というのは、状態を劣化させない魔法だ。活けてある花が枯れないようにしたり、陛下の使っておられた寝具に、染みや黄ばみ、カビが生じないようにしたりとかはできるが、……そうだな。例えば、花の活けてある花瓶を後から動かしたとして、その花瓶の位置を元に戻すような力はないよ」
――――ですよねぇ。
私は、額に手を当て、自分のこめかみをグリグリと揉む。
「……その、後から入った人たちって、現場の現状保持とか知っているかしら?」
「なんだ、それ?」
ポールが、不思議そうな声を出した。
私は、彼の方にキッと向き直る。
「……あのねぇ。殺人現場は、犯人に繋がる手がかりが沢山あるかもしれないの。それを無くさないために、現場をできるだけそのままに保存するのよ」
「それじゃ、そもそも調べられないだろう?」
「証拠を消さないように調べるんじゃない!」
「そんな器用なことが、できるか!?」
「できなくてもやるのが、捜査なの!」
言い争いになってしまい、私とポールは、睨み合う。
まあまあと、リュシアンが中に入ったきた。
「もう過ぎたことは、仕方ないよ。とりあえず、できるだけ調べないか?」
もっともな正論だ。
私は、まだこちらを睨むポールを放って、リュシアンと部屋の中に入った。
ドアが閉まって、ホッと息を吐く。
それほど気にするわけではないが、ああもあからさまな敵意を向けられたら、さすがの私も嫌になる。
「私、メンタルそれほど強いわけじゃないもの」
ポツリと呟けば、リュシアンの大きな手が伸びてきて、ガシガシと頭を撫でられた。
「そう落ち込むな。君らしくないだろう?」
いったい、私の何を見て、リュシアンは、そう判断したのだろう?
「そんなこと言ったって、私は、ごく普通の女子大生なのよ」
ブスっとして反論すれば、彼はプッと吹き出した。
「女子大生はともかく、君は普通には思えない」
「どこがよ!」
「どこもかしこも」
リュシアンの言葉には同意できないが、ここで言い合っても仕方ない。
ムッとしながら、私は部屋の捜索をはじめた。
「そういう、切り替えが早くて前向きなところが、普通の女性じゃないと思うんだけどな」
「普通よ!」
「ハイハイ」
クスクスと笑いながら、リュシアンも捜索をはじめてくれたのだった。




