三人の容疑者
上がった容疑者の一人めは、なんと、宰相だ。
先日、私が会った、終始渋い表情で顔をしかめていた初老の男性である。
背が高く威厳があり、ロマンスグレーと言って言えなくはない容姿なのかもしれないが……目の下の黒々としたクマが、全てを台無しにしていたのが、残念な人物だ。
うん、きっと疲れきっているのだろう。国王殺害なんていう前代未聞の事件の後始末をしているのだ。疲れないはずがない。
宰相さまが過労死しないことを、心から祈ろう。
博識で慎重派の宰相だが、実は彼は、魔族の国王による統治を疑問視している人物だった。
例え過ちが多くとも、人間は自分たちで自ら進む道を決め、生きていくべきではないかと、思っているという。
強き者から管理され、敷かれたレールの上を歩くのは、人間という種の成長を止める行為だと、常々、危惧を周囲にもらしていたのだとか。
(ものすごく真面目な考え方ね。さすが、過労死しそうなだけあるわ。でも――――)
「自分たちで、統治をお願いしておきながら、随分勝手な言い分じゃない?」
頼みこんで長年統治してもらっていながら、今さら“人間の人間による人間のための政治”を謳うだなんて、虫が良すぎる考えだろう。
今までの発展は、誰のおかげだと思っている! ――――と、私なら言ってしまいそうである。
私の言葉に、リュシアンは苦笑した。
「だから、宰相閣下は、自分の考えは考えとして、現実では、陛下に対して忠誠を誓い、陛下の治世を全力で支えておられた。陛下に深い感謝を捧げ、手足となり働いてもいた。他ならぬ陛下も、宰相の考えに理解を示し、人間が自立できるならそれ以上の事はないと、仰っていたのだが……」
そこまで言ったリュシアンは、不自然に言葉を切る。
最近の国王は態度がおかしかったと、彼は言っていた。
――――要は、そういうことなのだろう。
だから、宰相は容疑者筆頭なのだ。
(真面目な人が思い込むと、怖いのよね)
超多忙で、朝から晩までびっしりと政務スケジュールが詰まっていた宰相。当然、彼には、国王殺害当日も立派なアリバイがある。しかし反面、彼の地位があれば、命令一つで動く配下はたくさんいそうだった。
どんなにアリバイがあっても、宰相を容疑者から外すことはできない。
そして、二人めの容疑者は、これまた大物の、この国の正妃だった。
正妃は五十歳。若かりし頃の輝くような美貌は失ったものの、まだまだ十分美しい、大人の魅力あふれる女性だそうだ。
ちなみに、人間である。
「王さまは魔族なのに、妃は人間なの?」
「人間の国の正妃になるような酔狂な女魔族はいないからな。……正妃様は、陛下の三人めの妃だよ」
寿命が人間に比べ、極端に長い魔族。
妃が、国王より先に死ぬのは当然で、前の二人の正妃は既に死んでいた。
しかも、次の正妃候補も、既に側妃としてスタンバっているという。
まあ、仕方ないといえば仕方のないことなのだろう。
「子供は?」
「魔族と人間の間では、子は産まれない。まぁ魔族の中には、異種婚の研究をしている者もいるそうだから、いずれ産まれる可能性もあるかもしれないけれどね」
産まれたとしてその子は人間になるのか?
それとも魔族になるのか?
魔法は使えるのか?
寿命はどうなのか?
などなど、どちらにしろ、寿命や能力の違いすぎる者同士の子は、たいへんかもしれない。
「だったら、この国に後継ぎの王子はいないのね?」
私の問いかけにリュシアンは、大きく頷いた。
そして、それこそが、正妃が国王殺害を企む動機となるものだった。
正妃は、慈悲深く優しい女性。福祉事業を多く手掛けていて、恵まれない人々を助けている。
そして、自分が立ち上げた事業が、上手く軌道に乗るのを確かめたいと望んでいた。
しかし、五十歳になって女性の盛りを過ぎた正妃に、退任の時期が迫る。
もしも今回の事件がなく、国王が、生きていたとしたら、一月後に正妃は、お役御免になる予定だった。
そうすれば、彼女は、どんなに望んだとしても、国政に口をはさめなくなる。
「国王が死んだから、正妃は、今後も今まで通りの身分でいられるのよね?」
私の質問に、リュシアンは、真剣な表情で頷く。
国王亡き後、後継のいないこの国の王権を代行するのは宰相だが、宰相は宰相であって、王族ではない。
王族としての身分と職務を引き継ぐのは、正妃だった。
地位も影響力もそのままに、彼女は自分の進めていた事業に、これからも関わっていける。
多数の幸福のために、一人を犠牲にする。――――正妃がそんな考えをするのかどうかはわからないが、長年正妃として生きてきた彼女が、そう考えてもおかしくはない。
正妃は、宰相と同じくらい、犯人の疑いの濃い容疑者だ。
もちろん、彼女にもまた完璧なアリバイがあった。しかし、優しく慈悲深い正妃には、彼女のためならどんなことでもするという信望者が山ほどいる。
アリバイがあっても容疑者から外すわけにはいかないのは、宰相と同じだ。
そして、最後の三人めは、次の正妃となる予定の側妃だった。
「なんていうか、この国のお偉いさんが、総揃いじゃない?」
ため息まじりの私の言葉に、リュシアンは肩をすくめる。
側妃は、十八歳。若く、容姿も整った魅力的な女性だという。
少し我が儘で、幼い印象はあるが、これから長く国王と共に過ごせば、徐々に落ち着き、気品や威厳もでるだろうと見込まれて、側妃となった。
彼女自身、やる気に満ちていたのだそうだが――――
「陛下が、彼女の寝所にお渡りにならなかった」
リュシアンは、暗い表情で、そう話す。
せっかく側妃になったのに、肝心の国王は彼女に近寄りもせず、一人部屋に放置されるばかり。
そんな日々が続いて、彼女は、徐々におかしくなっていったという。
『私が、後宮で孤立しているのは、正妃様が、私を疎んじておられるからよ』
『きっと、陛下も正妃様に言われて、私を嫌っているの』
『侍女も、兵士も、誰も私の味方なんていないんだわ!』
『みんな、私の悪口を言っているのでしょう!?』
『私なんて、死ねばいいと思っているのよ!』
「被害妄想が、日々ひどくなられてね。……周囲の誰も信じず、最近の言動は、支離滅裂だと、侍女が言っていた」
自分が殺されると信じて、出された食事に手をつけず、ヒステリックに叫んでは倒れることもしばしば。
哀れに思った正妃が、説得を試みたこともあるのだそうだが、聞く耳を持たなかったそうだ。
「……どうして、国王は側妃を放っておいたの?」
「わからない。宰相も正妃も、なんとか一回だけでもとお願いしたそうだが、陛下は首肯してくださらなかったそうだ」
まあ、こればかりは本人の好みの問題もあるから仕方ないのかもしれない。
私としては、若くてピチピチな女の子を据え膳されても手を出さないなんて、国王の男としての機能を疑うが――――
いや、これは不敬だから、言わないでおこう。
ともかく、このままではダメだということで、最近は、側妃の入れ替わりも検討されていたという。
そこに、国王殺人事件である。
「放っておかれて、あげくクビにされそうになった側妃が、国王を殺した可能性もあるわよね?」
しかも、腫れもの扱いされていた側妃には、事件当日のアリバイが何もない。
一応本人は、部屋に籠っていたと主張しているそうなのだが、侍女も側仕えも、警護の騎士さえも全て追い払っていた彼女の無実を証言できる者はいなかった。
「ニ十キロのメデューサの目を、持ち運べるかどうかは疑問だけど」
火事場の馬鹿力という言葉もある。絶対不可能だと言いきれないところが、微妙だ。
側妃もまた容疑者から外すわけにはいかなかった。
三人を検証し終わった私は、フーッと、大きくため息をつく。
「三人とも動機は、ばっちりよね」
国王を殺害するに足る動機を持ち、またそんな大それた犯行を行えるだけの力を持つ者は、彼ら三人以外にいないだろう。
少なくとも、今の段階では、そう思えた。
「容疑者を絞れたのは、何よりの収穫だわ。……もちろん、他の可能性も、完全には排除しないけど……とりあえずは、三人をターゲットに捜査するわ! 絶対、犯人を捕まえて、日本に戻るから!」
ギュッと拳を握り締める。
私は、高らかに宣言したのだった。