凶器と動機
靴屋の件は、さておいて、事件の再確認に戻ろう。
お次は、犯行の凶器である。
「国王の死因は、石化で間違いないのね?」
私が確認すれば、靴屋の次男ことリュシアンが「ああ」と頷いた。
「昨日、正式に調査結果が出た。魔導具メデューサの目による石化が、陛下の命を奪った原因だ」
「そのメデューサの目っていう道具は、見つかったの?」
凶器の断定は、犯罪捜査の基本。
私の質問に、リュシアンは残念そうに首を横に振った。
メデューサの目は球形で、直径五十センチくらい。材質は、魔石と呼ばれる硬い石で、重さは二十キロ。大人の男なら、一人で運ぶことも可能なものだという。
女性でも、頑張れば運べるだろうが、……私は、絶対運びたくない。
単純に考えて二リットルのペットボトルが十本。――――うん。私にはムリだ。
魔導具だから、魔法ができなくとも操作方法さえ知っていれば使えるが、かなり高価な魔導具のため一般には出回っていないという。
「この城の中には、あるの?」
「ああ。危険な魔導具を保管する倉庫に、二つ入っていた。……ちなみに、二つのうち一つが行方不明だ」
その一つが、凶器で間違いないだろう。
現場に残っていないのなら、犯行後、犯人が持ち去ったと考えるのが普通だ。だとしたら、犯人は成人男性の可能性が高い。
先ほど絞った三人の中に、成人男性はただ一人。
しかし、実行犯=真犯人と、単純に考えることはできなかった。
殺害を企てた者と実行犯が同一人物とは限らないからだ。
それでも――――
「メデューサの目を持ち出すことができて、国王の推定殺害時刻にアリバイがない人。……もしくは、そんな人に命令できる人で、動機のある人物が犯人よ!」
人さし指をビシッと一本立て、私は宣言する。
かなり格好よく決まったと思うのに、リュシアンは苦笑いして、肩をすくめた。
「問題は、動機だな」
そう。
そもそも殺人事件は、動機がなければ、はじまらない。
それくらい私だって、わかっている。
最近のミステリー小説の中には、『誰』が『どんな手段』で犯行を行ったかに重きを置いて、犯行動機を重要視しないものもあるが、私個人としては、『なぜ』犯行を行ったかを追求するお話の方が好きだ。
現実問題、動機は大切だと、私は思う。
今回の殺人事件では、動機のある者が少ないのではないかと、当初私は思っていた。
なにしろ、臣民から絶大な支持を得ていた国王だ。彼の死を望む人物は、あまりいないだろう。
しかし、蓋を開けてみれば、その考えは、悪い方に外れる。
思っても見なかった、事実が判明したのだ。
リュシアンが、声を潜めて、私に囁く。
「これは、公然と言えることじゃないんだが…………最近の陛下は、おかしかった」
その言葉に、私はポカンとする。
「おかしい?」
「ああ。……何か、辻褄の合わない不穏な言動が多くてな。……進言してきた家臣を厳罰に処すこともあった」
――――それは、一年くらい前からのこと。
それまで、国民の声をよく聞く善王だった国王が、些細なことで怒ることが多くなったのだそうだ。
それでも、最初のうちは、罰と言っても叱責の言葉や、二、三日の謹慎で済んでいて、周囲もそれほど気にしなかったという。
しかし、段々、罰は厳しくなり、ついには死罪を言い渡される者まであらわれた。
とるに足らないような理由で、である。
当然、王宮には、緊張が走った。
「宰相閣下のとりなしで、なんとか死罪は取り止めになったが、……国王に疎まれた者の立場が悪くなるのは仕方ないことだろう」
国王の不興をかった者は、一族共々周囲から避けられるようになり、没落していったそうだ。
そういったケースが、度々起こっていたのだという。
「ポールのように、盲目的に陛下を信じ、慕い続ける奴も多いが、……最近は、同じくらい陛下を恐れ、恨む者も多い」
つまり、動機のある人物は、かなり多いのだ。
「でもでも、いくら国王を殺したいほど憎んだとしても、それが可能な人間は、限られるわよね?」
私は、必死でリュシアンに聞く。
そうでなかったら、捜査はとてつもなく難しい――――限りなく不可能に近いものになってしまう。
幸いなことに、リュシアンは「ああ」と頷いてくれた。
だからこそ、私たちは、容疑者を三人に絞り込めたのだ。
次は、その三人を一人ずつ検証することにしよう。