七匹目 正義執行と蠢くゴミ掃除
アーサーは溜息を吐く。最近この地方では盗賊やはぐれの冒険者が活発化してるらしい。少数の者達とは何度か戦闘になったが…組織的な動きをしており頭は別にいるのだろうとピエトロは言っていた。だが、その頭がどこにいるかまではまだわかってない。
だからこそ騎士団は村を守るためにと村の周りに野営地を設置した。その野営地の一つのテントの中、アーサーは目の前の男性と談笑をしていた。
「しかし、もうすぐ秋だというのに…のんびりとコーヒーでも飲めればいいのですが、上層部と言ったら…インスタントも好きは好きなのですがね」
ひょろっとした長身の男性は腰に一本のブロードソードを差して支給されたインスタントコーヒーを飲みながら楽しげに笑う。その発言に半分ふざけた感じに少年が突っかかる。それは森の中でアベンに話しかけた少年騎士…アーサー=マーキュリーはピエトロの体面に座り同じようにコーヒーを飲む。
「副団長はコーヒーとかより魔物や人の血を吸ってるイメージしかないですよね」
「貴方から見て私はそのように見えてると?非常に残念です」
「全然そんな風には見えませんが?」
「全く、酷い部下を持ったものですよ」
ピエトロはひとしきり笑った後、視線をテントの壁際に貼られた一枚の地図に移す。地図には2つのバツ印がついており、本来ならば村があった場所なのだがもう残り一つしか残っていない。
「盗賊が集まるにはいい場所ですね。王都から遠く、近くに村も少ない。挙句に領主も国からの雑務で碌に外の現状も知らない。増えるには十分ですよ」
「…あんな連中見つけ次第殺せばいいんですよ。王国に仇なす敵は滅ぼすべしです」
「やる気があるのはいいことですが、我々はあくまで上の命令で動いているのですからね?そこら辺は弁えてください」
「それは…わかってますが…!!」
子供の頃から屑や悪人どもが嫌いだったから騎士団に所属してこの国から消し去れたらと考えていた。だが、実際はどうだろうか?上の者、上司、と普段自分と行動しているピエトロは動こうともせずにこうして怠けている。非常に腹立たしいと内心思っているとどうやら顔に出ていたようで「どうかしましか?」とピエトロに声をかけられた。
「唯一残っている村…エネマ村でしたっけ?唯一あの村だけがほぼ盗賊達の被害に遭ってない。まあ、普通に考えれば襲いに来るはずですが…存外上手くいきませんねえ」
アーサーはピエトロと同じく地図を眺める。自分たちが2つの村に付いた頃には壊滅状態だった。女は老人と赤子以外は連れていかれ、男はほぼ殺されていた。あの惨状を思い出すたびに心からドス黒い感情が湧き上がる。連れていかれた女たちはどうなったか想像つくし、妻や子を守ろうとした男たちは為すすべもなく殺されていた。最悪の一言に尽きる。
「クソ共が…必ず見つけ出して殺してやる」
「…まあ、落ち着きなさい。気持ちはわかりますが…そう怒らずに」
「…すみません。ほんの少し取り乱しました。それでこれからどういたしましょうか?」
「そうですねえ…できるなら潜伏場所や目的地なんかを聞けたらいいのですが…なにぶん情報が少なすぎますね。一人くらい生かしておけば少しは楽だったのでしょうが…」
「ッ!奴らに生きる価値はありません!王国に仇なす敵であり!平穏に生きる人々を脅かし、犯し、侵略し、略奪していく!屑どもだ!即刻処分すべきです!」
「情報源は生かしておけと言ってるのですよ。目先の敵だけ殺したところで意味はありません。敵は数が多く、統一した目的を持って行動しています。
それに…生かしておくにしてもまずは彼らが動かない限りは我々もどうしようもないので常に戦闘に移行出来るように準備しておくしかないですね」
それだけ言ってピエトロはまたコーヒーを飲み始める。「また、民が襲われるかもしれないのですよ!」と喉まで出かけた言葉をアーサーは飲みんだ。ここで自分が叫んだところで何も変わらない。ピエトロは確かに変な人間だが戦闘能力は非常に高い。それにきっと彼なりに考えがあるのだろう。アーサーはそう自分に言い聞かせテントから出る時、ふと思い出した。
「そういえば、ご友人の姿が見受けられませんでしたね」
その瞬間ピエトロから自分に向けて殺気を放たれる。死を覚悟して冷や汗が出たがまたすぐにいつもの笑顔に戻ると饒舌に話し始めた。
「彼はそうですね…風にたなびく風船鳥のようにふらふら、ふわふわと着の身着のままに生きる人間ですからね。もうこの村にはいないのかもしれませんね」
ピエトロが楽しそうに笑う。アーサーは先日あった少年を思い出す。感情の籠らない冷たいガラス玉の様な瞳で話す少年。傍らにはエネマ村の少女を連れ白衣着て巨大な蚊型の魔物を見せてきた。
「…そう言えば彼はあれで薬を作るなどと言ってました…それに、あの日は盗賊の一人の魔物使いが放ったオークも森に逃げ込んでました!普通の人間があれに勝つなど!」
「アーサー君。君の細かいところまで見れる目は素晴らしいですが、いささか人を疑いすぎですね。彼は私の友人で旅の薬師。それだけです」
「副団長、しかし薬師など名乗ってる以上身分の証明が…」
「くどいですね。君とは少しお話をした方がよろしいかと思いますかね?」
ニコニコと笑みを絶やさないがその奥にはなにを考えてるのかわからない。アーサーはそれでも言葉を続ける。
「私は彼がどうしても信じられないのです!」
「あのですねぇ…」
ピエトロがなにかを言いかけた時にテントに騎士が駆け込んでくる。
「ピ、ピエトロ副団長!来ました!連中です!北東の方角、数はおよそ100人!!」
「タイミングがいいですねえ…アーサー君この話は後で話しましょう。仕事の時間です」
「…わかりました」
「しかしたったの100人ですか…随分と舐められたものですね。まあ、あちらさんは我々のことなど知る由もありませんけどね」
「殺しましょう!」
「副団長、ご命令を」
「はぁ…いいですか統率してる者。その人だけは生かして捕らえてください。それ以外は皆殺しで。逃げる者は極力逃がしてあげなさい」
「メリダ、俺は先に出る!用意できたらすぐに来い!」
そう言ってテントから駆け出し報告された場所へと向かう。ゴミ掃除の開始だ。
アーサーがテントから出ていくのを見送ると報告に来た騎士、メリダはやれやれと肩をすくめるといつもの光景ですねとばかりに自分を見てくる。
「どちらが上の者かわかりませんね。後でキツく言っておきましょうか?」
「いいのですよ。彼のやりたいようにやらせておけば。さてメリダ君。アーサー君に先陣を切られてしまいましたが我々も行くとしましょう。100程度なら私とアーサー君と貴方で十分でしょう。万が一の為に何人か村に送っておいてください」
「了解しました!我らが仮面に誓い王国の敵を屠りましょう!」
メリダは敬礼をすると即座に行動に移る。村には治癒魔法を使える者と防御系の固有技能を持つ者を数名向かわせよう。しかしたった100人か…
「ああ…100人の兵士よりたった1人の病魔を招く者がいいですね」
王国で一応2番目に実力を持つ自分は自惚れと言うわけではないが、その程度の相手に駆り出されるとは落ちたものだなと。いつだって自分の目にはかつて自分を死の淵まで追い込んだ少年の幻影しか映っていない。
「次に会ったときは楽しくお遊戯会をしましょうね、アベン君」
「あいつが生きてるとはなぁ…」
右の顔に大きく傷を持つ男性は遠巻きに見える村を眺めながら呟く。手に持つ手紙には見覚えのある筆跡で自分宛に文章が書かれている。
「急に呼び出されてと思ったら村を襲えと…まあ、あいつらしいか」
スクラッチ=マダラス。それが彼の名前だった。そして彼が襲う予定の最後の村へ到着しようとしていた。これまで通りに金目の物を全て盗み、皆殺しに。
「しかし…まあ、はぐれの連中は盛んでしたね」
彼と並んで歩く男はスクラッチの右前方を見る。はぐれの冒険者達は各々の得物を持ち舌舐めずりでもするように村を見ている。冒険者になったものの気象の荒さや犯罪行為などや元から居心地が悪かった者たちなど冒険者組合に居られなくなった連中だ。
「別にヤるなとは言わないが少しは声を抑えてほしいものだったな」
「本当ですよ。連中の声と捕まえた女共の喘ぎ声でうちの奴らも途中から混ざり始めちまって…結局壊れた女共は捨ててきましたが奴隷商に売れば、はした金にはなったでしょうに」
「村二つ分の女なんて少ねえからな…それに連中も元は命がけで魔物と戦ってきた奴らだ。抱きてえ時に抱くんだろうよ」
「次も連中の気にいる女がいりゃいいですがね…」
二人は溜息をつきながら大きくなっていく村の影を見る。兵力としては使えるがかなり面倒な連中でもある。まあ、だがかなりの人数が今ここにいるので案外楽にゼラニウムの所まで直ぐに着くだろう。村も1時間もかからずに落とせるし。
「…先に向かわせた斥候職の者からの連絡です。敵が一人進行方向にいるそうです」
「一人?馬鹿か、英雄気取りのどこぞの貴族崩れだろうよ。構いやしねえ。進むぞ」
「それが…どうやら面付きだそうで…」
「あ?面付きだ?」
面付き。それは裏の仕事や犯罪者からすれば一番出会いたくない連中である。彼らは…
「王国騎士団、副団長補佐官アーサー=マーキュリーだ!賊共!それ以上この村に近づくなら容赦はしない!」
顔の上半分を隠すような獅子をモチーフにした仮面を被りアーサーは『遠声』の魔法を使い警告をする。形式上、一度は警告しなければならない。どうせ全員殺すのだから関係ないだろうと面倒臭さを感じながら相手の返答を待つ。しかし返答が返ってくる前に魔法と遠距離武器により攻撃が開始された。それらはアーサーの目前に迫るが彼の目の前で霧散する。
「チッ、面倒な固有技能使いが!」
「生きる価値もなく会話する知能もないゴミ以下の連中に少しでも時間を与えた俺が馬鹿だったか…」
辺りから怒声が響き渡る。それが開始の合図のように一斉に村や或いは自分めがけて走り出す。まるで統率など取れてなく我先にと走っている。低脳らしい動きだ。
「この仮面に誓い。王国に仇なす敵を屠るとしよう」
己が能力を限界まで引き出し剣に纏わせると敵対する者たちに向けて放つ。盗賊たちはただ剣を振っただけにも思えたのだろう。だが、剣の軌跡の直線状にいた者たちは訳の分からないままに両断された。 今、目の前を走っていた者たちが一瞬にして物言わぬ肉塊と成り果て、野盗達は戦慄する。仮面は騎士団の者と認められ国王から与えられる証。それは同時に強者の証でもあると。
「くそが!たかがガキ一人に何手こずってやがる!」
面付きに集中砲火を加えても攻撃は届くことは無く、そのひと振りで多くの仲間の命が奪われる。恐怖のあまりに逃げ出す者もいた。騎士団、噂には聞いていたが…どうやら眉唾物ではなかったようだな。になっていた。おそらくは偵察で来ていたのだろう。
「ギャぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴が聞こえてくる。声のする方を見れば斜めに両断された死体がちょうど出来上がったところだった。
「…逝かれが」
確認を取る前にそれは正体を現した。獅子の仮面を被った少年はこちらに向かい突っ込んで来て軽々とバスターソードを横に薙ぎ払う。光を纏うその剣は誰にも当たらず空中を切るが距離が離れていても次々と仲間たちを両断していく。
「やだ、嫌だァァッッ!」
「『防護』!!…!?見えない何かが俺らを─」
ある者は縦にまたある者は横に。面付きは先程から近付いて来ないが馬鹿の一つ覚えのように素振りをしてる。なのにも関わらず距離をとっても両断され命がどんどん消えていく。
「あ…た、助けてくれ…頼む…」
「痛え…痛えよう…糞が…」
「腕が…あははははははは!俺の腕がなくなっちまったぁぁぁぁぁ」
死ななかった者は腕をあるいは足を無くし地面に転がっている。すぐには殺さないのはこちらの士気を少しでも下げるためだろう。死にかけの人間の声は弱りだした戦闘意欲に拍車をかける。ましてやそこら中から悲鳴がこだましてるので否が応でも
「ざっけんな!クソが!」
「馬鹿の一つ覚えで遠距離攻撃すりゃいいもんじゃねえんだよ」
その攻撃の中で二人。斥候職の兄弟は剣の振るわれる方向を見極めその見えない斬撃を避けて騎士に近づいていく。
「低脳の中にも多少頭が働く奴もいるんだな」
相手は軽々と振り回してはいるものの身の丈ほどの巨大な剣だ。攻撃を行うたびに当然大きな隙が生まれるし、懐に入り込めば対処も難しいだろう。そこを狙えば奴を殺せる。そう考えて盗賊の中でも特に俊敏さのある2人は行動に移したのだろう。面付きはそれに苛立ちを覚えたのか余計に剣を振るい斬撃による弾幕が濃くなる。焦りが見えてきた。
「この…とっとと死ねぇッ!」
そして今まで以上に巨剣が輝き振り下ろされる。騎士の前に地割れのように見えない斬撃によって巨大な穴ができるがそれすらも2人は避ける。
「「もらった!」」
地面に突き刺さる巨剣と引き抜こうと焦る騎士。その体制から動いたとしても楽に殺せる。首元と心臓にそれぞれがナイフを突き立てる。肉がひしゃげる音と次いで鮮血が飛び散った。
二人のうち首を狙った者は突き立てたナイフが刺さることなくナイフが折れ腕が無理やり潰されたようになる。
「ッ!!!」
激痛に悶えるように声を上げるが、それ以上は何も声を上げることは無く。腕同様に頭は見えない力によって潰され脳漿を撒き散らしながら倒れる。それは死んで方もそうで同様に手もナイフも潰されたようになっている。先ほど同様に謎の攻撃が来る。距離を取って体勢を立て直さなければと騎士に背を向けたが最後、気づけば自分は両断されていた。
「面付きなんて聞いてねえよ!!ふざけんな!」
「調子に…乗るなぁぁぁぁぁ!!!『豪炎』!!!!!」
未だに戦意のある魔法使いの者が第四門の魔法を撃つ。まともに当たれば致命傷であっただろうがそれすらも謎の力にかき消される。
「もう終わりか?」
最早その場に騎士に抗おうとする者はほぼ居ない。
「ば、化け物め!がアッ!」
魔法使いは次の言葉を言う前に両断された。元から仲間意識など薄かったのだろう。側近すら気づけば死んでいてスクラッチ以外は項垂れたり、武器を捨て投降する者もいた。
「ゴミ共が俺に少しでも勝とうと思ったか?その愚かさを呪え。で?さっきから何もしてないお前がこいつらのまとめ役か?無能な部下の上はもっと無能って訳か」
「ッ!…騎士団の中にもまだ相手をしてはいけない奴がいたとはな。チッ、ついてねえな。本当に」
こいつ一人だけならどうにかなるかもしれない。たしかに100人近い人間を殺してはいたが誰も手助けに来ないのはこいつが一人で動いているか偵察という可能性もある。
今、手元には手紙と一緒に入っていた魔力強化剤がある。副作用は従来の物より強いらしい…効果も強いらしい。それに逃げ出した者の中に遠距離転移の魔道具を持たせている者もいる。時間稼ぎをすれば他の連中も駆けつけてくれるかも─
「アーサー君。駄目ですよ。その方を殺しては。情報を吐いてもらえねば死んだ方々に申し訳ないですからね」
その場に自分でも目の前の騎士でも無い声がした。その方向を見たとき、自分はもはや生き残ることはできないと即座に理解した。
道化師の仮面。それは騎士団の中でも特にヤバい奴だ。死の象徴と呼ばれるほどに畏怖される騎士、その強すぎる固有技能から曰く覚醒者と呼ばれる存在。
投降した筈の者からは全身から奇怪な赤い剣を突き出して絶命しており慈悲の欠片も無いようだ。
「血濡れの…ピエロ!?なんでお前がこんなところに!」
「おや、ご存知でしたか。それは恐縮です。いやー実はですね。最近ここら辺で盗賊が暴れてるとの情報が出ましてね?上からどうにかしてくれと言われまして」
「上…まさか国王の勅命だと!?ゼラニウム…てめえ一体、何しでかす気だ」
「国王陛下はこの国の汚物を掃除したがっておられる。どんなに小さなゴミでも我々は命令に従い駆逐する。それを王が望まれているのだったら」
全身が震える。まともな思考も出来ずに目の前の絶望達に震える。
『スクラッチ!聞こえるか、スクラッチ!!』
通話』の魔法で脳に直接声が聞こえてくる。おそらく別動隊の奴だろう。
『頼む助けてくれ!こっちに騎士が─』
そこで『通話』は切れた。おそらく魔法を使用していた者が死亡したのだろう。
「ま、待ってくれ!殺すのだけは…」
「大丈夫ですって。今起こっている面倒事の事細かな詳細を話してさえくだされば自由にしますから」
ニコリと道化師の仮面をつけた者の口元が笑う。その道化師の仮面と返り血のせいで余計に恐怖に感じる。
「さて…こちらも掃除をしないとですね」
道化師は視線を先ほどまで戦場だった場所に移す。誰一人立っている者はいなかった。そして辺り一面に死んだ仲間達の亡骸だけが転がっている。
「は、はははは。死んだほうがマシかよ…」
「さて、お仕事は終わりですね。掃除班に後は任せて戻るとしましょうか」
気絶させた連中の統率者を小脇に抱えながらピエトロは歩き始める。今回の仕事がこれで終わればいいのだが…
「副団長。奴は関わっていると思いますか?」
流石に少し疲れてしまいズルズルと愛剣を引きずりながらピエトロについていく。辺りには既に死体回収や他にも危険な魔道具を処理する者など慌ただしくなってきている。
「奴?ああ、病魔を招く者ですか。いたら今頃敵味方関係なくここら一体が死の街同様になってましたよ」
「死の街…ピエトロ副団長は何度も奴と対面したのですよね。奴に関する様々な噂…どれが本物なのでしょうか?」
「ああ、三面六臂だとか緑色で身長2メートルとか絶世の美女とかですか?あれ全部嘘ですよ」
ピエトロは仮面を懐にしまいながら冗談まがいにそんなことを言っている。
死の街は病魔を招く者が最初に…そして彼がそう呼ばれるようになった場所なのだから話に出すというならばきっとこの件に奴は関わっていないのだろう。彼が発動させた謎の能力により罪のない沢山の人が死んだ。そこで死んだ者達やそこ以外で襲われ能力をかけられた者はドロドロに溶けて消えてしまったらしく、服だけを残して消えるから『纏死病』などと呼ばれ始め、それを操り行く先々で罪なき者をその能力で手にかけた結果、奴は病魔を招く者と呼ばれるようになった。
だがその正体は騎士団は愚か、国民には知らされていない。少なくともピエトロは何度も対峙しているはずなのだから一目見てわかると思うのだが…
「彼は…ううむ、そうですねぇ。歳は貴方よりすこしわかくて、薬草みたいな緑色の髪に一切生気の感じない目をした旅の薬師ですよ」
「あの…副団長はアベン殿になにか恨みでも…?怪しいっちゃ怪しいですが」
「恨みですか…沢山ありますね。あれやこれと数え切れないほど」
「そ、そうですか」
「彼は…まあ、なんというか色々と面倒な事をさらに面倒にするというか」
「それは、アベン殿ですか?」
「いえ、病魔の方です。それこそが弱さでもあり強さでもあるんですよ」
ピエトロはどこか懐かしむように左手をさする。
「彼はどんなに非効率的な事でもやりたいと思ったらやり、飽きたらどんなにのめり込んでいた物でも捨ててしまう。それに全く人を信用しない。だから彼は厄介なんですよ」
「それがどう強さへと?」
「まあ、有り体に言えばなにをしてくるかわからないのですよ。剣で戦うと思ったら弓を射ち、石を投げ蹴る。傍に大切そうに人を置いても戦闘になれば即座に見捨てる。そんな感じです」
「全く恐ろしさがわからないです…いえ、むしろただの外道なだけの気が…」
「口で説明するのは難しいのですよ。あれは。まあ、一つだけ言っておきましょう。彼と対峙した時はどんなことよりもまず周りを見ることです。それがどのようなものでもね?そして気を抜かない。何をしてくるかさっぱりわかりませんからね」
「この話はまた今度で」とピエトロが笑う。気づくと野営地に着いていた。
「では、尋問をお願いします。殺さない程度でお願いしますね?我々はチェスでもして待ってるので」
「了解しました!」
報告が上がってきたのは本当に直ぐだった。先ほどの戦闘が堪えたのかぺらぺらと情報を話してくれたようで。
「盗賊を統率していたのはスクラッチ=マダラス。殺人、強盗など多数の犯罪経歴があります。今回はかつての仲間に呼ばれこちらへ向かいながらもこの手紙の通り、道中の村を襲いながら規模を拡大してきた模様です。連れ去られた女性達は心身共に疲弊しており中には心が壊れている者がいました。現在は治療中です。それとスクラッチがこれを…」
部下から渡された手紙は辺境のアーノルド家の家紋が描かれており、どうにも嫌な予感がしてくる。それから報告に来た騎士の一人が聞き出した情報を話しながら何個かの紙包みを渡してくる。
「これは…薬でしょうか?」
「はい。魔力強化剤です。成分までは不明ですがスクラッチ曰くゼラニウムなる人物から送られてきたもののようでして…その…多量に摂取することにより五感が機能しなくなっていき最悪の場合死ぬと話していました」
「ふむ。随分と性格のよろしい方が作った薬ですね。まるで使用者が死んでもいい…いえ、その為に作ったのかもしれませんね…どれくらい効果があるのかの確認のために」
ピエトロは紙包みを見ながら示唆する。何せ効果のある薬でましてやこんな非人道的な物を作る人間など一人しか思い当たる人物がいないからだ。
「それと、連中の根城がわかりまして…その、手紙でお分かりになられたと思いますが」
「……」
騎士が口篭る。それはそうだ、小さいとは言えど国土の管理を任されているものなのだから。
「…彼らの目的地はこの地の領主であるアーノルド男爵の邸宅…だそうです。手紙にも確かにそう書いてありましたし、魔法により改変なども見受けられません」
「ッ!?裏切りか?アーノルド家は代々国王陛下に忠誠を誓っていた!何かの間違いでは!」
「で、ですが…奴はそう言っておりましたし、手紙にも…」
嘘を付いていることはないだろう。いかに盗賊であれど命は惜しい。まあ、ここで死ぬか監獄で死ぬかの違いではあるが、それでも絶対に嘘をついていないとも証明できないが…
「ちなみに手紙の差出人は誰でしたか?」
「はっ!ゼラニウム=マルベス…数年前に陽炎と呼ばれる盗賊団を従えていた人物でその…報告上では死んでいました…」
「ああ…多分逃がしてしまったようですね。大した悪党でもなかったので確認もしませんでしたし」
すさまじい形相でアーサーから睨まれるがまあ、あの時は面倒くささが勝ってしまったからしょうがない。
「まあいいでしょう。確証を得らないまま一方的には捕まえることも殺すことも出来ませんからね。そもそも本物かどうかもわかりませんし…ああ、そうだ。彼女が今、アーノルド邸にいますしあとでまとめて報告してもらいましょう」
「了解しました!では、私はこれで」
報告に来た騎士がテントから出て行く。しばらく無言が続いたがアーサーが口を開く。
「彼が裏切るなどありえません。それは俺が責任を持って言えます」
「ああ、珍しく肩を持つと思ったらバーベラ穣がいましたね。なるほど」
「ち、違います!か、彼女の事もそうですが…俺は彼ほどの忠誠心を持つ者が裏切りなど思えなくて…それにバーベラ穣は魔導士ではなく魔法使いですが彼女も王国の為に!」
「…国に使えれば魔導士、冒険者ギルドに登録すれば魔法使い。どちらも大差は無い筈なのですがね…」
「確かにそうですが…しかし魔導士、医者、薬師を見れば違いが分かります。薬師は薬などという本当に効果のあるかわからない物に頼るしかない回復魔法もろくに使えぬ者達、多少回復魔法が使えても所詮薬頼りでその割には無駄に金ばかりかかる医者、あらゆる病気や怪我を治せる魔導士。これを見れば大差ないなど言えますか!」
「まあ…そうですね。さて、皆さんに通達を。一週間以内に戦闘になるかもしれないので準備をしておいてくださいと」
彼らなんかよりもよっぽど厄介なのが恐らくいるの確定であろうし…
「ではアーサー君、コーヒーを」
「え?他の人でも…」
「コーヒーを上手くいれられる騎士は将来有望ですよ」
「…戦闘に何一つ関係ないですよね?」
露骨に嫌そうな顔をしながら渋々アーサーがコーヒーを淹れに行った。