六十八匹目 円寂の肆歩
投稿ペースを上げていく所存です。
「ピ、ピエトロろろろそら、そらー」
「はぁ…そうですか」
ヴェノムと行動して3日目。もう完全に理解できた。コイツは子供だ。ご褒美と称し死刑囚の肉をチラつかせれば大抵の言うことは聞いてくれる。
だから今日も大人しくしてろと言ったのだが空を見てしきりに人、人と言っている。あと2日に迫ってきた対世界の眼は既に作戦等は出来上がっているが遺書や死亡した際の僅かながらの気持ちなどの書類が部下達の物で山積みになっており今も追われているのだ。だから邪魔しないでもらいたいのだがヴェノムは一向に聞こうとしてくれない。
「…わかりましたよ。少し休憩するので散歩にでも行きましょうか」
「違ううう、空から来るぅ。えマァ?エマぁぁ」
「うーん…やっぱり薬物で幻覚見て人を殺してた奴の肉は喰わせるべきじゃなかったのですかね…」
頭を震わせて空を指差しているのでキマってるのかもしれない。
どう静かにさせようかと考えていると慌ただしく執務室のドアを開け部下の1人が入ってくる。
「た、大変です副団長!」
「ノックくらいはしてもらいたいですね…それで?どうされたのですか?」
「それが…」
「…ああ、そういうことですか。全く、何でこんな時に」
報告の中に聞き覚えのある単語があった。それは仇敵である帝国の所持している、とある武器。名を魔導式長距離誘導弾。御大層な名前のその兵器は音を超える速さでここから数千キロも離れた帝国の都市から撃ち出される兵器だ。着弾すると内部にある魔力炉が爆発し都市部など一瞬で焦土と化す威力を持つ。
「ですが、それはあくまでも理論上でしたよね?戦場に持ち出された試作段階のを解析し、仮に帝国が作り出したとしてもここまでは届かない。最低でもキラレイスの領土に入らなければならないとコランタ博士は言っていましたが?」
「知りませんよ!兎に角住民に避難命令出してる暇も無いんです!前哨基地からの報告だとキラレイス近郊の森から赤い光が王都目掛けて飛んだとしか来てないので!どうすればいいのですか!」
怒鳴られてもこちらだって困る。とりあえず馬鹿とは言えど陛下を連れて逃げるのが得策なのではと口を開く前に「着弾まで残り3分を切ってます」などと言われた。どうしようもない。
「…」
「エマァエままま」
「わかりましたから。あとで会えますからね。落ち着いてください」
手を挙げ何かを抱きとめる様にヴェノムが空を見ると赤い光が一直線にこちらへと突っ込んでくる。
「あ、あああ、あれですっ!速過ぎるだろっ!や、やだ、死にたくない!!」
「落ち着きなさい。慌てたところでもう間に合いませんよ」
既に光は眼前へと迫っている。他人よりも多少体が丈夫になってしまったが無理だろう。都市を一瞬で焦土にする兵器だ。
「あばぁ」
ぼこぼこと不快な音を立ててヴェノムが竜態になると一歩前へ出る。もしかして受け止めるつもりなのか?
「ヴェノムさん!」
「えま、エマえまえまえまエま、エマ」
「…は?」
帝国の兵器だと思っていた。しかし圧倒的な暴力は起きずに眼の前にはヴェノムに抱きとめられた少女がいた。それは怨敵病魔を招く者の娘。生体兵器エマ=フォリナス。するとあの光は彼女の能力によるもの?
「ヴェノムさんちょっと待って、ピエトロさんに用があるの」
「いひ、いひひひ。わかっとぅあ。とこ、ところでにににいさんは?」
「……あのね、ヴェノムさん、ピエトロさん」
部下は泡を吹いて気絶している。しかし先ほどの光に異常を察し直ぐにでも他の騎士がやってくるだろう。
彼女はいつもと違いどこか儚さを帯びた笑みで再び度肝を抜く事を言ってきた。
「お父さんを助けて…私を逃がすために、捕まっ……て…」
それだけ伝えると糸が切れた様に倒れこむ。よく見れば全身傷だらけだ。それに口からは苦しそうに血を吐き体を震わせ始める。
アベンが捕まる事自体はよくある事だ。アレは外側からではなく内側に入り込み壊す事で快楽を得ている様な奴だ。ならば何に驚いたか?エマにアベンを助けてくれと頼まれたことか?もちろん違う。あの非道で自身の命さえ顧みない男が、親子とほざく子供を身を呈して庇ったことだ。真偽は知らない。ただ、アレが人の心を取り戻すと言うことは非常に危険だと知っている。知らないはずの記憶がそう語りかけてくる。奴を殺せと、世界を溶かし、犯し、悍ましきあの男を殺せと。
「副団長!大丈夫ですか!!」
「ええ、ええ。何も問題はありません。すみませんが気を失っているグレイド君とそちらの少女を医務室まで運んでやってください。それとヴェノム。少し聞きたいことがあるのですがいいですか?」
「眼、眼が変わった、ピエトロも魔眼?魔眼はこりこりくにゅくにゅ、美味しいいひ、いひゃひゃひゃひゃ!舐めさせとぅえ。そしたらいいよぉ、お、俺の知っとぅえることな、なんでも教えるるるる」
「…ええ、構いませんよ」
嫌な予感がする。あの時と同じだ。少年が病魔を招く者と呼ばれるようになった日と同じだ。心の奥底で何かが渦巻く。あの時と違うのはアベンを殺せと、頭の中に聞こえてくる声だけだ。
「…気分悪いですね」
「お、おれだけどおれじゃないぬぅおが教えてくれた。エマ、エマが来るってぇ、受け止めろってぇ」
「はぁ…?」
あの時ヴェノムは言っていた「エマ」と、そしてなによりも受け止めた。まるで知ってたかの様に。だから聞いたのだ。なんでわかったって。竜の感覚器官で魔力をサーチしたとかならお手上げだがそうでも無さそうだ。
「兄さん。兄さんじゃない?にいさん、にににににいさん?あれ?あるぅえ?話しかけてきてる。エマ、えまえまえま受け取らないと」
「ちょっと待ちなさい!ヴェノム!」
後ろで控えていた2人が取り押さえようとするが抑えられた部分を液状化してすり抜け部屋の壁を蹴破り出て行く。
「ッ!全員聞いていますか!?聞いてないならお互いに情報を伝え合ってください!ヴェノムが逃げました!決して手を出さずに距離を置きなさい!下手に近づかないでください!」
理解のできない感情がヴェノムの心を満たしていた。他の竜や家族と話している時の様な心が落ち着く気分。でも頭に直接届くこの声には逆らえない。エマのいる場所は匂いでわかる。早くしろと急かされる。だがこれ以上進みたくない。相反する心と体は言うことを聞かない。そして着いてしまった部屋の扉を再び蹴破り部屋の中に入る。
「なっ!?今は治療中ですよ!」
「ご、ごめめんなすぅあい」
分かっている。エマはここに来るために自らの命すら魔力に変換し飛んできた。アベンに逃げろと言われた。そしてアベンは捕まった。目を瞑れば見える。森の中で最後にエマが飛び去るのを自分が見ていたかの様に。
「ひっ、や、やめて…」
「……いひひ」
手に伝わってくる首の骨を折った時の感覚。骨が折れ、神経が伸び、脊髄がひしゃげる。心地よいはずなのに、全然楽しくない。これも勝手に動く体が行なっているからだ。そして何よりもこの人はダメだ。エマを治していたのに、このままだとエマが死んじゃうのに。体は彼女の持っていたポーチを強引に奪い取り中から黄色と橙色の液体の入った小瓶を取り出す。
自分がどこで生まれたか知らない。親は?兄弟は?気付けば森の中にいた。何も知らない自分を優しく迎えてくれた。好き勝手に生きてはいたが悪いことをしたらたまに叱ってくれた。嫌なはずなのにとても嬉しかった。
嫌なのに体は勝手に動き蓋を開け瓶の中身を口に流し込む。途端に体の内側から何かが這い上がってくる。まるで最初から自分の体だったのだと主張するかの様に。体を蝕み始めた。
「ヴェノム!見つけましたよ!どう言うことか説明を…」
「ご、ごめんなさい。わ、悪いことしとぅあら謝れるよ?ぴ、ピエトロ?あひ…お、おれ…おれ…ばいばい」
蝕む何かはやがて頭部まで入り込み自分の全てを奪い去る。
兄さん、カルミア、エマ、母さん、ホワイト、クロウ、ミスト…森の…おれ…の家族…俺の…家ぞく…かぞ……く……
「ヴェノム!しっかりしなさいヴェノム!」
困惑するしかない。理解が追いつかないのだ。出て行ったヴェノムがエマの部屋で何かを飲み倒れた。いや、あの小瓶はたしかアベンが普段スライム達を入れているものだった筈だ…ならば飲んだのは…
「くっ…兎に角、先ずはエマさんを優先してください!ヴェノムは竜なので問題ありません。それとレッドルの遺体も綺麗にしておいてください」
「「りょ、了解です!」」
「……」
マスク…否、顔で隠れて見えないが冷たくなっていく…ヴェノムに体温はあったのか?それすらもダメだ。頭の整理が追いつかない。
「…ん…あれ…?」
「すみませんエマさん起こしてしまいましたね」
「ううん、大丈夫。もう直ったから」
レッドルの治療のおかげなのか彼女の能力なのかはわからないが立ってこちらまで歩いてくると目覚めないヴェノムを見つめる。
「貴方が持ってきたアベン君のスライム達を飲みました…果たして竜でもどうなるのか…」
「…ピエトロさん。もうコレ、ヴェノムさんじゃないよ?別の何か」
「死んだってことですか?肉塊になったとでも?そう言う所はアベン君そっくりですね」
「違う!これ、ヴェノムさんなのにヴェノムさんじゃない!これ…お父さん?」
これがアベン?どう見てもヴェノムだろうと視線を戻すとヴェノムがゆっくりと起き上がる。
「……あ、もしかして君がエマかい?」
声はヴェノムだ。ただ、言葉が軽い。どことなく上っ面だけで興味深げにエマを見てはいるが内面はクソどうでもいい様に。たしかにアベンの様だ。アレよりかは言葉に感情らしきものは籠っているが。
「ふーん…なるほど、なるほど。君がアベンを変えてくれたんだね?僕からも感謝のことはを述べておくよ。ありがとうね」
「へ?あの…?」
「いやぁ、しかし視界が悪いじゃないか。なんだいこれ?ん?あれ?これもしかして外れないのかい?全く不便だなぁ」
「…どちら様ですか?ヴェノムじゃないんですよね?」
「ん?そうだよ。ピエトロ=アウナレス。僕はヴェノムウォーカーじゃない。そうだな…ゼロ…ウォーカー。うん、家名じゃないけど彼にはこれが似合うね。ウォーカー。歩み招く。うんうん。僕はアベンの唯一無二の親友にして家族であり兄弟でもあるエルダースライム。ゼロ=ウォーカーだ。短い間だがよろしく頼むよ」
一難去ってまた一難と言うべきか。アベンと同じ様な…いやあれ以上に卑劣そうなヴェノム…否ゼロは嘴を釣り上げて言い放った。
「さあ、アベンを救いに行こうか?」
「……」
ん?ああ、そうだね。僕の体が目を覚ましたね。どうしたの?悲しいのかい?あんなに邪魔だと思ってたのに居なくなると寂しくなるの?全く君は本当にどこまで行っても救いようのないバカだね。言ってるだろ?僕は不滅だが竜王だって君の大切な2人だっていつか死ぬ。君を理解しているのは僕だけさ。だからさ、いい加減に希望に縋るのはやめなよ。みっともないよ?
空から降っていた死体は止まり死体の平野は所々に血で出来た池を作っていたり、或いはここはどうやら平野ではなく水面の様で中を覗くて深くまでぎっしりと死体が詰まっている。
まあ、君がどう思うかは勝手だけどね。これはもう決まってることだから




