六十五匹目 王都での出来事
「ピ、ピヒエトロ?俺入って大丈夫ぅ?」
「ええ、問題ありませんよ。それとしっかりと約束だけは守ってくださいね?」
「お、俺人食わない。食わな……腹減っとぅあ…いひ、いひひひ。駄目、食ったらピエトロ怒るぅ…」
「はぁ…」
本当にこの竜を王都に連れてきて大丈夫だったのかと思う。
アベン達と別れポケットテレポーターで国の…キラレイスの王都に戻ってきた。先程まで崩壊した国に居て今は変わらない日常を送る母国に居る。アベンに関わると碌なことにならないと分かっているからこそ…数十分前の風景が…この王都がバルバトスの様になるかもしれないと考えると思考が停止してしまう。そして妙に張り詰めていた緊張の糸も切れてしまいどっと疲れが湧いてきた。今すぐ自宅に帰り熱いシャワーを浴びて寝てしまいたい。
まあ、横を見れば変わらずにヴェノムが街行く人をみてはヨダレを垂らしてジッと見ているので目が離せない。見てるぶんにはレストランに来て注文が決まらない子供のようだ。
「んあ…だ、だめ…食べたるぅあ…」
「…本当に大丈夫なんですか?」
「俺…燃費悪いってよくい、言われるぅ」
「その様で」
「いひ、いひひひひ…だめ、だめだめ」
昼食を取る為にと賑わう市場を通り抜ける。
自分も鼻腔をくすぐる様々な香りに報告が終わったら何を食べようかと考えていたところだ。気持ちは分からなくもない。まあ、ヴェノムに関しては歩く人間が全てが餌にしか見えてないだろうが。
「たしか、何人か尋問用に捉えている方がいるので事が済んだら食べてもらって構いませんよ」
「ホント?やったー」
「ですから、絶対に王都の人間は食べないでくださいよ?」
「だ、だだだいじょうぶ。お、おるぅえは我慢できる子だって兄さんが褒めてくれたぁ。に、兄さん直ぐに人殺すけど、お、俺は我慢できる」
「はぁ…」
先にやるべきは踏ん反り返った馬鹿への面倒な報告ではなく部下達に準備をさせることだと騎士団の本部に向かう。
今日は休日でこの時間なら食堂か裏の演習場に集まっているはずだ。平日は学業に勤しむ者や普段は家の手伝いなどしている者もいて常に本部に居るのは数人だけ、或いは任務がある者たちだろう。
入口の大きな扉を開け中に入ると眠たそうに窓の外を見る1人の女性がいた。彼女も一応は騎士なのだが悪意を持って此処を訪れた人間かどうか調べる役職の為に一日中ボーっとしていることが多い。ここにけんかうりにくる馬鹿も殆どいなくなったので暇なのだ。
「……あ、副団長。休暇終わりですか?」
「ええ、ベローナさん。相変わらず眠そうで。ところで皆さんはどちらへ?」
「裏庭でロイスさん、アーサーさん、メリダさんは組手中、他の方は食堂に居られると思います。私は日課の日光浴中です」
「偶には体を動かしたほうがいいですよ。いざという時に動きませんから」
「私は魔導師なんで魔力があればいいんですー。それでー、そちらの方は?」
相変わらずだなと思いながらピエトロは指差されたヴェノムに付いてなるべく丁寧にそれでいてヴェノムに話をさせない様に早口で説明を始める。
「こちらはヴェノムさん。実は世界の眼の潜伏場所を教えてくださったのですよ。まあ、立ち話もなんだってわけでここに連れてきました」
「へぇー……」
彼女が何の兆しもなくヴェノムに手を向けたので直ぐさま手を掴む。恐らくは精神を覗こうと魔法をかけようとしたのだ。勘弁していただきたい。
「身元は私が保証しますから問題ありません」
「え、でも…」
「問題ありません。行きますよヴェノムさん」
「いひ、いひひひ。ベローナ、ベローナ、こんにちは。おおお、俺ヴェノム。ヴェノム=ウォ…」
「彼方に美味しいご飯用意してありますよ!」
「わーい」
「…何だあれ?」
ピエトロには止められたが一応念の為だ。あの人、たまに抜けてるところあるし…もしかしたら敵だとしたら私の功績になって褒めてくれるかもしれない。
通り過ぎていくピエトロとヴェノムという変なマスク被ってるやつにバレないように精神を覗き込む。精神操作系の魔法が得意だからとピエトロに拾ってもらった日からあの人には感謝してもしきれない。もうゴミ箱を漁らなくていい、もう知らない人間に体を売らなくてもいい。 だけど今日だけはやらかしてしまった。私が悪いのだが…あの人を恨んだ。なんてもの連れてきたんだと。
真っ黒で全身に絡みつく不快で悍ましい見た事のない精神。どこまでも暗く、底は見えない。
「はひっ…ぞ、のひ………」
何万人もの怨嗟と一斉にこちらを向いた瞳で精神がおかしくなりかけ私は意識を手放した。
「…ピ、ピエトロ。あれ、あれあれ、ベローナ。お、俺の心の中覗き込んどぅあ」
「え?…あッ!」
突然そんな事言われたので思わす振り返るとベローナが泡を吹いて倒れていた。上司の命令くらいは聞いてほしいものだ。
仕方がないので背負って医務室に運ぶとしよう。しかし見るなと言われて見てしまう精神なのか。竜なんてデタラメな生物の特にイかれた類の精神なんて覗き込んで大丈夫なのだろうか?下手したらこのまま精神崩壊してしまうなんてことは無いだろうか?
「そいつ凄い。お、俺の奥側まどぅえ見てた。真名見られるところだ、だった、いやん」
「あれ?貴方の真の名前?ってヴェノムウォーカーじゃないんですか?」
「??違うよ、お、俺兄さんのと似てて
って言う」
「はぁ…?」
前にアベンに聞いた事だが竜の言葉は基本的に人間に発音も出来ず、聞き取ることもできないらしい。多分名前を言ったのだろうが雑音の様に聞こえた。それでも契約をすればその竜の名は呼べる様になるらしい…アベンがよくわからない生き物なんだと言っていたがその通りだ。
「お、お、女の匂いがする。若くて、ハリのあるぬぅお。美味しそう。柔らかくて、むにむにで、スベスベで、甘い匂い…食いとぅえ」
傍目から見れば言動がどう考えても変態だが食性のせいでどういう意味で言ってるのかがわかり嫌になってくる。
「そこは女性用の更衣室ですから入らないでくださいね…ん?そう言えば今の貴方の肉体女性の物でしたよね?貴方性別どっちなんですか?」
「お、俺基本男。たまにおんぬぅあ。わた、私?俺?僕?ど、どれ?知らね」
「ああ、もうややこしいんでいいです。それよりも裏庭に行くので…いや、貴方野放しにするの危険ですね。付いてきてください」
「め、面倒くすぅえ」
「はあっ!」
「まだ、能力に頼って固定砲台になりかけてんゼェ。おら、もっと動け」
「ふぅ…アーサー…やっぱ若いって凄いな」
「ウオォォォッ!メリダッ!お前はそんなに歳の差ないだろうがぁぁ!!!」
裏に回るとロイスの回し蹴りでアーサーがダウンしたところだった。まあ、それは別にいいのだ。
「アーサー君、メリダ君、ロイス君。ただいま戻りましたよ」
「あ、副団長!闘技大会どうでしたか?あとベローナどうしたんですか?」
「ああ、過労ですよ。気にしないでください」
そんなに訝しげな顔で見ないでほしい。一応は仕事をしてこうなったのだから。
「コホン…ベローナさんの事は取り敢えず置いておきまして、まあ昨日の今日だからまだ情報回ってないのですかね。実はバルバトスで白夜が起きまして…」
「えぇ!?本当ですか!」
「おっかねえ事もあんだナァ」
「自然災害…とも言い切れないが我々にはどうしようもない事だからな…それで、副団長?そちらの方は?」
「お、俺ヴェノム。よろろろ、人間」
「びゃ……あー、世界の眼の潜伏場所を見つけて…これ会う度に言ってますね。居る方だけでいいので全員集めてください。手っ取り早く全員の前で話しましょう」
思ったよりも食いついてきたな。しかし危うく流れに乗ってあのホワイトとか言う竜の事を言おうとしてしまった。危ない危ない。血気盛んな彼らに本当の事を知られでもしたら今すぐ討伐に向かいそうだ…全滅する未来しか見えないのが辛い。
そこで気を抜いてしまった。いや、まあ結構前から緩んではいたが…ああ、もう本当に疲れが限界だ。
「びゃ、白夜は、ホワイト。俺のねね、姉さんが起こしとぅえる。愚かで、浅ましくて、愚鈍で、チンケで、手足の生えた単細胞ってホワイトがいい、いつも言っとぅえる」
「…は?」
「ちょっ、ヴェノムさん!」
「けひ、けひゃひゃひゃひゃ。沢山死んだ、兄さんが殺したのとお、同じくらいにぃ、泣き喚いてドロドロに溶けむご、ぐぐぐ」
急いで口を閉じたが既に遅かった。そう言えば去り際にアベンが『ヴェノムの口が悪くなってきたら飢餓状態が限界に近づいてきてるから適当に食わせてやってくれ。別に人間以外のものも食うからな。土とか泥とかも』なんて事を言っていた気がする。
まあ、もう遅いか。完全に殺気立っている。ロイスだけは変わらずに「あ、やべえ」と何か察したのか距離を取っている。その点アーサーとメリダは経験不足のようだ…どうしよう止めるべきか?それとも圧倒的な強者に敗北を味合わされて明日に繋げるか?考える間も無くヴェノムが先に動いていた。
「お、男。筋肉質で、筋があるけど、肺と心臓がお、おれ好きぃ」
昨日対峙したクロウと呼ばれる竜が研ぎ澄まされた一本の剣ならばヴェノムはどこに撃ち出されるかわからない矢とでも言うべきか…剣を構えた2人に対して猪突猛進に突っ込む。本来ならばアーサーの気圧の操作によっていくらでも対処出来る筈だが2人は避けて態勢を立て直す。そうだ、先ずは相手をよく観察するんだ。
内心ガッツポーズしながら部下の精進ぶりに感動しているとロイスが寄ってくる。
「血濡れぇ、ありゃなんだ?」
「竜ですよ。あれでかなり弱い部類らしいですよ?」
「はぁ?マジかよ最高ダナ」
メリダの超加速による背後からの奇襲も難なく避け、アーサーの気圧による真空斬も蹴りによって方向をずらす。凄まじい戦闘能力だ。
「お腹空いとぅあ、なんで食べさせてくれないの?ねえ、答えてよ、ねえ、ねぇぇぇぇ!!」
ボコボコと体から黒い液体を出してヴェノムが膨らんでいく。流石にそろそろマズイか。
「ロイスさん尋問済みで処刑予定の罪人全員連れてきてください。なるべく早めで」
「お、おう…わかった」
「メリダ!まさかこれ竜じゃないのか!?」
「いや、そのまさかだ!副団長、もしかしてコイツ新入りですか!?シメる感じですか!?」
「…ああ、もうそれでいいです。先輩の威厳を死なない程度に見せてあげてください。はぁ、変に慣れるのも駄目ですねぇ」
『ケヒャ、ケヒャヒャヒャヒャ!骨の髄から、溶かしてやるるゆゆ』
今や体調五メートルは優に超え、全身が黒いヘドロに覆われ、骨だけのように皮膜のない翼に、前足後ろ足共に細長い三本の指の様な器官と二本に別れた尻尾。マスクだけはサイズが大きくなっただけで変わらず鳥の様なヴェノム…否、竜は咆哮する。流石にその騒ぎに気付き裏庭から食堂まで離れているが騎士団の他の面々が次々と現れ、野次馬か或いはアーサーとメリダに助太刀するように各々の武器を持ちちょっと話しにきただけなのに大変なことになってしまった。
「はぁ…」
「ぷしゅるるるる…」
既に限界を超えていたのか暫くするとヴェノムは風船から空気が出て行くかのように萎んでいき元の姿に戻る。それでも半数以上の騎士達は死んでこそいないが戦闘不能にさせられている。誰も食べられていないといいのだが…
まあ、結局あの後ロイスが囚人を2人連れてくるまで騎士団の面々のチームワークを見ていた。アーサーとメリダだけじゃない。みんな強くなり、依頼や修練を怠っていなかった。それが目に見えてわかった。が、相手が悪かった。
「痛え…」
「ぐぅ……」
「っ!」
「つ、強かった」
ヴェノムが暴れ出したのは腹の減った子供の癇癪と変わらない…らしい。規模が大きくなっただけだと…はあ、しかしなんてこった…折角手入れの行き届いた綺麗な景観だったのにそこら中穴だらけだ。
「ん…んぅ…はっ!?あれ、私今まで何を…?」
「おはようございます、ベローナさん。まあちょっと色々とありましてね」
「色々…いや何があったんですか?これ」
「はははは」
力なく笑うと寝ていた騎士達に話しかける。とりあえず怠けていなかったかどうかの抜き打ちテストだと言うと各々が顔を見合わせなんだそういうことかと笑う。
「いくらなんでもスパルタ過ぎません、しかも竜なんてどこで拾ってきたんですか」
「知り合いの弟君です。さぁさ、皆さん!とりあえず半刻後に食堂に集合してください。伝えることがあります。気を引き締めて、遅れない様に」
「「「はっ!我らが仮面に誓って!」」」
「…はぁ、もう寝たいですよ」
「くるるるえるおおお……もう、ダメ……」
取り敢えず指定した時間に行けばいいかと丸まっていたヴェノムに話しかけると既に息も絶え絶えの状態だった。無論それは腹が空いてるだけであって弱ってるわけではない。
「ひ、嫌!嫌だァァァァァァッ!!」
「んん!いただきむぅあす」
アーサーも医務室に運ばれたのでメリダ、ロイス、ベローナの割とアウトローなメンバーだけが残ったのでヴェノムに人を渡す。真っ先に頭から齧り付き捕食を始める。もう1人の方はあまりの光景に泡を吹いて気絶していた。敵ながら情けない。
「あァ、やっぱりだ。俺はコイツを知ってるぜ、血濡れ」
「へ?」
「ありゃあ…たしか2年くらい前だナ。ゼラニウムに雇われる前によ、傭兵業でちょっと警護やってたんだが…」
「げぷぅ…いひひひひ、美味しかっとぅあ」
「あん時もよ、こんな感じで突然コイツが現れて…んで、結局雇い主が喰われちまって仕事はおじゃんだった。なあ、俺の事覚えてるカ?」
「むぐむぐ…ごくん…んー…知らぬぅあい」
「へえ、忘れちまったのか?」
「ねえー、メリダ君。私はここにいる必要無くない?」
「僕らはいていいみたいな言い方やめてくれない?」
「ヒャッハー!いいぜェ!だったら思い出させてヤルよ!」
「いひ、いひひひひ。デザートぉ」
ロイスとヴェノムが戦闘を開始した時にもう面倒なので考えるのをやめてピエトロは何を言おうかと考え始めた。
「世界の眼はバルバトスでの少女の誘拐後、世界中で動き始めました。とは言っても大規模なテロ等は起こしていなく、単純に統率されてナニカを探し始めた様なのですが…まあそこはいいです。兎に角これ以上我が国の領土で好き勝手やらせるわけには行きません。
と、言うわけですね。作戦実行予定は2日後。いつも通り遺書を書いてきてくださいね。では、解散です」
いつもと変わらずに作戦を伝えると各々が敬礼し解散する。さて、次はとヴェノムを連れて王城へと向かおうとする。
「副団長」
「おや、アーサー君。どうかしましたか?」
「あの、あれ…どうにかならないのですか?」
指差す方向にいるのはすっかり意気投合したロイスとヴェノム。戦いの中で生まれた友情…とかではなくアベンと言う共通の話題で盛り上がったのだ。
「に、に兄さんは利益第一」
「知ってるぜェ、俺が会った時も金にがめつかったカラな」
「メリダに聞いたのですが、竜で…しかも病魔を招く者の弟?冗談だとしても笑えませんよ?楽に殺せませんし」
「はっはっはっ、アベン君は竜では無く人ですがね」
「はぁ…パドル団長には伝えたんですよね?」
なんだか部下の口からだと随分と久しぶりに聞いた気がする名前だ。まあ、普段から女囲って貴族と取り巻き連中と遊んでるだけのやつに報告などするわけないが面倒なので伝えたことにしておこう。
「さて、そろそろですかね。本来なら先に馬鹿に伝えに行くのがいいんですが、怠いし面倒なのでそろそろ向かいましょう」
「げっ、まだ陛下に伝えてなかったんですか?と言うか馬鹿って…親衛隊に殺されますよ?と言うか本当に作戦伝えた後に陛下に許可取りに行くって…ダメって言われたらどうするんですか?れ
「ああ、基本的に面白い事なら認可するんで。そんなことはいいんですよ。ほら、アーサー君も帰った帰った。御母上がお待ちですよ?」
「はぁ…分かってますよ。ロイス、明日も修練付き合ってくれよな?じゃあな」
「オウ。んじゃ、俺も帰るとするヨ。アベンの野郎に兄貴の家族の事ありがとうって伝えといてくれよ、ヴェノム?」
「いひひ、りょりょう。で、でむぅお多分忘れてると思う」
「ソイツは残念だ」
アーサーも帰りメリダも書類を纏めると先程出ていきロイスも帰った。ベローナはまあ、いいか。はあ…もうちょっと残っててくれればよかったのに。本当に行きたくないし面倒くさい。こんな事なら飢餓状態でヴェノムを王城に連れていけばよかった。
「……」
「きらきら、ぴかぴか、兄さんに持って帰ったるぅあ喜びそう。金、金金になるう」
「おい、なんだあれ?」
「さぁ?ていうかなんで陛下に謁見させてもらっているのだ?さっきも本部で何かやってたらしいぞ」
「うわ、マジかよ」
「やはり、裏切るのか?」
「……」
「いひひひひ、お、おるぅえヴェノム。よろしく」
「ヒィッ!な、何だお前は!」
「衛兵!血濡れごと外に捨ててこい!」
どうやら貴族達のおべっかタイムに鉢合わせてしまったようだ。相変わらず口の悪い入り口の衛兵無視して国王の座る椅子を見上げると意地の悪い笑みを浮かべていた。いや、違うな。これわざと鉢合わせになるようにコイツらここに呼んでたな。
「はぁ…」
「どうしたピエトロよ?」
「いえ、性格の悪い人間の相手させられるのって面倒だなと」
「ふむ。報告には聞いているぞ。またも病魔を招く者と交戦したとな。しかも今回は負けたと」
お前の事だよとは口が裂けても言えないので「そうですね」とふわふわした回答をするとその場にいた貴族連中がぐだぐだと言い始めた。
「貴様らに高い金払っているのに負けただと?ふん、所詮は凡骨の集まり。パドル殿の直属の部隊の方が活躍しているそうじゃないか?」
「それはナンパだとか女遊びでですか?それなら負けますね。あちらも金だけはあるので」
「ぐっ…それに何だその汚らしい身なりに男は陛下の前だぞ!」
「おや、すみません。何せ今しがた崩壊した国から帰ってきたので。座ってるだけで仕事した気になれる頭空っぽの人間でもないですし」
「貴様ァッ!」
「はぁぁぁ……帰っていいですか?どうせ二つ返事で今回の作戦許可してくれますよね?」
「うむ、それは勿論だが…私はそちらの者の話が聞きたくてな。貴様らは知らぬようだがな。そちらの白衣の男は竜だ。しかも竜王直下の個体」
「よ、よろろろ」
王が指差したのはヴェノム。ああ、今回はそういうことか。
自分のことを話され嬉しいのか手を振っている。無邪気とか言う単語が頭に思い浮かんだのは疲労が限界突破したせいだ。
「なんと、これが竜ですか、いやはや大変知性溢れる見た目をしておりますな」
「然り、どれ仮面を取って素顔を見せてくれ」
酷い手のひら返しだ。関節に潤滑油でも塗っているのですかと言いたくなる。
しかし恐怖覚えるより先に、物欲が勝りヴェノムは複数人の貴族達に囲まれあっという間に姿が見えなくなってしまう。まあ、恐らくこの後に自分の物にしようと薄汚い罵り合いや金云々の話を始めるだろうが自分への罵倒が無くなったのでヴェノムには申し訳ないが気配でも消しておこう。
「ピエトロ、良いか?」
「…はぁ、なんでしょうか?」
「はっはっはっ。露骨に嫌そうな顔をするな。いや、何。近隣の住民から貴様らに苦情が入っていたぞ?竜が騎士団本部にいると。ペットの管理くらいきちんとせぬか」
「いや、あれ病魔を招く者の弟ですよ?ましてや彼曰く霧の森でも関わってはいけない部類らしいですし」
病魔を招く者とその名を口にすると途端に目を輝かせる。一国の王の癖に自分の欲に忠実でましてや一度この国を混沌に追いやったと言うのに今だにアベンに興味を抱いているのはこの王あってこの貴族ありみたいなところもあるのかもしれない。上がこれなら下もこれだ。
「ふむ…いや、やはり何匹か欲しいな」
「正気ですか?いつ爆発するかわからない爆弾ですよ?」
と言うか呼ばれて少し高いところに登ったからわかるが貴族どもに身体中触られて動けなくなっているのではなくわざわざ寄ってきた餌に齧り付かないように必死に我慢してるようだ。多少は理性もあるらしい。
「いや、もう少し理性的なのが良いな。何かいたら勧誘しておけ。命令だ。それで?やはり人間を食うのか?」
「さぁ?人も食いますし普通に魔物とかも食べてるんじゃないですかね。ああ、竜王の他に魔眼の王の眷属もいましたよ。頭がおかしいわけじゃなければ本物の『三日月の太陽』だそうです。因みに私が負けたのもその竜です。あと賢者シリウス本人…も竜でした。まあ仮に病魔を招く者を本気で敵に回したらものの数秒でこの世界は終わります。
はぁ…私また有給欲しいのですが」
「はっはっはっ!なるほど狂っているな!笑えてくる!しかし有給とな?くれてやっても構わぬが次は三ヶ月後だな。休んだ分しっかり働いてもらわないと困る」
「一応言っておきますが私の直属の上司はパドルさんなのですよ?」
「パドルにろくに報告もしてないくせに何を言っている。それにパドルの上司は私だ」
本当に面倒くさい。この王。
「どれ、では竜をもらうとするか」
「ちょ、何する気ですか」
「何、簡単な話だ。私も気になるのだよ。竜と言うものが」
王は立ち上がると杖で床をガツンと叩く。するとヴェノムを囲っていたハエどもが一斉に跪く。うちの騎士団もこれくらい忠義に厚く人の話を聞いてくれればいいのに。
「貴様らに問う。其の竜は病魔を招く者の弟である。が、今この場でそれを知ってなお竜を…弱者を支配する力を欲する者はいるか?」
相変わらずがめつい連中だなと思う。貴族は4人いたのだが全員が全員手を挙げている。アホなのか?
「良い。ヴェノムとやら貴様は病魔を招く者を…貴様の兄を裏切り我らに使えぬか?最高の待遇を約束しよう。望めばなんでもくれてやろう」
「んん?うぇー、お、おるぅえ勧誘されてるぅ?」
「うむ。信じられぬと言うならば今欲しいの物を言ってみよ。直ぐにでも用意させようぞ」
「いひ、いひひひひ。じゃ、じゃあ女。とびっきり甘くとぅえ、若くて、柔らかいぬぅお。よく泣いて、苦悶の声を上げて、死ぬまで俺を楽しませてくれるおもちゃあ」
…帰りたい。帰って何も考えずに寝てしまいたい。
「良かろう!ならば貴族どもよ!貴様らは自慢の娘でも領地1の美人でも良い!連れてきて最初に竜を満足させよ!満足させた者には私と共に竜を所有する権利を与えよう!」
「「「「ははぁ!」」」」
そこにヴェノムの意思は含まれていないとかはもう言わない。だって面倒臭いもの。
貴族達は我先にと謁見の間を出ていき慌ただしい音を立ててこの場を去る。金に目が眩むと命の価値すら見えなくなってくるのか?
「して竜よ。聞いた話によれば真の名を知れば対等になり、人の身でも力を使えるようになるそうだな?早速だが貴様が真の名を私に教えよ」
「な、なんどぅえ?」
「む?貴様は先ほど我が国と手を組んだのだろう?ならば名を教え私に使役されるのが道理だ」
ここら辺がアベンが王を愚王と呼ぶあたりだ。この男まあ世間から見れば結構な賢王で実際に何でもこなす天才肌なのだが産まれて殆どの事柄で失敗したことないので全てが自分の思い通りにいくと思っている。しかも話が飛ぶ。王女ともあって数度で婚約したそうな。どうでもいい話ではあるが。
まあ、ヴェノムからすれば知らない人間に体中を触られた挙句に勝手に契約結ばれそうなのだからたまったもんじゃないのだろう。と思ったのだが案外すんなりと「いいよ」と答えていた。
「お、おおおるぅえの真名は 。わかっとぅあ?」
「?もう一度頼む。上手く聞き取れなかったようだ」
「聞き取れなかっとぅあ?いひ、いひひひひひ!そ、そそれはお前が俺に釣り合ってぬぅあいから!お前は違うぅ」
「なに?」
「ああ、竜語って人間に発音できないし聞き取れないって言ってましたけど…」
「なに?なら1番類似した言語はなんだ?東洋の漢和語か?それともあの西の蛮族どもの歌の様な言語か?或いは私の全く知らぬ言語か?教えよ」
「しーらぬぅえ。あひ、あひゃひゃひゃひゃ!ピエトロぉ、お腹すいとぅあ」
「まあ、言わせてもらいますと諦めた方がいいですよ。この竜…と言いますか病魔を招く者の仲間と呼べばいいのかはわかりませんが…兎に角危険です。下手すればこの国が消滅しかねませんし」
「ふむ……ピエトロよ、貴様はいつ私に口答え出来るほど偉くなった?貴様を自由にしているのはあくまでもその力を持っているからだ。タールマンめが貴様の能力を解読すればいつでも貴様は用済みになるのだぞ?」
「…おや?それは失礼しました。と言うか私に八つ当たりしないでくれます?」
もし全ての悩み事が無くなったら騎士やめて田舎で野菜育てて静かに暮らしたい。ひたすらそのことを考えながらピエトロはまだ続くのであろう王とヴェノムの問答を眺めていた。




