五十九匹目 茶番劇の終わり
「…殺してください」
「死にたきゃ勝手に死ねば良いだろ?」
「…脳を弄り記憶を抜き取られ、私は用済みとなり貴方に捨てられました…それに父が死んだ今、ロビンに仕える義理もありません。それにロビンの能力によって性別を曖昧にさせられ女なのか男なのかもわからなくなってきました…」
目の前まで歩いてきたシャードは全身から煙を立てて女性に戻ると、平服というよりは土下座のように地面に這いつくばりそう言った。
なんというかつまらない人生を送ってきたのだな。
『貴殿はもしや人体改造を趣味として楽しんでいるのか?』
「人聞きの悪いことを言うな。どっちかって言うと肉体よりも精神をいじる方が好きだ。ちょこっと脳みそ弄って記憶を読み取らせて虫と視覚共有をさせただけだ」
「……」
「クロウの分身体にも言われたろ?自殺するなり身売りするなり好きにしな。もう手前の情報はいらないから」
『ではどうするのだ?額を地面に擦り続けていてもこの女の行く末は決まらぬぞ?』
「んな事知るか。俺には関係ねえ」
「…この首を落としてください」
「くどい。今チビ助の測定してるから俺に話しかけるな。27.4キロ。ほら、尻尾伸ばせ…78.2センチ」
『何というか貴殿は…貴殿だな』
「うん?何を当たり前のことを言っているんだ?」
『イタタイ…ピイッ!ピュイ!』
「痛い?翼の形が変だと思ったが…孵化時期になったのに卵の中に閉じ込められていたからか?チッ…駄目だこれじゃあ空も飛べねえ」
『トベナイ?』
「あー…多分な?試してみる価値はあるかもしれないが、流石に高所から落とすのもなぁ」
『なんと言うか…薬師と言うよりは、かつての医者の様だな』
「あんたから言わせれば魔導師、医者、薬師って分けるのもずいぶん滑稽なんだろ?」
「まあな」
視界が吹雪でホワイトアウトして直ぐに目の前にフロストが現れる。随分と能力の使い方にも慣れてきたな。
そして興味深げに幼竜を見て、そうっと指先で幼竜に触れる。
『ツメタイ!』
「む、すまない。しかし随分としっかりしているな。もうすでに鱗が既に硬い」
「ああ、俺も直で見るのは初めてだが…大抵のやつは一定の年齢を越えるまでは鱗は硬いらしい。成長してある程度体内の魔力が多くなって自立する頃には鱗が柔らかくなって魔力を鱗に流して防御力を上げていると聞いた。産まれたばかりは魔力操作なんてろくに出来ないらしいが…ふむ、中々面白いよな。
で、大人になりゃ魔力伝導率?とか言うのが上がって代わりに柔らかくなるそうだ。大老が言ってた。息吹吐いて、鱗が柔らかくなれば一人前らしいぞ。遺伝とか性質上、鱗が硬いままのやつもいるらしいが。本当に興味深い種だよ…僕がこれほどまでに…んあ、ヤバい混ざってきた」
「…まあ、なんだ。貴殿あれだな、獣医ならぬ竜医とか生態学者だ」
「普通に暮らせるってんならそういうのも面白そうだな」
「な、なんかすまん」
「気にするな。希望的観測に縋るほどまだ追い込まれちゃいねえよ」
シャードの今後はもう頭の片隅にも考えてないが取り敢えずチビ助の名前とそれに翼をどうするかを考えねば…矯正とかすれば治るのだろうか?そもそも鳥の翼とは全く別物なのだ。風に乗るのと大気中の魔力の波に乗るのとではかなり違うらしい。考えがまとまらないまま鼻先を擦り付けてくるチビ助を撫でていると此方へと走ってくる音がしてやがてウォンが子供を抱きかかえて宝物庫へと入ってくる。
「遅かったな」
「いやいや、旦那。まさかこんなことになってるなんて思わないじゃないですか。驚きですよ」
「…驚いた、東洋の武闘王ウォンではないか」
「おっ、巨人種。知ってるぞ、たしか全体会でも決勝まで行ったフロスト選手だな?そして僕を知っているのか?」
「勿論だ。このような時でなければ手合わせを願いたいところだが…」
「ああ、口に出さずに理解してくれるのはとても助かる。じゃあウォン。そのガキ縊り殺せ。そしたら手前の仕事は終わりだ」
「えっ!?」
「聞こえなかった?ガキ殺せ」
「あ、ああ…」
フロストからゴミを見るような視線を感じるが無視する。気絶していた少年の首をウォンが絞めると短く苦悶の声をあげ、やがて動かなくなる。
「なんというか…多少は貴殿を軽蔑するぞ?」
「構わねえよ。んで、コイツを作り変えて…ほれ?どうだ?」
子供の遺体に触れると不快な音を立てて体が変形していき、やがて遺体が今アベンの首に戯れて巻きついている竜の幼体へと姿を変える。
「これが生体造変の極意だ。生物を外側も内側もまるで違う生物に造り変える。それにバレないからなぁ。魔法でもないし」
竜に変えた子供の遺体を卵に無理やり詰め込むと割れた卵に触れ、今度は卵を元の孵化する前に戻す。
「ほれ、これでフロストの方も任務完了だな。まあ中身死んでるが、無理に孵化時期を遅らせたせいで死んでしまったとでも言っておけ」
「ううむ…絶対にオーディン様は見抜くと思うのだが…」
「絶対に大丈夫だ。保証する。やばかったらオーディンでもトール?とか言うの連れてこい。幾らでも言い訳は考えてある」
「…貴殿がそこまで言うなら信じよう。しかし、今後は関係のない子供を無闇矢鱈と殺さないと誓ってくれ」
「ん?どうした?」
「いや、なに。流石に私も子を持つ親としてこれは…とな」
「ふぅむ…そうだな。まあ、そう言うことならいいだろう。必要なければあんたの前では子供は殺さないでおこう。じゃあ今度こそ別れだな」
「ああ、そうだ。アベン…我が小さき友よ。今度は我が故郷で会おう」
「そうだな」
「そうだ友よ。忘れていたのだが、今後はあまり悪行をするのではないぞ?貴殿は素行さえよくなれば死の時にヴァルハラへと誘われる。だからあまり無茶もするなよ?」
「小言が多い。帰るならさっさと帰れ」
「ははははは!!すまなんだな。貴殿にオーディン様の加護を!ではな、アベン!」
フロスト豪快に笑うとその場から姿を消す。転移魔法というやつなのだろう。それと同時に城を覆っていた氷が静かに溶け始める。さっさと行動したほうがよさそうだな。
「さて、ウォン。君も罪のないガキを殺してさぞ心苦しいだろう。これを持って国に帰れ」
「は、はぁ…え!?き、金貨ですか!?」
「んあ?そういや東洋って紙切れが通貨だったな。宝石とかの方がいいか?」
「い、いえいえいえ。それは流通がしっかりとしている国だけでして僕の住んでいる地域は未だ物々交換か盗みですよ…でもこれだけあれば都市部にも住める…」
「それはよかった。これで手前の仕事は全部終わりだ。今夜のことを全て忘れて今まで通りに暮らせ」
「へ?いやいやいや、僕も貴方のためならどんな汚いことでも…」
「ウォン=スーリン。俺は手前の雇い主だ。だから仕事は終わりだと言ったら終わりだ。なあ?」
「それはそうですけど…」
「君の帰りを待っている弟妹達が草を貪り泥水を啜って生きてるんだ?今すぐにでも衣食住揃った国へ移住したいのだろう?」
「ッ!?な、なんで…」
「さっき白夜が起きただろ?あれを起こしていたのは俺の隣にいたホワイトだ。わかるか?あの女。因みに君の家は射程距離に入っているそうだ。合図一つでまあ、君の弟妹どころか亡くなったご両親の墓ごと蒸発させられる」
「ちょっと待ってくださいよ!別にお僕はあんたのこと言いふらしたりしませんよ!?僕はただ貴方の役に立ちたいと!」
「役に立ちたいなら今すぐ国に帰れ。正直人が増えると動きにくくて邪魔だ。まあ、どこかでまた会ったとしてはその時はその時だ」
ウォンは理解した。その声にも瞳にもおよそ感情らしきものは宿っていない。ただ用意された台詞を読んでいるだけの役者と話している気分になる。でも理解した。本気だ。何か言おうとするなら合図一つで僕も、家族も殺せる。
「…世話になりました」
「あっそうだ。金貨増やすからこいつも連れてけ」
そう言ってシャードを蹴ると虚ろになった瞳でウォンを見上げる。
「うおっ、別嬪さん」
「小間使いでも何にでも使ってやれ。俺に生殺与奪権を与えるなら邪魔なだけだから手前にやる」
「え!?いやいやいや、流石の僕も無抵抗の女性を拉致ははちょっと…」
「何を遠慮しているんだ?こいつにはもう生きる気力も価値も無い。手前がいらねえってなら細切れにしてスライムの餌にするだけだ」
「そ、それなら僕が責任持って連れて帰ります!」
多少強引だがこれで最後の悩みも消えた。それにこいつらが今後どうなろうが俺には知ったこっちゃない。
「…よろしくお願いします」
「お、おう…弟達になんて言ようかな」
「嫁さんできたでいいだろ。じゃあな。二度と会わねえことを祈ってるよ」
「あっ、ちょっ!」
どうせ二日もすれば俺自身も顔すら忘れる。まあ数十分の短い付き合いだったが役に立ったということだけは覚えておこう。
ウォンを無視して地下施設への扉へと向かう。しかし兵士は溶け始めてるとは言え警備も手薄だし迎撃用の罠も仕掛けられていない。本当に城も中もお飾りだな。
「さて、最後の仕事だ。さっさと終わらせて明日は昼過ぎまで寝るとするか」
『ピィ!』
「んあ、そうだな。お前の名前考えてやらねえとな」
しばらく幼竜の頭を撫でていると少しだが気分が楽になってくる。沢山の命を奪ってきたが、もしかすると生まれたての命に触れるのは初めてかもしれない。まあ、触れていたとしても忘れているということはその程度の記憶なのだろうけど。
面倒だと一度大きくため息をつくと扉を蹴破り階段を降りる。さて、操られたヴェノムがどうなっているのか楽しみだ。
「調整は?」
「問題ありません、いつでも動かせます!」
「遺体はどうした?」
「はっ、既に隠蔽しました。陛下以外には入ることはできません。それとこれを」
急いで階段を駆け下りると地下も大騒ぎになっていた。元より地下施設を守る為に何重にも結界をかけてあるがそれすらも凍りつかせたフロストの血は味わうのが楽しみだ。
そして、もう一つ。研究員の一人が渡してきたのは一本の試験管に並々入った血液。
「血濡れのピエロの血液です。もしもの時は我々と傀儡竜が時間を稼ぎます」
「…ああ、頼んだぞ」
地下施設の中にも何人かは戦闘を行えるものはいる。彼らを筆頭に最前列には傀儡竜を置き襲撃に備える。
そうこうして全員が身構えて直ぐにタイミングを見計らっていたかのようにカツン、カツンと靴の音がして見慣れた緑髪の少年が顔を出す。
返り血で真っ赤に染まった白衣も、あれだけ人を無残に殺しておきながら鼻歌を歌いながら降りてきたのも。今この場にいる全員が理解した。それに変わらずに無表情ではあるのだがそれがより一層不気味さを醸し出していた。
シャードがいないところを見るとおそらく殺されたのだろうか?二代揃って本当に役に立つ奴らだった。
「改めて見るとやはり…化け物のようだ」
「嗤っている…」
「傀儡竜を起動しろ!奴を…あの化け物を殺せ!」
「酷え言われようだな」
『ピュイッ!ニンゲン、キライ!』
「ふむ、久しぶりに気分よく笑っていたのになぁ」
やれ化け物だ、鬼だ悪魔だ。普段笑ってない分笑顔が下手くそなのは自覚はしているがそこまで言う必要はないだろう…ああ、そういえば白衣が返り血とかで真っ赤だったな。血は落ちにくいから嫌だなあ。
「お、おれ…おれれれれ、マ、傀儡竜、。」
「何?傀儡竜だと?」
「そうだ。我々が操っている。やれ!傀儡竜ヴェノム!王命に従い我らが敵を滅ぼせ!」
だらんと垂れ下がっていた頭がこちらを向く。改めて仮面を被せられたらしいが…何というか前のデザインの方が好きだな。今のヴェノムの仮面…顔面はさっき戦った自称竜への抑止力の頭部みたいですごく弱そうだ。
「うけけけけ、に、に、にいすぅわさささん」
基本的にコイツの戦闘スタイルは格闘術と言う名の力一杯殴る事と噛みつきくらいだ。
ガパァなのかグパァなのかは置いておいてヴェノムが嘴を開ける。
「兄さん、どんな味ぃ?美味すぅい?」
「不味いからやめとけ」
「おおおお、いしいよ!」
何も考えずに突っ込んでくる。大ぶりの一撃は難なく避けることが可能だ。
ゴガンッ!
「あー…」
竜種としてもそうだが基本的に肉体というものを大切にしないためにか全ての攻撃を全力で行ってくる。それがヴェノムだ。拳を叩きつけた壁には大きなヒビが亀裂が入り地下施設全体が少し揺れる。まあ、竜の肉体がその程度が傷つくこともないのだが…なんだか凄く揺れるのは多分城のどこが崩れたのだろうか?
「ふは、はははは!!素晴らしいぞ傀儡竜!そうだ!そのままアベンを殺せ!」
ぐりんとヴェノムが勢いよくこちらを見る。元より不定形の肉体なのだ。下半身はそのまま上半身だけを捻ると言うよりは捻じ切らんばかりこちらを向き拳を突き出してくる。そして考え事をしていたせいかヴェノムの拳を避けられずに腹部にクリティカルヒットした。
腹に穴が空き内臓が背中側から溢れた。やばい、今は1がいないのだ。先ほど背中から生えてきた背骨は「生体造変」で無理矢理しまえたが溢れ落ちた内臓は無理だ。
「ゴフッ…あー、やべえ…死ぬ」
「いひ、ひひひひ、兄さん、兄さん、兄すぅわん。んばぁ!」
『ピュイ!』
腹の穴に気を取られたせいでもう一発今度は蹴りを入れられる。顎の骨を砕き、脳震盪を起こして…ヴェノムが磔になっていた寝台辺りまで飛ばされる。瞬きして状況確認しようしたが出来ない。ああ、顔の前面の皮が…顎の辺りの肉もだ。ヴェノムの足にへばり付いている。目が乾く、痛い、痛みだ。生きてる、生きてるのか?やばい、死ぬ。死にたくない。
「形成逆転だなぁ?アベン。おい、幼竜を捕らえろ。小さいからって気を抜くなよ。竜種だからな」
「「はっ!了解です」」
『ピィィィッ!!』
「さーてと、どうする?お前は腕利きだからな。爺やを殺したのは絶対に許さねえけど…まあ、助けてやってもいいぞ?その代わりに今、手を組んでいる竜種共全員の居場所、および囮になって捕獲を手伝え。やっぱり気が変わった。連中を一匹残らず手中に入れて俺が世界の王となる」
「……う……あ…」
「なんだ?もっと大きな声で言えよ。あれだけ怪我しても眉一つ動かさなかった癖して…ああ、そうか。カルミアだったけ?気持ちの悪い世界の眼の連中が欲しがってたから居場所教えたけど、そう言えば君の妻だったね。ははっ、悪い事したね。君でも人間らしい心があったのは驚いたけどそう言えば報告でも彼女が誘拐されてから君に変化が起きたってさっき聞いたな。でも彼らは俺が作り出す新たな世界を応援してくれるらしいから。その為の些細な犠牲だと思ってくれよ」
「……」
「おい、聞いているのか?それくらいでお前が…いや、違う…こいつが黙った時はッ!研究員一同!今すぐに施設から逃げろ!」
「惜しかった。が、残念ながら。我が影にて出入り口は全て封鎖させてもらった。序でに病魔を司りし竜の本体も返してもらったぞ」
全身黒ずくめで黒いシルクハットを深く被った男はそう言って地上への階段の前で一礼すると顔の前にヴェノムの付けていた仮面を持ってきてこれ見よがしに見せてくる。
そのふざけた態度とは逆に他の逃げ道はもしかすると本当に全て塞いだのかもしれない。存在するがハッタリかどうかは別としても奴は確かに「全ての入り口を封鎖した」と言った。寧ろああやって堂々と出てきたのだ。少なくともかなりの実力者ということだろう。
「我が名は宵闇の顕現者にて契約者アベンに仕えし影の竜。究極にて最強の我が王の忠実なる僕。貴様ら人間の魂を狩る者だ」
「ああ、時間稼ぎご苦労。クロウ」
本当に一瞬だった。クロウと呼ばれた黒尽くめの男に目を奪われたその瞬間。ほんの一瞬目を離した間にアベンの顔も腹の傷も全て元どおりになっていた。
「クロウ。本当にそっちが本体なんだろうな?」
「ああ、間違いない。今そこで操られているのは抜け殻に残った残留思念だ。よほど腹が減っていたのだろう。まあ、そんなことはどうでもいいのだがな。今そちらへと向かおう」
先程蹴りで吹き飛ばされた際にクロウが影で受け止めてくれた。そして彼曰くヴェノムの本体はあちらの仮面だそうだ。まあ竜態の時もあの仮面だけは変わらなかったしそういう事なのか。初耳ではあるが妙に納得はできた。
「何で俺が回復してるのか聞きたい、何でこうも都合よく俺の思惑と通りに事が進んでるようになるのか知りたい、そして何よりも何故手前の作戦が全て失敗に終わるか知りたい。そんな感じか?」
だらだらと脂汗をかき、ロビンは必死になって思考をまとめようとしていた。アベンの言う通りだ。本当に全てだ。まるで奴は全部わかっていたかのように振る舞い、仮にそうでなかったとしても全て。本当に一から十まで全部がアベンにとって都合よく物事が進んでいる。
「お、抑えろ!今ここでコイツを通したら陛下が!」
「わ、私だって第四門の魔法までなら!」
研究員達の必死な声が聞こえてくる。それはそうだ。何せ奴らは加減も情の欠片も無い。残虐非道で自分達以外の全てを見下す傲慢で愚かな竜種なのだから。
「影ニテ嗤ウ鋭キ円舞曲…うむ、よし、これにしよう!」
「ヒッ!?」
「カヒュッ…ぅ…あ…」
クロウと呼ばれた竜はまるで地面を滑るかのように軽快なステップで構えていた研究員の横を通り抜ける。動かないのではない、動けなかったのだ。そして彼が通り過ぎた後には影から無数の針が出てきて心臓を脳を全身のあらゆる急所を貫いた。
「俺の娘の本来の能力は鉄を操る能力じゃない。あれは埋め込まれ装置で義手の形を変えているだけだ。まあ原理はよく知らないがな」
「は…?」
「本来の能力は可能性の書き換えだ。もしも今回俺がなにかしらで失敗したらとかそういったことは全部彼女能力でなかったことになる。全て俺が成功する可能性しかない。だがそれは彼女が意識して扱えるものじゃない。無意識下…思わずにやったり今見たく生死の狭間で彷徨ってる昏睡状態の時くらいだ。まあそれでも俺のこと思ってこうやって全てが都合よく行くようにしてるのは本当に親思いのいい娘だよな?」
「…ふざけるなッ!そんな反則的な能力だと、なら俺は、この国は!」
「ああ、全部茶番だよ。まあ意図してか偶然かは知らないがエマが昏睡状態になったお陰だからだな。まったく…ナターリアも人が悪いな。流石は大先輩だ」
「…ッ!?」
だが逆に言えばエマの能力が使いこなせるようになれば今この場でも逆転出来るようになる。無意識下での能力発言というならば俺が動きさえすれば状況は変わるのかもしれない。
「全員、怯むな!まだだ!まだ俺達に勝機はある、必ず勝てる!」
激励する。流れを、この先の未来を変えれ…ぱ…
「ゴボッ…え…ぎぃ…ギャァァァァァァ!!」
「あー、やっぱりそうなるのか」
興味深そうな顔でアベンが見てくるがこっちはそれどころじゃない。体の中に煮えたぎったマグマを流し込まれた気分だ。全身が痛みを超え、最早正気を保っているくらいなら死を選ぼうとしてくる。
「ああ、4号見てるか?これだよな。非常に興味深いことだ。本来エマの肉体は土着神となった竜であるアリグナクの能力によって肉体的にも通常では考えられないほど強化されている。そこにナターリアの技術によって戦闘能力、義手の変形による多数から個への戦闘のカバー。そして武器ごとの大まかな戦い方の刷り込み、それに常に自己を最適な状態に保つ機能。後半はまた別の話になるが…やっぱりアリグナクによる肉体への加護がないとキツイんだな。何せ神の力だ。可能性の書き換えなんて人間本来が行っちゃいけない。ナターリアもそうだ。アリグナクの能力をそこまで大ごとには使ってこなかったから本人も気づかないくらいの程度の代償しか無かったが…溜まりに溜まったツケがああして奥さんを殺しちまった。不幸に繋がった。本人にではなく周りの人間にだ。まあ、そのお陰でエマは産まれたんだけどな。ん?そう考えるとやはり書き換える可能性によって本人に降り掛かる不幸や或いはそういった痛みは比較されるものなのか?そこらへんはもう少し調査する必要があるな。
しかし本当にありがとうロビン。手前のお陰でエマの力のメリット、デメリットを知れた。本当に心の底から感謝してるぜ?おっと、ミアみたく話しちまったって…そう言えば聞いてないよな。わかるぜ?本当に痛い時って周りの音なんてまったく聞こえないものな」
アベンの長々とした独り言もロビンの耳には聞こえない。激痛で最早体が正常に機能しているかすらわからない。
心臓の拍動で鼓膜が破れそうになった時ふと痛みが消えた。今までの苦しみが嘘かのようにそれでも全身の筋肉は強張っているために身動きが取れないが。
「お、残念ながら可能性の書き換えは失敗したようだ」
「ははは、はなすぅぅえ!」
「くく、暴れるでない。少しだけ我の影の中で眠ってもらうだけだ」
ロビンが気付いた時には死屍累々。その言葉しか頭に浮かんでこなかった。確かに生きているものはいる。が、それも虫の息だったり或いは腕や足が切断され痛みにもがき苦しむものだったり。一体自分たちが何をしたのだと言うのだ。悪いことは何一つしてない。ここまで酷い仕打ちを受けるのは何故だ?
「コレがこの国の王か…ふむ…くく、やはり我らが王には遠く及ばんな。いや、比較するのは我らが王に失礼に値するか。我が72の技の半分も使わずに落ちた国の主人など所詮はこの程度か」
「ヒイィィ!お、お願いです、殺さないでください!わた、私には帰りを待つ息子が、旦那が…へ、陛下を!いや、ロビンをどうしても構いません!だから!」
…別に研究員の女性を責めるつもりはない。こんな極限状態なのだ。人が人を裏切ることなど当たり前のことだ。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?この仮面というかマスクというか…これが顔じゃなかったのか?」
「うむ。何というかなまあ判断が難しいのだ。ホワイト曰くこの面からは竜の魔力、肉体からは人間の魔力を感じたらしい。どちらにせよ…この操られてる傀儡竜だったか?肉体がすでに崩壊を始めている。しかし傀儡竜か…ドール殿が聞いたら怒りそうだな…ゴホン。まあ、いい。
出来るなら成人した男の肉体が好ましいらしいが…この際だ贅沢は言っておけないだろうよ。さあ、契約者よ。この仮面を此奴に被せ新たなる…」
「その長ったらしい話はまた今度な。さて、ゆっくりと自我が蝕まれて消えて行く自分自身を楽しんでくれ」
「ふ、ふざけるなよ!何の権限があって、こんなことしてやがるこの犯罪者が!地獄に落ちろ!罪の無い人間を殺し平気な顔して街を闊歩するお前は今すぐにでも死…あげぇ……ごぉ…げ…ぎぎぎぎぎ!にに、にいさささん、ゴボッ…ごろじ…て…いひゃひゃひゃッッッッッ!!」
ロビンは目の前の惨状を声を上げずにみているしか無かった。今やっと理解したのだ、己の愚かさに。敵とはどこまで行っても結局は同じくらいの力で相反するものたちだ。ならば竜種は?単にこちら側が勝手に敵視していただけだ。竜種から見れば俺もこの国も積み木で作った構造物に過ぎない。軽く押せば簡単に壊れてしまう程度だ。
ならばアベンは?八つ当たりにも似た感情が浮かんでくる。此奴は弱い。そのくせして竜種の中に…強者の側に立ち恰も自分が強いとでも言いたげに、全てを見通してるかのように此方を見てくる。ふつふつと怒りの感情が込み上げてくる。 強者の威を借りた弱者が図に乗っている。竜種はもうどうしようもない。だがアベンは、あの弱者の存在はそれだけで腹が立つ。
『ピュイ!オニサン!』
「吸血鬼か?それとも東洋の鬼?」
「いや多分、契約者のことだろう。お兄さんと言いたかったのでないか?
しかし産まれて間も無いのに人間の言葉を喋れるとは…ふむ…」
「悪いが俺は悪くねえからな」
呑気に話してると幼竜が何を言いたかったのかが大体理解出来た。
まあ、すでに確認した時にはピエトロの血を飲み終えたロビンがいたのだが。
「ああ、やっと飲んでくれたのか。俺は誘導尋問なんて高等な事できねえからな。煽ってどうにか飲んでもらおうと思ったが…まあいいや。
んで、俺の能力もエマの能力も本人が使わなきゃスカだ。なら、ピエトロの能力は?どうだ?体の調子は?気分は、感覚は、いや五感だ。正常に機能しているか?」
しかし答えが返ってくることはなく苦悶の声を上げることなくロビンがその場に倒れこんだ。どうやら失敗のようだ。拒絶反応なのか何か別の要因なのかは知らないがピクリとも動かなくなってしまう。
「ふむ…まあいい。それで、だ。クロウ、ピエトロの遺体のとこまで案内してくれ。後ついでに生きてる手頃な死体を持ってこい」
「わかった…やはり我を便利な運び屋だとか考えてないか?」
「そんなことはないさ、宵闇の顕現者。お前は影に潜ってあらゆる場面をひっくり返す切り札だ。だろ?」
「う、うむ。そうか、我が切り札か…むふふふ」
扱いやすくて助かる。
「で、ヴェノム?調子はどうだ?」
ゴキッ…ゴキゴキゴキッ…ブシュッ…
「にににに、兄さん。こるぅえ、体女ぁぁ」
「気にすんな。それに手前女好きだからいいだろう?特に腑が柔らかくて美味いって」
「きひひひひ、そそそう!俺が俺ぇを食う?食う、あれ、俺食ったら俺いなくなる?あれ、あれ?あ、産まれた、産まれてる、かあいいかいいねねぇ」
『ピュ、ピュイ!』
「安心しろ。見た目がアレなだけで中身はそうお前と変わらない赤ん坊だから。ホワイトが言ってたから多分きっとそうだ」
「お、おれ、ヴェノムウォーカー。にに、兄さんのおとーと」
『オ、オニサンノイモウト、チビスケ!ピュイ!』
「んあ…いやお前の名前まだ考え中なのだが。仮の名前とは言えど流石に適当すぎやしないか?」
『チビスケ!オニサンノツケテクレタカリナ!』
「ににに、兄さん。お、俺にもなまうぇ付けて」
うーむ…気に入ってるなまあいいか。それにしてもまた面倒なものが増えたな。やはりウォンをもう少し雇っといてヴェノムの相手でもさせておけばよかったか?
「契約者よ。丁度傷が浅いものがいた。此奴でいいか?」
「ぐ…ぅ…化け物どもめ…」
「ああ、問題ない。じゃあ案内頼んだぞ」
「ああ任せておけ」




