五十一匹目 VS.フロスト
町外れの公園。そこそこ大きいが今は闘技大会中の為に子供の影一つない。静まり返ったそんな中ベンチに人影があった。その人影…カルミアは静かに涙を流す。先日のこと、少年の言葉はいつも通り感情の起伏も全くなく、同様に表情も動かない。怒っているのかどうかもわからない。
「ちょっと悪戯位のつもりだったんですよ…はぁ、構って欲しいんですよ…私だって」
「なんじゃあこんなところにおったのか」
気付けば少女の隣に今朝アベンの部屋にいたエマよりも年下少女がいた。
にんまりと笑う少女を見ていると怒りがこみ上げてくる。自分よりも仲良さげに話していた。どこの誰かも分からない奴が…
「そんなに睨むでないわ」
「誰なんですか貴方…アベンさんにも馴れ馴れしかったし、私の代わりの人ですか?もう私は用済みですか?」
「む?」
「殺すのは別にいいですけど、せめて殺すならあの人の手で殺して欲しいのですが。それに私は…」
「待て待て待て、何を勘違いしておる。わじゃ、わし。大老じゃよ」
「は?」
信じられないと言った目で見てくるので周りを確認し本来の姿に戻る。
暫く無言で見つめ合うと動揺し始めやがて頭を下げ始める。
「ご、ごごごごごめんなさい!あの、大老さんってわからなくてその…」
「まあ、なんじゃ。わしの人間態前と比べて随分ちんまいからのう。それにしたって見せたこともなかったから、わからなくてもしょうがないわい。それよりもじゃ、殺すってなんじゃ?何しでかした?」
「うっ、あの…その…」
「ほれ、話してみい。口は堅い方じゃ」
優しく諭されるように言われると自然と涙が溢れてくる。そうしていると大老が抱き締めてくれた。誰かにここまで甘えられるのは初めてだ。とめどなく流れてくる涙を無視して自分のしたことを話す。
静かにまるで母親の様に大老さんは聴いてくれた。
「ふーむ。まあ、あれじゃな。彼奴わしらといる頃も趣味と言うかこう…生きる気力?いや、生きてる意味とでも言うか。動き回る植物みたいでのう。それで世界中から竜たちを集めて彼奴と話させた。それでようやっとまともになった。8年間何があったかは知らぬがな、薬学に余程熱中してるみたいじゃしそりゃ、死にはしないとは言え試作段階の睡眠薬打ち込まれりゃ怒るわい」
「うぅ…エマが来てからあまり相手してくれなくて…私、私…ひっく…」
「よしよし、いい子じゃ」
精神年齢が幼いとでも言えばいいのか。玩具を取り上げられた幼児のように或いは母親を弟に取られた兄のような…そんな所か。
「ほれ、いつまでも泣いとらんでアベンの試合を見に行くぞ。早う2人の卵を取り替えさなさねばならぬのに…なんじゃあ何日にも分けて大会を行うじゃと?あの子の悲鳴が聞こえて来ぬのか」
「ひっく…わ、私大丈夫ですか?」
「お目目真っ赤じゃ。まあよい、応援してやれ。なんだかんだでお主殺してないのじゃぞ?考えてもみろ、あんな性格じゃ普通に殺すじゃろ」
「それもそう…ですね。な、なんだかんだで私、気に入られてるみたいです!」
「そうじゃ、そうじゃ。自信を持てい」
カルミアの目に少しだけいつものような明るさが宿った。後は本人達次第だ。大人が口を突っ込む事じゃない。
しかしまあ、歪んでいる。歪みきっている。どこまでが真実かは知らないが喧嘩してつい口を滑らせ…いや、心からそう思ってそうだ。それはいいとしても言葉だけでここまで落ち込む。どれだけ依存してるのやら。別にそれはいい。愛の形など人それぞれなのだ。
「面倒じゃがのう…」
「え?何か言いましたか?」
「アベンがどれだけ強くなっとるか早う見たいのうとな」
「あ、はい。行きましょう!」
カルミアに手を引っ張られ走らされる。本当は転移出来るがまあ黙っておくことにするか。
何度も堅いものにぶつかり合う音がする。観客の声も実況の声もしない。
気付けば目の前のフロストの声、攻撃の際の風切り音しか聞こえてこない。
自分でも薬を作り以外にこれほどまで集中出来る事があるとは驚きだ。
フロストの槍をギリギリで避け続け鎧に戦鎚を叩きつける。鎧の効果か或いは5が疲労してきたのか筋繊維の千切れる音がする。どうやら衝撃がそのまま返ってきたらしい。
「甘いぞアベン」
「チッ」
眼前にフロストの膝が迫る。避ける事は無理だ。5を盾に擬態させガードする。瞬間凄まじい衝撃と共に後方へ吹き飛ばされる。結界が張られてる為ある程度のところで止まるとは言えど結界に背中から叩きつけられ、痛みはなくとも背中から全身に響く不快な音とともに肺の空気を全て吐き出す。
そんな事もお構いなくフロストは槍を突き出してくる。あの一撃ほどではないがそれでも頭は平気で吹き飛ぶだろう。5を今度はゼラニウムに擬態させ遠方に鏢を突き刺し移動する。折れた背骨を治し立ち上がる。
今度はこちらの番だと5を蛇腹剣に擬態させ4に腕を強化させ思い切り横に薙ぎ払う。およそ人の目には捉える事の出来ない先端部分がフロストを狙う。
「危ない」
「どんな動体視力してやがる」
浅くフロストの頬に傷を付けることが出来た。本当なら目潰ししようと思っていたのだが、すんでのところで体を仰け反られ掠る程度だったが。
「素晴らしいな貴殿は。まるで底が見えない。スライム達もそうだ。これ程まで震えるのはあの方々と戦ったぶりだ」
「誰なのかは話が長くなりそうだから聞かねえが、その程度の傷どうってことねえだろ?」
「私に傷を付けたこと自体が驚きなのだよ。先ほどのもそうだ。一瞬でも気を抜けば片目をやられていた」
槍を肩に乗せる。攻撃はしてこない。相手の次の出方を見極めないといけない。頭部を破壊されない限りは死ぬ事はないが腕が吹き飛んだり胴体に穴が開いたりなどは1にとっても労力がかかる。どちらにせよ今が回復のチャンスだ。
取り敢えずどう行動されても動けるよう、足に4を這わせる。こいつのおかげで擬似的に身体能力を上げることができる。無ければおそらく初手の軽い殴打で倒されていただろう。
「これならば隠し球を使ってもよいかもしれないな」
「今度は一体どんなのだ?」
これ以上強くなられたら太刀打ちできない。その筈なのにどこか自分自身フロストの行動を待っていた。負けてエマに任せてもいいのに、他にも卑怯な戦法はあるというのに何故か後に引けない。
自分の中に久しく感じていなかった高揚感がある。
自分達を囲む観客の熱気にやられたのかもしれない。
「貴殿は腹を抉られても眉一つ動かさなく、てっきり感情のないものだと思っていたが勘違いのようだったな」
「なに…?」
「獰猛な獣のようだ。強かで柔軟に、そして確実に相手の息の根を止める。人によってはその表情は気に食わないかもしれぬが…私はとても好きだ」
ちょんちょんとフロストが指で自分の口元を指す。
俺の事かと自分の顔に手を当てると口角が上がっていた。あり得ない、そんな事あってはならない。自分の様なものが笑うなどとしてはいけない。
自分自身どうやって戻すのかも分からない。過去何度も苦痛に顔を歪めた事はあっても笑顔になった事など2回程度しかない。
そんな困惑してるのを見たかのフロストも攻撃はしてこなく言葉だけを投げかけてくる。
「貴殿は今、私との戦いを楽しんでいるか?」
「…知るか」
「なら何故笑う。大胆不敵にか?それとも私程度の実力では貴殿を楽しませなれないからか?」
「俺が笑うってのは、周りに何かしらの不幸が起きる時だ。8年前も3年前も大勢悲しませた。今度は手前もここにいる人間全員も死ぬのかもな」
フロストが目を大きく開けきょとんとするが今度は腹を抱えて笑い始める。
気付けば聞きたくもない観客の笑い声も聞こえてくる。
観客に関してはなんとなくというか確実に嘲笑に聞こえるが目の前の男のものだけは心の底から楽しげに笑っていた。
全くもって理解出来ない。何が面白いというのだ?
「はははは!そうか!よいではないか!今、貴殿を嗤うこの国の人間など不幸に陥って結構!私も問題なくこの身のみを守ることができる!ならば貴殿は素直に大切な者を守る。ただそれだけのことではないか!違うか?」
こいつは何というか…初めて会うタイプの人間…巨人だ。ただひたすらに戦い、互いに認め合って進んでいくと言うか…ピエトロとはまた違った方向性の戦闘狂とでも言えばいいのか。
感謝ぐらいはしといた方がいいかと「ありがとう」と言おうと口を開いた時同時にフロストも大きく口を開け目一杯息を吸い込んで目一杯吐き出した。
「いい加減に黙れぇぇぇぇぇいッ!我が友を嗤うな!貴様らは観客だと言うなら応援でもしていろ!血も流さずに人を嗤うなど笑止!何か言いたいのであれば我が前に立ち!その喉掻き切られてでも言え!それが出来ぬのなら貴様らは黙っていろ!」
鼓膜が破れるかと思った。不安定な野郎だ。フロストの大音声は会場中に響き渡る。ピタリと笑い声は止まった。元より暴言なども気にしてないし実況の言葉など耳に入ってこなかったが雑音が一切ないと言うのは個人的に有難い。
「ふう…友よ。やはり私は心のどこかで本気を出すと言っていてもつい抑えてしまっていたのだと思う。すまなかった。これから私は貴殿が回復するのも待たずに攻撃を行い続け、この身、この魂を磨り減らし戦う。構わないか?」
「友人って部分は認めたかねえが…ああ、俺も最大限に手前に答える事にする」
今はもうどうでもいい。恐らく試合の後ピエトロに言われるだろう。「今度は私の時もそのくらいでやってくださるとありがたいですね」と。
「1、4、5。『粉砕するもの』だ。理解出来るな?」
「じぇ、じぇり!?」
「ああ、そうだ。あの欠陥品だ」
「じぇる…じぇるり?」
「わかるか?今は気分がいい。今だけは心の中に溜まったヘドロみたいな感覚も他人をどう陥れりゃこの胸糞悪さが晴れるかなんて考えも起きねえ。目の前のこいつに全てをぶちかます」
「じぇる!」
服の中にいる3匹に話しかけるとそれぞれがわかったと返事をしてくる。5が唯一擬態するのに時間のかかる武器。
フロストの本気を避け続けなんとか時間を稼ぐ必要はあるがそれだけの価値はある。
「我が血、我が肉体、我が魂は彼の地にて眠るだろう。此処は我らが故郷、此処は我らが墓所。断片にて形作られる」
フロストが闘技場の中心に槍を突き刺し詠唱する。
詳しくは知らないが本来魔法には詠唱が必要らしい。それをどこかの天才が詠唱せずとも頭の中で魔法が構築されていれば発動すると説き詠唱する事など滅多にない。
ただ、あの槍のように詠唱する事で本来の魔法を強化する魔法も存在するらしい。
鎧の時同様に今度は結界すらも貫通し辺り一面に白い靄が発生する。今度は一体なにが起こるのだろうか?
「顕現せよ。『我らが霜の丘』」
瞬間、目の前に吹雪が起き始めた。いや、足元も硬い石でできた闘技場では無く雪が何層にも降り積もり膝下辺りまで積もっていて非常に動きづらいものになっている。
「我が友よ。これは常に魔力を消費し続け魔力が尽きればこの命を削り発動し続ける。ある種の結界魔法だ」
気付けば目の前にいたはずのフロストが消えていた。いつも通り服一枚に白衣とかなり薄着なので無意識にガチガチと歯を鳴らし始める。手先を見れば既に氷つき始め放っておけばそのうち氷像になってそうだ。
「我が故郷を擬似的に再現したこの結界は私にとって独壇場なのかもしれない。だが、友よ。許してほしい。貴殿と本気で全てを出し切って戦いたいのだ」
どこから声が聞こえてくるのかはわからない。生憎と殺気を感じ取って攻撃なんて器用な事も出来ない。それに何と無くだがこの雪はフロスト自身のようにも思えてくる。恐らく魔法が使え探知魔法等使ったとしても正確な場所を割り出すのは無理だろう。
「友よ、行くぞ!」
「ああ、来やがれ」
そう啖呵を切ったが全力で逃げ始める。
時間がもう少し必要だ。
2人が闘技場に着いた時には変わらず歓声の声と共に昨日同様アベンに対する罵声が響いていた。
自覚はないが今自分はとてもじゃないが人に見せられないくらい不快な顔をしているに違いない。観客達を睨んでいるとカルミアがこっちですよと先導してくれる。有難い。
「あ、お母さんにお婆ちゃん!こっちこっち!」
「え?エマちゃんのお婆ちゃ…お婆ちゃん…?」
「おう、そうじゃ。お主がママレードか?」
「え、ええそうよ。どう見てもこの中で一番年下にしか見てないのだけど…」
「お嬢様、お気をつけください。こいつこの間のミストとか言うのと似たような奴です。前のよりは弱そうですが」
「えっ」
「んで、エマを膝上に乗せてるお主は誰じゃ?」
「私はアベン君の友人です。私の為にわざわざ席を用意しといてくれたらしいので好きにさせているのですよ。いやー、懐かれましたね」
「ピエトロさんね、お父さんと同じなの。同じ感じがするの」
一瞬考えたような気もしたが大老はすぐに座って試合を見始める。ちょうど試合中の2人が真ん中のあたりで何やら話しはじめていた。一応音を拾って拡声してる魔法を使用しているらしいがここからでは周りの声のせいで聞きづらい。一体どんな話をしているのだろう。
そして次に横目で自称アベンの友人の男を見る。ひょろ長いだけで覇気もまるで感じない。そこら辺にいそうな気もする。
だが、どうにもアベンに似た匂いを持つこの男は怪しい。
その次に反対側ママレードと名乗った少女。こいつに関しては見覚えがとてもある。まあ、偽名を使っている時点で何となく察しはつくので黙っていることにしよう。
「何の話なんですかね?」
「ヨトゥンの巨人はネジ抜けた戦闘狂ばかりじゃからのう。口説かれてるんじゃろ」
「えっ」
「冗談じゃよ」
カルミアと話してると突然フロストが笑い出し次いで観客席の前面で割れるような笑い声が生まれる。
何のことかわからず近くの人に話を聞くと
「ひひひ…くふっ…いや、何さ。あの卑怯野郎さ俺が笑ったら周りが不幸になるって…ちょっと強いからってよ、かっこうつけすぎだろう」
「なに?」
一瞬目の前の男を肉塊に変えそうになった。
なんとかその気持ちを押さえつけ冷静になる。それはエマやピエトロも同じだった。明確な殺意。一瞬のことなので男は気付きもしないが殺気に感づかれたのか何人かこちらを視てくる。だがそんなことはどうでもいい。
笑ったのか?あのアベンが?1度だけ見たことはある。あのぎこちなく取り繕ったような下手くそな笑い方。初めて自分達に対し人間らしい姿を見せた時だ。
今でも鮮明に思い出せる。その数日後に森からいなくなってしまったことも。確かに森の竜達にとっては大あれ小あれ不幸だったのかもしれない。だが、そんな事も知らずに何故こいつらは嗤う?
「大老さん?あの、大丈夫ですか?」
「…おお、すまんすまん。ボーッとしてたわい。全く酷い国じゃ。わしの可愛いアベンを笑うなど…もう滅亡確定じゃな」
「わあ、すっごく軽く亡国発言」
「お婆ちゃん、私も手伝う!」
「おお、頼もしいわい。今笑っておる奴の顔全員覚えておけ。嬲り殺しにするからのう」
『だまれぇぇぇぇぇいッ!!……」
鼓膜が破れるほどの大音量で巨人の叫びが聞こえてくる。咄嗟に耳を塞いだが何やら言っているようだ。
「…終わったかの?」
ぐっとカルミアが指を立てるのを確認して改めてアベン達を見る。周りの煩い連中も静かになって気分もいい。
「ねえ、さっきフロスト選手の大声で言いそびれたんだけど…大老さん?だっけか。しれっとこの国滅ぼすみたいなこと言ってなかった?」
「そうじゃが?エレクトとマグネスの卵盗んだだけならまあ、金目の物と盗んだ張本人殺す程度で許したがアベンを馬鹿にしたのならもうこの国に価値はないわい」
「そんなので一々国滅ぼしてたらそのうちこの世が更地になっちゃうわよ?」
「寧ろ彼奴は喜びそうじゃがな」
ありえないという顔でママレードが見てくる。それはこちらが言いたい事だ。どっちかならまだ許せた。卵を盗むか、アベンを馬鹿にしたか。大人なのだから我慢しなければならない。が、どっちもだ。卵は盗んだしアベンも馬鹿にした。ならこの国の向かう先は滅びの道のみ。
「あのー、すみません大老さん。私一応キラレイスの王国騎士団の副団長やってる者なのですが」
「む、そうか。それで?なんじゃ?」
「コネとか色々使えば後処理は出来るので頑張ってくださいね」
「え、ちょっとピエトロ様!?そこ普通止めません!?」
「確かにここキラレイスの同盟国ですけど毎年この祭りの時期になると食料援助だ人員要請だ迷惑なんですよね。ああそうだ。郊外のぶどう農園は取っといてくださいね。あそこのワイン私お気に入りなので」
「変てこりんな奴かと思ったが話がわかる奴じゃな」
「世渡り上手なので。ところで変な話なんですが…寒くありません?」
そう言えばそうだ。人間態の時は感覚まで人間と似たようになる為、なんだかあの巨人が白い靄をだしたあたりから寒くはなってきたと思ったが。
「権限せよ。『我らが霜の丘』」
吹雪なんぞ何年ぶりに見たことが。寒さにめっぽう弱い身としては今すぐ竜態に戻りたいところだ。
「『暖部屋』」
「おお、暖かいのう」
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「ありがとうレイ」
「いえ」
さて、やっとゆっくりと試合を…見れない。ホワイトアウト状態で全く見えない。時折、微かに金属音のような音も聞こえてくるような気もするが気のせいかもしれないし。
おそらくはヨトゥンの秘術を使用したのだろう。雪の全てから同量の魔力を感じる。
「お母さん、これ知ってる?吹雪って言うんだよ」
「それくらい知ってますよ。でもアベンさんこればっかりは嘘つきだったんですね」
「うん?なんじゃ?」
自分達を囲むドーム状の魔法の外は真っ白でありカルミアの髪と同じ色である。
ゴウゴウと景色を白く染めて行く吹雪を見ながらカルミアは再度。
「雪って空から自然に降るって言ってたんですけど、やっぱりほら。魔法じゃないですか。アベンさんの嘘つき」
可愛らしく頬を膨らませながら、それは今言うべきことなのか?とは誰も口に出せなかった。
吹雪で視界はやられ、音も聞きづらい。それにこの雪は白いふわふわしたものではなくカミソリの刃の様に鋭い。身体中傷だらけだし、目にでも入ったりすれば視力を失う恐れもある。唯一の救いは皮を傷つける程度で動脈等の血管までは到達しないあたりだろうか。
そして今一番問題なのは敵の攻撃に自分が慣れてしまったことだ。およそ5秒に一回攻撃を正面から行ってきている。慣れてしまった為に勝手に体が動くことは今はいい。だが、それがフロストの作戦だとするならそろそろだ。
皮膚を切りつける雪の中ピリピリとした緊張感が走る。そして体が勝手に回避を行う。全身をズタズタにしながら転がり回るが攻撃は来ない。
咄嗟に身構えるが特に攻撃はこない。どうした?
「…やはり私程度の実力では本気で戦えぬのか?」
「…ああ、待ってんだよ。ほら」
吹雪の音に掻き消されどちらから聞こえてくるかはわからないが取り敢えず正面に5を見せる。時間さえ稼げばコイツで逆転できる筈だ。あと半分とでも言いたげに5の右半分が輝いている。
「なら、私は貴殿のそれが出来上がるまで待っていた方がいいのでは?」
「手前がそう思うのは勝手だが擬態した瞬間に悪いがこっちの勝ちは決まった様なものだぞ?」
「ほう…」
何処にいるかはわからないがなんとなく奴は笑っている様な気がする。だが、その笑いも直ぐに無くなりほんの少しの沈黙の後、こちらへと殺気が向けられる。鈍感な俺でもわかり手先が震えてくる。
「本当は本気の貴殿と戦ってみたかったのだが…命令がきた。申し訳ないことだが倒させてもらう」
ドシュッと小気味のいい音がして腹部から氷で出来た槍が突き出す。血は地面に落ちるよりも先に傷口で凍りつき、それどころか腹部に刺さった槍は体の内側から凍りつかせてくる。
血反吐すら凍りつかせ指先も凍傷となりボロボロと崩れていく。体に痛みは感じなくともやがて意識は一面の雪の如く白くなっていく。なんとまあ、無様なやられ方だ。情けない。やはりエマに全部任せて自分は他のことをやっていればよかったのだ。らしくもないことをするからこうなるのに…
「…すまない」
当初命令されたのは「竜の卵を勝ち取り、我が国の戦力拡大に繋げよ」それだけだった。
この戦いの映像は映像水晶を通し世界中の人間に見られている。勿論、フロストにそう命令をした者たちもだ。そして先程魔法越しに一言、その男を殺せと。国に対して危険な人物として目をつけられたのだろう。槍を握りしめ沈黙したアベンの頭に狙いを定める。最初の一撃同様に、槍を持つ腕に全神経を集中させる。アベンは既に体の大部分は凍りつき槍など使わずに拳でも粉々に砕け散ってしまいそうだ。
「ふんっ!」
踏み込み、槍を突き出す。無慈悲に、誰にも見られることなく突き出された槍はアベンを粉々に砕く筈だった。
「なに?」
得体の知れない何かに止められた。何にだ?辺りに積もっていた雪が槍を突き出した衝撃で舞い上がり見え辛いが魔法やスライムではない。ガッチリと固定されて槍はびくともしない。一瞬見えたのはドス黒く変色した触手の様な物。カタカタと槍が震える。今自分は一瞬見えたソレを認識した瞬間。全身が恐怖に支配されていた。
だがその正体を知る前に目の前で眩い光が輝くと聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「もう少しよ、優しく起こせねえのか?」
「ッ!?」
その声が槍の穂先から発せられたと同時に槍が横殴りの力に弾かれ砕け散る。しかしそれだけでは終わらずあたりを覆っていた吹雪や『我らが霜の丘』さえ粉々に砕き正面にいたフロストに暴力的な魔力が打つかる。
「それは…」
「ん?ああ、昔ドワーフの兄弟に欠陥品だから、もしよかったら使えってな。まあ、スライムの性質と真逆だから使いづらい以外感想はねえけどな」
真っ赤に、まるで焦熱の如く。その手に握られていたのは柄が異常なほど短い鎚。辺りには肉の焦げる不快な臭いが立ち込め始め、重さ故か地面を溶かしながらめり込み、距離が離れていても凄まじい熱気を感じる。
「雷神の槌…よもやこんな場で見ることができるとは」
「うん?そんな名前なのか。まあいい。どっちにしろこの状態では長く持たない」
「それはそうだ。本来の持ち主でさえ鉄で出来た手袋をはめねばその熱で体を焦がす。人間が扱っていいものではない」
「そうか。俺には関係のない話だ」
溶けた肉が地面に落ち、腕は緑色と藍色の粘性の生物がなんとか形を維持している程度。再生と破壊を同時に行い続ける。今頃は命令した者も口を開けっぱなしにしているだろう。なんせまともに使える人物など自分の息子ぐらいしかいないと思っていたからだ。
「…申し訳ありません、オーディン様。やはり私は戦士として…今ここで本気を出さないわけにはいかない!」
再び槍を作り出し構える。アベンの表情は変わらず無いがじっとりと顔を伝う脂汗を見れば相当疲弊しているのだろう。
勝負は一撃で決める。そうしないとマズイ。スライムの性質は不定性、超再生能力、そしてなによりも熱に弱い。今擬態しているコレはまさしくその逆であり決して欠ける事のない硬度、それ故に万が一にでも欠ければ壊れる脆さ、そして何よりも地面を溶岩に変えるほどの熱量。なんとも矛盾した性質だ。正直使いたくないし右半身が既に灼け爛れ初め血液も沸騰しかけている。死ぬ。時間制限があるのもそうだが右腕にスライム達が付きっ切りで治し、強化し続けるので他に回すこともできない。
考えている時間も無駄だ。ただ目の前の標的を殴りつける。それだけでいい。
フィールドには相変わらず雪が積もり始めているが外の空も次第に黒く重たい雲が漂い始める。次第に雨が降り始め雷鳴が鳴り響く。雨が槌に触れて蒸発し体に触れても沸騰し始める。痛覚はないが嫌な音であるのは違いない。
「…行くぞッ!」
フロストの槍が突き出される。狙いは頭。
避けることは最初から考えていない。無理やりに槌を振り下ろすと闘技場の地面だけでなく観客席まで壊しながら破壊が起こる。槍はたしかに砕けたがそこにフロストの姿は無く。横から大木の様な足で蹴り飛ばされる。咄嗟に槌から手を離してしまいそのまま壁に叩きつけられ目を開けた瞬間には既に眼前に槍が迫っていた。
「その首、獲った!」
「残念だったな。それは」
槍がアベンを貫き観客席すら粉々に砕く。下半身だけになったアベンからは藍色の液体のみ垂れ流れている。
「ゴホッ…俺であって俺じゃない」
フロストが振り向き様に槍を突き出すが槍は圧倒的な温度の前に一瞬で沸騰し蒸発してしまう。そして雷がその槌に落ち、破壊力を増す。本来ならば槌に雷が落ちることにより魔力に変換される筈だが欠陥品と呼ばれるソレはほんの少し魔力に変換するだけで残りはそのまま本人に流す。常人なら即死している。
アベンの体は遂に耐えられなくなり崩壊しかけている。喉は焼け、腕はもはや槌にこびり付いただけの肉塊。眼球も片方破裂して狙いを定めることも出来ない。だが問題ではない。
文字通り最後の力を振り絞り槌を投擲する。何処に投げてもいい。ただ、投げるという動作をすればそれで全て終わりなのだから。
「『氷界の盾』!」
フロストは咄嗟に自分の前に何重にも及ぶ氷の壁を作り出すが無意味な事だというのは自分が一番わかっている。その槌が持ち主の手から離れた時点で既に決着は済んでいるのだ。
脆弱な守りの如く槌は壁を壊しフロストの頭蓋を砕き観客席に突き刺さる。同時に溜め込んであった魔力は暴発し凄まじい爆発を巻き起こした。
「み…ご…」
その巨体が倒れこみフィールドを覆っていた結界が消える。人々の悲鳴が木霊する。地獄絵図に等しい状態だがフィールドにはアベンが半分死にながら立っていた。
『しょ、勝者!アベン選手!おい、急いで回復魔法使える奴を会場に!それと観客席にも!』
それまで黙っていた実況が声を荒げる。数人を除いて拍手する者はいない。仮にもし自分の場所へあの槌が飛んできていたらと、黒い雲が消え青空が広がり始めているが今自分の服が濡れているのは雨なのか或いは汗か失禁か…自分に幸運を感じながらも観客のほとんどは震えが止まらなかった。
「1、4、5…ゴホッ…くやった…」
「「じぇり!」」
「好きなだけ褒めてやる…だから死ぬ前にさっさと…せ」
恐らく今気を失ったら2度と目を覚ますことはない。そう感じながら目の前で嬉しそうに跳ねていた3匹に命令する。自分の悪運の強さに感謝しながらゆっくりと身体中から何故かある痛みが抜けてくる。呪いか?喉や眼球、足や背中。その他切り傷等は時間をかければ治るだろうが、右腕だけは未だ熱を発しており二の腕あたりに糸を巻きつけ沸騰した血液が循環しない様にキツくしめておく。最悪腕が腐り落ちたとしてもこちらも時間をかければ治せるので問題はない。
「アベン選手!今回復を!」
「俺より先にフロストをやれ。死ぬぞ」
「へ?え、ですが貴方もかなりの重症で…」
「手前らみたいな連中よりよっぽど優秀な奴に頼む。邪魔だどけ」
眼は後でいい。足さえ治ればこの場から離れられるのだから。さっさと会場を出てミア達に捕まる前に宿に戻ろう。
足を引きずりながら退場口へ向かおうとするとかすれる様な小さな声で一言
「よき…とう…ぎ…だった……」
そう聞こえてきた。
「…巨人ってのは随分と頑丈な作りをしているんだな」
「あ、あ…戦士と…して…本望だ…」
「頭蓋が割れてんのによく喋るな」
「貴殿こそ…およそ人間の…域を超えてい……」
「フロスト選手!?しっかりしてください!おい、もっと回復魔法強くしろ!」
「これ以上は無理だって!くそっ!こんな時聖女でもいりゃ助かる可能性もあったのに…」
あんなのでも一応回復魔法で言えば最高峰らしい。ノルド狂いの間違いだろう。
情けのつもりなのかポケットに入っていた一本を回復魔法をかけていた者を横にどかしフロストの動脈に打ち薬液を流し込む。
「!?アベン選手、何をしているのですか!」
「この国では弱い奴は強い奴の言いなりになるんだろ?なら俺に負けたこいつは俺より弱い。俺がこいつに何をしようが何の問題もないだろ?違うか?」
「それは…そうですが…」
今度こそ退場口を出て宿に戻ろうとする。
退場口を潜った瞬間にエマに抱きつかれカルミアが再び泣き出し、最後にトドメと言わんばかりに大老によくやったと頭を叩かれそこで俺の意識は飛んだ。
目覚めたら観客席に座らせられていたのは言うまでもない。




