五十匹目 うまくいかない日
あ、twitter始めました。使い方?よくわからないですが
4を蒸籠から取り出して暫く経った頃、1日目の試合が終わったのか2人が戻ってきた。
寝たせいか体の調子は戻った。まあ、気分悪くなる事自体こんな体になって初めてなので新鮮な気分ではあったが。
そんなことはどうでもいい。目の前の面倒事をどう片付けようか。
「見てた見てた。凄かったぞ」
「嘘だ!お父さん自分の試合終わったら宿で寝てたでしょ!」
「娘の晴れ姿を見ない親がいるか。なぁ?」
「えっ…あ、はい…そうですよ。いましたってアベンさん」
「目の前にいるもん!」
「わー、傷付いた。エマの今の言葉でお父さん気づついたー」
「いつも以上に棒読み!」
ガキの相手ってのはこんなに面倒なのか?
「そう言えば対戦相手誰だったんだ?」
「アーマルって人!お父さんの手を昨日切り落としたあの人。覚えてないの?」
「いいかエマ。人ってのはな物事を忘れて生きていくんだ。そも、剣神なんて呼ばれていいのはこの世にたった1人だ。あんなゴミじゃねえ」
「ねえ、誰だったんだ?ってやっぱり見てなかったんじゃん!」
「言葉の綾だ」
それにしても先程からカルミアが静かだ。なんで泣きそうな顔してるのかは知らないがどうせくだらない事だろう。
放っておこう。
「聞いてるの?」
「ああ、夕飯はハンバーグだって宿の親父が言ってたんだろ?」
「ハンバーグ!?…じゃなくて私は、」
「きっとエマの頑張り見てたからハンバーグ2つにチーズを挟んでくれるぞ」
「お父さん早く行こ!」
「カルミアと2人で行け」
さっさと行けとついに泣き始めたカルミアごと部屋の外へ出す。何か言いたげだったが2人以上に今は興味深いものがある。それにしても目にゴミでも入ったのか?
そんなことよりもやる事がある。直ぐにピエトロの元へと向かおうと籠を背負い窓から飛び降りる。
道中、卑怯者だなんだと言われたが今はそんなことどうでもいい。
少し走ったところにピエトロの止まっている宿がある。
随分とこぢんまりした宿に着く。昼間ここに泊まっていると言っていた。いなかったら探せばいいだけだ。泊まっているはずの部屋のドアを開けるとピエトロがいた。
「のわっ、ビックリしましたよ。ノックくらいしてくださいよ」
「…なんで手前裸なんだ?」
「別に部屋の中くらいいいじゃないですか。というかシャワー浴びようとしてたんですよ。あ、それと昼間の見ましたよ。緊張で吐くなんて貴方らしくもないですね」
腰に手を当てながらゆっくりとこちらへと歩いてくる。冗談抜きで気色悪い。
「やめろ、近づいて来るな。その悍ましいモノをこちらに向けるな」
「あ、東洋にハダカノツキアイって儀式あるらしいですけど、今からやります?」
「死ね」
「冗談ですよ、冗談。で、何しに来たんですか?」
こいつとバカ言い合うためにここに来たわけじゃない。本題に入ろう。
「これだ」
「…悪いですけどゼラニウムみたいなこと勘弁ですよ」
「睡眠薬だ」
「私、別に寝付きはいい方ですが?」
「昨日の夜これをカルミアと手を組んだ4号に投薬された」
「それで?」
「俺は意識を失って今日も半日体調を崩した」
「え、毒と病原体の塊みたいな貴方がですか!?」
「そうだ」
「素晴らしいじゃないですか!お金は払うので作ってくれません?今度から貴方に使うので」
「いや、もう俺に投薬しても無駄だ。耐性が付いた」
「なんだ、つまらない」
そも、俺に投薬するって言ってる時点で売るわけないだろ。
「お前のところに実験に使えそうな奴いないかって思ってな。パドルからの新しい監視が来るんじゃないのか?そいつ使っていいか?」
「ああ、なんか彼忙しいらしくて。まだフィン君が死んだこと知らないと思いますよ」
「そうか…改良して帝国あたりに売り付ける予定だったがまあいい」
「悪いですけど後処理面倒なのはやめてくださいよ」
「面倒以前に手前はまず目の前に捕まえるべき怨敵いんだから働けよ」
「えっ、嫌ですよ。貴方に死なれるとそっちの方が面倒なので」
職務放棄をしょっちゅうしてるのに解雇されないし働かずに金だけ貰ってる。クソ野郎だな。
「貴方にだけは言われたくありませんよ」
「ん?口に出してたか?」
「いえ、なんとなく」
空回りしてしまったしさっさと宿に戻るとするか。
「気になってたんですけど貴方の意識奪って更に体調まで崩させる睡眠薬って材料なんなんですか?」
「既存の物にレッドキャップの睾丸すり潰したモノ。前に魔物の子を孕みたいって女の話を聞いた時に射精された際に急激な倦怠感と眠気に襲われたって聞いたことがあるからな」
「なんて?」
「レッドキャップの睾丸。キンタマだ」
「……」
「意外な物が結構材料になることは多いぞ」
ドン引きしたピエトロを無視して宿に戻ることにした。
「ねーね、お父さん」
「うん?なんだ?」
「あれ」
宿に戻ると部屋にエマ達がいた。なんでいつもいるんだ。部屋は分けられているのだから部屋に戻ってりゃいいだろに。
そしてエマが指差したのは部屋の隅で落ち込んでいるカルミアだった。変なものでも食べたのか?
「なんか変だよ。夜ご飯も殆ど残してたし」
「いつも変だろ」
「いつも以上に!」
「あー…多分あれだ。月一のあれだろ。俺らがどうこう言うことじゃない」
「なにそれ?」
そういえばコイツはそもそも生命体なのか?ナターリアの能力?で生き返ったがしっかりと機能しているのか?成長するのか?そう考えると測定しといた方がいいかもしれない。
「そのうちわかる」
「ふーん…そうなんだ」
「ああ、放っておけ」
それにそうでなくとも単純に面倒くさい。どうせどうでもいいことで悩んでいるのだろうし。
「ねえ、お父さん。今日も一緒寝よ?」
「お前10年も生きてんだから1人で寝ろよ」
「お父さんだって18年生きてるじゃん。あれ?そしたら私8歳の時にできた子供?」
「お前を預けたのが18の時だから俺は今28だぞ」
「え?あれ?そうだっけ?」
「そうだ」
「あの…私もう寝ますね…おやすみなさい」
何で部屋に来たのかは知らないが邪魔者が1人消えた。あとはコイツだけだ。
「…お父さんごめんね、やっぱり私今日お母さんと寝る」
「明日から毎日そうしろ」
「本当は寂しいくせにー」
やっと静かに過ごせる。
「明日の試合は見てね!おやすみ」
「見れたらな」
そういえばヴェノだ。あいつ本当にどこ行きやがった。観察虫や3を街に放ったが見つかる気配はない。
森に戻ったのか?ならば大老か他の暇な連中が来そうなものだ。死んだとは考えられない。
「まさか捕まったのか…?いや、それは無いか」
考えても無駄だしそのうちひょっこり顔を出すだろう。
明日に備えて寝るとしよう。
『アベン。アベンよ。わしは今お主の夢に語りかけておる』
「…」
『あれ?これ、聞こえておるよな?』
「…」
『ふんっ!』
「痛っ。は?どうなってんだこれ」
夢の中だと言うのに気が休まらない。声の主人は大老。ただいつものように幼体ではなく、かつて出会った巨大でトゲトゲしい見た目の黒竜だ。
『お主の魂に直接ダメージを与えておる。痛覚はなくとも痛いわい』
「なんて事しやがる」
『お主の指輪調子悪くてのう。直で会いに行くにはも少し時間がかかるのじゃよ』
「ミストの糞から出てきた指輪って時点で半分壊れてる様なものだろ。で?何の用だよ」
現実でも面倒ごとが多いのに夢の中まで出てきてほしくは無い。
『ヴェノムが音信不通でのう。一応毎日連絡しろと言っておいたのじゃが昨日から音沙汰なく、それどころかクロウの影を潜ませておいたのに見失って…ヤバイのじゃよ』
「あんな野郎呼ばなきゃよかったんだよ。馬鹿なのか?」
わしがイイ男を見つけてミストの付き添いでわしも付いて行ってたのじゃよ。暇なの彼奴しかいなくての。ほれ、今繁殖期じゃし』
「無理やりかよ。そう言えばそうだ、俺は別に目のまで人間が食われても気にしない。だから我慢してる連中に言ってやれ」
『まあ、お主も18だからのう。わかったわい』
「それでその相手はどうなったんだ?」
『いやー、流石にわしも引いたわい。食い方エゲつなくてのう。頭に齧り付いたと思ったらゆっくりと丸呑み…』
「あいつ共食いもすんのかよ…」
『本人は出来るだけしたくないらしいがの』
考えたくも無い。相手の竜がどんな奴なのか、そもそも人間の様に見合いでもしたのか?それは知らないが手を出す相手を間違えていたのだろう。
「で?要件は?」
『おお、そうじゃった。明日からわしとクロウそっち行くからよろしくの』
「ああ」
『それとヴェノム見つけるのを手伝ってくれ。彼奴何やらかすか分かったもんじゃないわい』
だからなんでそんな奴を寄越したんだ。
「わかった。じゃあさっさと眠らせてくれ。昼間寝てたが寝たりない」
『あ、そうじゃ』
ニコーっと大老が笑う。
『もう朝じゃよ』
「…は?」
その声は夢の中ではなくベットの隣から聞こえてきたものだった。
「契約者よ!我であるぞ!」
「そうだな」
「今この国では「戦士達の宴」が行われていると聞いている…くく、我もまた漆黒を纏いし戦士。我もその戦いに出るとするか」
「一昨日が申し込み最後だ」
「なにっ」
「手前はヴェノ探せ」
「くっ…わかった。一応影に我の分身潜ませておくからな何かあれば話してくれ」
全身黒づくめの男はそう言い残し影から外へと出て行く。
日が昇りきってないため朝の街並みに散り散りになって行くクロウを見ることはできない。
「さて、話はすませたかの。次はわしの番じゃい」
「…なあ、あんた10000年生きてんだよな」
「まあ、一回リセットしたがの」
「なんだその姿」
大老の人間態と言うのはクロウと一緒にいたからわかる。正直、人を表す言葉や見た目を表す言葉をあまり知らないためにどう言えばいいかわからないが。黒髪黒目、ミストよりも子共っぽいと言った方がいいか。何処かの民族衣装だろうか?長い靴下に白いブラウス、ストライプのスカート…
「可愛いじゃろ?」
「まあ、いいんじゃないのか」
「なんじゃあ、お主の好みに合わせてこの様な姿にしたのじゃぞ?」
「おい、はしたないぞ。スカートをめくるな」
「わしの生まれ故郷の方の服じゃ」
「ああ、そう。北出身だったか?あっちの神話にもそんな感じに書かれてんのか?」
「いやいや、竜としてじゃ。でも、なーんかわし元人間みたく書かれておるし、なんなら金にがめついなんて書かれておる」
「金にがめついのは本当だろうが」
「まあのう」
話に一段落ついた時にドアをノックしてカルミアとエマが部屋へ入ってくる。
カルミアは一瞬驚いた顔をするとエマに何か言い残し何処かへ行ってしまう。
何がしたかったんだ?
「む?おお、お主がエマか。ちんまいのう」
「だ、誰…?」
「人間態はおろか本来の姿も知らぬか。まあよい。わしは大老。霧の森の長でアベンの親じゃ」
「親じゃねえよ」
「お婆ちゃん?」
「話を聞け」
やめろ。そんなキラキラした目でこちらを見てくるな。孫だなんだと抱き着くな。どう見ても友人同士だ。
「よーしよし、アベンに何か言われてないか?大丈夫か?何かあったらわしに言うんじゃぞ?」
「うん!」
カルミアが何処かに行ってくれたのは助かった。文字通り姦しい事になっていた筈だ。朝くらいは静かにしてもらいたい。
「ああ、そうだ。カルミアなんだって?」
「んー?なんかママレードさんと約束してるから先に行くって」
「聞いたことある名じゃな」
「竜が欲しいって言ってた奴だ。なんなら、あんたの目で見定めてこいよ」
「ふむ…取り敢えず食ってから話すとするか。流石にこの体じゃあ燃費も悪いし体力なくてのう。いやー、遠かったわい」
「老体には響いぐはっ」
「まーだ8年しか経っとらんわ、戯けが」
本人は冗談のつもりかもしれないが今首の骨が脱臼しかけた。尻尾じゃなくて手だからだろうか加減が出来てない。年齢の話はしてはいけないと思っていてもつい言ってしまう。
「そうじゃ、お主の今日の相手消し炭にしてくる事も可能じゃがどうする?」
「ただでさえ卑怯者扱いされてんだ、何言われるかわかったもんじゃない」
「卑怯な手を使ったのか?」
「刻印書き換えただけだ」
「便利じゃのう」
「まあな」
そんな話をしてる間ずっとエマは黙っていた。いつもならお腹空いたと言ってくるだろうに。ジーッと何かを訴えるかの様にこちらを見てくる。
もしかして気でも使っているのか?別に久しぶりの再会と言うわけでもなくしょっちゅう来るのだし積もる話も何もない。
「ほれ、エマが待っておるぞ。さっさと飯食いに行くぞ」
「手前が話し始めたんだろ」
「んー?お父さんとお婆ちゃん話し終わった?」
「うむ。終わったぞ。待たせたな」
「今日も頑張る!お婆ちゃんも応援よろしくね!」
「もちろんじゃ!」
ガキにはババア扱いされてもいいのか。理不尽だ。
「お主は人を馬鹿にした様に言ってくるからじゃ」
「俺は思った事を口にしてるだけだ」
また、顔に出ていたのか?表情筋は相変わらず固まってる筈だが…?
なんにせよ中良さげに話しているところを見れば悩みの一つは消えた。
仮に彼女達が対立した場合、進化し続ける化け物と大陸を蒸発させるレベルの息吹。どっちが勝つにしろ文明が崩壊する事間違いない。そこだけは本当に運が良かったと言える。
「なに?ミアと会ってねえ?」
「ええ、そうよ。レイもオーもそうよね?」
「はい」
「顔すら合わせてませんね」
「そうか」
「ねえ、ところで今日の貴方の相手だけど…」
「おっと、そろそろ御呼ばれの時間だ。じゃあな」
「あ、ちょっと!」
話が長くなりそうなので早々に退散する事にした。
しかしママレードと会うと言って一緒にいなくそれどころか約束すらしてない。
「ああ、男でも見つけたのか。ふむ…あのガキどうするかだな。貴重なサンプルだしな。面倒だが連れてくか。いや、適当に病気とかにしてどっかに隔離しとくのも手だな。ナターリアの目の届かない所だな」
「なんの話だ?」
「ん?ああ、あんたか」
会場内の通路は様々な種族に対応出来るよう縦横共にかなり大きめに作られているが、それでもこのフロストという巨人がいると手狭に思えてくる。
「盗み聞きとはタチが悪いな」
「独り言を聞くのは盗み聞きと言うのか?」
「さあ?」
「…まあ、いい。服の中に2匹、手元に1匹。それが本気なのだな?」
「そうだ。手前はどうなんだ?見たところ武器らしきものはなにも持ってないが」
最初見た時同様に鎧は着ているもののその手にはあの巨大な槍は無い。
武器など無くともその巨体から放たれる殴打や蹴り等直撃すれば簡単に全身の骨が砕かれそうではあるが。
「安心しろ。闘技が始まれば造り出す」
「造り出す?錬金術師か?それとも武器創造系の魔法か?」
「どちらでも無い。それに武器創造の魔法など無いぞ」
「そうなのか?」
「厳密に言えば空間に収納してある武器を取り出すと言ったものだな。仕込んでおかなければならない。まあ、似たようなものだ」
「俺には違いがさっぱりわからないが」
「安心しろ、私にも良くは分からない。それに魔法に関してなら私より貴殿の妻に聞いた方がよいぞ」
妻?うん?誰のことだ?
「ノルドと人が交わるなど初めて聞いた。私は今年で268歳になるが聞いたことは無い。長老は知っているかも知れないがな」
「ああ、ミアの事か」
「違うのか?」
「複雑な家庭なんでな」
一々説明するのもそもそも話す義理も無いので適当に話を切り上げる。
フロストも特にそれ以上は聞いてはこなかった。
しかし、昨日より開始が30分近く遅れている。運営側で何かあったのか?それとも大老が先走って国王でも殺したのか?
そう考えているとパタパタと運営側の人間がこちらへと走ってくる。
「準備が整いました!両選手とも入場口にお集まりください!」
準備?もしかすると寝てる間に行われた試合で会場が壊れるほどの闘いが行われたとか?そうだとすると要注意人物としてチェックしといた方がいいかもしれない。最悪の話、大老もいるので力技も出来るのだし。
「さて…小さき戦士よ。我が名、我が命、我が誇りに掛けて本気で戦わせてもらう。貴殿に恥じぬ、そして貴殿同様に私とてアレを欲する」
指差したのはにやけついたこの国の王の前に置いてある楕円形の卵。
ああ、そうだ名前考えておかないと…いや、大老がいるから大丈夫か?
「共に良き闘技を」
「俺には手前みたいな誇りもクソもねえしどんな汚ねえ手を使っても卵は返してもらう。それだけだ」
ふっと鼻で笑われた。何が面白いのかさっぱりわからない。まあいい。勝てそうになかったらエマに任せればいいだけだ。
『さあ始まりますよ!第2回戦がッ!まずは6番!北方の国ユグドラシル!凍てつく氷の丘!前大会でも素晴らしき闘技を見せつけたこの男!ヨトゥンの戦士フロストォォォォオッ!!戦士ッッ!』
「やっちまえフロストー!」
「卑怯な野郎にお前の力見せてやれー!」
「そうだ!卑怯な手を使ったそいつを嬲り殺せ!」
『おっと、既に観客席ではブーイングの嵐だ!昨日の戦い一体何を行なったのかは誰もわからない!実力は未だ未知数!42番!アベン選手!!』
「くたばれ卑怯者!!」
「また、緊張でゲロ吐くなよ」
「さっさと国にかえりやがれ!」
「そうだ、そうだ!」
「「帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!」」
「人間とは集まると精神的にとはいえこれほどまで強くなるのか」
「手前からすれば血を流しもせずに戦士を侮辱するってのはクソ以下の行いだろ?」
「ああ、反吐が出る」
「似たような考え方でよかったよ」
『両者共に位置についてください!それでは、第2回戦!始めッ!!』
『わーーーっ!!!』
「小手調べとしよう」
ゆっくりとフロストがこちらへと歩いてある程度のところ…拳が届く程度の距離で止まる。おそらくこれが魔力なのだろうピリピリと肌に何かを当てられている気がする。
フロストはゆっくりと右腕を引き、構えると全身に白い靄がかかっていき胴体だけを護っていた鎧のはずが全身を覆い尽くす白銀の鎧を着ていた。
そしてガントレットに包まれた腕を突き出す。本人は軽く殴るつもりなのかも知れない。強度、力、分からないことは多い。5を蒸気杭に擬態させ本気の一撃を眼前に迫る巨大な拳に打ちかます。
ゴガァンッ!!
最大まで蒸気圧を上げた一撃、それでやっと同程度の威力。相手のガントレットも砕け散るがこちらもほんの少しの間休ませる必要がある。
自分自身もそうだ。相手は腕だけかも知れないが、こちらは全身に今の衝撃が流れバラバラになりそうだ。それに今ので体のあちこちの骨が折れた。流石に1の回復能力があるとは言えどあの一撃をそう何度も食らっていては回復に間に合わない。
つうと背中に冷たい汗が流れる。長らく感じていなかった恐怖。ほんの少し指先が震えていた。
『な、なんと!アベン選手その体のどこにそのような力が眠っていたのか!?フロスト選手の拳を止めた!』
相変わらず観客も実況もうるさい。
「小さき戦士…いや、アベンよ。素晴らしきことだ。これならば私も本気を出せる」
「…今のはどの程度だ?」
「安心しろ、半分も出していない」
冗談じゃねえ。
フロストが元の位置へと戻る。こちらも全回復し回転に擬態させる。大型魔物を解体する為に作られた得物だ。むしろこれじゃないと歯が立たないかもしれない。
「面白い。それは意志を持つ武器か?それとも魔法か?」
「俺の半身のスライムどもだ。こいつには擬態しか能が無いがな」
「スライム?あのスライムか?」
「ああ、そうだ。笑いたきゃ笑え」
「笑うものか。寧ろ私の小手調べ程度を受けきれない者は多くいる。其奴もまた強者なのだな」
驚いた。てっきり馬鹿にしてくる者だとばかり思っていたが。そうでも無いらしい。
「ならば私も手の内を明かすとしよう」
そう言って今度は右腕を前に突き出す。ただし殴りにくるわけじゃ無い握らずにまるで虚空から何かを掴むように。
「其が一撃はあらゆる者を凍て砕く。召喚せよ巨氷の槍」
昨日見たものではない。何が武器創造魔法は無いだ。デタラメを言いやがって。
鎧同様に白い靄がかかりやがてフロストの手に握らていたのは透き通るほど美しい、離れていても冷気を感じされる刻印で装飾された槍。
それを構える。近づく事すら出来ない。そんな気がした。こんな事なら遠距離から攻撃できる何かを食わせておけばよかった。
「嘘ついてやがったな。しかも詠唱付きの強化魔法だったか?クソが」
「それもまた作戦のうちだ。行くぞっ!」
大地を踏み込む。地面に足がめり込んで行く。今まで何度か死にそうな目にあってきた。だが今回は違う。来る!脳が理解するよりも早く。体が勝手に動いていた。
「せいっ!」
瞬間何かが自分の横を通り過ぎだ。早すぎて何も見えない。フロストの手が槍ごと消えた。いや、瞬きの間に先程のように構えている。
ボトリと目の前になにかが落ちてきた。それは自分の右手。手首から先だけが転がっていた。同時に口から生暖かい液体が吹き出す。
『凄まじいッ!フロスト選手の槍術!誰もそれを見切ることは出来ませんっ!しかし、形が残る!昨日のアベン選手とは違う!明確な形として!』
右腕がなくなったのわかっている。だがそれだけじゃ無い。胸のあたりから右半身がゴッソリと無くなっていた。口から血を吐き出したものの体からの出血は一切ない。傷口は凍っていた。
「準備ってのはこの戦闘を行う場所の周りだけを何重にも結界を張って手前の槍の被害を少しでも抑えようってわけか」
1が残った腕を捕食し体を治し始める。それでもかなり時間はかかる。とりあえず内臓優先だ。口からとめどなく流れてくる血を無理やり飲み込み。回復を待つ。
「何年振りかだ。私の拳を受け止めた者がいたのは。同じヨトゥンの戦士ですら無理だった。槍自体も随分と久しぶりだ。嬉しくて加減を忘れていた…が、貴殿には必要ないようだがな」
『アベン選手!これは一体どういうことだ!?みるみる体が治っていく!本当に人間か!?』
「それは光栄だな」
振り返って見れば穴の空いた結界。壁にも大穴が開いている。伸びたわけじゃない。結界で和らげられても衝撃であそこまで破壊される。気を抜いたら本当に死ぬ。
治った腕を握ってみる。新しく作られた神経のせいか少し調子が悪い気もする。5を掴むと自身の身長ほどの長剣へと擬態する。
「貴殿が本気!見せてもらうぞ!」
「ああ、手前に出し惜しみしたら簡単に死にそうだからな」
奥の手はまだある。だが、出来るならアレは使いたくはない。
アレは本当に手に負える得物じゃない。そもそも人間が使う者ですらない。
薙ぎ払ってきた槍を右腕、背中、両足に4号を集中させ受け止める。
まだ試合は始まったばかりだ。




