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三匹目 魔導士と奴隷少女と話す

 真っ当な人間と話すというのは疲れる。ましてや、お荷物込みで珍しく気を使ったのだから余計にだ。気のせいだろうが胃が痛くなるとは現在のような状況の事だろう。

 騎士との会話が終わり、やっとあの老人の薬が調合できると思いチコを連れて戻って一息ついていた時だった。今度は外から怒鳴る声が響いてきた。この村に来たのはは間違いだったのかもしれない。


「この村に旅の薬師がいるとの密告があった。匿っている家がいるならすぐに出せ!」


 名指しにも思えるが生憎とこの村では()()何もしていないはずだ。テッドに助けを求めるが無銀で首を横に振り、静かに肩をつかまれる。


「アベン…お前のことじゃないのか?」


「…俺以外かもしれないだろ?」


「そりゃあねえよ、ここ最近の村の客はお前以外だと少し前に王国騎士団の奴らが来ただけだ…」


「…だよな。わかっている荷物纏めて出てくとするよ」


「お兄さん、婆ちゃんのお薬…」


「あとで絶対作るから心配すんな」


 この村はハズレだな。いや、それよりも密告ってなんだ?正体はバレていないはずだ。

 ともかく、流石に泊めってもらった挙句に匿ってくれとまでは言えない。諦めて出頭するとしよう。


「それじゃ、ありがとうございました。シチューとても美味しかったです。」


 一応形だけの挨拶をして外に出ると、片田舎の村には似合わない小奇麗な燕尾服を着た男が広場にいた。おそらく彼が声の主だろう、周りの村人は遠巻きに見ているだけだし家の前にいるわけだし。


「呼んだか?」


 声をかけると燕尾服の男はじろりとこちらを睨む。その瞳には一瞬異常なまでな殺意を感じたが…すぐに先ほど同様に他者を見下す程度の目つきに戻る。なにやら一癖ありそうだ。

 それにしても…よそ者であるのは事実だが昨日は村に入ってすぐにテッドの家に行ったためか誰にもあった気はしないが…なぜ俺がいるのがわかったのだろうか?。


「お前を匿っていた奴はマルベリーか?」


「ああ、金を払って泊めさせてもらってたんだ?で、だ。用がないなら俺は次の村か町へ行きたいんだが?」


「ふん!まあいい。さっさと来い」


 燕尾服の男は不機嫌そうに鼻を鳴らすとついて来いと言って先を歩き始める。非常に面倒くさい。




「こちらでございます、薬師殿。それと先ほどは村人の手前、あのような態度を申し訳ございませんでした」


 屋敷へ着くと燕尾服の男は先ほどとは打って変わって丁寧で物腰も柔らかになる。だが、瞳の奥は相変わらず見下したような色が見える。

 それにしても大きな屋敷だ。マルベリー家も大きいが貴族と比べたらである。ましてや庭園もあって従者用の住まいまであると聞いた。そして見た目もさることながら内装もまた贅をこしらえたであろう数々の品や家具がある。あとで金目のものでも少しもらっていくのもありだな。


「それで、なんで俺は呼ばれたんだ?」


「実は…ここの領主であるアーノルド=ロベリア様の娘であるバーベラ=ロベリア様がですね、魔法使いとして王国で冒険者の手助けをしていたのですが…」


「怪我したから治せってことか?金あるんだったら回復魔法使える魔導士でも呼べばいいじゃないか」


「もう、呼んであります。ですが、どうにも傷は治っても目が覚めなく、それどころか熱まで出てしまい…」


「それで、薬師を?」


「ええ」


 自分で言うのもなんだがどう考えたって今の時代、薬師なんかより他の優秀な回復魔法魔導士を呼ぶ方がいい。それほどまで薬師は立場が悪いのだ。何せ、魔法時代となった今では前時代の遺物ともいえる薬学知識はポーションくらいしか残っていない。今俺が行っていることも他人の真似事だしな。ましてや効果のあるのかないのかわからない薬の数々は詐欺師と呼ばれても過言ではない。精々が酒の肴になる話程度のこと。

 そんな技術を貴族の娘に使えなどというのはよほど娘が愛されていないか、出来ること全てをやり切りもうどうにも手の施しようがなくなって神頼み感覚で頼んできたかのどっちかだろう。


「てっきり安く済むようにって奴隷の手当でもさせられんのかと思ったな」


「使い捨ての労働力に無駄に金は使いませんよ」


「ああ、そう」


 屋敷の中の使用人の中にはおそらく奴隷階級であろう者も何人かいるようだ。どうにも他の使用人よりも雑な扱いを受けてるようで傷や痣がある者もいる。戦闘や護衛、肉壁よりかは暴力による鬱憤晴らし用なのか?まあ、趣味がいいとは思えないが…手首にある奇妙な紋様…たしかあれで魂だか何だかを縛っているせいで好き勝手されてると聞いた覚えがある。所謂、奴隷を縛り付ける魔法のようなもので服を着ようが手首を隠そうが、まるで己の醜悪さを見せつけるように浮かび上がってくるのだ。


「…そういう用途の奴らか?」


「単に見た目がいいだけで領主様に奴隷どもを抱く趣味はありませんよ。まあ、領主様はですが」


 近くを歩いていた奴隷の一人を燕尾服の男は蹴りつける。碌に食事も与えられていなかったのかすぐに倒れると執拗に腹を蹴られ胃液を吐きながら腹を抑える。


「げほッ…お許しを…どうか、お許しを…」


「ふむ…まあ、概ねこんな感じですね」


 つまらなそうに倒れた奴隷の顔面を蹴るとびくびくと痙攣して「こちらです」と再び案内へと戻る。情緒不安定な奴だな。しかし…不憫なものだな。奴隷の扱いは全部所有者が決める。金が無いから自分を売ったのか、或いは奴隷狩りにでもあったか…まあ、どうでもいいが。他人なので関係ないが少なくとも奴隷になった時点でもう個人の感情も無いだろうな。 とにかく死んだ目をした人形がそこら中を走り回っているようで君は悪い。

 それから暫く歩き回りどうやら領主の娘の部屋は着いたらしい。


「失礼します。薬師殿を連れてきました」


「ああ、入ってください」


 部屋の中にはおそらく領主であろう眼鏡をかけた優しそうな男性、ローブを纏った魔導士らしい者が一人と少女が寝ていた。

 それにしても…よくもまあ、こんな辺鄙なところでこれだけの高級そうな調度品を集めたものだ。生憎と審美眼などは持ち合わせてないが…部屋の中まで無駄に豪華だ。


「薬師?今、薬師と言いましたか?何故そのような時代遅れの者を…まさか私では力不足と!?いえ、たしかに私の魔法では起きてませんが!ですが!何故薬師などに!」


「いえ、もしもの話ですから。あまり大きな声を出さないでください…」


「ふん!だそうだ貴様の出番はないぞ!時代遅れが!」


 魔導士は不服そうな顔と嫌味を言ってくるがいつもの事なので気にしない。魔法時代となっているのだから時代遅れの人間など連れてこられたら侮辱以外の何物でもない。魔法こそ至上、魔法こそ万能。それこそ、魔法を使えない人間は固有技能を使えるものであっても見下しているものもいるしな。

 一方の領主は一見申し訳そうな顔をしてこちらを見ているが…まあ、腹に一物抱えてそうな顔をしているから警戒はした方がいいだろう。


「で、娘さんが?」


「はい。医者や魔導士殿にも見せたのですが…傷は治り魔力を安定してるのですが何故か目覚めなく…」


 「医者も無理で魔導士でも無理なら潔く諦めろ」と内心では思った。一層諦めた方がいいだろう。その方が娘も幸せだろうな、無駄に生きながらえるより。


「ふむ…感染症だとか他には魔物の毒だとか…ではないな。万能な魔法様でなんでもできるだろうし」


「ふん!くだらない。実にくだらない。時間の無駄だと言うのに…」


「無駄だと思うなら今すぐにこいつ起こせよ、魔導士」


 耳元で何か言い始めたが面倒なことには首を突っ込みたくないので適当にあしらう。こういうタイプの人間は相手にすればするほど比例して調子に乗りだすので適当に相手にするのが一番なのは今までの経験上わかっている。


「で、いつからこんな感じに?」


「一週間ほど前からです。魔物討伐の際に怪我を負い戻ってきたまではよかったもですが私や娘はあまり回復魔法が得意ではなく王国の魔導士様を呼び回復魔法をかけていただきました」


「あー…あれかな…」


「え?」


「貴様!なんだその知っていたとでも言いたげな顔は!」


「いや、表情変わってないが…」


「これだから薬師とか言うインチキ臭い輩は…そうやって私を落しいれ、バーベラ殿に近づこうとするのだな!この外道が!王国魔導士、シャガ=トレニア様に楯突こうとは…アーノルド殿!どうかこの不届き者をこの屋敷から…或いは今ここで決闘を受け負けたならばバーベラ殿に手をついて謝れ!」


「シャガさん。少し落ち着いてください。それで、何かご存じなのですか?」


「昔、知り合いが人体実っけ…じゃなくちょっと魔法付与(エンチャント)しすぎて似たような症状になっていまして…要するに回復魔法のかけすぎで対何の魔力が本人の許容量を超えたせいですね…多分」


「多分だと!?それに魔力が容量超えた!?馬鹿馬鹿しい。魔力は安定してるじゃないか!それにそんな者見たことないぞ?さては、学も魔法適正も無いな貴様!碌に魔力も見れない劣等者が!」


「とりあえずこれで、ええと魔力吸って成長する花です。薬じゃ治らないので、これを部屋のどっかにおいておけば…2時間くらいで起きると思いますよ」


「本当かね!?」


「まあ、俺医者でも魔導士でもないんで確実とは言えませんが」


「お前はアーノルド殿の娘になんと適当な…」


「とりあえず他の方の魔力吸うといけないので3時間くらい部屋に入らないようにしとけばいいですかね」


 …十数年も前の話だし、そもあれは…いや思い出すはやめておこう。嫌な気分になる。それに失敗しても最悪、逃げればいいだけだしな。


「ありがとうございます!起きるのですね!ああ、よかった!」


 少なからず疑われてはいるようだが…まあ、良いだろう。


「おい、待て、薬師!話がある!」


「そうか。俺は用がない」


 魔導士という人種はいわゆるエリートだ。なので話があるとはいっても半分以上は自分の出生から語って、いかに自分が優秀でお前が役立たずみたいな話となり、そこでやっと数秒で言い終わるような本題を言ってくる。相手するだけ時間の無駄だ。

 とりあえずはここでの仕事は終わったことだし村に戻りとするか。


「待て!薬師!逃げるのかッ!」


 聞こえないふりをして部屋を出て行くと物凄い叫び声に続き領主の叫び声も聞こえてきた。もういいだろう。勘弁してくれ。

 あと、どうでもいいが病人の部屋で大声出すのはどうかと思う。




「インチキか。まあ、詐欺まがいのことはよくしてるからあながち間違いではないな。騙される方が悪い」


 屋敷の間取りは先ほど案内されたときに大体は覚えたので人目の少なそうなところで金目の物を少々拝借していき、路銀に充てるとしよう。

 考えてみれば報酬の話など全くされていなかったので恐らくはタダ働きだったろうに、これくらいなら許してもらえるだろう。


「…うん?」


 それは長い廊下の突き当り。花瓶や絵画などが飾られている中に黒々と光る異質なまでに目立つ鉄製の扉。

 やはり上辺だけで取り繕ってなにか隠してるらしいな、あの領主…あれ貴族だったか?まあ、どっちでもいいか。興味がそそられるので近づいてみると思ったよりも厳重な扉でよく見ると魔法によって何かしらの強化もされているのだろう、薄く光っている。よほど見られたくないものがここにあるのか、或いは宝物庫か?幸いにも鍵穴はあるのでどうにかなりそうだ。


「よし、4号。開けてくれ」


 ポーチから取り出した小瓶の中にはオークを溶かした黄色いスライムとは別の藍色の液体が入っている。

 同様に藍色の液体を地面に垂らすと同じように藍色のスライムへと姿を変える。あとはそのスライムを鍵穴に無理やり詰め込み少し待つとカチリと鍵が開いた音がする。


「お前ら本当に便利だよな。流石は半身達だ」


 いつもよりは少し上機嫌に重厚な扉を開けるとギィィと重厚な音を立て、その先には部屋…ではなく真っ黒な口を開けた地下につながる階段があった。しかしますますもって怪しいな。裏帳簿か?やばい物か?或いは金か?何が隠されているのやら…


「さて、報酬をいただきに行くか」


 暗いとは言えど外の光が入って来るので目を凝らせば階段を下りれる。しばらく自分の足音のみが響いていたが蝋燭の明かりが見えてきた。ここで終わりのようだが…地下牢か?辺りを見回しても牢屋以外何もなく、随分とつまらなそうな部屋だ。カビなのか或いは血、垂れ流された糞尿…異臭が立ち込めていてどれでもいいが吐き気がしてきそうではある。そんな最中に牢屋の住人らしき少女が話しかけてきた。


 「誰…?」


 両手に枷をはめられ、鎖で上から吊るされており身動きも取れないようである。しかしそんな状況にも関わらずこちらを睨みつけるその眼には明確な敵意が見て取れる。


「…奴隷か?他の連中は使用人に混ざって仕事してたが一人だけ随分と特別対応だな」


「出てって…見つかったら貴方もなにされるか…」


 少女はどう見ても不潔の一言で済まない。揃えられていない長くぼさぼさの白髪は腰まで伸び、本来ならば水晶のように奇麗だったのだろう瞳は今は濁った紫色をしている。身体中には鞭の痕があり食事もろくに与えられてないのか痩せ細り、ギリギリ大事な部分は隠れているようだが浮き上がったアバラ骨が見えている。

 しかし、なんとも人間らしさの欠片もない状態だな。


「ここにお前を入れたのは領主か?それとも他の奴か?」


「…執事のまとめ役みたいなやついたでしょ?偉そうにしてる…そいつよ…なにか野心でもあるのかしらね…」


 ああ、あいつか。たしかに裏がありそうではあったが…なんだ、領主の弱味を握れると思ったがどうやら本当に何もない奴らしい。金にならないならいいや。


「貴方…私のこと可哀想な目で見る割には目の奥にクソどうでもいいって目…してるわよ。善人ぶってんじゃないわよ…」


「人を見る目があるな。奴隷じゃなくてそこらの村人や町人だったら誘拐してでも連れ出してやるのにな。いや、本当に」


「嘘ばっかり」


「薬師だからな。効かねえものも口八丁に売ってんだよ」


「薬師…?貴方薬師なの…?人は見かけによらないってよく言うわね」


「あ?こんなあからさまに白衣着た奴が薬師に見えずして何に見える?あれか?無一文で森の中で一ヶ月過ごす的なスタンスの連中か?」


「あら…失礼…」


 本当に失礼な奴だな。


「失礼と思うんだったら頭くらい下げろよ。それくらいは出来るだろ?で、お前はあれか?もしかしてその髪と目の色から予測するにノルドか?」


「そうよ…私はノルド…それがなにかしら…?」


「だったらこんなとこ簡単に抜け出せるだろ?なんで捕まってんだ?しかも奴隷なんて…嗤えるな。まあ、嗤わねえけど」


 ノルドは北方に住む魔法に特化した種族だったはずだ。生まれついての高い魔法の適正で偶に暴れまわっていたりする。それでもって、他の種族を見下しているような連中だ。なんでもこの世界に初めて魔法をもたらした者の子孫らしいが…どうなのだが。そして世の中この魔法適正が無ければ俺の様に魔力を視認することも魔力を操ることもできない、正しく彼らの言う劣等種とやらなのだろう。


「こんな檻なんて紙っぺらみたくして逃げられるんだろ?やって見せてくれよ。出れたら急いで領主のところに連れてってやるから」


「…私は魔法適性がないの…だからある程度まで育ったら奴隷商に売られたわ…ノルドなんて…外に出れば髪と目の色の違うだけの人よ…ましてや魔法が使えないなんて最早見た目だけ…似てるだけよ…まあ…貴方みたいにわかる人から見ればいい儀式素材にはなるかしらね…?」


「……それは…酷い親だな。悪かったな嫌な言い方して。訂正しよう。手前は糞の役にも立たないようなゴミなんだな」


「あら、訂正の意味知ってるの?...なんて頭いいのかしら…今すぐ檻から出て…絞め殺したいわ。それで…貴方はあの領主の専属薬師かなにかなの…?」


「いや、旅の薬師だ。訳あって正体がバレると王国騎士団や賞金首稼ぎが沢山集まる。まあ大半は気づきもしないがな」


「興味ないわ」とノルドは顔を横に逸らすが何かに気づいたようで再びこちらに顔を向ける。


「旅…ねえ、外ってどんな世界なの…?私が知ってるのはノルドの快適な街と…奴隷小屋の無機質な天井だけ…外の世界なんて見たことないわ…」


「俺がお前に話す義理があると思うか?」


「ないわね。でもそうね…ここで私が大声を出せばどうなるかしら?」


 どうだろうな。わざわざこんな所に隔離されているのだから音だって漏れないようにしてあるだろうし。だが、まあ…暇つぶしにはちょうどいいだろう。


「悪いけど私は特別らしいから騎士団でも呼ばれるわよ。最近じゃあここら辺にもいるらしいしね」


「話が聞きてえなら素直にそう言えよ」


 少女はバツの悪そうな顔をするが、気にしないでおこう。


「あー…雪魔法ってわかるか」


「愚門ね。それくらいならわかるわ」


 馬鹿にしたようにノルドは答える。


「あれは人為的にじゃなく普通に降るもんだ」


「…冗談でしょ?」


 ノルドの村の噂はよく聞く。所謂、理想郷としてのだが。嘘か本当かはわからないが常に快適な結界内で温室で食べ物にも外敵の被害も無く平和に暮らしているらしい。その為か外界に出て初めて天気を知る者や下手すれば何も知らずに一生を終えるものもいるとか…


「本当の事だ」


「…あまり面白くない…ジョークね」


「見たことないだろう?。何日も降って積もるんだ雪がな。積もると子供がそれで遊び始めるんだ。まあ、手前には想像もつかねえだろうがな」


 本当に頭がおかしい人を見る目で見られたので弁明したが、流石は温室育ち。全く信用しようとしない。だが先ほどと比べれば多少は敵意が薄れたようではある。


「冗談…よね…?」


「本当だ。手前は一生この無機質な空間から出れないから見ることはないと思うがな。死にそうになったら必死こいて懇願すればまあ、見せてくれるんじゃあないか?」


「…そうね。ああ、そうだった。そういえばまだ名前聞いていなかったわね」


「ああ、アベンだ。手前は?」


「カルミア…」


「そうか。精々長生きしろミア」


「ミア…ふふ…よろしくおねがいしますね…アベンさん…」


 別段、特殊な人間というわけでもないが多少は打ち解けたようで俺も暇つぶしにと興が乗り見てきた町や様々な出来事を話してやると目を輝やかせて聞いていた。態度はともかく根はいい奴なのかもしれない。

 そうして暫く話し込んでいたがどうやら時間のようで遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。


「そろそろ時間だ。本当は村に戻ろうかと思ったが…どうせ起きても起きなくてもお役御免だろうな」


「ありがとう…ございました…その、とっても興味深くて…」


「ふむ…明日もし、まだ俺がここにいたら来てやるよ。宝石の降る街道や魔物だけの街だとかネタはまだあるからな。精々長生きしてくれ」


 そう言ってやるとまた目を輝かせる。話すだけならタダだから。


「絶対…来てくださいね…」


「さあな。約束するつもりはない」


「……」


 部屋から出るときに1号と3号の瓶を開けておいた。それぞれ回復と嗅覚で補助してくれる奴らだ。昨日の折れた腕も1号が治したのだ。

 そしてこいつは多少なら普通の人間の傷も治せるのでまあ、外的要因が無ければあの女が死ぬことはそうそうないだろう。


「分裂して見張っとけ。1号は背中側から少しずつ治療、3号は見張りだ。擬態は絶対忘れるな。あとは…まあ、そのうち指示出す」


「「じぇり!」」


 長い付き合いになるが相変わらず口なんてどこにあるかわからなく、どうやって声を出しているのか知らないが、仕事はやってくれるのでまあいい。

 自分を探す声の方へ向かおうとするとどこか視線を感じた気がするが…生憎だが俺にはそういった技術はないので気のせいだろう。早くこの場所を離れたい。

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