一匹目 薬師必要とされる
立地のせいもあるのかもしれないが平和そうな村だと少年は歩きながらに思う。野盗や獣も少ないのか村の周りには柵も無いしのどかな雰囲気が流れている。それに村の外の人間が珍しいのか奇異の目よりは興味深そうな目でこちらを見てくっる人間の方が多そうだし。
「お?なんだい、旅人さんかい?」
「まあ、そんな感じです」
村に入って最初に声をかけてきたのは顔を泥まみれにして鍬を担いだ男性だった。首からタオルを下げ座っていたところを見るとちょうど農作業でも終えて一息ついていたところだったらしい。
「はははは!こんな辺鄙な村に来るとは物好きだな!なんもねえがゆっくりしていってくれ!それともこのまんま素通りして少し先の街にでも行くのか?」
「あ、いえ。今日はここら辺で泊まろうかと思ったのですが…宿…とかもないですよね?」
「ああ!ねえな!なんなら、うちにでも泊まってくか?俺んとこの女房の作るシチューは美味えぞ!」
と男性は言いつつも強引に手を掴んで家の方へと連れて行こうとする。有無を言わさない雰囲気だがまあ、敵意も無さそうだし都合よく泊めてくれるそうなのでお言葉に甘えるとしよう。
「あ、そういやまだ名前言ってなかったな。俺はテッド=マルベリーってんだ」
「アベンだ。よろしく頼むテッドさん」
「おう!よろしくなアベ坊!お前酒飲めるか?まあ、無理でも相手はしてもらうがな。はははは!!!」
泊めてくれるというならば付き合ってやるとするか。
「あ、父ちゃんおかえりー!!」
ここが俺の家だとテッドが勢いよく扉を開けると同時に仲から見覚えのあるというか、先ほどの少女がテッドに抱きついてきた。
「おーう!愛しの娘よ!今日も村の外まで遊びに行ってたのか?このじゃじゃ馬め!」
溺愛という言葉がまさしくその通りに骨抜きにされている。きっと娘が結婚するときには母親以上に泣きそうだな。
テッドに勧められるままに屋内に入る。質素ではあるが、この片田舎では十二分な広さの家のようだ。もしやテッドは相当な地主なのかと一瞬思ったがたしかここら辺は貴族の領地らしいと前に聞いた気がする。単純に広いだけなのだろうな。
「そうだ!客だ客!母ちゃん!今日はシチューにしてくれ!鶏肉とジャガイモたっぷりのな!」
台所にいるであろう奥さんに大声をかける。亜麻色の長い髪を後ろにまとめた女性が台所から顔を出してため息をつく。
「はいはい、わかったよ」
「そんで客だ!」
「あ…えー…先程テッドさんに誘われまして…その…泊めてくださると…」
「え?あー…あんた!客呼ぶときは先に言いなさいって言ってるでしょ!」
「そこで息が合ったんだよ。男の友情ってやつだ!女にゃわかんねえだろう…ヘブゥ!?」
「男の友情でもなんでもいいけどそうやって突拍子もなく連れてくんじゃないよ!まったく!」
台所から鍋蓋が勢いよく飛んできて顔面にぶち当たる。軽快な音と共に鼻血を吹き出しながらテッドは倒れた。そしてそれを見て少女が手をたたきながら笑い転げているのを見るにいつもの事なのかもしれない。
「いってぇ…おっとあれがうちのカミさんだ。んでこっちが愛娘のチコちゃんだ」
鼻を抑えながら紹介されても困る。
「薬師のお兄さんだ!こんにちは!お父ちゃんの知り合いだったんだ!」
「なんだ、アベ坊。チコと知り合いだったのか。まあこんだけ可愛ければどこ行っても目につくよな…ん?薬師?お前薬師なの?俺初耳なんだけど」
チコはテッド似なのだろう。似たようにころころと感情の起伏の激しいやつだ。それにしても…親しげに話しかけてくるが、出会ってまだ5分と立ってない素性の分からない旅人を家に招くのもどうかと思うが…
「見て見て父ちゃん!薬師の兄ちゃんが薬塗ってくれたの!魔法使えないから包帯で巻いてくれたんだよ!」
「なんだアベ坊!魔法適正ねえのか!そりゃあ大変だったな。はははは!!」
「まあ、魔法使いになりたいわけでも冒険者になるわけでもないですから」
「まあ、そんな小せえことはどうだっていい!まあ、でも…泊まらせてやるってついでにちょっと一ついいか?」
急にテッドが真剣な顔になる。誰か治してほしいのか?自分で言うのもなんだが、専門の人間を雇うなり呼んだほうがいいと思うが…
「まあ、俺にできることなら…」
「おう!ちっとばかし頑固者のうちの婆ちゃんの目を見てやってくれやシチューできるのも少し時間かかるかんな」
「俺は薬を調合するだけであって医者ではないぞ?」
「まあ、話聞くだけでいいからよ!」
再び腕をつかまれると強引に奥の部屋へ連れて行かれる。
コンコン
「婆ちゃん入るぜ」
そうしてテッドの開けた扉の先は簡素なベットが一つと最低限の家具がのみがあり、ベッドには老年の女性が半身を起こして窓の外を眺めていた。
「おや?テッドかい?おかえり。今年の野菜はどうだい?」
「うん。いい感じだ。今年も大豊作、間違いなしだ。」
「そりゃあ、よかった。」
「それでさ…ちょっと合わせたい客人がいるんだが…」
とテッドが言うと途端に先ほどの優しげな目に僅かに軽蔑の色が少し浮かべる。言葉使いもなんだか強めになる。
「魔法使いや魔導士ならお断りだよ。そんな金があるならチコを学校に入れてやんな」
「違うよ、薬師様だ。婆ちゃんの目を見てもらおうと思って…」
「ああ、どうも。アベンと言います」
「おや、随分と若い声だね。てっきり今の若いもんは魔法だ冒険だって馬鹿抜かしてるのかと思ったけど…」
「魔法適正ないので…ほかにやりたいことも特にありませんしね」
失礼して眼を診せてもらうことにするが…わかるわけがない。適当に金ふんだっくて逃げるのもありだが、泊めてもらう手前、筋は通さないとな。
「ちなみにいつ頃から眼は?」
「2年ほど前だね。薬草取りに近くの森に行ったら目のあたりが痒くなってね。そこからだんだん視力が下がって今じゃもう殆ど見えてないよ」
なるほど…聞いただけでわかる訳もないが…少しズルを使わせてもらおう。ポケットに忍ばせていた物を手に乗せそっと老人の眼もとに触らせる。
「…ふむ。ああ、なるほどな…ええと、モンスターでえーと…パラモスキートだった?いや、名前はまあ適当でいいや。多分そんな感じのでかい蚊のモンスターがいるんだが、そいつは人間の体に毒をいれて体の一部を麻痺させて血を吸う習性を持っていて、本来ならば…」
「その言い方だと、そいつに襲われたら血吸われて死んじまうんだろ?」
「ああ。死ぬまでずっとな。だが運良く目の近くに刺されて視力が低下したっだけてのが俺の予想だ。あいつらの毒は体に残るから」
俺の半身の見解だが。
「んで?婆ちゃんは治んのか?治んねえのか?」
「治るよ。解毒薬作れば少し時間はかかるけど良くなる」
「ほ、本当か!?アベン、お前凄いな!!」
と言うとすぐに台所の方へ行ってしまうテッド。奥さんに報告しに行くのだろう。まあいい。再びポケットに手を突っ込む。
「症状だけでわかるなんて…優秀だねえ…」
「たまたまですよ…まあ、薬を調合するときに使ったりしてるし…あいつら昼間に行動してるから作れるのは多分明日になるが…」
「ありがとうね…もう2度と孫の顔も見れないかと思ったけどねえ…」
先ほどとは違い目に喜びを宿しながら老婆は顔を綻ばせる。責任重大だな。少し頑張るか。
「そら、もう夕食だろう。明日はあたしの目治してもらうんだ。しっかりと栄養をつけておくれよ?」
そう言うと老婆は横になり目をつむる。暫くして部屋の中にシチューの香りが漂ってくる。そしてタイミングを見計らっていたかのようにテッドがノックして部屋に入ってくる。
「アベン!飯だ!婆ちゃんも今、椅子を持ってくるから」
「あたしは今日はいいよ。ちょいとばかし疲れちまってね…寝るとするよ」
「そっか。おやすみ婆ちゃん」
さて、予備があったか後で確認しないとな。テッドと部屋から出るとそれ以上は話すことなく無言で案内された席に着く。どうやら俺を待っていたようだ。二人とも席についていた。
「「「いただきまーす!」」」
久方ぶりのまともな食事でもあるが確かにテッドの言う通りシチューは絶品だった。スプーンが止まらないほどだった。少し硬めの黒パンもありそれをシチューに浸して食べるのもいい。
「おいおい、アベン。がっつきすぎだぜ!美味いのはわかるけどな!はははは!!」
「俺、まだ半分ほど残ってますけどテッドさん二杯目も終わりそうじゃないですか…」
「まあな!俺はシチューが大好物だからな!母ちゃんおかわりだ!」
「はいはい。も少し落ち着いて食べなさい…まったく」
テッドの空のお椀に並々とシチューをよそいながら、まんざらでもなさそうであふれるほどに入れた器を彼に返す。
「あらためまして、テッドの妻のミリアと申します。この度は祖母の目を治していただけると…なんとお礼をしたらよいでしょうか…」
「いえ、泊まらせていただくので…それくらいは…」
「お母さんおかわり!!!」
「はいはい。」
今度はチコのお椀にシチューをよそう。大変だな。
「アベンさんも、自宅だと思ってゆっくりしてくださいね。」
「はい、お言葉に甘えさせてもらいます。」
「ああ、そう言えば噂なんですけどね…アレがまた現れたらしいですよ。こんな田舎のほうにまで来るなんてねえ…」
「アレとは?」
「病魔を招く者と呼ばれる凶悪な犯罪者ですよ…アベンさんはこれからも旅を続けるのでしょう?でしたらお気を付けくださいね?」
「もしこの村に来た時は俺がぶっ倒してやっから安心しろよ!はははは!!」
「私もぶっ倒す!!」
「もし来てもやめてくださいね?チコもそんな言葉使わないの…」
「そうですね。気を付けます」
旅人で魔法適性もなく薬師でどう考えても怪しい。そんな自分に泊まっていけと言ったテッド、旅の危険を案じてくれたミリア、薬を褒めてくれたチコとお婆ちゃん。きっとこんな優しい家族も自分の正体を知れば殺しにかかってくるのだろう。
そん時には問答無用で殺すが。