十三匹目 君ありて幸福
いや、あの本当にごめんなさい。月二頑張るとか言っといて出してなくて…自分のペースで頑張ってやっていきます。はい。
はい、ラストです。次にエピローグ?挟んで新しい章?です。頑張りマスタ。
あ、一応胸糞注意です。あの、僕の語彙力では何言ってんだこいつになると思いますが生暖かい目で見守ってください。あ、いえ暑くなってきたので少し冷た目で…デワデワ。
「バケモンが…死ね」
「悪いな。痛みには鈍感なんだ。今更こんな細っこい針で刺されたところで痛くも痒くも…あ、ごめん。やっぱ痛い」
ふらふらと肩と腹部に刺さっていた縄鏢の縄の部分を切ると引き抜いて振っていた。相変わらず声音が変わることもなければ冷や汗の一つもかいていない。痛覚に鈍いのは知っていたがここまで鈍いと自分が死んだことにも気付かねえんじゃないかとゼラニウムは考える。
「しかし…再現?3年前の?あれは事故だって。悪かったって殺す気は無かった。不慮の事故。ほら、偶々投げた石が当たりどころ悪くて鳥が死んじまうことなんて多々あるだろ?それだよ」
「事故だ…?ざけんじゃねえよ!てめえが「殺してないじゃーん。俺はお前の元部下にヤりたい女いるから都合のいいクスリをくれって言われたから盛ってたウサギの産地直送の体液を渡しただけだ。誰がお前の嫁さん犯すなんて言ってたよ?」
「お、おい。ゼラニウム。3年前だ?なんのことだ?」
「黙ってろクソどもが。てめえらは俺の命令だけ聞いてりゃいいんだよ!」
「団長ヤクでも切れたのか?ちったぁ、冷静になれよ」
「なるほど。あれか、部下2人に俺の大切な実験動物を犯させてあの日の再現と…?はぁ…少しは頭で考えろよ。飾りか?魔法の使えねえ出来損ないノルドなんざレア中のレアだろうが!!頭沸いてんのか⁉︎いや、沸いてんな。あんな売女の同価値のわけねえだろが!貴重な実験材料を?足の骨折ったんだろ?どうせよ!状態が変わっちまうだろうが!なんの為に友好的にやってんだと思ってたんだよ…本当にお前はあのクソ売女がいないとガキ以下の考えしか出来ないよな!」
アベンが両手でなにかを投擲する。確認するより速く、自分の前の2人に刺さる。どういう構造なのか、はたまた魔法道具なのか。薬液は勝手に2人の体内に注入される。
「ッ⁉︎」
「ひっ!ひぃ!やめろ!なに打ち込みやがった!」
「どうせお前らのどっちかだろ?ミアの足折ったの。ゼラニウムのアホな作戦なんか乗らなきゃいいのによ。はー…腹に穴空いてるんだから、これ以上血の巡りを良くしないでくれ。1号。傷の手当てを頼む」
「じぇる!」
「な、なあ…おかしいんだ。体の中で…力が抜けて…あ、ああ…」
「お、おい!」
「大当たりだ。それは最近作ったのでも特にえぐいやつだ。体内の水分を全部吸収して」
崩れていく仲間を見ていることしか出来なかった。砂のように粉々になった同胞は服以外残さずに消えてしまった。
「ふむ、言葉より先に砂になっちまったか。残念無念、また来世」
「嫌だ…お、俺も!こうなるのか!頼む助けてくれ!あ、あの女の足を折ったのはそいつだ!だから、俺は!」
「じゃあ、殺せ。お前の同胞を間接的に殺したそいつをな。ほら、そもそもお前らを使い捨ての駒としか見ていなく?そのせいで俺の大切な実験動物の足の骨を折る命令をして?そいつは死んだ。誰が悪い?」
「そうだ…そうだ!ゼラニウムてめえが!てめえさえ俺らに関わらなきゃ!死ね!死にやがれ!クソ野郎が!」
「こっちは…あれだね。精神がおかしくなって思い込みが激しくなる薬。ありがとうゼラニウム。わざわざ実験体を用意してくれて。とっても感謝してるぜ?」
白衣やその下に着ていた服には血がべっとりと付いているが傷は完全に塞がっている。ふざけた野郎だ。
部下がこちらへと向くとナイフを取り出し向かってくる。先程のアベンの発言のように使い捨ての駒程度の相手だ。別に殺すのに躊躇することもない。
「あいつの薬に操られて死ぬなんてなんとも情けねえ死に方…ははっ!やっぱり消耗品だなてめえらは!」
簡単に盗賊の頭部を貫いた縄鏢を一度引き抜くと再度アベンに向かい投げる。縄が切られた時点で既に替えに変えてある。風切り音と共に左右から挟撃する。
「たしか、お前のご主人様は固有技能で物に魔法を付与出来るんだっけか?便利だな」
「舐めてんじゃねえぞ、クソガキが!」
『追尾』『刺突』『伸張』この3つが替えを含め付与されている。名前の通り的を『追尾』し、避けようがどこまでも『伸張』し続け、『刺突』。必ず当たる武器だ。その筈だが、妙な動きをしながら上手くそれを避けていく。横からくれば背後に飛び、それを見据えて背後から狙えば横に飛ぶ。大道芸でも見せられている気分だ。
「蛇みたいだな、これ。避けるのが大変…っと、と。危ない危ない」
「避けられてるが…わかるか?その伸びた紐は確実にてめえの逃げ場を減らしていく。それにだ」
アベンの腹部に鋭い痛みが発生する。アーサーのように固定砲台よろしく、突っ立ってるだけで無く避け続けた結果深々と壁に刺さった縄鏢の紐が戻る力でこちらへと高速で近づき蹴りを叩き込んできた。
「!!!!」
「よお、クソ野郎。壁に叩きつけられる気分はどうだ?」
「ゴホッ…このまま、トイレに行って吐きたい気分」
「はっ!まだ、そんなこと言ってられる余裕があるのかよッ!」
腹部を抑え壁に寄りかかっていたアベンの顔面に蹴りを入れる。
ごろごろと転がりながらアベンが避ける。縄鏢を一度戻し再度投擲する。今度は逃しはしない。
「死ね!あの世でメーシャに許しを乞え、イカレ野郎が!」
「お前こそあの世でヤってろよ?あ?すまない。お前のソレじゃあ、もう満足できねえか。死ぬ前に精力剤一本いっとく?ちょうどこの間しっぱ…偶々出来たのあるけど」
「ッ!!!!!ガァァァァ!!!死ね!死ねェェ!ゴミが!クソが!この世に生まれてきたこと後悔させながら嬲り殺す!」
「5号、あー…名前…名前…そうだ。回転にしよう。あれで頼む」
「じぇりる♪」
「そんなふざけた武器で俺に勝てるわけねえだろうがッ!いつまでも舐めた真似してんじゃねえぞ!カスが!」
ゼラニウムの言う通り、どこまでも伸びて追尾し刺す。そんな武器の前ではたかが、ピザカッターを巨大化したような武器に負けるはずがない。
「おいおい、俺はピザじゃねえぞ?目ん玉濁ってんのか?そんなもんじゃ、魔物の1匹も殺せねえだろ?ましてやスライムが擬態しただけじゃねえか」
「俺の半身の擬態をそこら辺のスライムと同じにするなよ。それに、俺自体は弱くてもこいつらは強い」
「そうかよッ!」
三度、縄鏢を投げる。今度こそ外さない。先程以上に速く、鋭く、確実に殺す。
ピザカッターを巧く?使いながら縄鏢の向きを変えていく。しかしその程度で止まることはなく、方向が逸れてもアベンの急所を狙い動き確実にアベンの命を狙う。
「もうさー、そこまで騎士団来てるから早く逃げたいから死ぬか見逃すかして」
「あの世に逃げさせてやるよ」
「それは困る」
地面を蹴りこちらの懐に飛び込んでくる。近づいてくれば隙があると思ったのだろう。浅はかな考えで笑えてくる。
「俺をアホと言ったな?なぁ?イカレ野郎が!その程度の事想定済みなんだよ!」
アベンの突き出した武器が腹部に深々と刺さる。その薄さ故か血などもほぼ出ていなくポーションで回復出来そうだ。それにもう、勝ちは確定だ。肉を切らせて骨を断つとはこのことだろう。お前が武器を引き抜く前に自分の縄鏢が背後から確実に心臓と脳を穿つ。腹の傷を回復させたあのスライムと言えど治すことは不可能だろう。
「回転」
「ゴっぽォ…がががががががが」
「うわ、返り血がとんでもないなこれ。人に使うものじゃないな。巨大魔物を解体する道具だからしょうがないか。まあ、勝ちを確信して思わず含み笑いするお前の顔は笑いそうになったよ」
深々と刺さった刃が言葉の通り回転を開始する。回転など生温いことをよく言ったものだ。内臓や肉に刃先の鉤爪の様な部分が引っかかり引きずり出される。一周回って痛みが感じないほどだ。
「あ、ごめん。精力剤飲まし忘れた。今から飲む?」
「ヒュー…ヒュー…」
「飲む気力も無いか。じゃあな。俺も10年経たずに地獄に落ちるからその時はよろしく」
くそっ!くそっ!俺はあの日から必ずこのイカレ野郎を俺の愛した女を殺したこいつを必ずこの手で殺すと決めたのに!
「迎えにきたぞ」
「アベンさん、遅いですよ!見てくださいよ、私の足!折られて変な方向曲がって歩けないんですよ!」
「折れてりゃ歩けないし。そも、普通はそんなに元気じゃない」
「薬師!弟子がこのような状態にもかかわらずどこに行っていた!仮にも師を名乗るなら弟子の…お前大丈夫か?」
「あー…返り血。そう、返り血だ」
「血に混じって所々に固体状のなにかが…」
「ああ、そうだ。金払うからミアの足を治してくれ」
「む!しかし…折れ曲がってなければ治せるのだが…」
ちらりとカルミアの足に視線を移す。回復魔法はあくまで回復である。状態を元に戻すが折れた骨もそのまま戻るらしい。曲がっていれば曲がったまま戻り、骨もそのまま戻る。魔法には詳しくはないが不便なものだ。
「ミア。あーん」
「え?あ、あー…モガッ⁉︎ファベンふぁんふぁにふるんれすか」
腕まくりをしてカルミアの口に下膊を無理矢理噛ませる。流石に無いとは思うが舌でも噛み切られたら大変だ。折れてる部位に手を掛け力尽くで元の方向に戻す。鈍い音が部屋の中に木霊し続いてカルミアのくぐもった悲鳴が聞こえる。細かい骨とかは魔法でどうにかなるだろう。
「ッ!!!!?⁉︎」
「もう一本行くぞ」
「ふぁ、ふぁってふだ…んンンンンッ!」
「お、おい薬師…」
「杖ってそれだろ?ほい、代金」
「うう…痛いですよ。アベンさんにキズモノにされたー!責任とってくださいよー!せーきーにーん!」
腕に噛み跡が付いたが、いいだろう。呼吸音が奥から聞こえてくるのをみると、領主と領主娘が中にいるのか。もう一つは…まあ、虫の息だ。出血多量で死ぬだろう。
「先程とは違って元気そうでよかった。とりあえず魔法をかけるから少し大人しくしててくれ」
「わかりました!おお…痛みが抜けていきます。魔法って便利ですね!凄いです!」
「さっさと籠持って逃げないとな…ん?1号。ステイステイ。それにあまり人に見られるのは色々とまずい」
「じぇる…」
「よし、終わったぞ。痛いのによく我慢出来たな」
「ふふん!痛みには慣れていますので!」
「…お前、足折られて漏「わあ!わあー!!!ささ、早く行きましょう!あ、アベンさん。お薬返しますね!」
服の下…いや、服の全面だけがびしょびしょで、どう誤魔化せるのだろうか…とりあえずは薬を返してもらうことにしよう。
カルミアの出した薬を受け取ろうと手を伸ばした時にがしゃんと手になにかをはめられる。
「病魔を招く者!!捕まえた…ぞ!」
「ありゃ、随分とお早いお目覚めで」
「アベンさ…わ、私は武器持ってませんよ!!」
「トレニア殿!どこかお怪我は⁉︎」
「あ、いや…私は大丈夫だ。奥にお二人が眠られせている。それより…病魔を招く者?どういう事だ?その男はただの薬師であろう?」
アーサー、ウルイ、それに…たしかメリダだったか?親でも殺されたかの様にこちらを睨んでくる。カルミアはウルイに両腕を掴まれていて動けないらしい。その間にもどんどん腕に錠がはめられていく。やりすぎじゃない?魔道士は未だに状況が読めないのかしどろもどろしている。
「病魔を招く者、アベン!国家反逆罪、虐殺罪、その他諸々の罪で王国騎士団がお前の身柄を確保する」
「待って待って、俺一つ目全く身に覚えがない」
「へ、陛下はぁ犯罪者を全て、こ、国家反逆罪にする法律を、作ったのですぅ!」
「へえ、あの愚王がね」
「兎に角だ。お前を殺すのを決めるのは俺達じゃない。ウルイ、その女も参考人だ。メリダはそっちの死体を調べてくれ。俺は奥のお二人を」
「待ってくれ!たしかにその男は粗暴で自身の弟子を放っておいている奴だが幾ら何でも、横暴すぎではないか?」
「…シャガ=トレニア殿。初めまして、王国騎士団に所属しますメリダ=アサヘルと申します。現状が理解できなく混乱されていると思われますが、一つだけ言わせていただきますと、その男が病魔を招く者ということは事実ということです。これは我れが副団長ピエトロがなによりも語っております。申し訳ありませんが今一度そちらの部屋でお待ちを…」
「お、おい!薬師が病魔を招く者とは真実…では、私の姉の腕を…」
乱暴に扉が占められる。さて、どうしたものか。カルミアは逃げようともがいているが、同じくらいの身長と言えど相手は鍛えているであろう騎士団の一人だ。とてもじゃないが振り払えない。もちろん自分も5つも錠をかけられ関節も碌に曲げられない。無論、魔法が付与されているのか手は全く動かない。スライム達も小瓶から出していなくどうしようもない。
「年貢の納め時だな。アベン」
「ア、アベンさん!どうしましょう⁉︎」
「お前これ、どうにか出来ると思ってるなら、どうにかしてくれ」
「無理です!」
「キッパリ言うな。どうしたもんか…グヘッ」
「いい加減に…してよ!」
ウルイが思い切り殴る。全然痛くはないが体勢と両腕の錠のせいもあり倒れてしまう。手に握っていた薬も落としてしまった。
「貴方の…せいで!ヤルマが死んだのよ!なのに…人の命を…なんだと思ってるのよ!」
「ミア、走れ!籠持ったら隙を見て逃げろ。後で追いつく」
「わ、わ!絶対ですよー!」
「待て!」
「いい、アーサー。こいつの方が優先だ。ウルイも落ち着け」
「はぁ…はぁ…すみません」
パキンとなにかが割れる音がする。即座に警戒するように周りを見渡し窓かと3人がそちらを見るが特に割れている様子はない。
「あ…あー…メリダだっけか。頭下げた方がいいと思うよ」
「は?なに言ってッ⁉︎」
視界外からの一撃を避けることは出来なく受け身を取ることなく吹き飛ばされる。そして、攻撃した者も強く蹴りすぎたのか天井に足が…魔法的な力なのか天井から逆さ吊りでぶら下がっている。彼の手からだらんと下がっていた縄鏢が揺れている。
「な⁉︎」
「病魔を招く者…はは、ははは!こいつは凄え。また、とんでもねえ薬作ったな…」
「ノルド用に調合したから多少は体に負担はあると思うが。まあ…いいじゃないか」
「この!くらえっ!氷結槍!」
「腹の傷が治った。それだけじゃねえ、目もよく見える。感覚も鋭敏だ。どうなってんだこりゃ」
飛んでくる氷の槍も見ることもなく避け
神速の如き速さでアベンの首を掴む。
その目には相変わらずギラギラと復讐の炎が燃え滾り、今にも首をへし折ってきそうだった。ヒイラギに渡した魔力増強剤は偽物であり、言うなれば進化促進剤…この薬の元になるような物である。体格はがっしりとしていて猫背の為か少し前屈みになり膝の辺りにまで伸びた腕に長く鋭くなった爪。極太の足。骨のような尻尾までついている。人は時代を追うごとに不要な部分が退化すると言うが、生まれた時から死ぬ時まで戦い続けるからこそか、その進化は人を殺すことに特化してるようにも見えた。
「ともかく実験は成功だ。おめでとうゼラニウム、お前は言わば次の世代の人間だ。まあ、ケースバイケースだな。戦いに生きる人間はそうなるのか。他の実験例も是非見てみたいものだ」
「てめえさえ殺せりゃそんなこと関係ねえよ。ゆっくりと自分の首の骨が折れていく音を聞きながら死ね」
「ッ⁉︎こ、の!アベンから離れろ!」
「呼吸の音、脈動する心音、筋肉の音。はっ!気色悪いほど聞こえてきやがる。まるで攻撃をしますと教えてくれているみたいだな」
「な⁉︎」
「あ?どうした?そんなに剣の柄持たれることが嫌ならもっと早く動けよ」
「お前ら、これ外してくれ。頼むから。メモしとかないと忘れてしまう」
「ちょっと黙っていてください!豪炎!」
「遅え、遅すぎる!ガキかよ、てめえらァの、その攻撃に当たる方が難しいんだよ!」
大道芸の如く剣の柄を掴みながら飛んできた火炎の大球をアーサーにぶつける。
「雑魚が邪魔すんじゃねえ!俺はそいつを殺すので忙しいんだよ!」
「グハァッ!」
「アーサーさん!」
「縄鏢だと⁉︎しかもなんだこの動き、あの姿と関係があるのか!」
「それは、魔法付与だっけか?あれだよ、永遠に伸びて獲物をどこまでも追いかけどんな盾や魔法も貫通する。そんな武器」
「なんだ、その馬鹿げた武器は⁉︎というか、アベン!貴様のせいだろうが!どうにかしろ!」
「この腕と体勢でどうしろと?錠が重くて動けないし頑張って」
「くそッ!役立たずがッ!はあっ!」
「軌道を変えようがどこまでも追いかけんだよ!邪魔しなきゃ殺さねえから、さっさと死ね。俺はそこの転がってるイカレ野郎を殺してえだけだ」
「ゼラニウム、殺すのか死ぬのかどっちかにしろよ。アホ」
「ちょっとぉ!煽らないでくださいぃぃ!!」
縄鏢を雷の魔法を巧みに扱い逸らしているが関係なくウルイの首筋を狙ってくる。その間もゆっくりとこちらへとゼラニウムが歩いてくる。
「はぁ…はぁ…魔力がもう…」
「ッ⁉︎しまった!避けろウルイ!!」
「え…?」
気圧の壁で逸らしたのかこちらへと縄鏢が軌道を変える。魔法でどうにかしようと…パチン!
静電気程度の魔法しか出ない。魔力切れだ。避けることは出来ない、自分はここで死ぬんだ。ぎゅっと目を瞑り両親に、妹に
「殺らせるかよッ!」
鉄の弾く音がすぐそばから聞こえてくる。加速したメリダが縄鏢を弾いていた。
「もう、誰一人死なせないっ!」
「加速系の魔法…いや、固有技能か。だが、たかが一人増えた程度で勝てるのか?この俺によぉ?そいつさえ殺させてくれりゃ大人しく捕まってやるよ?だから、なあ?退け」
「罪人が罪人を裁くなど言語道断!」
「彼には、大勢の人を苦しめ死に至らしめた罪があります」
「そして、お前は盗賊だ。悪党だ。我らが国に蔓延る屑だ!」
「「「我らが仮面に誓って!我らが敵を屠る!」」」
「くっ…はは…ははははは!こいつは傑作だ。ええ?たしかに俺は犯罪者だ。そこのイカレもな?だが、犯罪者にだって守りたいものはある。てめえらがどう言おうが愛したものだっているんだよ!それが!そこのそいつが行ったクソ以下の実験で!俺らみてえな屑が綺麗に見えるくらいの行いを!」
縄鏢が深々と床に刺さる。なにを呑気に口論をしていたのだろう。あれほど気をぬくなと言われていたのに。とてつもない跳躍力は暴風の如く。それは転がっている史上最悪の犯罪者の言葉通り人間を超越した動き。
「平然とやりやがったんだよッ‼︎」
後方からの声が聞こえた瞬間には遅い、音より速く駆け抜けたゼラニウムは屋敷の床も天井も削り自分たちも吹き飛ばされる。自分達が身につけている軽鎧がいかに優秀だったのか。おそらく装備していなければバラバラになっていただろう。先の戦闘のせいか上体をなんとか起こせても、とてもではないが剣を持つことは出来ない。2人も同じ状態なのか、ただ悔しそうにゼラニウムを睨みつける。
ゼラニウムはと言うとアベンの両腕に自分の爪を突き刺し、執拗に腹部に蹴りを入れている。
「勘弁してくゴホッ。流石にバラバラになったら死ぬ」
「ああ、知ってんぜ。だからわざわざてめえの顔面蹴り飛ばして衝撃波から逃がしてやったんだろうが。んで、だ。てめえなんで首ついてんだよ」
「悪いな、赤ん坊の頃に首はすわってるんだ…ゴハッ!」
顔面は血だらけで眼球も片方潰れているように見えるがアベンは生きていた。どんな耐久力をしているのかと思うが錠が3つほど歪んでいるのを見ると、錠で受けて、錠が顔面に当たった感じなのだろうか。しかし、それにしても頑丈すぎやしないか?
「まだ、軽口叩けんのかよ。クソが。このまんま押し潰されて殺されんのと、じわじわと足、腕、胴体、最後に頭を潰されるのどっちがいい?オススメは後ろだ」
「楽な方で頼む…ゴホッ!やめてくれ。今、体の中から硬いものが折れる音がした」
「やめろって言われてやめる正直者はこの世にはいねえよ。それにだ、メーシャはもっと辛かった。苦しかった。てめえは死ぬ寸前まで、痛めつけて。生まれてきた事後悔させながら殺してやる」
「始終、腰振って喘ぎ声出してた女に辛さも苦しさもあるか…ゴポォ…ッ…はぁ…口の中血生臭え…」
「なにを…されたんだ…?」
「…いいさ、教えてやるよ。このクソ野郎は、俺の部下にクソみたいな薬を渡した。女を簡単に落とせるって名目のな。それで俺の部下は、妻にその薬を盛った。気付いた時には…手遅れだった…思い出しただけで腹が立ってきた…クソがッ!死ね!」
アベンを先ほど以上に強く蹴りながらも、悲しげにゼラニウムが呟く。先程まで猛威を振るっていた怪物の姿が今は酷く小さく見えた。
「酷い…」
「なんてことを…」
「でも、お前の口から家族の愛を語る資格は無いと思うぞ」
「てめえ、いい加減に我慢も出来なくなってきた。すぐ殺してやる」
「とある盗賊が持っていた追憶の短剣に、売女の記憶が録画されてた。なにしでかしたと思う?」
「待て…病魔を招く者、お前はなにを言って…」
「なあ?因果応報だろ?商業都市の商人の家族を人質にして、お前らのとこに物流を回すようにした。んで、だ。勿論、娘も妻もお前らの慰み者。なあ?教えてくれよゼラニウム」
ギリギリと歯軋りの音が部屋中に響き渡る。
「もう一回言わせてもらうが、どの口が言ってんだ?」
「フーッ…フーッ…ああ!そうだよ!あれを見たときに罰が降ったて思った!てめえはどうせ、それを見つけ出して言ってくると思ってんだよ!だが、それとこれとは別だ。てめえが殺したことには変わらねえ。決めた。てめえのヤク漬けの頭踏み砕いて中身確認してやるよッ!」
「知性を欠くな。お前は完成品なんだから黙って人だけ殺せ」
「…死ね」
思い切りアベンの頭を踏み抜く。硬い何かの感触があるがそれ以上は動かない。
真っ赤な棒が…否、大鎌の鈎柄がアベンを守るようにあった。認識するより速く体を逸らし背後からの強襲を避ける。どうやら、まだこいつを殺す邪魔をする者がまだいるらしい。
「貴方はもう少し会話を控えた方がいいと思いますよ?」
「正直に話してるだけなのに、嘲笑されてると勘違いされるんだぜ?どうしようもないから、一応はオブラートに包んでるつもりだ」
「ッ‼︎血濡れのピエロ…」
「ええ、どうも。あとは貴方だけですよ。ゼラニウム=マルベス。随分と人間離れしたお姿で」
「ッ‼︎黙れ。説教ならそこの男にしろ。血濡れ」
「また、貴方の作った薬ですか…」
「勝手に飲んだのはあいつだ。俺は悪くない」
「副団長!申し訳ありません」
「構いませんよ、命あっての物種です。ああ、そうそう。ロイス君です。さっき仲間になりました」
「よぉろしく。そこのバケモノの元部下でぇーす」
「呑気に挨拶しあってる場合かよッ!邪魔すんじゃねえ!」
「挨拶は大事ですよ」
ゼラニウムが放った高速の蹴りを鈎柄で受け流しながら斬り込む。片足を上げた体勢からでも簡単に避けられてしまう。ロイスの方はというと、命令されたのか3人を担ぎ上げピエトロの後方へと運ぶ。
「この男には、利用価値があるので殺させませんよ?それに、貴方も大人しく投降した方がいいですよ?もう、貴方の味方はいませんしね」
「…あんな連中は味方だなんて思っちゃいねえよ。いいから殺させろ。これなら殺せる。皮を剥ぐか、内臓を抉るか」
「貴方本当に人の怨みを買うのが得意ですよね…」
「どうでもいいから錠、外してくれ?そろそろ腕が痺れてきた」
「はあ…もういいです。ああ、ロイス君。手出しは無用です」
「へいへい。大切な部下様ぁを監視してますよ」
「クソどもが…余裕かましてんじゃねえよ!」
縄鏢を投擲する。無論それだけじゃない。左右からの挟撃、それに自信が前方からの攻撃。後方には部下の騎士達、上は天井と袋の鼠だ。確実に殺す。全員を殺す。あとは残ったアベンを殺す。
しかし、予想とは逆にピエトロが駆け出す。手を振りかぶり爪で裂こうと振り下ろすが避けられ腕に一太刀。更には横にずれながらの胴体への一太刀。痛みは感じない。最後にひたりと背中へ手を当てる。
「死歿の大鎌」
「副団長の勝利だ!」
斬られて痛みは無くとも腕は、胴体は、斬られた軌道に沿って落ちる。
それはゼラニウム自身も驚いたことだが、筋肉なのか蚯蚓の様に斬られた断面から出てきたそれは、瞬きする間に腕と胴体をくっ付ける。
「⁉︎」
「次世代の人間というのは素晴らしいな?病魔を招く者」
「お前に世辞の言葉をかけてやりたいくらいだよ。いや、本当にさ。上出来だ。それなら国一つ落とせそうだ」
「なん…だと…?」
「うぅぅぅぅ!!病魔を招く者!殺してやる!なんて物を作り出したのよ!」
「なら、ここからだ…てめえを殺して、血濡れのピエロ…いや、覚醒者供を殺して…」
「でも、残念かな。時間切れだ」
その言葉が合図になったかのように急激にゼラニウムの体が萎み始める。爪も尻尾も足も、何もかもが元の状態に戻ってしまった。否、それ以上の変化が起きていた。
「ぐぉ…あぁぁ…なんだこれ。どうなってやがる」
「流石に俺も、魂の変容とかは出来ない。だが、肉体なら可能だ。薬で人間の体を無理やり作り替えるってな?もちろん負担は大きい。例えば、全身に血液と魔力を流れさせる心臓とかな?」
「……」
「心臓が普段の倍以上拍動し続けたんだ。今更戻ったところで蝋燭の炎は小さいよな?」
「ッ⁉︎なら、死ぬ前に!お前を!」
「地獄で待ってろよ、ゼラニウム?ちゃんと俺も行くから」
全身に悪寒が走り、冷や汗が出る。ピエトロとロイスがアベンを守るように立っている。もう、倒す気力もない。縄鏢も気付けば床に転がっている。ああ、そうか…俺は、仇を取ることも無く。ただ、あいつの手の上で踊っていたのか…
………………
「…ゼラニウムの死亡を確認しました、副団長さん」
「了解しました。ウルイ君、人質を回収したら広間にいるみなさんのところへ。戦いは終わりました」
「…はい!」
「ロイス君とりあえず、2人に自己紹介してくださいね。私は少し話すことがあるのでね?」
「うぃぃ」
「「了解しました」」
「…さて」
錠を付けられ最低限の動きしか出来ないアベンを見下ろす。相変わらず表情にこれといって変わりはなくこちらを興味深げに見ている。
「今回は何人死んだ?2人か?3人か?」
「…貴方、なんでこんなところにいるんですか?バルバトスに居るのでは?」
「偽物様だろ。今時俺の目撃情報なんて全部偽物じゃないか」
「はぁ…貴方の目撃情報出るたびに遠出させられる身にもなってくださいよ」
「知るかよ。俺逃げていい?」
「そこのドアから覗いてるお嬢さんは知り合いで?」
ちらりとドアを見ると「ひゃあ」と間の抜けた声がして廊下を走る音が聞こえてくる。
「あー…ゼラニウムの奴隷だ。なんだ、俺について来たいだなんだって言ってる奴だ。ちなみにノルドで魔法が使えないらしいぜ?」
「ノルド?本当ですか?」
「真偽は知らんが、感情の起伏で第四門の精神魔法無理やり解除する辺りは本物なのかもな」
「どちらにせよ、広間で捕まりますよ。ほら、早く立ってください。移動しますよ」
「はぁ…」
「ああ、いいぜぇ。俺で良けりゃァ毎日やってやるよ。元から毎日殺り合えるってんで、血濡れの下についたんだからなぁ」
「本当か?助かる、メリダもだろ?」
「ああ、強くはなりたいからな」
「あっちも終わったみたいですね」
無理やり立たされ首根っこを掴まれる。なんだか、命刈り取りられそうな気もするがきっとチラチラと視界を横切る鎌のせいだろう。
「アベンさぁぁん!捕まっちゃいました!!」
「お、籠取って来てくれたのか。ありがとな」
「え?えへへへ…そんなぁ」
「こいつが病魔を招く者…私達と大して歳が変わらないじゃないか」
「よお、お勤めご苦労様。早速だが、そっちのはゼラニウムの奴隷だ。俺には関係ない」
「そいつの話に耳を傾けるな」
「アーサー!大丈夫だったか?」
「ああ、俺は問題ない。そいつの言葉は聞がない方がいい。雑音だ雑音」
「うう、離して!」
「うわ、ちょ!暴れるな!」
「動ける方はその2人の見張りをお願いします。怪我人は簡易転移魔法陣を構築するので王国へ飛んでください」
ピエトロはこちらを一瞥するとさっさと行ってしまう。見張りは4人、比較的に傷のない連中だった。あの場にいたメンバーもピエトロについて行ったため知っている者はいない。
「…お前が本当に病魔を招く者なのか?」
「人の話は聞いとけよ。ピエトロが言ってただろ」
「…私の父はあの街にいた。言いたいことはわかるな?」
「お前、不意に潰した蟻の大きさや顔立ち憶えてるのか?」
「は?」
「巻き込まれて死んだ奴の顔なんか憶えてないって話だよ。なんせ、体はドロドロに溶けちまったんだからな」
「この…‼︎」
殴りかかって来ようとしたところを3人に止められてしまう。
「落ち着けって!アーサーがこいつの言葉は雑音だって言ってただろ!」
「そうだ!それに騎士は例え、どんな極悪人だろうと個人の感情では断罪できない!わかってるだろ!」
「ぐ…すまない」
「惨めなものだな。目の前に親の仇がいるのに指を咥えて見てることしか出来ない。手錠を何重にもハメられて碌に身動き取れない。首を取るには絶好のチャンスなのにな?空の上から早くそいつを殺せって聞こえてこないのか?」
「アァァァァァ!!」
「お、おい!」
「アベンさん。なにか逃げ出す算段でもあるのですか?」
「いや、暇つぶし」
またもや取り抑えられている男は、まるでゼラニウムの様な目をしてこちらを睨んでくる。怨まれるのには慣れているから特にこれと言った感情は浮かばない。しいと言えば、五月蝿いくらいのことだ。
「だめだ…悪い俺はピエトロさんの方に行ってる。話してるだけで殺したくなってくる」
「あ、ああ。それがいい。こっちは任せとけ」
「尻尾巻いて逃げるのか。はは、命令違反になったていいんじゃないか?どうせ俺は死刑だろうよ?だったら親の仇取れた方がいいよな?」
「…邪魔だ、どけ!」
「きゃっ!ちょっと、やめなさいって!」
「黙れ!俺が今ここでこいつを殺すんだ!」
振り上げた剣の刀身が薄く輝いているのを見ると何かしらの魔法が付与されているに違いない。
首を跳ね飛ばそうと振り下ろした剣は体を逸らしたアベンの腕を断ち切り胴体にまで深々と傷を付ける。そこで再び仲間たちに取り抑えられてしまった。
「離せ!くそッ!殺す!殺してやる!」
「おいピエトロさん呼んでこいよ!もうこいつ抑えてらんねえ!」
「わ、わかった!」
ボトリとなにかが落ちる音がする。音の正体に思わず胃の内容物が出そうになる。断ち切られた病魔を招く者の腕が手錠からずり落ちたものだった。元より魔法による錠の堅固化の為、関節を外せれば簡単に外される物であった。対策のために下手に動けば第二門の雷魔法が体に流れるというものも体から離れた腕には意味がないだろう。
「ふう、助かった。1号よろしく頼む。4号は鍵開け」
「あ、しーちゃん!次私も!」
「しまった!」
「お、おいどうすんだよ!」
先程落ちた手はアベンの開けた小瓶から出た緑色のスライムによってほぼ治っている。錠の方はというともう既に最期の鍵が開けられ、もう1人の女の方の錠を開け始めていた。
「助かったよ。ありがとう、これでお前は国家反逆罪の男を逃した奴ってことになるな」
「お、俺が…」
「落ち着け!普通は切り落とされた腕をくっつけて逃げ出すような奴はいない!」
「そ、そうだよ!」
「私、自由です!やったー!バイバイ奴隷生活ー!鞭打ち、水責め、爪剥がしー!」
「ああ、籠預かる。さて、お暇させてもらうか」
「はい!」
抑えていた者を離し一斉にこちらに剣や杖を向ける。向こうからピエトロと先程の4人がこちらへ向かってくる。
「ミア、鏑蟹って知ってるか?」
「たしか、陸上に住む音で狩りをする蟹ですよね?左が鏑、右が戦闘や捕食用の大きなハサミ。鏑の音の大きさが縄張り争いや求愛行動になっているって。あ、それで鏑の音を聞いた生物は平衡感覚を失って暫く満足に動けなくなってしまってそこを鏑蟹が捕食するんですよね。普段は温厚で争いを好まず、小動物や虫を捕食対象としていますが、繁殖期や気が立っているときは大きな獲物。それこそ3メートル近くある熊すら捕食するとか。音が耳に入るだけで動けなるという事は吟遊詩人の歌に近い効果があるのかもしれないと言われてますがなにせ聞いただけで動けなくなるのですから研究も進んで無いらしいですし。それに、食べた物や住んでる環境によって鏑の音も違うとか…」
「…わかってりゃいいんだ。耳塞げ」
「あ、はい!」
「アベン!待ちなさい!」
「じゃあなピエトロ。人は考える葦だって聞いたことがある。なら、お前の能力だってきっと進化するさ。目指せ犠牲者0人だな」
全員が駆け出す。必ずここで捕まえなければならないと。
一方の追われる方はなにやら耳栓を取り出し、籠から小さな蟹を取り出す。
「ッ⁉︎全員耳を塞ぎッ!」
ギィィィィィィィィイイィィン
耳を押さえたくなる様であり、どこか綺麗な音が聞こえる。その音を聞いたであろう騎士団の面々は次々と膝をつく。無論ピエトロと言えど膝をつき逃げるのをただ、ただ見ることしかできない。
「ありがとう。あとで桃源鳥のお肉あげる」
「凄いこんなに小さいのに鏑の音は一体どこまで…あ、空を飛んでいた鳥が落ちてきました!なるほどやっぱり吟遊詩人の歌と似た効果があるみたいですね。それに鏑もなかなかに特徴的な形を…」
「後で好きなだけ見せてやる。今は逃げるのが先だ。
「あ、はい!騎士団の皆さん!お達者で!」
走り出したアベンの後ろをとてとてと走っていくカルミアの姿もだんだんと遠くなっていく。それを歯軋りして見ていることしかできない。
「くそッ!体が…まともに立ってられない!」
「病魔を招く者が!」
「はぁ…放っておきなさい。今は平衡感覚が戻り次第怪我人の転移を優先です」
「副団長!いいんですか⁉︎あいつは罪の無い人々の命を大量に奪い!あまつさえ、この事件の首謀者の命ですら弄ぶ様な奴です!そんな奴を見逃すなど!見損ないました!」
「…アーサー君。あまり調子に乗らないでください。貴方は優秀で学生でありながらも騎士団の私の補佐としていますが、別に貴方は偉いわけでもなんでもない。むしろ補佐し命令を聞く方です。それとも今の学園はそのようなことすら教えてないので…?」
「ッ‼︎…申し訳…ありません。つい頭に血が上ってしまい…」
「はぁ…若いから情熱が凄いですが…まあ、いいでしょう。あの男はどうせ村にいますよ。明日の明け方にでも出発するのでしょう。動けるようになったら、準備をしましょう。そろそろ長年続いた追いかけっこも終わりです」
「「了解しました!我らが仮面に誓って!」」
「あー…俺、仮面つけてないけどぉ大丈夫か?」
「あとで渡しますよ。要望があれば言ってくださいね」
「村で一泊していこう。経過観察もしたい」
「わかりましたー!ご飯貰えますかね?粘性の味のする泥以外ならなんでも食べたいです」
「痛烈な食事事情だな」
結局そこまで遠くに逃げることなくテッドのいる村まで来た。まあ、最悪カルミアだけ置いて逃げればいいかと思いながら真っ赤に染まった白衣を籠にしまい新しいものを取り出す。
「替えあるんですね。あ、私も着替えたいなー…なんて?」
「漏らしたも「漏らしてません!断じて!汗です汗!」」
「あ、お前裁縫出来る?出来るなら後で塗ってくれ」
「あ、頑張ります」
と話しているうちにテッド宅に着いた。まあ、迷惑になりそうだったらさっさと出て行けば…
「お?アベ坊じゃねえか!入れ入れ!」
「なんだい?おや、アベンじゃないか。泊まっていくかい?」
「お兄さんこんにちは!遊ぼー!」
「おや、薬師様ですか。この度は本当にありがとうございました。もう、ほぼ見えるようになりました」
入って早々これである。家族という物の形に客が入るとこうなのか?それとも、単にこの家族がこんな感じなのか。まあ、どちらにせよ一泊は土の上で寝ないで済むのはありがたい。
「あ、えーと…弟子も付いてきてしまったんですが。大丈夫ですか?」
「いいよいいよ、みんなで囲って食べればその分楽しいからね。まあ、まだ夜まで時間があるんだ。チコの相手でもしててくれると助かるね」
「あそぼー!」
「そうだな」
「アベンさん敬語?出来たんですね」
「商人舐めんな。客相手にゃ基本下だ」
カルミアとチコが仲良くなり相変わらず俺はテッドの酒の相手をさせられ、お婆ちゃんはそれをのんびりと眺めていた。五月蝿いのは好きじゃないが、飯は食わせてもらえるのだ。我慢していることにしよう。