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九匹目 それぞれの幕間

 留守番を任されたはいいものの…目の前にあるのは天秤と薬包紙、おそらく私の代わりに使っているのだろう何かの血、それと薄紫色の粉。


「え…私はどうすればいいのですか…」


 アベンから頼んだと言われたので意気揚々としていたが…どうすればいいのかわからない。天秤にのせて重さを測って血と混ぜて薬包紙にのせる…それだけなら出来るがそんな簡単にできるものなのだろうか?いや、見た感じではそういうことをしていたのだけれど…


「うーん…もしかして失敗したらドカンとかないですよね…」


 そう考えながらも恐る恐る薄紫色の粉に手を伸ばそうとするとドアがノックされる。


「ひゃい!ど、どうぞ!」


 慌てて手を引っ込めると見覚えのある…というか昨晩スライムに捕食された挙句に擬態された老人が部屋の中に入ってきた。


「おや…ご主人はどこまで?」


「あ、え、えーと…領主さんの娘さんと魔道士さんと近くの森まで…」


「へえ…それで君は?」


「あ、薬調合しとけと…」


 質問をしながらスタスタと歩いてくる。見た目は年老いて枯れ木のようになろうと中身はスライムだからだろう。妙に姿勢が良く立ち姿も凛々しい。それにしても違和感しかない。声は老人にも若者にも聞こえる。だけど、なんだかアベンの声にも聞こえるし…変な人だ。


「ふむ…ご主人ブレンドの魔力強化剤だね。素材もいいものを使っている」


 薄紫色の粉と血を舐めると「流石はご主人だ」と嬉しそうに笑う。どんなに気さくに話しかけてこようとも、見た目は昨晩自分を犯そうとした人間の姿である。不快感というか生理的嫌悪感が凄まじい。出来れば…視界に入れたくない…


「え?えぇ…それ舐めて大丈夫なんですか?」


「人間が舐めたら死ぬよ」


「ひっ!」


 舐めたら死ぬのに舐めるの?なんなのこの人。あ、スライムか。いや、どっちにしろ頭おかしいよ!


「君さ、昨日の夜僕にあったでしょ?いや、生前の方じゃなくて擬態する前の方。僕はスライムだから死なないけど君は普通に死ぬよ。特にそっちの紫色の方。これは、冥灯蛾の鱗粉。それにカースドオークの血だよ。流石ご主人だ。なにかを得るには対価が必要。まさしくそれを体現した薬だね」


「め、冥灯蛾…って死者の道を列になって冥府までの道を灯すって言われてる蛾ですよね?出来れば鱗粉じゃなくて本物を見たかった…」


「探求心があるのかい?奴隷にしてはいいじゃないか。知ってるかい?あいつらが夜中に光るのは繁殖期だからなのさ。普段はそこらの蛾と見分けがつかないが繁殖の時だけああやって紫色に鱗粉が光るんだ。それを見た昔の人間が冥灯蛾なんて名前を付けたわけだ」


「なるほど…繁殖期…フェロモン等の関係が?」


「そうさ。特殊なフェロモンに鱗粉が反応して大気中の魔力を変換して紫色に光る。その時に落ちた鱗粉がこれさ。高濃度な魔力を含んでいるから常人が口に含めば簡単に魔力許容量をアップして死ぬってわけ。むしろノルドなんかは即死かもしれないよね」


「鱗粉が大気中に舞うからそれを吸った人は魔力許容量が超えて死ぬ…だから冥灯蛾のいる夜は死人が多い…なるほど…」


「その通りさ。凄いね君。ご主人にこの話をしても「薬の材料」の一言で済まされるから、こうやって話すのは久しぶりだよ」


 なんとか慣れてきたので短い間だけどよろしくと老人が手を差し出してきたので握手する。色々とお話しできる人…スライムが増えて嬉しくなってしまった。


「本は友達です!冒険譚も英雄伝も魔物図鑑だってなんだって!」


「なら、話を進めようか。そっちの血はカースドオークの血で…」


 擬態したスライムは饒舌に話し始め、自分もつられて沢山話してしまった。でも、この後戻ってきたアベンさんにお爺さん共々怒られました。



 二人から離れ、倒れている人間に近づくと僅かに息をしているのが確認できたので声をかけてみる。


「…生きてる?」


「……け……く……」


「あ、生きてた」


 もう虫の息だろうな。段々と血の気も引いていっている。近くで見れば背中に斜めに切り込まれた傷が痛々しい。背後からの一撃で致命傷か?その他にも赤黒い斑点が服のあちこちに出来ている。おそらく先日聞いた討伐された盗賊の生き残りだろう。


「しかし、どうしたものかな…連れて帰るか?いや、戦力にならないし見殺しにした方がいいな。じゃあな」


「待って…く…れ…」


「待たない。時間の無駄だ」


「たのむ…」


 年齢は四十を超えたくらいだろうか必死になって足に縋り付いてきて、血が足りないのか青白くなった顔で必死に懇願してくる。


「死にたくないんだ…助けてくれ…」


「誰だって遅かれ早かれ死ぬんだ。諦めろ」


「たのむ…お願いだ…」


「なら、理由を言えよ。そこまでして生き延びたい理由を。つまらなかったらマンドラゴラの苗床にでもしてやるよ」


 死にたてほやほやの死体ならいいマンドラゴラの苗床になるだろう。それに薬師にとってだけでなく他の連中にも高く売れる。何せ死体でしか成長しないのだから倫理観やらなんやらで忌避されて産出量も低いのだ。その癖して大事に育てて、いざ収穫と引っこ抜けば耳が裂けるほどの叫声を上げる。


「………」


「ん?おーい…あ、死んだのか。さて、金目の物でも持ってないかな…ん?」


 黄泉路の路銀も必要ないだろうと死体の身に着けていた服のポケットや腰のポーチの中を漁ると端金程度の銅貨6枚と一本のナイフが出てきた。


「へえ、魔法が付与された短剣かそこそこの値段になりそうだな。さて、死体は約束通りマンドラゴラの苗床に…」


「おい!そこのお前!なにをしている!」


 なんだかとても聞き覚えのある声がした。振り返ればやはりと言うべきか先日の騎士がいた。たしか名前は…


「…アーサーだっけ?」


「おや?アベン殿ではありませんか。このような場所でどうされましたか?」


「人が死んでたから埋葬でもしてやろうと」


 まあ、盗れる物は盗ったし後はこいつに処理を任せるか。マンドラゴラの苗床に出来ないのは残念だが…

 アーサーは相変わらずこちらを訝しげに見ながら近づいてきて死体を一瞥する。


「…ん?アベン殿。それは盗賊じゃないですか?」


「さあ?死んでたから話してないしな」


 若干疑い深そうにこちらを見るがすぐに自分が手に持っていたナイフに目が移る。


「その手のものは…」


「護身用だ。ほら、最近物騒だからな。史上最悪の犯罪者様が最近うろついてるだろ?まあ、会ったら生きてる保証はどこにもないが気休め程度に」


「なるほど。失礼しました」


 アーサーは深々と頭を下げてくる。相変わらず騎士団の連中は…関わりたくないような奴らばかりだ。

 早くどこかに行ってくれないかなと考えていると、ふと何かを思い出したかのようにアーサーは顔を上げる。


「ああ、そうだ。話は変わりますが副団長のご友人とのことでしたが、あの…一体どちらでご友人に?王国騎士団副団長と薬師。接点などまるで思いつかないのですが…」


「あんまり人の過去を詮索するのは良くないと思うな。まあ、結構恨まれていると思うとだけは言っておこう」


 なにを楽しそうに談笑してるんだこの騎士。ただ、隙はない…単に疑いやすい性格なのかもしれないがポケットに手を突っ込もうなら即座に斬りかかってきそうだな。こんなことになるなら小瓶の蓋を開けておけばよかった…


「その男は先日の盗賊達の生き残りだったみたいですね。死人に口なし。生きていれば何かしらの情報は得られたかもしれませんが…」


「とりあえず埋葬でもしよう死体を野ざらしにしたら魔物も集まってくるし」


「え?アベン殿なにを言ってるのですか?」


 何を言っているんだこいつとでも言いたげにアーサーはこちらを見てくる。まあ、死体漁りはしていたが埋葬くらいはしてやらないと。


「悪人だろうが聖人だろうが死んだらそこまでだろ。ほら、そのでかい剣で穴を掘れよ」


「はぁ…アベン殿。それは罪人です。埋葬もなにもそんな汚物が土に還るだけでここら一体が汚染されます…」


「あれ、もしかして王国に埋葬って文化ない?」


「ですから、その男は盗賊です。ならばこうするのが自然でしょう」


 そう言って懐から羊皮紙を取り出す。羊皮紙を死体の上に乗せると羊皮紙が勝手に開き内側に書いてあった魔法陣が淡く輝き、次いで青白い炎で死体は包まれる。魔力によって形成された青い炎はやがて死体を綺麗さっぱりに燃え尽きてしまった。


「これは、浄化の炎と呼ばれる魔法です。咎人はこれで魂まで燃やし輪廻転成の輪から外れます。やがてこの世界には正義の心と慈愛の心を持つものしか産まれなくなるでしょう」


 …なるほど、逝かれた国だとは思っていたがここまでとはな…これならあの邪教崇拝してる教国の方が幾分マシな気がする。聞かなかったことにしておこう。


「じゃあ、俺はこの辺で…」


「ちょっと待ってください!」


「…今度はなんだよ」


「実は副団長が貴方を病魔を招く者だと言っていたのです。なにがあったかは知りませんがそれほどに怒っているのではないですか?謝りに行った方がよいかと…」


「そうなのか。いや、ありがとうアーサー。また今度会った時に謝るとするよ」

 

 仮に信じて襲ってきたら返り討ちに…は出来ないな。今はスライム達は瓶の中だしこいつがどんな能力かも知らない。そも、騎士団の連中と正面切って戦うなど愚の骨頂だ。


「村へ戻られるのですか?でしたらお送りしますが…」


「あーあ…いいよ。仕事中なんだ。それにすぐそこだからな」


「わかりました。お気を付けて!」


 あの変態戦闘狂の部下にしてはまともな奴だと思ったが、そもそもこいつも騎士団の一人なら逝かれてるに違いないので早々にここから離れるとしよう。


「お婆ちゃんの様子でも見たら帰るか…」



「よお!アベ坊生きてたか!」


「どうもお久しぶりです。テッド…さん。お元気そうで」


「ははは!お前さんが貴族の屋敷に連れてかれてまだ1週間しか経ってねえからな!風邪引いたって治っちまうよ!」


 テッド宅には思ったより早く着きドアを叩けば最初に会った時のように腕をつかまれ仲に連れ込まれる。


「お婆ちゃんどうですか?」


「おう、少しだが見え始めてきたみたいだ!婆ちゃん、婆ちゃん!!アベ坊が来たぞ!!」


「大声出すんじゃないよ!チコが昼寝してるでしょうが!」


「ゴハッ!かーっ!いってえなぁ!母ちゃん、アベ坊が来たんだぜ!静かにしてられっかよ!」


「あんたの声がでかくてこっちまで聞こえてくるんだよ!アベン、いらっしゃい。なにか領主に酷いことされてないかい?」


「あ、どうも。まあ、見た通り特には…」


 これが家族というものなのだろうか?普通、鍋が顔面に投げられ、しかもそれが当たったらもっと怒るだろうに。それともテッドとミリアだけなのだろうか?ううむ、不思議だな。


「おや、薬師様かい。あんたの薬は凄いねぇ」


「どうも。どうですか?目の調子の方は」


「2年ぶりに孫娘の顔が見れたよ。ちょっと見ないうちにまた可愛くなっててねぇ…おっと婆さんのお話の前に目だね」


 椅子に寄りかかりながら柔和な笑みを浮かべている。ギィ…ギィとお婆ちゃんの揺らす椅子の音だけが妙に大きく聞こえてくる。


「えーとですね…塗る量を今の半分にして大丈夫ですね。思ったより治りが早いので。それと、なるべく遠くの物を見るといいかもしれません。目の活動が活発になると思うので」


「そうかい。本当に感謝しても仕切れないよ…真っ暗な2年間に比べりゃ、あとほんの少しの我慢だ。どうってことないよ」


 椅子をまた鳴らしながらお婆ちゃんは窓の外を眺め始める。彼女の目に映る色はかつて見た来た世界と同じように色付けられるだろうか?正直失敗するかもしれないと思っていたが無事に見えるようになりそうだ。


「アベ坊。少ないけどな。感謝の気持ちだ…受け取ってくれ」


「一宿一飯の礼だから大丈夫ですって。皆さんと一緒に美味しいシチューを食べさせてもいましたし」


「なんだ、普通の事じゃねえか。困ってる人は助ける。それに家族が一緒に飯食うのも当たり前だろうよ。ほれ受け取れって」


 自分でもなにを言ってるのかわからない。今までにも何度も泊めてもらったりもしたがこのようなことは考えなかった。ああ、そうか…


「なら、お言葉に甘えて……」


 懐かしんでいたのか?昔のことを、思い出さなくてもいいことを。


『私たちは家族だろ?』


 …嫌な記憶がよみがえってきた

 

『お前は自慢の息子だよ。どんな悪ガキだろうとな』


 …もしそうだっていうなら、こんな大犯罪人をあんたらは許してくれるのか?


「アベ坊…?」


「ったく…あんたは、無理やり渡すのだってよかないんだよ」


「いえ…有難くいただきます。あ、そろそろ戻らないと探される可能性があるので…その、近々旅に戻るのでその前にもう一度来ますね」


「そうかい。チコにまた顔を見せてやってくれよ…さて、テッドほれこっちに来ないか。説教だよ」


「婆ちゃん、勘弁してくれよ!!」


 きっと、この人達は幸せなんだろうな。子がいて。親がいて。なにもなく。くだらないほど平凡な日常を生きるのだから。


「…くだらねえな」


「ん?なんか言ったかい?」


「いえ、独り言ですので。では」


 足早にテッド宅を出た。




 アーノルドはふらふらと今にも倒れそうになりながら客人が来てると言われたのでゼラニウムに案内されるがままに応接間に向かう。最近何故が疲れがとても溜まっていて先ほども立ちくらみがした。国王陛下からの勅命であるこの仕事にやり甲斐が感じるが少し根詰めすぎたのかもしれないな…客人が帰ったら少し休むとしよう。


「アーノルド様、ご気分が優れないようでしたら…先方には帰っていただきますか?」


「大丈夫だ。私も久方ぶりに会って話をしたかったところだ」


 訪ねて来た者は今やこんな片田舎ですら名を知らないのは赤子ぐらいであろう。王国騎士団副団長ピエトロ=アウナレスだ。王都内やその近辺だけでなく王国が保有する国土内の荒事を解決している。それ故か旧知の仲と言えど近くに来る用事が無ければ話す機会も殆ど無い。そんな彼が自ら訪ねてきたのだ、久方ぶりにゆっくりと話をしたい。


「そう…ですか…ですが、あまり無茶はされないでください。アーノルド様は一つのことに集中するとそれが終わるまで一睡もしないこともあります。ご友人と言えど、あまり話し過ぎないように…ピエトロ様もご心配されますし」


「ゼラニウム。流石に私と言えど寝るときは寝るさ。それに彼も忙しいだろうから、そう引き止めやしないさ。ところでバーベラは今日は何処まで?」


「シャガ殿と薬師殿を連れて森へ魔物狩りです。午後には戻るとのことでしたが」


「シャガ殿ならともかく薬師殿もか…娘を救ってくれたのは感謝しているが…彼はなんだか妙に信用出来ないのだが…見たこともない赤い花を咲かせていた。百合に近い花弁の形をしていたが…いやしかし受粉もせずに種だけが…あの花は一体なんなんだ…そも、あんなに早く育つ植物があるのだろうか?というか彼は薬師だろ?そもそもなんで花の種なんて持っているのか?薬の材料…なのか?」


「そういうところですよ」


 ゼラニウムは気を付けてくださいとでも言いたげに釘を刺してくる。自分にはもったいないくらいの優秀な部下だ。


「因みにあの花はマホウカズラと言う魔力を急速に吸って成長する特別な植物だそうです。本来なら捕虫袋から出る甘い香りで集まった小型の魔物を溶かして養分にしてるそうですよ。あれは彼が改良したものらしいですが」


「ふむ…聞いたことないな。後で薬師殿に詳しく聞いてみるとしよう」


「では、ごゆっくり」


 ゼラニウムがノックして部屋のドアを開ける。部屋の中には椅子に座り優雅にコーヒー飲んでいる友人がいた。


「お久しぶりですね。アーノルド。随分やつれているようですが…」


「久しぶりピエトロ。なに、心配はいらないさ少し仕事をしすぎただけだ。この件が終われば少しゆっくり休むことにするよ」


「まあ、君が大丈夫と言うなら大丈夫なのでしょうが…」


「まあね。ところで何か用事があって来たんだろ?君のことだ、ただ会いに来たってわけじゃないだろ?」


 いつのまにかゼラニウムが紅茶を淹れていたらしくそれに口を付ける。どうにもこの味はなんとも言えない美味しさがある。真似しようとしても決して出来ないのだが。


「ええ、仕事でこちらにまで来たので友人に会いにこようと思いましてね?」


「はは、ありがたいよ。最近は特に変わりはないかい?ああ、王都の話さ。新たな英雄様でも誕生してないかい?」


「英雄は誕生してませんが随分と元気な学生が今は私の補佐ですよ。若いですからね、血気盛んですよ。文字通りね」


「それは、アーサー=マーキュリー君のことかい?彼は凄いと聞くね。最年少で騎士団入りだろ?決して騎士団も弱くなったわけでもないのだろう?その中で外部から来ていきなり君の補佐とはなんとも言い難いね」


「多少、命令無視もしますがとても優秀ですよ。固有技能も中々に特殊でしてね。7人目の覚醒者になるかもしれないなんて言われてますよ」


「王国は安泰だね。しかし覚醒者か…あれから一人も出ていないんだろ?そう考えると本当に君…いや、君たちは規格外なんだね」


「私が勃起するほどの戦いはあれ以来ないですからね…」


「ははは。相変わらず君の言い方はなんとも言えないよ。しかし対峙しただけで生存本能が駆り立てられる…そんな化け物が今まで討伐もされずに生きているとはね…君らが素性を明かせばすぐに捕まるんじゃあないのかい?」


「誰でもない国王の命令ですよ。あれの正体は国家機密だそうです。正体が国中に引いては他国にでも漏洩すれば国内では混沌が国外では最悪とてつもない力を持った国が誕生してしまいますからね。洗脳なり勧誘で」


「そうか…確かに味方としても御免だが、敵として出て来たらそれこそ恐ろしいね。ああ、そういえば娘が目を覚ましたんだよ。今は治療に来てくださった王国魔導士殿と薬師殿を連れ立って近くの森へ魔物の調査へ行っているみたいだ」


 彼はそう言って再びカップに口を付ける。少し冷めてはしまったが美味しいのには変わりない。ピエトロと話しているとどうにも際限なく話してしまう。紅茶で喉を潤すとしよう。だがピエトロの方は慌てたように質問してくる。


「薬師!?もしかして、深緑色の髪をした気怠げな目をしたアベンと名乗る少年ですか?」


「ああ、そうだよ。もしかして知り合いかい?」


「…彼はまあ、友人と言ったところでしょうか…ただ、とても危険なので…」


「危険…そういえば見たことのない植物を扱っていたよ。薬師と名乗ってる割には薬ではなく魔力で育つ植物を使うとはなんとも言えないがな」


「そうですか…まあ、何もなければいいのですが…」


 ピエトロは珍しく不安そうな顔をしている。なるほど、彼がこれほど言うならアベンは危険な人物なのかもしれない…ゼラニウムに頼んで彼を屋敷から出してもらおう。元々、ゼラニウムがバーベラを目覚めさせてくれたので数日でも彼を泊めてはどうかと提案してきたのだし。


「話は変わりますが…この屋敷が盗賊の拠点になってるって話が上が─」


「ピエトロ!まさか、私を疑っているのか!」


 思わず机を叩いて身を乗り出してしまう。いくら旧知の仲と言えど言っていいことと悪いことがある。私が国を裏切るわけないだろう。だが、ピエトロは鋭い眼光でこちらを見てくる。


「…先日、処理した盗賊が手紙を持っていましてね。彼らの目的地がここでした」


「私は誰よりもこの国にそして、王に忠義を尽くしてきた。今までもこれからもだ!ましてや盗賊だと!?そんな手紙、私を貶める罠に違いないだろう!」


「わかっています。落ち着いてください」


 肩で息をしながら何とか心を落ち着かせる。興奮してしまったようだ。


「すまない…君の仕事上聞かなければいけないことなのに私は…」


「…自分が思ってる以上に疲れているようですね。国王陛下に報告で王都に来ますよね?その時に久しぶりに酒でも飲みましょう。ゆっくりと」


「あ、ああ…そうだね…なんだかそう言われると…凄く…ねむ…く…」


 疲れが限界に達したのか友人の前なのにうつらうつらとしてきて、そのまま急激に意識が飛んでしまう。



「主人に対して随分な行動ですね。それでも執事ですか?」


「ええ、これでも三年ほどアーノルド様付きの執事をやらせてもらっています」


 部屋の外からの魔力反応、そしてアーノルドはその魔法によって眠らされてしまった。そんな彼に対してゼラニウムは慌てる様子も詫びれる様子も無く深々とお辞儀してくる。


「初めまして、血濡れのピエロ。変幻自在で、儚く消える…陽炎盗賊団が団長。ゼラニウム=マルベスです。以後お見知り置きを…」


「なるほど。やつれてはいましたが…催眠かそれとも洗脳か、どちらにせよアーノルドに対して随分な事をしたようですね…私の友人に手を出したことを後悔させてあげましょうか…」


 剣を抜きゼラニウムに対して向ける。今すぐにこいつを殺すか?いや、こいつが手紙を書いた者なら情報を引き出させるか。


「使えません…よねぇ?なんたって今は大切なご友人がいますからね。巻き込んでしまっては大変ですものね?それに…貴方が私を殺す前にご友人を殺せますよ?」


「下種が…」


「ふふふ、盗賊ですから。まあ、落ち着いて座ってくださいよ。血濡れのピエロ。私が望むのは対話です。そのように殺気を向けられては怖くて話せませんよ」


 敵意は無いのだろう。だが、友人を人質に取られてる手前、ましてや能力の範囲内なのだから下手に動けない。


「…で?なんでしょうか?」


「話がわかる方は助かりますねぇ。話は簡単ですよ。我々は名声が欲しい。あなた方を倒したとという名声を、騎士団を滅ぼした盗賊と。そしてあなた方は我々の首が欲しい。上からの命令である片田舎の盗賊を討伐しろと。では、理解の一致ということで一つゲームでもと」


「ゲームだと?ふざけた真似を…」


「拒否権はないと思いますが?」


 部屋の外から再び魔力を感じる。拒否すればアーノルドを殺すとでも言いたげに。


「いいでしょう…それで?なにをするのですか?」


「簡単ですよ。明日の日の出。あなた方が屋敷を攻めてください。あなた方は攻撃側。私たちは防御側。スポーツみたいなものですよ」


 死人は出ますけどねと楽しそうに笑うゼラニウム。


「ああ、勿論。あなたも参加してくださいね?こちらにも特別な奴がいるので。まあ、巻き込まれないように手綱を握っておかなければなりませんがね?」


「そうですか…精々、内側から腐り落ちないことを祈ってますよ」


「ご忠告痛み入ります、道化師。勿論、種は撒いておきましたので…まあ、あれが種をどう思うかは知りませんが…まあ、その時はその時です!さあ、ゲームをしましょう。我々を一度壊滅にした貴方を殺したいと私の部下が騒いでいますのでね!」


 ゼラニウムの目には愉悦とともう一つドロドロと心の奥底で決して拭えない復讐の色が見えた。


「…悪いですが貴方以外には死んでもらうことになるでしょうね。情報は頭しか持ってませんよね?が、そもそも貴方にはそのような感情もありませんかね。誰かが死んで悲しむなんてことも」



「感情だと…?黙れ!黙れ黙れ黙れ!!あの、屑と貴様もそうだ!化け物どもめ、必ず殺してやるッ!」


 突然感情をむき出しにしてゼラニウムは激昂する。


「なにを怒っているのですが?こちらは友人を非道な盗賊に命を握られてしまっているのですよ?少しくらいあなた方の悪口くらい言わせてくださいよ。ねえ?それにアベン君も協力してるのでしょ?貴女のくだらない復讐劇に」


「非道だと…ふざけるな…ふざけるな、ふざけるなぁぁぁぁぁ!あれと同類にするんじゃねえ!あの屑と!倫理観のカケラもねェクソガキと!!」


「なにに怒ってるのかわかりませんが…アーノルドに手を出したら決して貴方を許すことはないでしょう。それだけは覚えておいてください。地獄の底にまで行きこの世に生きてきたことを後悔させてあげますよ…では、さようなら」


 早足に部屋を出て行く。屋敷を出るまでに何人かの使用人にあったが彼らも恐らくは盗賊だろう。こちらに向けてくる眼は殺意が籠もっていた。


「『通話』…メリダ、至急騎士団を集合させてください」


『了解しました!なにか、面倒事でも?』


「付き次第そちらで報告をします。それと潜入中の彼女の姿が見受けられませでした。一応の連絡を」


『はっ!』


 アベンがこの屋敷にいる…あれは危険だ。しかし、なぜ彼が陽炎盗賊団に手を貸す?自分が壊滅させた盗賊団に。贖罪?いや、そこまでまともな人間ではない…考えても無駄な事だ。とりあえずは伝えることが先決だ。



「はぁはぁ…クソが…どいつもこいつも!!」


 怒髪天になっていたが何とか心を落ち着かせる。そうだ、あと少しだ。あと少しであの屑どもを殺せる。その為に準備してきたのだ。息を切らしながらアーノルドを引きずり隣の部屋へ投げ込む。


「よお、団長。機嫌悪そうだな」


 自分と同じように執事服を着たロイスがいつの間にか背後にあり、いつものようになにが面白いのかニタニタと笑って声をかけてくる。


「はぁ……ええ、とても頭にくるやつがいたのでね。ロイス。ゴルドフとヒイラギ、それからウルイを呼んできてください。アベンは後でいいでしょう。ああ、それだけじゃなかった。使用人全員ですね」


「お?なんだ?なんか進展でもあったのかよ」


「ええ、ゲームの盤面は揃いました」


 先程と違い冷静に冷徹にいつものように笑みを浮かべる。


「開戦です。王国騎士団を…全滅させましょう」




「本当ですか、副団長!!」


 集まった騎士達に先ほどの話を話す。何人かは国内で起きた事件に向かってしまい人数は少なってはいるが、それでも精鋭ばかりだ。


「ええ、どうやらアーノルドは国を裏切るではなく単なる道具として扱われていたのでしょう」


「くッ…卑怯者共が!副団長!私と貴方さえいれば勝てます!今すぐにでも攻めましょう!」


「おい、アーサー!そんな言い方はないだろ!」


「そうよ。ちょっと優秀だからって!」


「うっ、いや…決してそういう意味ではなくて…」


 アーサーが失言して他の団員達に詰められている。いつもの事なので放っておいても大丈夫かと思っていると流石に見かねたのかメリダがフォロー入る。


「みんなもわかってるだろ。アーサーは脳筋だ。突っ込むことしか頭の中にない。気配りなんて出来るわけないだろう」


「メリダ、フォローになってないぞ!」


「それにだ、仮に2人で突っ込むとしてだ。それに相手には人質がいるが、あくまでゲームとして相舐めた態度をとってきたんだ。逆手に取らせてもらおう。それまでは殺さないだろうよ。我慢しろ」


「ええ、まさしく。それに彼はかなり疲労してましたから仮に…本人が脱出しようとも抵抗出来ないでしょう。それに我々とて荷物を抱えて戦うのはいささか分が悪いです」


「もしや、なにかしらの形で固有技能が?」


「ええ、おそらくは…さて、では各自戦闘準備を明日、日の出ともにくだらないゲームの開始です。奴らに目にものを見せてやりましょう」


「「はっ!我らが仮面に誓って!」」


 友人を盾に取ったのですから…それ相応の覚悟は持って待っているといいのですが。それに…ゼラニウムよりも危険な奴もいる。気を付けないといけない。




「さてと、お前ら。まずは、だ。なにをしていた」


「話していました」


「ご主人、カルミア君は凄いのだよ!まさしく知識の塊さ!わしらは半日話していたのに全く話題が尽きない!」


「お前は少し自重しろ。ミア、4号に習えって言ったよな?別によ、初めてだし作りかたもわからないだろうから精々3包程度出来てりゃいいと思ったよ。で、一体いくつ調合したんだっけ?」


「ぜ…ゼロです…」


「反省してるの?」


「してます!なんなら不甲斐ない自分への罰として体を差し出しても構いません!」


「あと少しでオークが繁殖期迎えるからその時に雌のオーガの小便体に塗りたくって縄張りの中に放り込んでやるよ。で?4号。見終わったの?」


 顔を真っ青にしながら嫌だ嫌だと足にすがりついてくる。ころころと変わる顔色を横目に老人の方を向くと済んでおりますと言いたげに笑う。


「目ぼしいものは特には…なんとも平凡でつまらない人生だったよ。昨晩襲ってきたの非常にくだらない理由だったしね」


「は?…ああ、ノルドだからか。魔法使えないノルドとそこそこ魔法が使えるじじいの交配で何が産まれてくるかは気になるが…わかった」


「確かに興味深いね」


「失礼します。アベン。いますか?」


 4号が不服そうな顔をするがしょうがないかと諦めていると部屋のドアがノックされゼラニウムの声がしてくる。


「…いるよ」


「失礼しますよ。アベン、開戦です。明日の日の出とともに薬の方は間に合いそうですか?」


「んー…幹部用は間に合うが部下の方はちと足りないかもな」


「ああ、それでしたら大丈夫です。残党が何人か到着したので…まあ、適当に」


「わかった。ほら、ミア血抜きの時間だ。立て立て」


「痛いのは嫌です!」


 カルミアがわざとらしく涙目になるが無視する。


「ゴルドフ、ここにいたのですか。探しましたよ」


「すまぬのう、ゼラニウム。じゃが、薬師として小童の腕を見ておってのう。まあまあの腕じゃな」


「そうかい。ゴルドフも明日は頼んだよ。やっと…復讐が出来るからね」


「任せてくれ。この老いぼれ…最後までゼラニウムについて行くわい」


「はは、頼もしい限りだよ。ああ、そうだったアベン。それ、こちらで処理しておきますよ」


「ん?ああ、いいよ。まだ使えるから」


「そうですか…では、明日楽しみにしてますよ。頼みましたよ。病魔を招く者」


 カルミアを連れて行こうとしていたがまだ利用価値はあるのでそばに置いておこう。それだけ言い残してゼラニウムは部屋を出ていく。


「…信用されてるな」


「みたいだね、僕はどうやら最初に出来た仲間らしく特別思い入れがあるようだよ」


 最初の仲間がスライムに溶かされた挙句に擬態されていても気づかねえものなのか。難儀だな。


「そういえばしーちゃんは…記憶も読んでるんですか?」


「そうだよ、幼少期から青年期であとは昨日の無様な姿までの記憶だね」


「そいつはまあ、その人間の人生という本を読んでるようなもんだからな。限りなく本物に近い偽物だ」


「凄いですねー…」


「さっさと薬調合したら明日は逃げるぞ。俺は約束は守るからな。ちゃんと逃がしてやる。お前がその先どうするかは…」


「ついて行きます!私、英雄伝も好きですけど、あれってどうしてもマンネリじゃないですか」


「それがどうかしたか?」


「でも、最悪最低の外道!ましてや、国一の犯罪者!そんな方と旅に出られるなんて夢みたいですよ!あ、でも私甘い物とかも食べてみたいし!それに、アベンさんが見た景色も見てみたいです!やりたいことがいっぱいあります!」


「そ、そうか」


「ご主人が気圧されるなんて初めてじゃないかい?」


「まあ…そうだな。あ、4号それ棄てていいぞ。じじいは…まあ、交戦で死んだってことにすりゃいい」


「了解した。ご主人、最後に頭を撫でてもらってもいいかい?ご褒美は僕も他の子達も欲しいからね?」


「俺にその白髪頭のじじいを撫でろってのか?」


「中身は僕さ!それにご主人言ってただろ?大切なのは見た目より中身だって!」


「ありゃあ、外皮より内蔵の方が美味いって話だし、言ったの俺じゃねえよ。まあ、いいや。ほれ、頑張ったな」


「えへへ、照れる」


「アベンさん、すみません。流石にそれは…」


「何も言うな」


 事情を知らなければどう見たって少年がじじいの頭を撫でていてじじいが照れているという状態である。正直言って中身はともかく吐き気がする。


「ありがとう、ご主人。また何かあったら言ってね。僕らは君の半身なんだから」


 そう言うと老人の体は崩れ、溶けていきやがて手のひらサイズの群青色のスライムに戻る。スライムは機嫌良さそうに小瓶へと入ると小瓶をカバンへとしまう。


「ミア、さっきから表情がころころ変わるのはわかったから。とりあえず荷物まとめとけって…そう言えばお前荷物も何もないな」


「は、はい!大丈夫です!身軽についていけます!」


「そうか…いらねえもんはついでに捨てていくか…あ、忘れてた」


「あの、それは?」


 白衣のポケットから取り出した物を見てミアが興味深げに見る。


「拾い物だ。魔法付与された短剣だからそこそこの値段で売れると思うが…刀身はどうなってるか…あ…」


 スラリと引き抜いた探検には穴が三つそのうち二つには丸い魔石がはめ込まれていた」


「これは…追憶の小剣(メモリーズナイフ)…ですか?」


「うわ。未使用ならともかく使用済みかよ。売れないじゃん。捨てよ」


 追憶の短剣は確かに魔法付与された武器ではあるが用途は全く違う。追憶の名の通り記憶を追う。最大3つまでの記憶が保存できるその短剣は2つの穴が使用されていて外すこともできない。誰かの記憶がストックされていると裏でも売れない。拾い損だな。いや、盗み損か?


「あ、捨てる前に見ましょうよ!」


「わかったから袖を引っ張るな伸びる」


「えーと…使い方は魔石に触れるんですよね?魔力使えないけど大丈夫ですかね?」


 カルミアがそう言って触れると短剣から映像が投影される。


「へえ…」


 一つはおそらく家族の記録だろう。笑う少女とおそらく奥さんであろう人物が映っているので、あの死体は父親だったらしい。それともう一つ…横で見ていたカルミアは絶句していたが…絶叫と父親の悲鳴らしきもの、凌辱され虚ろな目の妻と娘…


「ふむ…趣味が悪いな」


「これって…」


 犯罪に巻き込まれえたか?妻と娘を助けたくばという感じか?それならもうとっくの昔に奴隷商にでも売られているだろうな。


「…ああ、思い出した」


「え?もしかしてこれ…アベンさんが?」


「いや別件だ」


 まあ…あとでいいか

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