零匹目 薬師の少年
「あアあぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
いつもなら賑わい人々が行きかう往来も奇妙にも着ていたであろう服と染み付いたタールのような黒い液体。人はおろか動物すらいない。ほんの数分前まで賑わっていた町は陰鬱として人は愚か生き物の姿も見えない。
少年はそんな中、久しい感覚だったか生まれて初めて感じる心の痛みか、胸を締め付ける不可解な感覚に顔を歪める。
「ムサシ…?シーナ…?ゼロ…どこだ?」
言葉も返事も帰ってこない。ただ、静寂と…いや、幾人かこちらへと向かってくるのだろう足音が近づいてくる。
皆一様にこちらを向き、恐怖かあるいはまるで人間ではないナニカを見るような冷たい視線を向けてきて…そして俺に向かって武器を構える。
「違う!違う違う違う違う!やめろ!俺は…僕は…!!」
鋭敏になった聴覚がその連中の言葉を聞き取った。「あいつがこの街を壊した化け物だ」「殺せ」
「お、俺は――」
そんなこと聞いちゃいねえよと彼らは杖を構えて魔法を放つ。ああ、そうだ…やっぱり人間は話もろくに聞かないクズしかいないんだ。僕を…俺を理解してくれた人だけなんだ。炎の魔法によって四肢が焼け溶ける。遺体。電撃の魔法が全身を内側から壊し内臓が破裂して、眼球が蒸発する。内側から黒い感情が溢れ出る。殺そう。目に映るすべてを。こんな世界、あの人たちのいない世界なんて。
『全部、喰い溶かしてやる』
気付けば黒く浸食された世界にただ一人立っていた。もう誰もいない。生きるもの、魔力を持つ生物、ありとあらゆるものが死に絶え残るのは黒いタール状の液体のみ。まるで自分の心のようにドロドロと真っ黒で綺麗だ。
その出来事は不運なことに少年が生まれて二度目の幸せを感じた日であり、奇しくも彼がこの世に生を受けた日でもあった。
「ほら、終わったぞ」
その少年は白衣を着て薬草のような色をした髪をかきながらを座り込む少女の足に丁寧に包帯を巻いていく。
「ありがとうございます…」
先程まではしゃいでいた少女は申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「明日には傷は治っていると思うがあまり派手に動くんじゃないぞ」
「はーい…」
薬草取りにでも出掛けていたのだろうか。ほんの数分前に少女は大きめの袋を持ちながら走ってきた。無論わざわざ邪魔しようとも思わないが袋のせいで足元が見えなく転んでしまったのだ。
そして目の前で転んだ少女は泣きそうになりながら近くにいた自分のを凝視してきた。放っておいてもいいが後程面倒なことになりそうなので治療をしてやった。
「お兄さん、回復魔法とか使えないの?」
「魔法適正も固有技能も持たない社会の底辺だ。優しくしてくれ」
少女は少し驚いたような顔をするがすぐに転ぶ前に浮かべていた笑顔を向けて「じゃあ、優しくする」と言った。
魔法は大昔から研究されていて大抵の人間は使える。使えない人間の方が逆に数えるほどであり、使えなくても固有技能と呼ばれる魔法とはまた方向性の違う能力を授かっていることが多い。
どちらも持っていないというのはある意味ではレアケースなのだろう。まじまじと自分を見てくるが特に興味もわかないのだろう、すぐにまた話し始める。
「あ、お兄さんもしかして薬師さん!?時代遅れのお薬マニアさんで、薬草ゴリゴリしたり変な虫とかモンスターからお薬作る人でしょ!!おばあちゃんが前に言ってた」
少女の声音には悪意などなく純粋な質問。子供故の心に思った疑問を素直に言っただけそれは分かっているが、一瞬首をねじ切ってやろうかと思ったが我慢し下手な三文芝居を始める。
「じ、時代遅れ…あ、ああ…そうだな」
少年は表情を変えず目だけを虚ろにしてブツブツと独り言のように呟いている。実際には微塵にもそのようなことは思っていない。薬師というのも勝手に名乗っているだけだ。こだわりとかは特になく、いわばその場のノリで言っているようなものだ。
「お婆ちゃんが『魔法より薬師様の薬の方がいいんだよ。あまり魔法にばかり頼るのではないよ』って前に言ってたよ!」
「素晴らしい考えだ。仲良くできそうだ」
「だから元気出してね!」
少女はそう言って袋を持ち上げると走って行ってしまう。
「…あのガキ、人の話聞いてたのか?」
まあ、どうなろうが彼女の体なのでどうでもいいが。
さっさと使っていた道具や薬品を背負っていた籠にしまうと少女の走り去った方向に歩を進める。
しばらく歩くと小さな農村が見えてきた。おそらく彼女もあそこの村へと向かったのだろう。平和的に寝床にたどり着ければありがたいことだ。
「こんな辺境の村の一つや二つなくなったところで誰も騒がねえだろうけどな」
自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、少年は村の中へと入っていった。