第3章 彼女は見つけた
「涼太…!私の、小説の表紙を描いてくれ!」
叫んだ明日菜にさらに固まる涼太。
「…は?」
思わず声が漏れた。
「…ようやく見つけた。君は私の小説の絵を描いてくれる人だ…」
感激に目を細める明日菜に戸惑う涼太。
「ち、ちょっと待ってください!小説の絵って…?なんのことですか?!」
満足気な明日菜は言う。
「言っただろう?本業は小説家だと!…君は私の思い描く絵が描ける」
涼太はさらに戸惑った。
「…涼太、君の絵は美しい。独特なセンスに恵まれている。私は君のような絵を描く人を求めていた!」
至極嬉しそうな明日菜は感激のあまり涼太の手を握って言った。
「いや…あの…」
顔を赤く染めた涼太がわたわたと抵抗できず手を握られている。
「僕はただの美大生ですよ…?そんな大層なこと…」
「謙遜するな!私は君が描く絵が好きだよ」
薄く目元に緩やかなシワができて、嬉しそうに震えた。
「…っ…そんな…でも…」
目を伏せる涼太に明日菜は言う。
「改めましてよろしく。ペンネームは青木 嶺だ」
「あっ!?青木 嶺…?!まさか…もしかして…」
その名前に恐怖に似た驚きが声に弾む。
「おや?知っていてくれてるのかい?」
「知ってるも何も…直木賞を電撃受賞した…天才小説家…」
パクパクと口を喘がせて絶句する涼太に「天才だなんて…」と照れる明日菜。
「素顔を出さない仮面作家で、自分の小説の表紙が気に入らないと言って発売を送らせている…我儘傍若無人と噂されるあの…」
「それは余計な情報だな」
明日菜が真顔に戻った。
「あ…あ…」
何か悪い夢でも見たように震えている涼太をチョコレートパフェを食べ終えた少女がくいっと涼太の服を引っ張った。
「…あ。食べ終わったんだね…ふふ、チョコで口元べったりだ…」
ハンカチを取り出す涼太に明日菜がハッとして言った。
「そうだ涼太、その子には名前がないな」
ハンカチで口元を拭ってあげながら涼太が振り返る。
少しの間存在を忘れられていたのが不服だったのか「うーっ!」という呻き声をあげる少女。
「そういえばそうですね…どうしよう…」
考え出したところでいつの間にか少女のところへ移動した明日菜がしゃがんで少女の目線に顔を合わせた。
「そうだな…銀。お前の名前は銀だ」
安直な名前にえっとなる涼太を差し置いて当の本人は長いまつ毛を震わせて目を見開いた。
「ぎ…ん」
そう小さく言葉を話した少女に驚く二人。
「銀。そう銀だ。気に入ったか?」
「ぎん!」
嬉しそうに声をあげる銀の頭を撫でる明日菜。
「なま…え!ぎん!」
きゃっきゃっと笑う少女はパタパタと足をばたつかせた。
「はは…可愛いなぁお前は…」
にやける明日菜を見て、まぁいいかと思った涼太は笑った。
「ぱぱ、ま…ま」
くるりと涼太の方を振り返って、それから前を向いて明日菜を見ると笑った。
「パパ、ママ…?」
「それって…」
「僕たち?!」
赤くなる涼太に明日菜はあははと笑った。
「今日からパパとママの代わりだなぁ」