第1章 プロローグ
止まっている様な時の流れに唖然とした。
誰もが目を見開いて驚愕した。
大地を震わす歌声に。
クリスマス間近の駅前はネオンに囲まれてぼんやりと輝いていた。
そこには数人の人だかり。
しかし人気がないのではなく今歌い始めたばかりなので驚きに動けないものが多いだけだった。
ギターを膝に抱え、ロングスカートの美女が歌っていた。
流れるような髪がその長さに応じてゆらりゆらりと波打っている。
来ているロングスカートと同じように長い髪。
それは美しい金色に染まっていた。
目を奪われるような容姿とこの美声。
神様から貰った贈り物のように囁かれるその美しさは人々を魅了した。
美大生は見ていた。
男は持っていたスケッチブックを落としそうになった。
少し冴えない雰囲気を漂わせてはいるが目鼻立ちは整っており、イケメンといってもいいだろう。タートルネックの首元が揺れてその目は見開かれる。
しかし決して美人のシンガーに見惚れたわけではない。
あまりにもそれ《・・》が美しかったから…
水流のように流れる白銀の髪、薄ら寒い雪の降る朝を思わせるような冷たい瞳。
白く、何色にも染まらないと提唱しているようなワンピースを揺らがせ、星の降るどこまでも続く透明な水面に優雅に髪を遊ばせて美声を響かせるその存在《少女》は、歌っているシンガーの幼い頃のような顔をしていた。
それが、美大生の青年の見たイメージだった。
歌っている彼女の、頭の中の出来事だった。
(なんて…美しい…)
それは小さな希望と鮮やかな無邪気さを絡めた一枚の絵画のようだった。
恐れることを知らず、ただただ歌い続ける存在。
イメージの中の少女は歌い終わると、同時に現実世界の美女シンガーも歌い終えた。
周りがハッとして拍手と歓声をあげる。
美大生はそのイメージに引き寄せられるように、ふらふらと彼女に近寄って行った。
拍手が徐々に止んで行き、青年とシンガーが対面する。
自然に彼はスケッチブックを取り出し、鉛筆を走らせていた。
イメージはまだ続いており、イメージの中の少女は賞賛や賛美の言葉を受ける美女とその周りを見ながらにこにこと笑っていた。
拍手は徐々に収まって行き、人だかりは冷め、消えて行き、とうとう青年とシンガーだけになった。
「さっきから何を描いてるんだ?」
突然降って来た声に驚いて青年が顔を上げる。
「え…」
「や、熱心に描いているからつい声を…」
シンガーは恐縮して言った。
「ああ…すみません。大したものではありませんよ」
ごまかすとシンガーは笑った。
沈黙。
「えっと…綺麗な、声ですね」
青年は美女の頭のやや上を気にしながら言った。
「ありがとう」
歌っている時より男らしい口調と声だった。
ギャップに少し戸惑いながら更に青年は誤魔化すように問いかける。
正直、自分から美人な女の人に話しかけることなどめったにしないのだが。
イメージの中でくすくす笑いながら少女は青年に手を振った。
「…どこか…歌を習ったりしたんですか?」
不自然にならない程度に目配せしながら聞く。
「いや、歌は趣味だ。本業は…」
その時青年が手を滑らせて鉛筆が落ち、乾いた音を立てる。
「あっ…」
拾おうとしてしゃがんだ青年がスケッチブックも落とす。
「ああ…」
落ちたスケッチブックと鉛筆をシンガーと同時に拾おうとしてシンガーがスケッチブックに手を伸ばして描かれていた絵をちら、と見る。
「え…?」
絵を見られたのに気づいてハッとすると少女が笑って睫毛を震わせて笑い、美女の頭の上から手を伸ばした。
(………え?)
枠組みのようになっているイメージと現実の境目から手を伸ばす。
息を飲んだその瞬間、まるでそうなる事が用意されていたように誰の視線も彼らのところには届かなかった。
美女も異変に気付き、慌てて両手を突き出した青年に何か言いかける。
「?さっきから何を___」
見て____は、言えなかった。
突然彼女の頭上から真っ白な少女が飛び出してきて落下し、青年に見事にキャッチされたのだ。
「?!…女の子?…いったい、どこから…?」
銀髪の少女は肌着のまま、長くさらさらとした銀髪を青年の腕に絡ませ、自身も目をぱちくりさせてその腕に収まっていた。