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運命様にさようなら  作者: 杉田古文
龍人伝承「始」
2/5

過去との対峙は難しく

どうも杉田古文です。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。今回キャラクターが突然増えます。区別がつきにくいかもしれませんが最後まで楽しく読んでいただければ幸いです。

 龍結帝国(りゅうけつていこく)

 位置的にはこの世界の極東に位置しており、そこまで大きくない国である。

 しかし世界でも先進国の1つであり、魔法学発祥の国である。

 そんなこの国は領域戦争時、最も早く龍と盟約を交わした国でもあり、そのためか他の国に比べ龍人への差別が少ない方でもあり、拓也を含め多くの龍人が暮らしている。

 政策的に 見ても龍人の安全を確保するものが多くあるが、代わりにギルド本部への入場が不可のため依頼を受けるための許可を受け取ることができない。

 これにより龍人の長所でもあり、問題視されている強力な戦闘能力を封じ込める形となっている。

 またこの国ほど龍人への差別の少ない国は他にはなく、近隣諸国からは裏切りの王国と呼ばれている。






 薄暗く湿った路地。現在拓也は突如降りかかった難題に頭を悩ませながら家に帰宅しようとしていた。

 うう寒い

 4月といえどこの国の春はとてつもなく寒いのだ。


「あぁ、マジで凍え死ぬ寒さだな」

 あと何分耐えれば済むだろうか? そんなことを考えながら拓也は足を進めていた。

 その顔はローブで隠れており龍人であることがわかりにくくなっている。

 いくら差別が少ない国でも、世界的に見れば少ないだけであり実際には多くの差別が存在している。

 片目が常に開かない龍人は、顔を見ただけで識別出来てしまうため、貧民街に暮らす人に多いローブを まとい、その身分を隠すことが今やこの国の龍人の間では常識となっていた。


「にしても今日わかった事をどう話そうな」


 今日だけでいろいろな事実が発覚し拓也自身、脳内がオーバーヒートしそうな状態である。さらには今度の依頼を受注するにあたり直樹に対しつらい報告をしなくてはならないのだ。


「はぁー。マジかー」


 そういった瞬間冷たい風が、拓也の頭を冷やすように吹き始めた。









 数分後

 考え事をしているうちに時間もあっという間に過ぎ、気づけば拓也は自宅の玄関前にいた。

 しかし緊張しすぎて中へ入ることが出来ない。自宅に入るのに緊張するなどおかしなものだ。

 さらに数分後、意を決しやっと拓也は自宅へ帰宅することが出来た。


「おい! 帰りがおせぇよ!たく... なんか顔青いぞ? 風邪でもひいてるのか?」

「いや、心配するほどの事でも無いよ孝太。結構ショッキングな事実があっただけだから......」

「なんかめっちゃ気になるんだけど!」

「ちゃんと夜説明するから......」


 そう言いながら拓也は着ていたローブをハンガーに掛けた。


「そうそう、ちゃんと飯作っといたから食べとけ」

「うん、ありがと」


 そう拓也が応えると孝太は自室がある2階へ急いで上がってしまった。

 どうやら拓也以外は先に食べてしまったらしい。


「ん...... ちょっとまて。もしかして食器俺が洗わないといけないのか?」


 拓也は全く家事ができない。つい先日皿洗いを数分手伝っただけで14枚皿を割っている。


「おーい。僕が皿洗いするんだったらどうなっても知らんけどいいな?」

「はぁ!? ふざけんなよ! 皿は俺が洗うから手を出すな!」


 少し安堵した拓也は急いでキッチンへ向かった。

 にしても2階からいつも以上の足音が聞こえているが、なにかあったのだろうか?

 そう考えている内にキッチンへ到着した。そこには冷めたスープとパンが1つおいてあった。

 量的は全く腹を満たすことのない量だが生活資金のない拓也たちにとって、この量しか出ないことは日常茶飯事であった。


「にしてもやっぱり飯はうまいな」


 少ない量だが、うまくやりくりして飯を作る料理担当 旭 によって振る舞われる飯の味は絶品である。


「料理が出来る人間がいるだけうちのパーティーはましか」


 そんなこと言いながら薄暗く寂しいキッチンで1人黙々と飯を食べていた。








 食事を食べ終えた拓也が2階へ上がると思っていた以上の慌ただしさだった。

 孝太が廊下を走り回っている。拓也はそんな孝太をやっとの思いで捕まえる。


「なにかあったのか?」

「食べ終えたのか。実はまた龍落ちの患者が増えたんだよ! 今月でもう16件目だ」



 龍落ち

 本来、龍人の様に龍の血液(以後龍血と表記)を取り込むのは容易な事ではなく、大半の人間は取り込むことができない。そのような龍人適合外の人間に対して起こる症状が龍落ちである。

 微量の龍血(りゅうけつ)を摂取しただけでも起こるこの症状は、龍血が人体各部、特に脳内に龍血が侵入する。そして抵抗反応を起こし目の前にいるものならば何彼かまわず襲うようになる。

 この病の厄介な症状はこれ以外にもあり、そのうち常時龍化してしまうことが一番の問題であった。

 本来龍人が人体に流す龍血の量を増やし右、または左半身が黒く包まれることを龍化という。

 これは龍に近い身体能力を使えると同時に、多くの龍血を循環させてしまい暴走を引き起こしてしまうことが多々ある。

 この暴走が常時起きているのが龍落ちであり、さらに時間が経ちすぎると人体骨格が変化。ここまで悪化すれば薬を打っても効果が現れず、殺処分の対象となる。

 そのため早急な対処が求められる。



「今どんな状況だ!?」

「生憎だけど旭の元に来たのが遅くてもう骨格変化が始まっているんだよ。残念だが多分助からないと思う」


 拓也のパーティーのメンバーである旭は高名な医師であり龍人だ。

 この国で唯一、龍落ちが対処できる存在であり優秀な功績が実際にあるため拓也のような差別をほぼほぼ受けていない。

 そのため表通りへの買い出しはいつも旭が行っている内に、料理担当も旭に決まってしまったという具合だ。

 現在旭は、治療室に隠っりぱなしで最近は全く顔も見ていない。


「んじゃあ殺処分になったとき誰が命を取るんだ?」

「今日は直樹の番だったけど...... さすがにあの状況だときついだろ。拓也、お願いできるか?」

「...... ああ、わかった」


 さすがに旭が毎度毎度命を奪っていると精神が持たない。

 また命を扱う医者が殺処分を行う事は、世間に対する彼の評価を下げる事にもつながる。

 そのためパーティーの中で唯一外部とつながることの出来る旭の評価を下げぬよう、世間的には4人の龍人が殺処分を執行しているとだけ知られている。こうして旭を評価の対象から外すのだ。

 しかし理由はわからないが、案外その4人に対する評価が下がることはなくいつも一定に保たれていた。

 そうこう話し込んでいる内に治療室から旭が出てきた。


「患者はどうなんだ?」

「うん、完璧に骨格変化が終わってしまってね。手遅れだった...... すまん」

「お前が謝ることないって!」


 孝太がなだめに入る。旭は医者だが精神はとてつもなく脆い。誰かが支えないとすぐ崩れてしまうのだ。


「で、今日は誰が執行するんだ?」


 涙目で旭が聞いてきた。


「今日は僕がやる」

「そうか宜しくな......」


 そう言うと拓也は彼の治療室のドアに手をかけた。そのとき


「今回の患者なんだが...... 刃化龍(じんかりゅう)の血でな...... 麻酔が効かなかったんだよ...... だから、意識があるんだ......」

「問題ない」

「つらかったら俺が変わるけど?」

「嫌なことにもう慣れちまったから......」

「そうか...... じゃああとは頼む......」

「あとで話があるから食堂に集まっといてくれ」


 そういうと拓也は治療室の扉を思いっきり押した。ドアが重低音な音を上げゆっくりと開く。

 その先にいたのは、全身が黒く包まれている青年。

 手足を鎖でつながれているが、今にも外れんばかりの勢いで暴れている。

 通常は半身のみ黒く包まれるのだが全身に大量の龍血が流れる暴走状態では全身が包まれるのだ。

 拓也が見る限り青年の肉体は視認出来ない。

 しかしその額から紅く染まった角が見えた。もうすでに骨格変化がおきた証拠だ。


「やっぱ、もう助けようがないか......」


 実際拓也には魔術学としては外道であるが一つ強力な回復魔法を持っていた。

 しかしそれもこのような状態の人間には、現在の医学ではどのような手を使っても無用だった。

 ああ、この事実を彼の家族、友人になんと説明すればいいのだろうか。いつもこんなとき拓也が考えることはこれである。

 先ほどは慣れたと強がってしまったが、実際は全くそんなことはない。しかし誰かが手を打たねば確実に龍落ちは周囲に感染していく。

 そんな最悪と言っても過言ではない事態はなんとしても防ぎたかった。

 ただそれを1人の人間を殺す理由にするのは言い逃れになってしまうと思うのだが......

 そんな葛藤が毎回のようにこの治療台の前に立つと呼び起こされたかのように自分が問うてくる。だがそんな気持ちは皆無にし拓也は治療台の前に立った。

 青年は暴れながらも紅い眼がずっとこちらを見ている。まるで助けをこうかのように......


「すまんな...... もう助けようがないんだ......」


 くぐもった声でそう言うと刃を喉元へ突き立てる。手に力を込め思いっきりその刃を振り下ろした。

 グシュッッ。

 むごたらしい音が治療室に響き渡る。


「ゴポポポポポ......」


 治療台の上で暴れ出す青年。しかしそれは最初だけで吐血とともに彼の抵抗は弱くなっていく。

 そして抵抗は完全になくなり開いたままの双紅の眼がこちらに何かを訴えてくる。

 それは怨嗟(えんさ)でも感謝でもない何かであった......





「おわったか、拓也?」

「ああ、そっちは?」

「もう全員食堂に集まってるぞ。ただ、ターナスの奴がな」

「また機嫌悪いのかよ......」


 ターナスはちょうど半年程前に保護した龍人の青年である。

 年は拓也と同じくらいで言葉遣いが非常に悪い。また彼に関する素性はほとんどわかっていない。

 わかっている事としては彼は両親を生まれてすぐ無くしていることぐらいであり、いつもその素性を聞くと黙り込んでしまう。そのため聞き出すことも出来ない。

 しかし拓也はターナスという名前にどこか聞き覚えがあるように感じていた。

 何か嫌な意味であったような気がするが......


「それで今回は何のせいで機嫌が悪いんだ?」

「急に起こされたことらしいが......」

「そんなことで!?」

「まあ、とりあえず手短に話を済ませてやれ」


 うなずくと拓也は、食堂へゆっくりと足を踏み入れた。

 そこには手前から直樹、旭、ターナスが席についていた。


「みんな夜分遅くにありがとな」

「こんなに遅くに起こしくらいの利益のあるはなしだよなぁ!?」


 ターナスが怒りっぽくそう言う。これは相当キレてる、そう拓也が一発でそうわかるほどだ。


「ああ、ちゃんと金になる話だ。ただ相当な労力を支払っての話だがな......」


 そして拓也はこれまでリッキーから聞いた無名に関する話を聞かせた。

 実際、龍人への天罰の直接的な当事者である拓也、直樹は無名に関する情報を収集していた。

 しかしそれを除いたメンバーは無名の特徴はある程度は理解しているものの詳しくは知らない。

 そのため拓也はリッキーから聞いた情報を含め自分たちが知っている情報も所々省略しながらだが話した。


「ふーん。でどれくらいの利益が出るんだぁ?」

「120Tってところだ」

「またそれはたいそうな額を出してくれるもんだなぁ!」

「それは僕も同感ですね。リスクを考えないんであれば今すぐ受注したい依頼ではありますね」

「私もメリットだけみると同じだな。」


 これまで拓也とターナス2人きりの会話に直樹と旭が介入してきた。


「ただそれだけじゃ目的が浅はかすぎる。金のために動くと命を落としかねない。特に今回はな......」

「旭の指摘するところもよくわかる。今回はすでに死者が数十単位で出ていることも事実。そしてやられたのが先鋭集いのギルド招集の討伐隊だったんだ。つまり今現在この街で互角に戦闘が可能なのは僕たち龍人だと思うんだよ」

「それはわかってるんだよ。ただ私は奴を倒す理由が見つからないだけだ。襲われてる村があるわけでもなければ、困っている者もいない。そうであれば、そんなハイリスクをおかす必要もないじゃないか?」

「そうだけど......」

「お前まさか復讐とかいう身勝手な思いでいこうとしてるんじゃないだろうな!?」


 うっ...... 

 図星をつかれた拓也は黙り込んでしまう。


「やっぱりそうか。いいか復讐してやろうとか思ってミイラ取りがミイラになるのは昔から同じなんだ! 私はお前を...... お前をまたこんなことで失いたくない......」


 突如でてきた旭の拓也対する思いにその場にいた全員が驚愕した。

 しかしここにいる者の中で人一倍拓也に救ってもらっているのは旭だ。それはメンタル的な部分が多いが。

 さすがに拓也もここまで言われてしまえば拓也も動くことが出来なくなってしまった。


「ちょっといいですか?」


 静寂に包まれた空間に突如直樹の声が入った。


「先ほどの話を聞いているとこの前の樹海の蛇翔龍の出現は異常なんですよね?」

「ああ、そうだ」

「それってひょっとして今回の事案と絡んでいるような気がするのですが......」

「それはどういうことだ?」

「リッキーさんの言う通り龍の生態は複雑です。しかし自然界の性質上何らかの原因で生息を追いやられた龍が違う地域に流れ込んで来ることは十分あり得る話なんです」

「つまり今回はそれが起きていると?」

「はい、私の見解としてはそうとしか......」

「ちょっと待った。仮にそうだとしてもだ。それがどうして私たちが行く意味になるのだ!?」

「おい、いいかげんに理解しろよ! あのな現時点では被害を被ってないかもしれないが、今後永続的に龍が流れ込んできたらこのあたり一帯どうなると思う? 前例があるんだから認めろよ!」

「......」


 突如会話に入り込んだ孝太の怒号。これには旭も言葉が出ない。

 これまで比較的に保守派思考だった孝太に突然として言われたのだ。黙り込んでしまうのも無理はなかった。


「いつまで変化を恐れてる! 遅かれ早かれいつかは対峙しないといけない運命なんだ! それだったら何事も出来るだけ早く動き出した方がいい。特にお前は早く過去とけりをつけろ!」

「そこまで言うんだったら行ってきたらいいさ! だけど私はいけない、だから誰も死なずに戻ってくるのが条件だ! 飲み込めないんだったら諦めろ!」

「...... わかった。誰も死なせない」


 拓也は少し考えてからその条件を飲み込んだ。

 しかしながら孝太は、拓也が思っていた以上に熱い男だったようだ。少なくともここ5年ほどはあのような姿を見たことがなかった。


「んで、行くの決定だなぁ!」


 ターナスがこの状況を無視するように能天気に話しかけてきた。


「ところでだけどよぉ、その無名ってどんな奴なんだぁ」

「そうだったな、お前は知らなかったな」


 無名の特徴についてはここにいるほとんどの人間が、一応ではあるものの龍人への天罰の当事者であることから説明は省いていた。

 しかしターナスに至っては全くの無関係な出来事であり、無名の特徴を知らないのも無理はなかった。


「そうだな、おもな特徴としては金色(こんじき)の鱗に覆われていることかな......」


 そういった瞬間、ターナスの形相が恐ろしく変貌した。

 まさしく鬼の形相そのものの様に。


「どうしたんですか、ターナス?」

「ん...... なんでもねぇ」


 そう言いながらもターナスの目は真っ赤に血走っていた。


「うん、そうか...... なあ、話さないといけない事があるんだ」

「なんだ? 急に改まって」

「なんだぁ?」

「なんでしょう?」

「何の用件だ?」


 一斉に皆の視線が拓也に向いた。遂にこの事実を言うときが来た。

 だいじょうぶと心を落ち着かせると、拓也はゆっくりと話し始めた。


「無名の事なんだが、実はもう一つ特徴がある。奴の特殊能力について何だが......」


 刹那、拓也に抵抗が生まれる。

 この状況を理解すれば亀裂につながる可能性があるかもしれない、そんな危険な内容であった。しかしいつかは知り得てしまう事実である。ここで躊躇していても仕方が無かった。


「あの龍は...... 魔法無効化能力持ちだ......」


 瞬間、食堂全体に静寂が訪れる。


「............ っ!」


 しかしそんな静寂もすぐに断ち切られた。

 突如直樹のほほをサーベルがかすめた。かすめたというよりは、直樹の顔面の中心を狙ったサーベルをすれすれで躱した形である。おそらくまともに受けていれば即死であっただろう。

 その攻撃を放った人物、それは......


「おいターナス! どういうつもりだ!?」

「どういうつもりもねぇよ! あいつの血を持っているのは全部俺の敵だ!」

「どうしたよターナス、正気に戻れよ」

「俺はいたって正気だよ! お前が...... お前の血が俺の家族を殺したんだ!」


 孝太、旭の呼びかけを無視しターナスはサーベルを向け続けている。

 彼は自分の横にいた旭の腰から知らぬ間にサーベルを抜いていたのだ。

 直樹も第二の攻撃に備え全く身動きがとれない状況であり誰一人として動けない緊迫した状況があたりを飲み込んでいく。





 カッーンッ

 突如甲高い音が食堂一帯に響き渡った。あまりにも突然の出来事に誰も理解が追いつかない。

 彼らの脳が活動を再開し出したときそこにあった状況は神業とも呼べる状況だった。

 そこには拓也がたっており、ターナスと直樹の間、およそ2cmの間で鞘をかちあげサーベルを弾いていた。


「なあ、ターナス。お前の家族を殺したのは本当に直樹か?」

「ああ、そうに決まってるだろ! だってこいつの血は」

「本当に直樹本人が殺したのか?」

「っ!」

「お前の過去に何があったかなんて知らない。だけどな、お前がどんだけ無名を憎んでいても、直樹に一切の罪はない。わかるだろ、龍人は生まれつきなろうとも、どの血を引き継ぐとも選べないんだ。いくら奴の血をもっている直樹でも、それを本人が選んだわけでもないんだ」

「それでも... それでもあいつの分身がここにいるのは確かだろうがぁ!」


 そういうとターナスは静かに立ち上がり自室がある2階へと姿を消してしまった。その目はどこか悲しそうだった。

 そのあとすぐ、この打合せは自然と解散の方向へと進んでいった。








「おう拓也、やっぱここにいたのか」


 食堂に隣接するベランダで拓也が黄昏れていると孝太と直樹が声をかけてきた。


「いつも悩んでるときはここにいますよね」

「よく見てるなお前ら」

「あったり前だろ。もう何年の付き合いだと思っているんだよ」


 拓也達4人が一緒にいる期間は長くもう10年以上の付き合いである。


「にしてもな。直樹があいつの血を持っていたなんてびっくりしたなぁ。あっ...... 別に嫌とかそういうわけじゃないからね」

「それぐらいわかってますよ」

「でもさ、拓也も聞いたときどう思ったわけ?」

「誰かがこうなることはすぐに予測がついた。だからどう伝えようかと...」

「ああ、だからさっきまで顔が青かったわけだ」

「まさか僕の能力が奴と同じなんて思ってもみませんでしたよ」


 今回拓也が問題としていたのは直樹と無名の特殊能力が同一のものであるということだった。

 龍人には特殊能力が存在し、それは自らが宿している龍の血液と同種のものの能力が現れる。

 今回の魔法無効化能力を持つ龍は拓也の知る限り、これまで一切存在しなかった。

 すなわち無名がこの能力を持っていることで必然的に直樹が宿す血が無名のものと断定したことになる。そうなった場合直樹が反感を買うことを最も恐れていたのだ。


「だけどさっき旭がいってた復讐のためって、お前図星だったろ」

「............ はい」

「やっぱりそうか。別にいいとは思うが、たまには旭の思いも汲んでやれよ」

「ん...... 今後気をつける......」


 身勝手な理由で依頼を受給してしまったことを拓也は後悔していた。

 しかし今はそれ以上に......


「なんだ。まだ考えていることがあるのか?」

「ああ...... ターナスのことなんだが。あいつの過去に一体何があったんだ?」

「わからないですね。彼はこの半年間誰にも自分の幼少期のことを語ってませんから」

「それはいずれ聞く必要があるだろうな、だけど今回、直樹に対してここにいる者以上に嫌悪感を抱いたのは間違いないだろうな」

「............」


 拓也はなにも返答ができなかった。

 ターナスの過去についてはいずれ知る必要があると思っている。しかし、先ほどの様子を見る限り簡単に聞いていい話とも思えなかった。






「そういえば、もうノームが死んで1年か......」


 突如孝太の口から懐かしい名が出てきたことに拓也は驚愕した。

 彼女の名前を聞くのはもう半年ぶりだろうか。


「急にどうしたんですか?」

「いや、今日の旭を見ているとなんか急に思い出してしまったな」


 拓也の中に彼女が死んだあの日の記憶が鮮明に脳に投影される。彼女のむごい姿を見てただ呆然と立っていた旭の姿が。

 その日以来彼は大きく変わってしまった。失敗を恐れない性格だった彼が、突如慎重にそして保守派になったのもその頃からだ。

 それでもあそこまで抵抗を示したのは今日が初めてだった。


「...... ノームのためにも必ず無事に帰ってこような」

「ああ」


 静寂の中、三人は白色に輝く月をただひたすらに眺めていた......
















 同時刻 診療室にて


「なんであいつらはいっこうにわからないんだ!」

「いいじゃないですか。あの方達らしいですよ」

「君はそこがだめだってことに気づかないのかね!?」


 このように拓也が話していたちょうど同じ頃、診療室では旭の愚痴が飛び交っていた。

 現在旭の診療所は旭自身と、少し年上の看護師ニースの2人で運営しており、事実彼女自身、数年前に旭に助けられおり、それからここで働くようになった。

 そして今、旭は先ほどあった他のメンバーに対する怒りをニースにぶつけている所だった。しかしニースにしてはいつもの事でもう慣れてしまったのだが......


「それで、今私(わたくし)を呼び出した理由は他にあるんじゃありませんの!?」

「ん... ああ、すっかり忘れていた。すまんすまん」

「しっかりしてくださいな」

「わかったから。それでちゃんと預かってきたのか?」

「はい、これがリッキー様から預かってきたものです」


 そう言うとニースは旭の前に1つの封筒を差し出す。


「それで、何故また調査なんかを依頼しましたの?」

「最近龍落ちの事例が後を絶たないだろ? だからリッキーに過去に同じような事例がないか調べてもらっていた」

「でもご自身でやられたほうが見つけやすいかと......」

「いやな、こういう流行病だったり強力な病原体などの重要な医療データはすべて深層書庫にしまわれるから閲読出来ないんだよ」

「深層書庫......?」

「あっ...... もしかして深層書庫を知らないのか?」

「はい、すいません」

「いやいや、知ってると思って話した私が悪かった。そうだな深層書庫っていうのは、簡単にいえばこの国の国立図書館の地下にある書庫のことだ。通常一般市民が立ち入れるのは地下2階の書庫までなんだが、それよりさらに下、地下3階層から最深部の10階層への入室は宮廷関係者しか許されていないんだよ」

「ということはリッキー様はどういう立場にいらして?」

「いやそれは私も知らないんだよ。唯一知っているのは拓也ぐらい...... っ!?」


 ニースと話しながらも預かった資料を読んでいた旭の手が突如止まる。


「どうしたんですか?」

「............ なあ、ニース。やっぱり自分の目で見るのが一番かもな」

「はい?」

「明日から忙しくなる。今日は早く寝ろ」

「......? はい、わかりました。それではお休みなさい」


 そういうとニースは旭の診療室から静かに退出した。


「許可書も頼んでおいて正解だった............」


 一人きりになった旭の視線は、自然と窓の外へと向かう。


「もうこんな感じで月を見られるのは今日が最後になるかもな」


 薄暗い部屋の中、三日月を見ながら旭は細々と呟いた。



 拓也達のあいだに不穏な空気が流れ始める。

どうでしたでしょうか。また感想欄にて感想をお聞かせください。それではまた次回をお楽しみに。

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