終幕
事の顛末を記しておく。
どうやら甲斐は給食室でパソコンを使い、麻薬の密売を行っていたようだ。もし場所が特定されても、自宅ではないためいくらでも言い訳が出来るからという理由だったらしい。
だが、先月偶々夜中の給食室でパソコンを使っている所を我妻に見られてしまう。それだけならばまだ良かったのだが、不幸なことに麻薬の密売をしている画面までも見られてしまった。それが、殺害の動機だったようだ。
殺害計画を立てている段階で誰かに罪を擦り付けることを考えたらしく、その対象になったのが俺たちだったってわけだ。つまり、彼が依頼しに来たのもその計画の一環だった。
そして、血の付いたエプロンを着た方をターゲットに選んだ。まあ、それが未来だったから話が複雑になってしまったのかもしれないな。あの朝の件とか。
報酬を払うことに嘘を吐いてなかった理由は、そもそも報酬を支払うのは甲斐ではなかったからだ。
つまり、たとえ未来が逮捕されていたとしても誇張が報酬を支払っていたかもしれないし、支払わなかったかもしれない。それは甲斐には分からないことだ。
分からないことに対して嘘はつけない。
ま、そんな感じの事件だった。
全く、人騒がせな話だぜ……一体どれだけ肝を冷やしたことか。
<事件後の帰り道>
「あの、先輩」
「ん?」
事務所への帰路を歩いていると、隣を歩く未来が俯きながら話しかけてきた。
「その、今日は本当にありがとうございました」
「別にいいんだよ。未来は俺の大事な後輩だからな」
「…………」
あらら、黙っちゃったな。別に嫌がられてるわけじゃないからいいけどさ。
というか、あのまま未来を助け出せなかったら俺の立場も危うかったしな。特に、住む場所が無くなるとか。うん、これは言わない方が良さそうだ。
とにもかくにも、解決できて本当に良かった。俺、意外と探偵に向いてるかもしれないな。
「あの、今度何かご馳走しますね! お父さんも、多分喜んで了承してくれるはずです!」
その言い方からすると、お金は親父さん持ちか。
確かに、娘を救ってくれたという点に関してはあの親父さんも素直に感謝してくれそうだが……正直、その人は苦手なんだよなぁ。
「楽しみにしておくよ」
「あ、冗談だと思ってませんか!? 私、本気ですからね!」
未来は俺の服の袖をグイグイと引っ張ってくる。うん、分かってるよ。未来は言ったことは基本的にやる子だからな。
「それから、事務所の手伝いも今以上にやります!」
「でも、それだとまた今日みたいなことになってしまうかもしれないぞ?」
少し意地悪なことを言ったが、未来は俺の目を見て、満面の笑顔を見せた。そして、確信を持った声色で、
「その時は、先輩が助けてくれますから!」
「……はは、1本取られたな。これじゃ断れないな……」
でも、まあ、それも悪くは無いかもな。
そんな話をしていると、事務所に着いた。もう疲れたよ……今日は早く寝よう。
「未来、2階まで上がれるか?」
多分、俺なんかよりも未来の方が疲れてるはずだ。肉体的にも、精神的にも。今日くらいは泊めてやってもいいかな。いや、実際泊めてもらってるのは俺の方なんだけどさ。
未来は俯きながらさっきよりも小さな声で、
「……無理そうです。正直、帰ってくるので精一杯で……」
「そうか、分かった。今日はウチに泊まってけよ」
「女の子を連れ込みですか」
「お前昨日泊まっただろ。しかも無理矢理」
「えへへ……」
笑った顔も結構可愛いんだけどなぁ。別に悪い子じゃないし。偶に何考えてるか分からないことはあるけど。
俺は未来を部屋に入れ、風呂場を洗いに行った。そもそもイベントのときに汗かいてるし、とりあえずさっさと風呂に入りたいからな。
「あ、未来……着替え持ってないよな」
とはいえ、俺が取りに行くわけにもいかないし。どうしようか……。
風呂を洗いながらそんなことを考えていると、未来が風呂場に入ってきた。綺麗な黒髪は少し乱れ、さらに俯いているため彼女の目が見えない。ちょっとホラーだ。
「未来、ちょうどいい所に。着替えはどうする? もし嫌じゃなければ俺の予備のパジャマを――うおっ!?」
ドスン、と。
未来が振り返った俺の胸に飛び込んできた。服の腹部の辺りを両手でギュっと掴み、顔を埋めている。
俺は突然のことに驚いてシャワーを落としてしまった。足下にかかる水が冷たい。だが、上半身は彼女の体温が伝わり、暖かい。
「おおおお、おいおい、み、未来!?」
「……私、怖かったんです。このまま逮捕されちゃうんじゃないかって。三笠先輩に問い詰められてるときも、本当に怖かった……!」
「……そう、だったんだな」
俺の服を握る手が小刻みに震えている。そして、その華奢な体も。
確かに、まだ高校生の未来にはあまりにも厳しすぎる事件だった。自分が殺人犯だと疑われ、しかも信頼していた先輩である真ですらもその前提で問い詰めてくる。
あいつも心を痛めていただろうが、それでもキツいものはキツい。俺が未来の立場だったとしても怖かっただろうしな。
「でも、先輩が私を一生懸命助けようとしてくれて、嬉しかったんです。三笠先輩に、お前の味方は1人しかいないって言われましたけど……その1人がとても頼もしかった……」
未来は段々と言葉を詰まらせ始める。偶に嗚咽を交えながら、涙声で、それでも言葉を継いでいく。
「先輩は、3年前の……あの時から……私の、ヒーロー、なんです。だから、本当に……本当に! 嬉しかったんです……」
「…………」
3年前、俺が在学中にも未来が犯人と疑われた事件が起こった。あの時は未来の無実を証明しただけで終わったため、真犯人は見つかっていない。そのせいで、俺は責められ続けたんだよな。それを庇ってくれてたのが真なんだが、その話はまた今度。
未来はあの時のことをまだ感謝してくれているのか。なんか、照れるな。苦い思い出でしかないと思っていたけど、案外そうでもないのかもしれない。
「先輩……私……っ!!」
埋めていた顔を上げ、こちらを上目遣いで見つめる未来の頬は紅潮し涙で濡れていた。目は充血し、何だかとても色っぽい。
「未来、ありがとう。その言葉で、今日の疲れは吹き飛んだよ」
「先輩は、いつもそうやって話をはぐらかしますよね……まあ、いいですよ……もう慣れましたから」
一体何の話だろうか……? と言いたい所だが、流石に俺もそこまで鈍感じゃない。薄々気付いてるさ。未来が言わんとしている所のものは。
でも、ダメなんだよ。そりゃ、俺の立場の問題もあるがそれ以上に。まだ未来は高校生だ。俺なんかに拘る必要なんて無い。こんな探偵の真似事にしがみついてる奴のことなんか……な。
未来なら俺なんかよりももっと良い人と一緒になれる。だから、俺はあれ以上のことはいつも聞かないようにしてるんだ。カッコつけ? いいや、寧ろ逆だ。俺は俺がカッコ悪いことを自覚してる。まあそれもカッコつけかもしれないけど。
「私、もっと勉強します。先輩の手伝いを出来るように。もっともっと」
「ああ、今年は受験生だしな。頑張れよ。しかし、となると事務所の手伝いは控えた方がいいかもしれないぞ」
「……先輩は偶に意地悪ですよね」
「はは、気のせいだよ」
未来はクスクスと笑いながら俺から離れた。もうその頬に涙は伝っていない。
改めて向かい合った俺たちは少しの間笑っていた。足にかかる水の冷たさが気にならないほどに。
これから、もっと大きな事件に遭遇するかもしれないし、しないかもしれない。
だが、いずれにせよ俺はこの時間を大切にしたい。いつか別れの時が訪れるとしても、その時まで。
『神童なんでも相談所』はどんな依頼も受け付ける。次の依頼は何だろうか。少しだけ、楽しみだ――